シュガーサマー ビターライフ  ── Sugar Summer Bitter Life ──

風良桑 るな

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四章 藍色 ── インディゴ・ブルー ──

 三 ──

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 昼でも夜でも看板のネオンがぎらつくパチンコ屋の裏で時間を潰す。何か約束事がある訳ではない。ただ、何となくそこにいるだけだった。
 パチンコ台から落ちる銀玉がぶつかり合ってカシャカシャと音を立てていく。何故かその音を聞くと無性に煙草を蒸したくなっていく。
 舞い込む風が制服に当たっていく。
 この服のせいで煙草なんて買うことはできない。
 家に帰って鬼に鉢合わせるのも嫌だ。それよりも煙草を諦める方が良かった。
 煙草のないパチンコ屋の裏は暇だ。
 あまりにも暇すぎて足を動かしたくなった。
 人の少ない道を歩いていく。閑静な住宅街は何一つ味気ない。気ままに歩いていた。どこに行くのかも分からない。ただ、何となく選んだ道を歩いていく。
 人一人ぐらいが通れる道を見つけた。高い葉の塊が左右に壁を作っていた。この道の先は知らない。探検家の気分で進んでいった。
 ひっそりとした秘密の抜け道。
 どこか心が落ち着くような、逆に、興奮するような、不思議な感覚に陥っていた。
 道の開けた太い道路が見える。
 自動車が全く通らない道。しかし、すぐそこには交差点があった。その交差点の先にはパチンコ屋があった。
 青に変わった信号を渡っていく。
 そして、ぶらり歩きのスタート地点に戻ってしまった。
 このままゴールしても締まらない。今度は違う道で歩いていくことにした。
 いつしかよく来る公園に近づいてきた。
 それ以上は面白い道などない。そう思って、途中の住宅街路地に進路を変えた。
 ひっそりとした道。そこに吸い込まれるように足が動く。
 その道を歩いていた。その静かさを楽しんでいた。
「おいおい、どうしてくれんのよ。逃げるなんて選択肢ないよ。お嬢ちゃん」
 静かさは消えた。近くには二人の女の子と三人の男共。小さな二人の内一人は怯えていた。
「道端に広がってる、そっちが悪いんじゃない」
 一人は勇敢に立ち向かう。
 その様子をレンガの垣にもたれながらチラチラと覗き見していった。
「悪いのはどう見てもお前ら。ぶつかられた俺らは被害者だっつーの。はやく親に連絡して弁償してくれりゃいいんだよ。それで全てが済むんだ。優しいだろ。俺らはよー」
 威圧感が増していくがその女の子は諦めていなかった。「ねぇ、もう言う通りにした方がいいよ」そんな戯言が心を揺らがしていく。
 一人がジリジリと責めていき、一人が周りを見張っていて、一人が逃げ場を奪っている。二人はもう詰められてどうしようもできない状態に陥っていた。
 男達の苛立ちは募っていくばかり。それもそうだった。見つかる不安を抱えているのだ。
「はやくしろよ!」諦めないその子を突き飛ばす。
 彼女はバランスを崩し、体勢を崩した。道路のデコボコ砂利に強く手を擦る。その痛みが彼女の中にある悔しさが込み上げていく。それでも彼らに屈することはなかった。
「このこと警察にでも言ってやるから」
「言ってみろよ。警察からも親からもお前らの先生からも怒られるのはそっちだからな。俺は弁償しろと言ってるだけだ。悪いのは全てお前らだぞ。気づいているのか」
 掴めない砂利を強く握りしめる。道路に小さな涙が落ちて濡れていった。
 もう我慢の限界を突破した。仕方なく助けにいくことにした。
 道路の真ん中に仁王立ちして彼らを見定める。
「てめぇら見苦しいぞ。やめな。小さい奴を虐めているようにしか見えねぇよ。傍からみたらなぁ、悪いのはあんたらだ」
 戦闘になってもいいように木刀を構えた。
「何言ってんだ……。って、お前はあの時、俺らをのめしてきた奴だ。あの時は邪魔が入って逃げられたが、今度はそうはいかない。覚悟しな」
 誰かを存じない。きっと会ったことがあっても、モブ程度にしか認識していなかった。
 三人組の矛先が双葉に向かった。
 急に殴りかかってきた。
「いきなりかよ。まあ、いいよ。喧嘩は慣れてる」
 人数の差では不利だが、実力差が圧倒的に勝っているため負ける気がしなかった。
「やばいよ。け、警察呼ばなきゃ」
 女の子二人は突然の非日常に困惑し動けずにいた。二人とも慌てふためいて何もできない。ケータイを手に取ることすらままならない。
 回転しながらしゃがむ。その勢いを利用して脛を攻撃した。痛さで怯んだ雑魚を木刀で叩きこんでいく。強く強く打ち込み、いつの間にか一人は気を失い、一人は戦意喪失していた。
 残る一人。素早い突きで攻撃し、怯んで動けない所を狙って男の後ろに回り込んだ。首元付近に向かって勢いよく肘打ちを食らわせる。これで三人とものめすことに成功した。
 意志が欠如した男が二人を背負って逃げていった。
 安堵感が体を包み込んでいく。
「大丈夫か、あんたら。ったく、あいつらの言う通りに親に連絡入れときゃ、安全に終わってたのにな」
 男共が去ったにも関わらず女の子は泣いていた。
「親には言いたくなかった──」
「親が恐いからか。それとも、親に嫌われたくないからか」
 返ってきたのは無言だった。
 無音の中に響く涙の音も消えた。立ち上がると、何も無かったように振舞っていく。
「お姉さん。ありがとうございました」
 急に畏まって頭を下げていく。
 それにつられて後ろの女の子も頭を下げた。
 二人はいそいそと去っていく。その後ろ姿に向かって言いたいことを言っていく。
「辛くても、そのどうしようもない辛さを誰かに八つ当たりするんじゃねぇぞ。それで幸せになることなんてねぇんだからな」
 そのまま二人の影は見えなくなった。
 特大なブーメランが戻ってきた。辛くて辛くて、それを何かに八つ当たりして、それで一切幸せになれない自分がいる。その間違いを歩んで欲しくない。そう思ってしまうのはもう戻れないと踏んでいるからだった。
 近くの公園に行って、ひっそりとした木の影にもたれる。
 ため息をした。
「親は変えられないからな──」

