【完結】銀鳴鳥の囀る朝に。

弥生

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金鳴鳥の囀る朝に。

金鳴鳥の囀る朝に。 第三話

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 グラディウスは黒馬を走らせながら思考を巡らせていた。
 
 アイルが身代わりの騎士として処刑されそうになっていた事。
 それを助けたのが壮年の男で、隻眼ながらも隙はなく、騎士団長とも対等以上に競り合っていた凄腕だった事。
 その男から、剣を託された事。

「何がどうなってやがる」
 今思い返してみても断頭台に登るアイルの姿は、心臓を鷲掴みにされたほど恐ろしく思えた。
 何の憂いもなく前を向き、凛とした姿が余計グラディウスの心を蝕んだ。
 あの壮年の男がいなかったら、アイルはそのまま……。
 そう思えば思う程に複雑な気持ちが臓腑から溢れそうになる。
「アイル……どうしてだ。何で……言ってくれなかった。俺たちの間柄は、そんなもんだったのかよっ。……くそっ」
 
 程なくして村に辿り着けば、グラディウスは雑貨屋を訪ね歩き、小さな店で森を越えるのに必要な道具を揃えた。
 路銀が足りるかどうか心配していたが、魔物避けの道具を発動させるための魔石が不足していたという事もあり、手持ちの魔石を幾つか交換して事なきを得た。
 教えてもらった食料を扱う店で保存食とすぐに食べられるもの、馬たちを労う為にリンゴもひと籠買った。
 荷を黒馬に括りつけていると匂いで果物があるとわかったのか、やたらと嗅がれるのでしょうがないなとグラディウスは苦笑しながらその場で一つ馬に食べさせた。
 
 少し遅くなってしまったが、グラディウスは村での調達を終えた。
 リンゴの賄賂が効いたのか、ご機嫌に走らせる黒馬に身を任せながら物思いにふける。
 
 ふと思い出したが、アイルは広場から逃げる時も戸惑っている様子だった。
 身代わりとなって死ぬ事を強いられても、騎士として未練があるかのように。
 グラディウスだって王国につるぎを捧げた騎士の一人だ。
 敵国から国を守り、魔獣を屠り、民を守る。
 その中で運が悪ければ自身が死ぬことを騎士として覚悟を決めていた。
 だが、アイルのそれは違う。
 アイルのそれは……クソな王子の身代わりとなるのは……戦場で死力を尽くした後の死ではない。
 なのに彼はどうして……。
 眉をひそめながら考えていると、ふと思い当たる事がある。
「守りたい相手がいたからか」
 彼がそうまでして守りたい相手。
 その存在に思い当たると、グラディウスはぎりりと奥歯を噛み締める。
「あいつが惚れた男……」

 あの生真面目で堅物が服を着ているような男が、惚れた男。
 処女は面倒くさいとの言葉を聞いて、あいつが他の男に処女を捨てさせる事を決意させた……。
 
『処女を捨てたいのだが、協力してもらえないだろうか』

 昨夜のアイルの真剣な眼差し。

「そんなクソの様な男やめとけよ。……俺にしとけって。俺の方が絶対顔も良いしテクもあるって」
 強い悋気りんきが胸を焼き尽くす。
 
 自身に芽生えた強い感情に振り回される。
 今までの恋愛経験からすれば、そんな面倒な相手なんて選ぶはずもない。
 いつだって駆け引きはベッドの上で。振られて落ち込むこともあるが、モテない訳ではない。次の相手はすぐに見つかる。

 なのに、十代の頃の以上にこんなにも感情に振り回される。
 俺を見ろよ。俺にしておけよ。
 俺ならお前をそんなに思い詰めたりさせない。
 俺なら……俺ならお前を……ずっと幸せにするのに。
 直接言えない言葉が喉奥に溜まる。
 
 親友としての言葉は留まることなく口に出せた。
 だが、片想いの相手への言葉は、どれも悋気が混じって上手く言葉にできない。

「あぁくそ、しっかりしろグラディウス・レイジ! 迷うな。何をすればいいのかはもうわかっているだろう」
 早く、会いたい。
 早く、あいつに。あいつが生きていると、そこにいるのだと感じたい。

 言葉はうまく纏まらないのに、会いたいとの気持ちばかりが胸を焦がした。

 
 
