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チャプター3
最後のリング part2
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午後23時45分
“彼“は今日もまた、夜景を見上げる。
彼にとって気持ちよく一人で居られる空間は、睡眠部屋ではなく、この屋上だった。
しかし、この日の夜は意外な邪魔者が入る。
マドレーヌ「毎日毎日、よく飽きませんね」
彼
「マドレーヌさん!・・・どうしてここに?」
マドレーヌ
「アナタと二人きりで話したかったので、ここに来ました」
彼
「どうして自分がここに居ると?」
マドレーヌ
「私は施設の責任者ですよ、ここにいる希望者達の行動は把握できています」
マドレーヌは、彼が望んでいた資料を渡した。
その資料とは、“エリーゼの過去”。
<エリーゼ・ドゥプレの記憶>
エリーゼの過去は、この世の"地獄"そのものだった。
子供にとっての仕事は、楽しむ事・遊ぶ事・笑う事。
男の子は外で活発にスポーツをする、家の中で友達とテレビゲームをする。
女の子は人形遊びか、手作り料理やお菓子などを作る。
大抵の子供時代はそんな物だが、エリーゼの子供時代は特殊だった・・・というよりハズレだった。
母は物心つく前に事故死、父にも早く"死んで"欲しいと願った。
父には男の味を無理やり、体に覚えさせられた。
恐怖でしかない、明日には人類に審判の日が訪れる日を毎日願った。
でもそう簡単に訪れない、そして生きていく、誰よりも早く"死"を身近に感じた子供時代だった。
15歳の頃に不良にデビュー。
同じ境遇の仲間達とつるむ様になり、家にも帰らなくなった。
そもそも家に帰りたくなかった、その理由は当然、父に会いたくなかったからだ。
女仲間も、自分程ではないが同様に冷たい環境で育った。
だからこそ、分かり合え、類は友を呼んだ。
彼女は充実したのだ、これが"友情"だと。
乙女の時期には、好きな男ができた。
彼女は実感したのだ、これが"恋"だと。
仲間も出来て、気が合う恋人も出来て、彼女は15年生きて、初めてこの世で幸福な時間でもあった。
しかし、結局自分は・・・獣達の欲を満たすだけの生物でしかなかった。
エリーゼが恋をした男は、自分の恋人が他の男に抱かれても、何とも思わない、ましてや自分の前で他の女仲間とキスをして体を絡ませる。
これが"普通"なのか、それとも父に弄ばされなければ、仲間同士の戯れが普通だと思えたのか?
彼女の中で、答えは出なかった。
成人を迎え、彼女が出した答えは・・・"死のう"。
エリーゼは雄との絡みに、快感を得た事はない。
憎しみはおろか、恋でも"感じない"と、彼女は実感したのだ。
レストガーデンで誰よりも幸せそうな彼女は、誰よりも悲劇のヒロインだった。
彼
「こんなの・・・あんまりだ」
これを見た彼は、余りにも胸糞の悪い記録の資料を破り捨てたくなった。
マドレーヌ
「本来なら安楽死の希望動機を、ここまで聡明に書かない、でも一日でも早く安楽死をするには、審査員に思いを強く望めばいい・・・エリーゼさんは、よほどこの世界が嫌いみたいですね」
彼も19歳の頃に安楽死申請を政府に提出した記憶がある。
でも他にも世界中から希望者が殺到しているため、審査員の判断により結局1年も待つ羽目になった。
彼は、エリーゼの過去を知った事に後悔する、そして脳内から今すぐにでも消し去りたかった。
そもそも何故マドレーヌは、一度拒んだのにエリーゼの資料を彼に見せたのか。
彼
「どうして・・・僕にこれを・・・マドレーヌさんらしくないですよ!」
マドレーヌ
「長い間、ここで働いてきたけど、私はアナタ達みたいに人に“幸福”を与えられる程、機転が利かない・・・そんな自分が憎いんです・・・私はただ“あの世行きの片道切符を切る”だけの役割」
