シュガーサマー ビターライフ  ── Sugar Summer Bitter Life ──

風良桑 るな

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二章 二つの物語

 二 ──

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 ああ、目を覚ました。
 見知らぬベッドの上。縦向きになった枕はなぜか冷たかった。
 小鳥の囀り。揺らぐカーテンから溢れる朝日。
 手元にスマホを手繰り寄せ、昨日の一日を記したメモを見る。
「おはよう」「おはようございます」階段を降りると常識的な掛け合いを行う。
 朝ごはんを食べ終え、身支度を整える。その間に、朝の部活動がある桜は家の鍵を置いて玄関を開けていった。
 長い髪を握りしめ、時間をかけて編んでいく。俗にお嬢様結びと呼ばれる髪型にする。お淑やかな印象が広がっていく。
 身支度を整えて玄関の扉を開ける。ルーズな扉を閉めていく。
 左目に見える虚しく広がる外の景色。青く澄んだ瞳でその外を眺めていく。
 青く光る信号機。それを見て横断歩道を渡っていく。どこからともなく襲う恐怖が白い線を踏んではいけないと囁く。白い線を避け、染まる黒を踏んで進んでいく。
 ゆっくりと丁寧に地面を踏んでいく。
 虚無の風が髪を浮かす。その風に抗い歩んでいくと三人の男に絡まれた。「よぉ、憶えてるか」彼らはじりじと寄ってくる。一人は右から、一人は左から、一人は前から。
「すみません。わたくしに何か用でしょうか?」
 怒りのオーラが溢れ出ている。それから逃れるように後ろに退いていく。そこはしんみりとした薄暗い路地裏。狙ったかのように密かな場所へと追い込んでいくと、彼らは薄らと悪い笑みを浮かべた。
「憶えてないとは言わせねぇぜ。お前のせいでここに傷がついちまったからよ」
 腕を強く掴んで壁に押し付ける。
 閑静な路地裏が反撃の狼煙を炊かせない。路地裏の凪が声を音を拒んでいく。
 腕が強く締め付けられていく。
「おい、一発殴らせろよ。この怒りをどうにかしないと美味しくいただけねぇしな」
 後ろの二人は怯える様子を見て、余計に見下した態度を取っていた。
 腕を後ろに振り上げている。思わず目を瞑った。
 軽い効果音。トンッ、という攻撃と言えない攻撃。腕という手錠は解ける。バランスを崩し前へと倒れる男。咄嗟に体を捻ってのしかかる体重を受け流した。
 思わぬ出来事に空気が固まった。まさか誰もいない入り組んだ隠し場所に人が出くわすとは思いもしない。
 左腕が掴まれる。しかし、それは手錠と呼ぶには弱々しく優しいものであった。その手が体を引っ張り安全な場所へと連れていく。
 思わぬ助っ人に対応が遅れた彼らはそのまま表舞台に現れる機会を失った。
 きっと彼らは現れない。それなのに彼は手を連れて進んでいく。
 ようやく手を離した時には、もう学校付近についていた。
「きっと、ここまで、くれば、大丈夫な、はず」
 息を切らし、途切れ途切れの言葉を放っている。
 無意識の内に助けなきゃという想いが体を巡り、彼を行動に移した。優しさと無鉄砲な勇気が危機的状況を打ち破ってくれた。
「もしかして、同じ、クラスの、神崎さん?」
 きっと助けるのに必死で顔を見れていなかったのだろう。
 彼は大田透。神崎双葉と同じクラスの二年六組だった。
 運命の相手かも知れない。記憶の中にインプットする。もしかしたら、砦に囚われた私を助けてくれるのでは。そう思ってしまう。けれども、すぐに砦の大きさを思い出し淡い期待を消し去った。
「助けて頂き、ありがとうございます」
「ああ、うん。無事に済んで良かったよ。まさかあんな場面に出会すなんて思ってもいなかったから。ビックリしたよ」
 さっきまで吐いていた疲労の吐息も普通の息に変わっている。
 彼は清掃ボランティアでゴミ拾いをしていた。ゴミが乱雑に落ちていそうな路地裏へと行ったら、先程の場面に出会したみたいだ。
「置いてきちゃった荷物取りに戻らないといけないから」
 そう言って踵を返す彼の手を掴んで「行かないでください」と制止する。
 きっとあそこには怒りを顕にした三人が残っている可能性がある。そこに行くのはとても危険だった。自分から危険に突っ込むようなもの。こうなってしまったには後から多人数で行った方が安全だ。
「ここは先生方に理由を説明して学校終わりに何人かで取りに行くべきです。今は先程の三人がいる可能性があり危険ですので」
 彼はその意見に承諾して坂を登っていった。
 先生の元へと行ったのだ。私語がうるさい坂道。そのはずなのに、どこか静かな気がした。

 ありきたりな教室。
 涼しげなその中はどこか居心地が悪かった。
 密に駄弁って他者を受け付けない空間を作り出す。そうやって出来た幾つものグループは独り者を嘲笑うように自己の世界に浸る。
 席の一番後ろ。忘れられた空白のような場所。そんな場所へと押しつけられた席に座り、廊下に接する窓を見て、ため息を吐く。
 金髪に染められた髪。異様に長いスカート。校則違反を重ねた姿を見て意図的に離れていく。大半の人間が磁石のN極ならば、自分はS極であるのではないかと感じる。
 それでも、どうにかすることもできない。
 視線が心を抉っていく。腫れ物に触るような態度。怖いというイメージが定着していた。そのイメージを自力で払拭することはできる気はしなかった。
 続々と入ってくるクラスメイト。
「神崎さんの言う通り、後から行くことにしたよ」
 やってきた大田が気軽に話しかけてきた。話しかける障壁がなくなったのだろう。だが、その様子を見ている視線は痛々しい。彼を心配して見ているのか、それとも彼を含めて腫れ物扱いとして見ているのか。後者だけは絶対に嫌だった。
「そうですわね。それよりも早く席について朝の準備をした方が良いのでは……」
 敢えて離れるよう、淡々と言い放った。
 こういう時、本当はどう言い返せばいいのだろうか。もっと別の言い方で離れるように仕向けられたのではないかと思う。
 担任の先生がやってきた。すぐさま席につかせ、本を取り出させる。いつもの光景だった。
 朝の会をする前の十分の読書時間。
 一斉に本を読み始めた。
 桜から借りた小説。恋愛物の小説だった。
 文字の羅列を読んでいく。感情の起伏が激しい。実際はそうではなくても、そう見えてしまう。自分は感情がとても疎い。無表情、無感情で過ごしているせいか全く小説に気持ちを移入することはできない。
 どこか虚しくなっていく。
 読めば読むほどに欠伸が出そうになる。眠たくはない。ただ、欠伸が独りでに出ようとする。
 私の求めるものは──これではなかった。
 それから無駄にページを捲って終わり際に飛んできた。最後の展開。無理やり飛んだせいか、そもそも求めていないせいか、やはりどこか物足りない。
 つまらない。
 青い瞳を通して見える世界。その青い教室はどこか虚しく広がっている。
 ふと気づく。小説がつまらないのではく、この世界がつまらないのだと。
 青に澄んだ世界。
 その世界に求める物とは何か。そんな事を考えている内に十分経ったことを報せるチャイムが鳴り響いていった。
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