【完結】銀鳴鳥の囀る朝に。

弥生

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金鳴鳥の囀る朝に。

金鳴鳥の囀る朝に。 第一話

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 銀の星が降り注ぎ、翼に当たりて輝く鳥となる。銀に染めたる美しい鳥は、心を映す鏡となるだろう。
 月の光を滴に変えて、翼に纏いて輝く鳥となる。金に染めたる美しい鳥は、全ての願いを叶えるだろう。
 
 囀れ銀よ、高らかに。その美しい響きを世界に波紋させよ。
 囀れ金よ、高らかに。その美しい響きは世界を波紋するだろう。

 なれど忘れてはならぬ。人の欲によって翼を銅に染める鳥は、災いを波紋させるだろう。
 金鳴鳥は人の願いを叶え、銀鳴鳥は人に希望を授け、銅鳴鳥は人に絶望を与える。
 
 囀れ銀よ、高らかに。その美しい響きを世界に波紋させよ。
 囀れ金よ、高らかに。その美しい響きは世界を波紋するだろう。

  
 ~口伝にて残る『銀鳴鳥の子守歌』より~


 混乱が生じた広場を抜けて、二人の青年が駆けている。
 一人は誰もが振り返るような美丈夫で、その目線は前へと注がれている。
 彼に手を引かれて走る細身の青年は、戸惑ったような表情を浮かべながら、ただ先を行く彼の背中を見つめていた。
 死ぬ定めだったはずの青年はひた走る。
 ――予想しえないまだ見ぬ先へ。
 
「グラディウス待ってくれ、状況がわからない!」
「ちっあの亡霊ファントムだか幽霊ゴーストだかしらねぇが、あいつが言っていただろう。“行け!”って。素直に聞くのは癪だが、あのままだとお前に責任負わせられるかもしれねぇだろ!」
「だけど、王国の騎士たる僕たちが逃げるのは……」
「アイルっ! 俺はお前に言いたいことがありすぎてキレそうなんだが! ともかく、隣国へのケジメとして本物の王子の首が届けられるだろうよ! 首を刎ねた実行犯のあの男は知らねぇ。だが恐らく……捕まることはないだろうな。犯人を逃がしたとあっちゃぁ示しが付かない。王族はその責任をどうにかして取らせるだろうよ」
 
 グラディウスはその先を見たわけではないが、何となく予測が付いていた。
 王族や宰相などが、国の面子を保つために何をするのかは……今までの事を考えれば嫌でも予想が付く。
 
「その覚悟はとっくに……」
「ふざけるな! お前、その言葉、絶対に俺の前で言うんじゃねぇよ。……頼むからよ、その言葉だけは言うんじゃねぇ」
「グラディウス……」
「お前にはわからねぇだろうよ。あの広場で俺がどんな思いでお前を見上げたかなんざ」
 隣にあった熱が消えていた朝に、どんな想いで起きたのか。
 やっと自分の心に気が付いたのに、その想いを告げる相手はすでにおらず、外から告げられたのは最悪の知らせ。
 
 グラディウスは味わっていた。
 心臓が握りつぶされるかと思う程の絶望を。
 大切な物を失うかもしれないあの恐ろしさを。
 
「王国を出るぞ。全てはそこからだ。次に『僕は死んでも良かった』なんて言ってみろ。口を塞いで担いでいくからな」
「……わかった。でも、僕の事情に君を巻き込む訳には」
「何もわかってねーだろ! この手を取った瞬間に俺“たち”の事情になったんだ! アイル・ラスター、覚悟を決めろ! お前はもう決められた道から外れていいんだ。自由に生きるんだよ!」
「グラディウス……」

 アイルは、こちらを振り向かずに走るグラディウスを見つめた。
 あの時、何が起きたのか理解できていない。
 全ての覚悟を決めて死ぬはずだったのに、今こうして……彼に手を引かれている。

「このまま街の外に行きたいが、その前に路銀と足が必要だな」
「あの子を、シリルを迎えに行かないと……」
「あ? シリル?」
「君に託した銀鳴鳥だ」
 鳥? と聞いてグラディウスは思い当たる。昨日預かった鳥だ。あまりにも朝から色々な事がありすぎて、すっかり忘れていた。
「一旦宿舎に戻るか。……ほとんどの騎士が今朝の公開処刑に出払っている。最悪路銀が幾ばくかあればいいだろ」
「シリルも」
「わかったわかった」
 