彼
「・・・マドレーヌさん」
マドレーヌ
「・・・アナタ達を見ていると、何だか落ち着くの」
マドレーヌはそう言い、彼の前から去っていく。
マドレーヌもまた、希望者達と同様に己の人生に苦しんでいる一人だった。
5月6日午後23時30分
談話室は消灯時間残り30分になり、オカザキは後片付けをする。
グラスなどを洗い、水切りをして布で拭くのはオカザキの日課作業。
希望者の飲みたい飲み物を提供、そして談話室の軽い清掃が、彼の主な仕事だが、この男個人の仕事もある。
オカザキは床の掃除するため、円卓の上に椅子を上げている最中に、ある人物が談話室にやってきた。
やってきた人物は、私服姿の"彼"。
オカザキ
「・・・珍しいね、私服姿なんて、一瞬誰だか分からなかったよ」
彼
「・・・」
彼は暗い表情をしており、オカザキに何かを言いたげなオーラが漂っていた。
オカザキのもう一つの仕事は、希望者達の愚痴を聞く事。
この仕事は、温厚で冷静沈着な人物が適している。
決して否定せず、怒ったりもせず、最後は相手を納得する判断を提案。
これがオカザキの、もう一つの仕事だった。
"彼"は、ここに来て初めて外出をした、彼が外に出た理由は、高価な"買い物"をするため。
彼が全財産の10万円で、購入したかった物は"指輪"。
しかし、思ったよりも高値で、10万円の大金でも買えなかった。
一応10万円以下の安物の指輪があったが、安物を買うぐらいなら、わざわざ買わないと決断した。
この内容をオカザキに報告して、ミルクを飲みながら相談に乗ってもらった。
オカザキ
「というか、買った指輪は誰に渡すつもりだったんだい?」
彼
「・・・誰にって・・・自分が欲しいだけだよ」
オカザキ
「・・・もしかして、エリーゼちゃん?」
彼
「なぁ!・・・それだと自分がエリーの事を" 好き"みたいじゃないですか?」
オカザキ
「みたいじゃなく、"好き"なんでしょ?」
エリーゼはあと3日、彼は4日、残された時間は僅かしかない、彼は時間が惜しくなり始めた。
初日に目撃した、レストガーデンで結ばれた、同期同士のカップル。
彼は、あの夫婦の気持ちを理解した、なぜなら彼も、そうなったから。
たったの40日間の短い間で、夫婦となるなんて、"同じ傷を背負った者同士"は惹かれ合うなんだと。
彼もエリーゼに、感謝と好意を抱くようになり、例えもうすぐお互いこの世を去っても、結ばれたいと思った。
もしレストガーデンではなく、外の世界で出会っていたら、一緒に手を繋いで横に歩き公園を散歩する、喫茶店で向かい合わせに座って、コーヒーとミルクを飲む、もう公開されていないが、映画館で"タイタニック"を観る、映画を観終わった後に、自分達の関係はさらに深まる。
今となっては、叶わない"夢恋"。
オカザキ
「一緒に手を繋ぐ、おしゃれな喫茶店でコーヒーとミルクを飲む、もう公開されていない"タイタニック"を観る、そしてプロポーズ・・・出来るじゃないか!」
彼
「えっ!」
オカザキ
「全て出来ることだよ、この"レストガーデン"なら、キミが望んだ物が揃っているよ」
彼
「・・・確かに!」
彼が今までレストガーデンを彷徨ってる場所は、屋上・談話室・食堂・睡眠部屋・銭湯など多く出入りしていて、数回しか訪れてない場所は、広場公園・漫画喫茶・体育館。
行ったことがないのは、イチゴ狩り農園・売店・スポーツジム・そして映画館。
映画は新作は公開されないが、自分にとっては好都合だった。
票を集めれば、"タイタニック"は劇場で鑑賞出来る。
レストガーデンでは最低基準の生活しかしていないから、映画館などがある事を彼は、すっかりと忘れていた。
オカザキ
「そして・・・"指輪"もある」
オカザキは棚から、指輪ケースをカウンターに置き、中に入っている指輪を彼に見せる。
オカザキが彼に見せた指輪は、本物で出来た"ダイヤモンドリング"、鮮やかなゴールド色の指輪。