 しばらく湖畔で休んだためか、アイルの体調も少し回復した。
 撫でていた金の鳥は少し前に飛び立った。
 とても惜しむように、近くの木に止まっては振り返りながら、ゆっくりと飛び去って行った。
 その姿に一瞬手を伸ばしかけたが、止めてはいけないと思い留まる。
 きっとあの美しい鳥は壮年の男の元に戻ったのだろう。
 
 ここまで付いてきてくれた愛馬の世話をするために立ち上がろうとすると、シリルは右脇に頭を差し込みながら眠りかけていた。
 ふくふくになった姿を見て微笑しながら、そっと鳥籠に戻す。
「少し疲れてしまったね。おやすみ、シリル」
 優しく囁くと鳥籠を布で覆った。

 アイルの愛馬は水と草を十分に取る事ができたのか、湖畔の側で大人しくしていた。
 持ち出せた馬の手入れ道具の中からブラシを取り出すと、愛馬のたてがみを優しく梳く。
 気持ちよさそうに目を閉じている姿を見ると、昨日同じように丁寧に梳いた事を思い出した。
「今までありがとうの感謝が、これからもよろしくねの挨拶になったみたいだ」
 愛馬はヒヒンと機嫌良く応えてくれた。
 
 アイルはこれからの事を考える。
 あの国を出て他の国に渡り、その後どうすればよいのだろうか。
 
 自分はいつか国に殉じるだろうと、疑う事なく生きてきた。
 今までも王子の身代わりは数名おり、一人ずつ役目を果たして名も知られずに殉職していった。
 だから次は自分なのだと、静かに受け入れていた。
 その未来を疑う事なく受け入れていたのに……。
 
 昨夜、最期なのだからと彼に抱かれに行き、結果として彼を巻き込んでしまった。
 彼の、騎士としての運命を変えてしまった。
 彼に乞わなければ、自分のために騎士をやめずに済んだかもしれない。
 ……その事に、酷く申し訳なさを感じてしまう。
 グラディウスは少々だらしがない所はあるにせよ、情に厚い男だ。
 泣けぬ自分の代わりに泣き、怒れぬ自分の代わりに怒り、共に喜びを分かち合ってくれた。
「本当に、良い男だ。本当に……だから僕は、そんな彼が好きだった」
 
 誰よりも幸せになって欲しいのに、自分がその足枷になってしまっているようで、アイルは酷く胸が痛んだ。
 
 腹を擦る。
 そこにはもう何も入っていないが、昨夜彼に抱かれた部分は疼痛として残っていた。
「僕はどうしたらいい? 君に一時でも愛される喜びを、僕は昨日知ってしまった。……僕は、どうしたら君に報いる事ができるのだろうか」
 答えを得られるわけではないのに、アイルは問う。
 愛馬は静かにそれを聞いていた。


 それから程なくしてグラディウスが戻って来た。
 黒馬から降りると馬を労い、リンゴを二頭の馬に馳走した。

「悪い、少し遅くなった。体調はどうだ?」
「ありがとう、グラディウス。問題ない。大分楽になったよ」
 村で買った野菜と肉を固いパンに挟んだものを差し出した。
 木陰で座りながら、グラディウスは二口、三口と大きく食べていく。
 アイルは隣でその様子を見ながら、真似して受け取ったパンを両手で持ってゆっくりと齧っていく。
「……美味い。肉に塩みが良く効いているな」
「だろ? この辺りは冬に向けて肉を塩漬けするって話を聞いていたが、こうやって食べるのも美味いな」
 アイルが半分食べるころにはグラディウスはぺろりと一つ食べ終わっていて、次の包みを開いているところだった。
「森を抜けるにはコツがある。この道を真っ直ぐ行くと魔獣の住処になるが、奴らは強いわりに足が遅い。馬で抜ければ追いつかれないだろう。ま、たとえ交戦になったとしても、俺とお前なら問題ないしな」
「ああ」
 従騎士時代、アイルはグラディウスとよく背中を合わせて戦っていた。
 背中を預けられるのはお前だけだ、なんて当時はそう励まし合っていた。
 