 何も無い惰性の一日が幕を閉じた。
 それと同時に、何かあるか分からない一日が幕を開けた。けども、何も無い惰性の一日になるという予知は当たりそうだった。結局、何も無いまま一日が終わり、もう一人の自分に体を明け渡していった。
 再び目を覚ますと、そこは誰かの家の中だった。寝床から上がる。すぐに状況を把握し敷布団を片付けていった。
 座敷の上でスマホを広げる。すぐさまメモのアプリを開いた。
 クラボラ部はヒガナの引きこもりの状況を改善させようと考えているようだ。交流を図るため交換日記をつけているようだが、情報筋では上手くいっていないようだった。
「何やってんだ。あいつら。そこまでする義理もねぇだろうに」
 友達の家を出てからはどこかぶらつき歩く予定だったがその予定を止めた。
「珍しいね。学校行くって。火曜日って滅多に学校きてないから」
「まあな。ちょいと気になったことがあんだよ」
 学級の中にある椅子に座ると両足を机の上に乗せた。どこからともなく飛んでくる視線を掻い潜った先の黒板を睨む。
 退屈な時間も終わってしまえば単なる過ぎ去った時間。振り返れば時間がはやく過ぎるように感じる。
 誰もいなくなった教室に残り続ける。
 担任の清水 明しみず あきらは頭を掻きながら「校則についてなだが」と切り出してきた。
 なんだそんなことか。
 あまりにも興味が湧かなかった。
「一つ目に、色を染めるのは校則違反なんだよ」
「興味ねぇわ」
 長い髪がなびく。本当は短くしたいのだがもう一人の自分が許さない。その代わりに、色を染めることを強行している。この関係性を破る気は毛頭なかった。
 つまらない話は続くが、右耳から入っていくそれは左耳へと突き抜けては消えていった。彼をスルーして教室から離れていった。
 こうして校則違反して先生をシカトしていても退学にならないのはもう一人の自分が真面目だからだ。
 階段を降りて目的地へと向かった。その間に響く先生の声は止めるにはとても弱々しかった。すぐに諦めたかのように声どころか彼の音も着いてこなくなった。
 放送室、を通り越してすぐそこ。準備室の扉を開けていった。
 そこにはクラボラ部の世界が広がっていた。
「ここか。クラボラ部ってのは」
 赤く濁った瞳でその部屋を見通す。
「あれ、神崎さん。珍しいね」
 折り紙を二つに折り、細長い紙を作る。それを丸めて淵を糊でとめる。その間に細長い紙を入れ込んで同じように丸めてとめる。それを繰り返して丸の列を作っていた。
「折角だから神崎さんも参加していってよ。今は、写真部からの依頼で、今週開く写真集展示会の装飾を作っているんだ」
「いや、あたしは見てるだけにする」
「分かった。気が向いたらやってみて」
 黙々と透は装飾を作っていく。
 長く長くなっていく丸の列は、まさに蛇のようにうねりながら地面に這っていた。
「なあ、本当に引きこもりのヒガナと交流しようとしてんのか」
「うん。けど、上手くいってないんだよね」
 ひたすらにそれを作り続けている。足を置ける床の面積はその度に小さくなっていった。
「よく自分のためにならないのに誰かのためにやれるよな」
「それがボランティアなんだよ。それに、自分のためにならなくても、きっといつかは自分に返ってくると思うんだ」
 因果応報。よく言われるが、未だに実感できない。
「まあ「誰かのために」なんて考えたことなんてないけどね」
 純粋無垢な瞳の色だった。
 嫌らしい考えも打算的な考えも、そんな薄汚れたものとは違う真っ当さがある。これがボランティア部なのだと分かった。
「聞きてぇことがある。どうしてヒガナを助けたいなんて思ってんだ」
「最初は依頼がきて、いつものようにボランティアとしてこなそうとしていたけど。今ではさ、明るい世界を見せてあげたいなって強く思ってね」
「明るい世界か。そこで酷く傷ついて怖くなって暗い世界に引きこもっているとして、てめぇらは再び怖い世界に連れ戻そうとしてることに自覚あんのか」
「きっと酷く傷つく場所もあれば、そうじゃない幸せな場所だってあると思う。僕達はそんな場所に連れ出したいなって思ってる」
 体が勝手に動き始める。右手が折り紙を折り、曲げて、糊でくっつける。乱雑な丸が繋がっていく。「あめぇな」なんて口を動かしながらも頬は弛んでいた。
「好きだぜ。そういうのは」
 二人で丸を作り続け、すぐに依頼の分を達成させた。
 彼らなら信頼できる。そんな評定が頭の中で格付けされていた。