一般のサラリーマンでも、買うのを渋るほどの高価な代物。
彼
「こんな値打ちのある指輪を・・・僕に?」
オカザキ
「10万円でいいよ」
彼
「そんな・・・どう見たって100万円以上はするでしょ、流石に受け取れないよ」
オカザキ
「どうせもう・・・使う道はないさ」
オカザキは下を向き、過去を思い出して、悲しげな表情をする。
オカザキ
「本当に渡したかった人は・・・僕じゃなく、他の人の指輪を受け取った」
彼は、オカザキのセリフと表情から、過去にオカザキが高い所から飛び降りた動機が、今分かった。
彼
「・・・オカザキさん」
オカザキ
「それに、僕がここにいる理由は、みんなに生きて欲しいからかな」
彼
「・・・」
オカザキ
「僕も死者の国の一歩手前まで観光した、そして今は二本足でちゃんと立っている、"生きる"ってこんなにも清々しい物なんだねって、気づかされた・・・ここは本当に"天国"だよ」
オカザキは希望者達に"希望"を与えていた、安楽死反対派と共感的部分もあるが、大いに違いがあるのは、反対派集団は自分の考えを一方的に押し付けている。
しかしオカザキは、押し付けではなく、動けている間は、少しでも人間らしく生きて欲しい、それが彼の望みでもあるが、自分も過去に身を投げた過去があるため、希望者達に強引に"生きろ"とは言えない立場である事を理解している。
本当に優しい人間は、最後まで他人を"尊重"出来る人間なのかもしれない。
彼
「ありがたく・・・受け取ります」
彼はエリーゼに、想いを告げる覚悟をした。
オカザキ
「今のキミは、初めて見た時よりも、生気を感じるよ・・・見てて、自分の事のように嬉しくなる」
彼
「オカザキさんのおかげです・・・外の世界もオカザキさんみたいな人が多かったから、醜くないのに」
オカザキ
「それは違う、この建物の中にいるから"思いやり"を持てるだけさ」
5月7日午前6時
エリーゼ・ドゥプレの朝は早い。
どの希望者達よりも目を覚まし、食堂に向かう。
午前6時30分
朝食を食べ終えれば、漫画を読む為に"本の部屋"に向かう。
午前9時
本の部屋に用が無くなれば、談話室に向かう。
よく相席の仲間"彼"と話す予定でいたが、肝心の彼は今日は見当たらない。
いつもなら、自分より早く談話室に来て、テーブルに坐っているのだが、まだ姿を見せていない為、他の希望者達と痴話話をして、時間を潰す。
午後2時
"彼"を待つ為に、同期や新人の希望者達と相席したが、味気なさを感じたエリーゼ。
待ちきれずに、先程まで彼の居そうな場所を見回ってみた。
本の部屋・広場公園・イチゴ狩り・彼の部屋・屋上、どこにも居なかった。
親しいオカザキに聞いてみたが、オカザキ本人も今日はまだ一度も見ていないらしい。
"彼"との待ち合わせ場所といえば談話室、相席で1番会話が弾むといえば"彼"。
でもどうしてか彼の姿が視界に映らない、私より1日後に安楽死のはず。
生きてるのは確か、なら施設のどこかにいるはず。
エリーゼは彼と初めて出会った時を懐かしむ。
<4月1日に、談話室で目が合う前、私は彼よりも先に視界に捉えた。
光を感じない死人の様な目、生きてるのに魂は失ってると感じさせる、あの"目"は私も持っている。
派手に化粧をして、派手に大笑いして、暴れ回っていた頃、自分を偽っていた私も死人の目をしていた。
男なんて女を遊ぶ為のおもちゃとしか思っていない、気持ち悪い物体。
"彼"も同じだと思い、試す事にした。
下心を持った化けの皮を剥がしてやる、そう企んだけど、彼はまだ私の肌に一度も触れていない。
気分を害す行為は何もしていない、気持ち悪さを感じない。
それでも皮を被っている可能性は捨てきれない、なんせここにいるのは40日間だけ、友達から恋人に変化するには、迅速でなければいけない。
でもだからこそ気になる、彼は外の世界では、どんな存在なのか?
