聖女の力を妹に奪われ魔獣の森に捨てられたけど、何故か懐いてきた白狼(実は呪われた皇帝陛下)のブラッシング係に任命されました

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4話 冷血皇帝ともふもふの時間

 食事を終え、ほっと一息ついた時だった。
 不意に、アジュラ陛下の眉間に深い皺が刻まれた。
 整った顔立ちが苦痛に歪み、グラスを持つ手が微かに震えている。

「陛下……? どうなさいましたか?」
「……っ、夜は、やはり駄目だな」

 陛下のつぶやきと共に、ボシュッ! という可愛らしい音がした。
 次の瞬間、目の前にいた美青年は姿を消し、そこには——。

「グルゥ……」

 巨大な、そして少し申し訳なさそうな顔をした白狼が、椅子の上に鎮座していた。
 サイズが大きすぎて、高級な椅子がミシミシと悲鳴を上げている。

「あ……狼の姿に?」
『うむ……。夜になると瘴気の活動が活発になり、人の姿を維持するのが辛くなるのだ。……不恰好で、すまない』

 陛下はシュンとした様子で、ふさふさの耳を伏せた。
 どうやら、この姿を見られるのを恥じているようだ。
 けれど、私にとっては。

「謝らないでください! その姿、とっても素敵です!」
『む?』
「白くて、ふわふわで、大きくて……あの、触っても?」

 私が身を乗り出すと、陛下は驚いたように目を瞬かせ、それからゆっくりと鼻先を近づけてきた。許可の合図だ。
 私は遠慮なく、その豊かな胸毛に顔を埋めた。

「ん~っ! 最高です……!」

 極上のシルクのような手触り。お日様のような温かい匂い。
 私は夢中で頬擦りをした。
 実家では家畜小屋の藁(わら)布団が友達だった私にとって、これは至高の贅沢だ。

『……ふ、くすぐったい。だが、悪くはない』

 陛下が喉をゴロゴロと鳴らす。
 その振動が心地よくて、私はうっとりと息を吐いた。

『リリアナよ。その状態で頼みたいことがある』
「はい、なんなりと! ブラッシングですか? それとも肉球マッサージ?」
『寝所へ来い。……今夜は、共に寝るぞ』 「……へ?」

 私の思考が停止した。
 と、共に寝る? 男女が? 出会ったばかりで?

「あ、あの、それはさすがに、展開が早すぎるのでは……!」
『何を勘違いしている。治療だ、治療』

 陛下は呆れたように鼻を鳴らすと、ひょいっと私を背中に乗せた。
 そのまま宮殿の廊下を風のように駆け抜けていく。

「きゃっ!?」

 たどり着いたのは、私の部屋の倍以上はある広い寝室だった。
 部屋の中央には、大人五人が余裕で寝られそうな天蓋付きのキングサイズベッドが置かれている。
 陛下はベッドの上に私を降ろすと、その巨体を横たえ、期待に満ちた金色の瞳で私を見上げた。

『貴様が触れていると、呪いの痛みが引くのだ。だから、余が眠りにつくまで撫でていてくれ』
 「あ……そういうこと、でしたか」

 少しだけドキドキして損をした気分になりながら、私は陛下の隣に座った。
 近くで見ると、やはり毛並みの奥にうっすらと黒い澱(おり)のようなものが見える。
 これが呪いの正体なのだろう。

「お任せください。私、これでも動物……あ、いいえ、聖獣様のケアには自信があるんです」

 私は呼吸を整え、両手に魔力を込めた。
 優しく、ゆっくりと。  頭から背中、そして尻尾の先へ。
 私の手が触れた場所から、黒い澱が光の粒子となって消えていく。

『……ほう。これは、良い』

 陛下の目がとろんとしていく。
 強張っていた筋肉がほぐれ、大きな体がリラックスしてベッドに沈み込んでいくのがわかった。

『……不思議だ。サレスの連中は、貴様のこの力を無能だと断じたのか?』
「はい。人間には治癒効果がほぼありませんから。妹のミナのように、兵士の傷を癒やすことはできません」

 私が自嘲気味に答えると、陛下は不機嫌そうに低く唸った。

『やはり愚かだな、人間どもは。……余にとって、この手は何よりも得難い。これほど安らぐ夜は、呪いを受けてから初めてだ』

 大きな前足が、そっと私の腰に回される。
 引き寄せられ、私はもふもふの毛皮の中にすっぽりと包み込まれた。

『リリアナ。貴様は無能などではない。余の救世主だ。……だから、お前は余にとって必要な存在なのだ』
「陛下……」

 眠気に抗うような、甘えた声。
 噂に聞いていた冷徹な「氷の皇帝」の面影はどこにもない。
 ここにいるのは、ただ温もりを求めている一匹の孤独な狼だった。

 誰かに必要とされたい。
 ずっとそう願っていた。
 でも、まさか私の居場所が、白狼に化けた皇帝陛下の腕の中だったなんて。

「……はい。どこへも行きません。おやすみなさい、アジュラ様」

 私は温かい毛並みに顔を埋めた。
 陛下の寝息が規則正しいリズムを刻み始める。
 その温もりに包まれて、私もまた、追放されてから初めての、泥のない、寒くない、安らかな眠りにつくのだった。

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