 目を覚ますとどこかの人のベッドの上。水曜日と木曜日は別の人格に体を明け渡す日である。金曜日の朝はいつも別の家で目を覚ます。
 すぐさまメモを確認する。ここは桜の家のようだった。
 ちょうど良いタイミングだ。ヒガナと話したいことがあった。
 桜の母がガチャンという扉を開ける音を出した。続いて桜も音を出して学校へと向かった。この家の中には二人のみが残っていた。
 階段を上がって右側の二つ目の部屋。その部屋に向かってノックする。扉にもたれながら、話してくるのを待った。
 すぐに向こう側から「どうしたの」と返事がきた。
 明るい赤色に光る。廊下は朝日をそのまま通し、朝の時間を伝えていた。
 扉の先は黒いカーテンで包まれた真っ黒な世界。辛うじて入り込む光が最低限の光を提供しても常に暗い。一日中が夜の時間だった。
 扉の隔てる朝と夜。
「あんたクラボラ部って奴らと連絡取り合ってるんだろ。奴らの本拠地に行ってきたんだ」
「どうだったの──」
「悪くなかったぜ。直接会ってみたらどうだ」
 静寂になった。
 その無音に紛れてその場から離れる。階段に足をかけた時に思ってもいなかった音が聞こえた。
 夜と朝が繋がった。朝が夜に入り込んできた。思わず夜になっていた方向へと振り返った。
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