自分とは無関係なのに、引退した元プロレスラーの心を救う事に一躍買った姿には感動を覚えた。
人を救うのには、心に余裕がいる。
彼は善人なのか、それとも・・・>
午後15時
エリーゼは残された時間を、彼と一緒に過ごしたかったが、結局、彼はどこにも見当たらない為、談話室を後にする事にした。
談話室を出てすぐに、彼が視界に映った。
彼
「・・・エリー」
エリーゼは彼に何も告げず、その場を立ち去る。
彼
「エリー、話したい事があったんだ、ちょっと待って」
エリーゼは無視して、彼にそっぽ向く。
彼はエリーゼが怒っていると感じた。
彼が姿を現した事でエリーゼは内心は嬉しかったが、素直になれずにいた。
エリーゼ
「今さら姿を見せても、もう遅いわ、今は自分の部屋に戻って寝たい気分なの」
彼
「今さら・・・ずっと待ってたの、談話室で?」
エリーゼは図星で、顔が真っ赤になり、つい本心を明かしてしまった。
エリーゼ
「別にずっとじゃないわ、少しの間だけよ、今日は居ないんだなって思っただけだから、勘違いしないでよね」
エリーゼは、似つかわしくないツンデレを発動する。
彼
「そうなんだ・・・よかった」
エリーゼ
「それで、なんか用?」
彼
「エリー、明日僕とデートして欲しいんだ」
エリーゼ
「・・・デート?」
彼
「今日は票を集めに回ってたんだ、出来るだけ多く集めて、明日確実に"タイタニック"を映画館で鑑賞する為に」
エリーゼ
「票って・・・その為に今日は全然姿を見せなかったの?」
彼
「・・・もうキミと居られる時間は、明日しかない、このレストガーデンの全ての施設を回って、キミとの思い出を作りたい」
エリーゼ
「・・・それって」
彼
「ダメ・・・かな?」
エリーゼは、照れる表情を隠す為に、彼に自分の背中を見せる。
そして返答する。
エリーゼ
「明日の朝、6時に本の部屋に集合」
彼
「えっ、6時!」
エリーゼ
「それぐらい早く起きないと、全部は回れないわ、ワンピースだってまだ未読なんだから・・・遅れないでよね」
彼は、デートの了承を得た事で安堵した。
そして微笑みながら、礼を言う。
彼
「ありがとう、"時間"をくれて」
5月8日、"彼"とエリーゼの一生に一度のデートが始まる。
"さらば、レストガーデン"に続く
“彼“は今日もまた、夜景を見上げる。
彼にとって気持ちよく一人で居られる空間は、睡眠部屋ではなく、この屋上だった。
しかし、この日の夜は意外な邪魔者が入る。
マドレーヌ「毎日毎日、よく飽きませんね」
彼
「マドレーヌさん!・・・どうしてここに?」
マドレーヌ
「アナタと二人きりで話したかったので、ここに来ました」
彼
「どうして自分がここに居ると?」
マドレーヌ
「私は施設の責任者ですよ、ここにいる希望者達の行動は把握できています」
マドレーヌは、彼が望んでいた資料を渡した。
その資料とは、“エリーゼの過去”。
<エリーゼ・ドゥプレの記憶>
エリーゼの過去は、この世の"地獄"そのものだった。
子供にとっての仕事は、楽しむ事・遊ぶ事・笑う事。
男の子は外で活発にスポーツをする、家の中で友達とテレビゲームをする。
女の子は人形遊びか、手作り料理やお菓子などを作る。
大抵の子供時代はそんな物だが、エリーゼの子供時代は特殊だった・・・というよりハズレだった。
母は物心つく前に事故死、父にも早く"死んで"欲しいと願った。
父には男の味を無理やり、体に覚えさせられた。
恐怖でしかない、明日には人類に審判の日が訪れる日を毎日願った。
でもそう簡単に訪れない、そして生きていく、誰よりも早く"死"を身近に感じた子供時代だった。
15歳の頃に不良にデビュー。
同じ境遇の仲間達とつるむ様になり、家にも帰らなくなった。
そもそも家に帰りたくなかった、その理由は当然、父に会いたくなかったからだ。
女仲間も、自分程ではないが同様に冷たい環境で育った。
だからこそ、分かり合え、類は友を呼んだ。
彼女は充実したのだ、これが"友情"だと。
乙女の時期には、好きな男ができた。
彼女は実感したのだ、これが"恋"だと。
仲間も出来て、気が合う恋人も出来て、彼女は15年生きて、初めてこの世で幸福な時間でもあった。
しかし、結局自分は・・・獣達の欲を満たすだけの生物でしかなかった。
エリーゼが恋をした男は、自分の恋人が他の男に抱かれても、何とも思わない、ましてや自分の前で他の女仲間とキスをして体を絡ませる。
これが"普通"なのか、それとも父に弄ばされなければ、仲間同士の戯れが普通だと思えたのか?
