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25-2.
しおりを挟む自分では気づいていなかった。完全に無意識だった。手記はあくまで旅の記録のために書き始めたものだ。
なのにどうして、手記の中はフィグルドのことで溢れているのだろう。
今日も事務的な態度だった、とか。聖騎士達とふざけている時は少し空気が柔らかくなる気がする、とか。横から見た顎のラインが綺麗でこれだからイケメンは、と腹が立ったとか。足場の悪いところでノエスさんが抱きあげようとしたのを押しのけて抱き上げてくれた、とか。
とにかく、フィグルドのことが高頻度で出てくる。
リナリアは、じわじわと頬が熱くなっていくのに、思わず顔を両手で抑えた。
「嘘でしょ~……」
そのまま再び寝台の上で倒れ込み、隠れるように布団の中に丸まって潜り込む。恥ずかしすぎて、沈みゆく太陽にすら顔が向けられない。
あれだけ怖いと思っていたはずなのに
あれだけ自分に対して事務的で淡々とした態度に、苦手だと思っていたのに
手記に残されたフィグルドは、常にリナリアを助け、守り、導いてくれていた。聖騎士としてリナリアだけでなくそこに住まう住民も守護しようとする清廉さや正義感も。団長としての厳しくも的確な判断を下す姿も。聖騎士達仲間とのくすりと笑えるやりとりも。脅威に立ち向かい打ち砕く力強い姿も。表情には出ない彼の優しさや力強い腕に包まれる度に、リナリアの心の深いところに忘れられない思い出の欠片としてキラキラと輝いている。
こんなの………
脳裏に浮かぶのは、昨晩自分の肌を丁寧に暴いてゆく彼の優しい指先。
こんなの……「好き」って言ってるようなものじゃない―――――
リナリアは布団の中で頭を抱えると蚊の鳴くようなか細く、消え入りそうな声で呟いた。
「……嘘だぁ……?」
何度呟いたって、自分自身から伝えられた真実に、リナリアは否定も無意味だということを知っている。
胸の奥が苦しくて、切なくて、暖かいような、複雑なこの感覚は、まさに「恋」だ。
昨日彼に抱かれたのだって、結局のところ二回目の「無の力」を使おうと思ったからじゃない。ただただ、彼に触れられたかっただけだ。
カリーテが元婚約者だったことにほっとしたのも、結婚式ではなく偽装婚約だと言われてほっとしたのも。結局はそういうこと。
わかってしまえば、なんてわかりやすい。
自分の現金な思考回路に、リナリアは落ち込む。
だけど同時に、淡い期待が胸に生まれた。
ディーが言っていた「あいつは不誠実に簡単に手を出すような奴じゃない」という言葉を思い出す。
確かに、フィグルドの実直で堅物、不正を許さない性格を考えると……ディーの言っていることが真実味を帯びてくる。リナリアは無の力のことをフィグルドに伝えていない。けれど彼は抱いてくれた。それが、聖騎士としての義務ではないとしたら……?
え……?じゃぁ、もしかしたら……両想い……かもしれないのかな?
そう頭の中で考えた瞬間、リナリアはバタバタと布団の中で足をばたつかせた。
うぅ~!やっぱりどんな顔してフィグルドさんと会えばいいの……!
絶対、顔に出ちゃう。絶対、顔に「好き」って出ちゃうよ!と、リナリアは身悶えた。両想いかもしれない期待に踊る心と、羞恥心がない交ぜになって感情が大パニックだ。そんな中で、ふとある事実に思い至った。
あ、そうか。じゃぁ私、初めてを好きな人とでき……
そこまで考えて、リナリアは重大な事実に気づく。好きになった彼との、初めてを自分は覚えていないということに。
それは、失われてしまった記憶。
リナリアは慌てて布団から身体を起こして、落とした手記を拾う。
そう――――リナリアは唐突に真実を理解した。
「無の力」を使う代償は、一部の(一番大切な)記憶を失うことだと――――――――
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