 辺りは予想通り静けさで、騎士宿舎に併設されている厩舎の馬を刺激しないように静かに中へと入っていった。
「アイル、荷物まとめたら俺の部屋に。すぐに出立するからな」
「わかった」
 
 アイルはこくりと小さく頷くと、グラディウスと別れ自室に戻った。
 がらんとした自分の部屋には何もなく、机の上には形見分けとして残した包みがあるばかり。
 後輩に残した数冊の本と彼に残した短剣と長剣。
 昨日部屋を片付けた時には、本当にこれだけしか残らなかった。
 処理して欲しいと分けておいた地味な私服の中から、急いで着替えを済ます。
 王子の身代わりとして着ていた処刑の為の服はあまりにも白く、脱いだことで少しだけ自分が戻ってきたようだった。
 外套を羽織り、持てる分だけの着替えを入れたら荷造りは終わってしまった。
 
 いつもの癖で腰に手を当て……帯刀していない事に違和感を持つ。
 けれども、アイルが身代わりの騎士を拝命した時に得た剣を持つ事は躊躇われた。
 国から出る自分は、その役目を放棄してしまった。……持って行くことなどできはしない。
 首を振って荷を抱えなおすと、外に向かう。
 もう戻ってくることはないと思っていた部屋に二度目の別れを告げた。
 早朝は、心に何も持たずにこの部屋を出た。
 けれども今は憂慮すべきことがありすぎて、たった数時間しか違わないのに心持ちはこんなにも違う。
 
 アイルはそれがどこか不思議で切なくて、戻ってきた未来がじんわりと胸に浸透していっているかのようだった。


 
「まって、へそくり。絶対どこかにあったはずだって!」

 自分の部屋に戻って来たグラディウスは頭を抱える。
 早朝にアイルが片付けをしてくれた部屋以外は樹海と化していた。
 遠征の為の荷は部屋の片隅に放り捨てられていた。整理をしていない為に、中には火打石やランタン、小型ナイフ、傷薬などの必要最低限のものが残されていた。
 ……少々匂うが問題はない。余白に服等を捩じ込む。……酒も惜しくて二本入れた。
 財布の中身はとても寂しく、娼館で羽目を外した数日前の自分を恨んだ。
 旅をするにも路銀が必要と何か残っていないかと部屋を捜索したが、虚無感が募る。

「ピィ! ピィ!!」
「うぉっびっくりした!」
 綺麗なさえずりに驚けば、昨夜酒を飲み交わした部屋の隅の鳥籠から鳴き声がした。
 銀鳴鳥が起きたのだろう。
 鳥籠に掛けられていた布を外す。
「……お腹が、すいたのか?」
「シリル! ……カワイイ! ……シリル!! ……ゴハンアゲヨウ!!」
 そこにいたのは、今までに見たことがない程に美しい銀鳴鳥だった。
 
「あーくそ、すぐにここを離れないといけないのに。でも騒がれるのも面倒だな」
 昨日アイルが置いていった袋から魔石を数粒取り出す。
 だが、銀鳴鳥は首を傾げる。
「シリル……カワイイ! シリル……アイシテイル……アイル……アイル……ドコ?」
「ええ? お前の飼い主はもうすぐ来るって」
「アイル……アイル……! シリル……イイコ……アイル……ドコ?」
「いや、だからアイルは……」
「ピィ! ピィィィ!!」
 ばさばさと銀鳴鳥は暴れ出す。
 鳥籠に羽が当たるのも構わず怯えたように、恐れたように、アイル? アイル、ドコ? と騒ぎ出す。
 銀色の美しい羽が抜け落ちて舞う。
「あぁくそ、落ち着けって!」
 グラディウスはなんとか落ち着かせようとするが、混乱したようにピィピィと鳴くばかり。
 