彼女の中で、答えは出なかった。
成人を迎え、彼女が出した答えは・・・"死のう"。
エリーゼは雄との絡みに、快感を得た事はない。
憎しみはおろか、恋でも"感じない"と、彼女は実感したのだ。
レストガーデンで誰よりも幸せそうな彼女は、誰よりも悲劇のヒロインだった。
彼
「こんなの・・・あんまりだ」
これを見た彼は、余りにも胸糞の悪い記録の資料を破り捨てたくなった。
マドレーヌ
「本来なら安楽死の希望動機を、ここまで聡明に書かない、でも一日でも早く安楽死をするには、審査員に思いを強く望めばいい・・・エリーゼさんは、よほどこの世界が嫌いみたいですね」
彼も19歳の頃に安楽死申請を政府に提出した記憶がある。
でも他にも世界中から希望者が殺到しているため、審査員の判断により結局1年も待つ羽目になった。
彼は、エリーゼの過去を知った事に後悔する、そして脳内から今すぐにでも消し去りたかった。
そもそも何故マドレーヌは、一度拒んだのにエリーゼの資料を彼に見せたのか。
彼
「どうして・・・僕にこれを・・・マドレーヌさんらしくないですよ!」
マドレーヌ
「長い間、ここで働いてきたけど、私はアナタ達みたいに人に“幸福”を与えられる程、機転が利かない・・・そんな自分が憎いんです・・・私はただ“あの世行きの片道切符を切る”だけの役割」
彼
「・・・マドレーヌさん」
マドレーヌ
「・・・アナタ達を見ていると、何だか落ち着くの」
マドレーヌはそう言い、彼の前から去っていく。
マドレーヌもまた、希望者達と同様に己の人生に苦しんでいる一人だった。
5月6日午後23時30分
談話室は消灯時間残り30分になり、オカザキは後片付けをする。
グラスなどを洗い、水切りをして布で拭くのはオカザキの日課作業。
希望者の飲みたい飲み物を提供、そして談話室の軽い清掃が、彼の主な仕事だが、この男個人の仕事もある。
オカザキは床の掃除するため、円卓の上に椅子を上げている最中に、ある人物が談話室にやってきた。
やってきた人物は、私服姿の"彼"。
オカザキ
「・・・珍しいね、私服姿なんて、一瞬誰だか分からなかったよ」
彼
「・・・」
彼は暗い表情をしており、オカザキに何かを言いたげなオーラが漂っていた。
オカザキのもう一つの仕事は、希望者達の愚痴を聞く事。
この仕事は、温厚で冷静沈着な人物が適している。
決して否定せず、怒ったりもせず、最後は相手を納得する判断を提案。
これがオカザキの、もう一つの仕事だった。
"彼"は、ここに来て初めて外出をした、彼が外に出た理由は、高価な"買い物"をするため。
彼が全財産の10万円で、購入したかった物は"指輪"。
しかし、思ったよりも高値で、10万円の大金でも買えなかった。
一応10万円以下の安物の指輪があったが、安物を買うぐらいなら、わざわざ買わないと決断した。
この内容をオカザキに報告して、ミルクを飲みながら相談に乗ってもらった。
オカザキ
「というか、買った指輪は誰に渡すつもりだったんだい?」
彼
「・・・誰にって・・・自分が欲しいだけだよ」
オカザキ
「・・・もしかして、エリーゼちゃん?」
彼
「なぁ!・・・それだと自分がエリーの事を" 好き"みたいじゃないですか?」
オカザキ
「みたいじゃなく、"好き"なんでしょ?」
エリーゼはあと3日、彼は4日、残された時間は僅かしかない、彼は時間が惜しくなり始めた。
初日に目撃した、レストガーデンで結ばれた、同期同士のカップル。
彼は、あの夫婦の気持ちを理解した、なぜなら彼も、そうなったから。
たったの40日間の短い間で、夫婦となるなんて、"同じ傷を背負った者同士"は惹かれ合うなんだと。
彼もエリーゼに、感謝と好意を抱くようになり、例えもうすぐお互いこの世を去っても、結ばれたいと思った。