 グラディウスは森の抜け方についてある程度話すと、一呼吸してアイルに尋ねた。
「……なぁ、身代わりの制約、もう変なのは残ってないだろうな」
 アイルは軽くなった手首を握る。
 姿を変える呪具は、断頭台の前で男によって解除されていた。
「……団長の施した禁言呪縛プロヒビション・ワーズはまだ残っているけれど、手首の呪具はもう残っていない」
「呪具ってあれか。王子の姿を模すことができる」
「ああ。あの呪具が有事の際の自死装置にもなっていたから……」
 有事があれば王子の姿を模したまま死に、相手を攪乱させる。その為の強い制約のある呪具だった。
「……あの壮年の男が解除したっていうのかよ」
「あぁ、解除呪文レリース・ワードは固有のもので、知らなければ解除できないはずなんだけど……彼が解除してくれた」
「……どの呪文ワードがトリガーだったんだ?」
 アイルは、男が解除した言葉を思い出す。
「確か『つるぎを折る』だったか。昔、僕が選ばない言葉を解除呪文レリース・ワードにしたと団長が言っていた。……あの男が迷わず口にしていたけれど」
 剣を捧げる事が国に忠誠を誓うことであるならば、剣を折る事という事は国への忠義を捨てる事に他ならない。
「確かに、絶対にお前が口にしない言葉だな。……なぁ、禁言呪縛プロヒビション・ワーズが残っていると言っていたな。言葉に制約をかける特級魔法。……だから昨晩お前は俺に何も言わなかったのか」
「……っ」
「俺に、何も言ってくれなかったのか」
「グラディウス、僕は……」
「それに……アイル、お前が俺に処女を捨てたいって言ったのは、惚れた相手がいるからだって言ってたな」
「それは……」
「そんな奴の為にお前は自分を犠牲にして、国に殉じるつもりだったのかよ。言えよ。俺がぶっ殺してやる。てめぇの気持ちを弄んで。そんなやつ俺が殺してきてやる」
「や、やめてくれ! 彼はそんな……」
 アイルは慌てて否定した。
 何故今問い詰められているのだろう。混乱して上手く頭が回らない。
 グラディウスが言う『自分が惚れた相手』というのは彼に他ならない。アイルは慌てて取り成そうとする。
「確かに女癖も男癖も悪く、金と生活にだらしがなくて娼館通いをする相手だが、悪い人ではないんだ!」
「はぁ!? クソ中のクソだろそれ!? おいアイル、お前男を見る目が無さすぎるぞ!」
「ほっ本当にいい人なんだ! 本当に、僕には並び立てないほどの!」
「まだそんな奴が好きなのか!?」
 アイルは言葉に詰まる。
 好きだ。ずっと好きだった。今この瞬間も、前よりも恋しいと言う気持ちが上回っている。
 
 だって、ここまで手を引いてきてくれたのだ。
 終わりだと思っていた人生を、彼が手を引いてここまで連れてきてくれた。
 彼はアイルにとって諦めていた未来そのものだった。
 それまででも十分に想っていたのに、ますます彼が好きになってしまう。
 ……自分が彼の騎士としての未来を絶ってしまったのに。
 ……自分の為に彼の人生を変えてしまったのに。
 
 友人として、節度ある距離を保ちたいのに……心は彼と共にありたいと、理性を裏切ってしまう。

「すまない……慕うことを……許してくれ。僕はそれ以上望まないから……だから……」
 苦しそうに小さく震えて呟くアイルに、グラディウスはそれ以上何も言うことができない。
「お前は、それでいいのかよ」
「いいんだ……僕は、それだけで満たされている。だから……グラディウス。ありがとう……友人・・として、僕を心配してくれて……」
 その言葉にグラディウスは何も言えなくなってしまう。
 その関係を越えたいのに、相手から先に線引きされてしまった。
「俺はっ。……話はまた後だ。追手がこちらにも向けられる前に、森の奥に行こう」
「あ、ああ……」

 言葉少なく、休息していた痕跡を消して馬に乗る。
 少し先を駆けるグラディウスの背を追いながら、アイルは愛馬を走らせた。




 金色の羽を輝かせながら、金鳴鳥が空を飛ぶ。

 そうして、男の肩に止まった。
「ちっなんでこんなに拗れているんだ?」
 
 呆れた様な、どこか憤慨しているような表情を浮かべた隻眼の男が、湖畔から程近い大樹の上から二人の様子を伺っていた。
 
 
 

 
 
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