「グラディウス、どうかしたのか?」
 声を掛けたけれど聞こえなかったようなので……とアイルは申し訳なさそうに部屋に入ってきた。
「おい、お前の鳥が暴れて……」
「シリル……!」
 アイルは慌てて鳥籠まで向かう。
「シリル、シリル落ち着いて……」
 アイルの優しい声にシリルは反応したのか、ピィィィっと一声高く鳴いた。
「シリル……シリル……イイコ……ホメテアゲヨウ……アイル……ドコ?」
「ここにいるよ、シリル」
「アイル……ココ……アイル……ココ! シリル……イイコ……ステナイ? アイル……イル? ズット……イッショ……?」
 シリルが親鳥とはぐれた雛鳥のような不安そうに囀る。
「……っ。シリルは……いい子だよ。とてもいい子だ」
「シリル……イイコ! アイル……シリル……ダイスキ!」
 シリルの言葉は他の銀鳴鳥と比べても上手くはない。今でも片言で、覚えて欲しい言葉は覚えてもらえない。
 けれども。シリルが不安そうに囀るのはきっと……。
「ごめんね、ごめん。君を、置いて逝こうとして。本当にごめんね」
 かしゃんと鳥籠に額を寄せる。
 伏せた睫毛から涙が溢れ出す。
 自分の覚悟はできていた。
 何も思い残す事などないのだと。けれども……。
「そうだね、君を遺してはいけない……」
 シリルは銀鳴鳥の品評会で、王子の都合の悪い事を囁いて切り捨てられそうになった。
 その時にできた傷はこの子に人への不信を抱かせる事となった。
 最初は威嚇され、餌も食べては貰えなかった。
 それから長い時間をかけて、関係を紡いでいった。

「アイル……イッショ? ステナイ……?」
 鳥籠に掛かるアイルの前髪を、シリルがつんつんと嘴で突いた。
「ふふっ君みたいな素敵な子を、捨てるわけないじゃないか」
「シリル! ……カワイイ! ……シリル!! ……ゴハンアゲヨウ!!」
「そうだね、そうだ。これから知らない場所に行くからね。その前に餌をたっぷりとあげよう」
 アイルは涙を拭ってシリルに魔石を与えた。
 さきほどグラディウスの手からは食べなかったのに、シリルは嬉しそうに魔石をついばむ。
 美味しいと、綺麗な鳴き声で歌うように囀る。
 
「……」
 グラディウスは、それはそれは複雑そうな目で腕を組んで見守っていた。
「僕のほうは荷支度は済んだけれど、君のほうは……って何だろう。その微妙そうな顔は……」
「……あれだけ言って全然響かなかったのに俺は鳥に負けて……いや、なんでもない。お前がそう思い直してくれるなら何でもいい。俺の方はもう少しだ」
 アイルはグラディウスの部屋を見渡す。
「……盗賊が、部屋を荒らしたのか……?」
 グラディウスはへそくりを探そうと部屋中をひっくり返していた。惨状はまさしくそれに近いものがあった。
「違う。俺が部屋を荒らしたんじゃない。部屋が俺に耐え切れずに荒れたんだ」
「手伝うよ」
 アイルはくすりと笑う。
 従騎士時代に同室だった彼が部屋を荒らしていた時と同じ事を言っていたので、懐かしくなってしまう。
「君の事だ。きっとここらへんに……あった」
 アイルは腕をまくると目当ての場所に手を入れて袋を取り出す。
「他は大丈夫かい?」
 グラディウスはアイルからその袋を受け取ると、そこにはへそくりとして置いてあった金子と褒賞の魔石などが入っていた。
「これだけあれば当分は大丈夫そうだな。……ちっ俺以上に場所わかっているな」
「まぁ、部屋を片付けるのは僕の担当だったからね。君は先輩から譲り受けた本なども同じ場所に隠していたから」
 グラディウスが先輩から譲り受けた本は所謂そういう本だ。グラディウスは目元を手で覆う。
 アイルは気にせず、腹が満たされて羽繕いをしはじめたシリルに布を被せて鳥籠を持つ。
「シリル、少し揺れるが少し我慢してくれ」
「ピィ!」
 シリルは返事をするように鳴いた。
 
 グラディウスも遠征用の外套を身に纏い、支度をしていった。
「アイル」
 振り向いたアイルに、グラディウスが自身が使っていた剣を渡した。
「剣だ。いるだろう?」
「君のは」
「……さっき断頭台の前であの男が渡した剣。あれがある」
 使い古された剣、何故だか手に馴染むあの剣を使えと言われたような気がした。
「行くぞ」
 そうして部屋を立つ。
 
 今度は、二人と一羽で。

 
 
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