もしレストガーデンではなく、外の世界で出会っていたら、一緒に手を繋いで横に歩き公園を散歩する、喫茶店で向かい合わせに座って、コーヒーとミルクを飲む、もう公開されていないが、映画館で"タイタニック"を観る、映画を観終わった後に、自分達の関係はさらに深まる。
今となっては、叶わない"夢恋"。
オカザキ
「一緒に手を繋ぐ、おしゃれな喫茶店でコーヒーとミルクを飲む、もう公開されていない"タイタニック"を観る、そしてプロポーズ・・・出来るじゃないか!」
彼
「えっ!」
オカザキ
「全て出来ることだよ、この"レストガーデン"なら、キミが望んだ物が揃っているよ」
彼
「・・・確かに!」
彼が今までレストガーデンを彷徨ってる場所は、屋上・談話室・食堂・睡眠部屋・銭湯など多く出入りしていて、数回しか訪れてない場所は、広場公園・漫画喫茶・体育館。
行ったことがないのは、イチゴ狩り農園・売店・スポーツジム・そして映画館。
映画は新作は公開されないが、自分にとっては好都合だった。
票を集めれば、"タイタニック"は劇場で鑑賞出来る。
レストガーデンでは最低基準の生活しかしていないから、映画館などがある事を彼は、すっかりと忘れていた。
オカザキ
「そして・・・"指輪"もある」
オカザキは棚から、指輪ケースをカウンターに置き、中に入っている指輪を彼に見せる。
オカザキが彼に見せた指輪は、本物で出来た"ダイヤモンドリング"、鮮やかなゴールド色の指輪。
一般のサラリーマンでも、買うのを渋るほどの高価な代物。
彼
「こんな値打ちのある指輪を・・・僕に?」
オカザキ
「10万円でいいよ」
彼
「そんな・・・どう見たって100万円以上はするでしょ、流石に受け取れないよ」
オカザキ
「どうせもう・・・使う道はないさ」
オカザキは下を向き、過去を思い出して、悲しげな表情をする。
オカザキ
「本当に渡したかった人は・・・僕じゃなく、他の人の指輪を受け取った」
彼は、オカザキのセリフと表情から、過去にオカザキが高い所から飛び降りた動機が、今分かった。
彼
「・・・オカザキさん」
オカザキ
「それに、僕がここにいる理由は、みんなに生きて欲しいからかな」
彼
「・・・」
オカザキ
「僕も死者の国の一歩手前まで観光した、そして今は二本足でちゃんと立っている、"生きる"ってこんなにも清々しい物なんだねって、気づかされた・・・ここは本当に"天国"だよ」
オカザキは希望者達に"希望"を与えていた、安楽死反対派と共感的部分もあるが、大いに違いがあるのは、反対派集団は自分の考えを一方的に押し付けている。
しかしオカザキは、押し付けではなく、動けている間は、少しでも人間らしく生きて欲しい、それが彼の望みでもあるが、自分も過去に身を投げた過去があるため、希望者達に強引に"生きろ"とは言えない立場である事を理解している。
本当に優しい人間は、最後まで他人を"尊重"出来る人間なのかもしれない。
彼
「ありがたく・・・受け取ります」
彼はエリーゼに、想いを告げる覚悟をした。
オカザキ
「今のキミは、初めて見た時よりも、生気を感じるよ・・・見てて、自分の事のように嬉しくなる」
彼
「オカザキさんのおかげです・・・外の世界もオカザキさんみたいな人が多かったから、醜くないのに」
オカザキ
「それは違う、この建物の中にいるから"思いやり"を持てるだけさ」
5月7日午前6時
エリーゼ・ドゥプレの朝は早い。
どの希望者達よりも目を覚まし、食堂に向かう。
午前6時30分
朝食を食べ終えれば、漫画を読む為に"本の部屋"に向かう。
午前9時
本の部屋に用が無くなれば、談話室に向かう。
よく相席の仲間"彼"と話す予定でいたが、肝心の彼は今日は見当たらない。
いつもなら、自分より早く談話室に来て、テーブルに坐っているのだが、まだ姿を見せていない為、他の希望者達と痴話話をして、時間を潰す。
午後2時
"彼"を待つ為に、同期や新人の希望者達と相席したが、味気なさを感じたエリーゼ。
待ちきれずに、先程まで彼の居そうな場所を見回ってみた。
本の部屋・広場公園・イチゴ狩り・彼の部屋・屋上、どこにも居なかった。
親しいオカザキに聞いてみたが、オカザキ本人も今日はまだ一度も見ていないらしい。
"彼"との待ち合わせ場所といえば談話室、相席で1番会話が弾むといえば"彼"。
でもどうしてか彼の姿が視界に映らない、私より1日後に安楽死のはず。
生きてるのは確か、なら施設のどこかにいるはず。
エリーゼは彼と初めて出会った時を懐かしむ。
<4月1日に、談話室で目が合う前、私は彼よりも先に視界に捉えた。
光を感じない死人の様な目、生きてるのに魂は失ってると感じさせる、あの"目"は私も持っている。
派手に化粧をして、派手に大笑いして、暴れ回っていた頃、自分を偽っていた私も死人の目をしていた。
男なんて女を遊ぶ為のおもちゃとしか思っていない、気持ち悪い物体。
"彼"も同じだと思い、試す事にした。
下心を持った化けの皮を剥がしてやる、そう企んだけど、彼はまだ私の肌に一度も触れていない。
気分を害す行為は何もしていない、気持ち悪さを感じない。
それでも皮を被っている可能性は捨てきれない、なんせここにいるのは40日間だけ、友達から恋人に変化するには、迅速でなければいけない。
でもだからこそ気になる、彼は外の世界では、どんな存在なのか?
自分とは無関係なのに、引退した元プロレスラーの心を救う事に一躍買った姿には感動を覚えた。
人を救うのには、心に余裕がいる。
彼は善人なのか、それとも・・・>
午後15時
エリーゼは残された時間を、彼と一緒に過ごしたかったが、結局、彼はどこにも見当たらない為、談話室を後にする事にした。
談話室を出てすぐに、彼が視界に映った。
彼
「・・・エリー」
エリーゼは彼に何も告げず、その場を立ち去る。
彼
「エリー、話したい事があったんだ、ちょっと待って」
エリーゼは無視して、彼にそっぽ向く。
彼はエリーゼが怒っていると感じた。
彼が姿を現した事でエリーゼは内心は嬉しかったが、素直になれずにいた。
エリーゼ
「今さら姿を見せても、もう遅いわ、今は自分の部屋に戻って寝たい気分なの」
彼
「今さら・・・ずっと待ってたの、談話室で?」
エリーゼは図星で、顔が真っ赤になり、つい本心を明かしてしまった。
エリーゼ
「別にずっとじゃないわ、少しの間だけよ、今日は居ないんだなって思っただけだから、勘違いしないでよね」
エリーゼは、似つかわしくないツンデレを発動する。
彼
「そうなんだ・・・よかった」
エリーゼ
「それで、なんか用?」
彼
「エリー、明日僕とデートして欲しいんだ」
エリーゼ
「・・・デート?」
彼
「今日は票を集めに回ってたんだ、出来るだけ多く集めて、明日確実に"タイタニック"を映画館で鑑賞する為に」
エリーゼ
「票って・・・その為に今日は全然姿を見せなかったの?」
彼
「・・・もうキミと居られる時間は、明日しかない、このレストガーデンの全ての施設を回って、キミとの思い出を作りたい」
エリーゼ
「・・・それって」
彼
「ダメ・・・かな?」
エリーゼは、照れる表情を隠す為に、彼に自分の背中を見せる。
そして返答する。
エリーゼ
「明日の朝、6時に本の部屋に集合」
彼
「えっ、6時!」
エリーゼ
「それぐらい早く起きないと、全部は回れないわ、ワンピースだってまだ未読なんだから・・・遅れないでよね」
彼は、デートの了承を得た事で安堵した。
そして微笑みながら、礼を言う。
彼
「ありがとう、"時間"をくれて」
5月8日、"彼"とエリーゼの一生に一度のデートが始まる。
"さらば、レストガーデン"に続く
0
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