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第二章 光の子と闇の子
動かない体
しおりを挟む闇の子はサイキの顔を見ると、まん丸な目がさらに見開かれ「あ…あ…」と声を出した。そして、体に巻かれた白い布を不思議そうに見詰める。
狭い暗闇の中で過ごして来た彼女にとって、目の前に壁がない環境に来るのは初めての事だった。真っ暗すぎて自分の姿さえ見た事がなかった闇の子は、自分の体すらも驚いた目で見ていた。
「サイキさん水です」
ドタン!
「!?」
家に入って来たヤンに驚き闇の子は椅子から落ちてしまった。ヤンは肩をビクッと上げ、サイキは闇の子に急いで駆け寄った。
「あーあー」
闇の子は懸命に声を上げ、倒れた体を動かしている。
「…………」
その姿を驚いたように見るサイキは、一瞬間を空けて「水、ありがとうございます。棚の上に」とヤンに言いながら、闇の子に手を伸ばした。
「はい」
険しい表情を浮かべながらテーブルに汲んで来た水を、壁に沿って建てられた料理を作る時に使う棚に置き、闇の子の姿を見続ける。
「あーあーあー」
闇の子は、手足をばたつかせて声を上げていた。倒れた椅子にしがみ付き、漸く体を起こすと、椅子にペタリと体を付けて膝を曲げて小さく縮こまった。
そう彼女は、自分の力で立つ事も座る事も出来ないのだ。
狭い空間で育った闇の子は、立ち上がったり歩いたりした経験がなかった。仕切られた壁に寄り添いながら、体の向きを変える事が、彼女が、唯一、できる動きだった。
「…………」
サイキは目に涙をためて闇の子を見ていた。椅子に寄り添うように座る闇の子の姿は、幽閉されていた狭い空間で、壁の隅に体を付けて身を小さくしていた時と同じ姿勢だったのだ。
「おいで」
サイキは差し出した手をゆっくりと彼女の体に回し、あの時のように優しく抱えると、軽すぎる体は簡単に持ち上がった。
倒れた椅子を元に戻し、再び座らせ、白い布を、裸でいる闇の子の体に巻き付けた。サイキは彼女の隣の椅子に腰を下ろす。
闇の子は腹筋が弱いせいか、支えなしで起き続けている事ができず、再び椅子にしがみ付いてバランスを取った。サイキは闇の子の体にそっと手を添え、椅子から落ちないように体を支える。
ヤンは、先ほど棚に置いた水が入った樽に、コップを入れて持ち上げた。
水をコップに入れ、テーブルへと持って行きながら「サイキさん、どうぞ」とヤンは口にする。
「ありがとうございます。ほら、水だよ」
コップを受け取ったサイキは、闇の子の口元までコップを持って行って言う。だが、彼女はコップを直視するだけで、水を飲もうとはしなかった。
飲まず食わずで幽閉されていた闇の子は、コップに注がれた水は飲む物だと言う事も知らなければ、飲むと言う行動すらもした事がない。
ただ差し出されたコップを直視したまま、固まっている闇の子を黙って見ていたヤンは、サイキが持つコップを手にし「…………」口を付けて水を飲んだ。
そして再び闇の子の前へコップを差し出す。まるで、水の飲み方を教えているかのようだった。
驚いたようにヤンを見上げたサイキは、闇の子に差し出された物に再び視線を戻した。
「あ、あう」
コップを見ながら小さく声を出した闇の子。彼女はそっと手を伸ばし、触れると、包み込むようにコップを両手で握った。
骨のような細すぎる腕と手では、水の入ったコップは持ち上がらないだろうと思ったであろうヤンは、握られたコップをゆっくりと、彼女の口元へ持って行く。
そして傾けると「…………」彼女の口の中へ、水が入って行くのが分かった。
口に含んだ水をゆっくりと、一口飲むと、闇の子の喉が初めて畝《うね》った。サイキは目を見開く。闇の子が、水を飲んだ。
「あう! あ! あ!」
水を飲んだ途端、闇のは大きな声を上げてコップを握る手に力を込めた。コップに再び口を付けて、目を見開いている。
ヤンはコップを持ち、喉に詰まらせないように慎重に傾けた。
闇の子はまるで、体が欲しているかのように、一口一口、懸命に飲み込んでいた。今まで一度も水を口にしなくても生き続けていた闇の子だったが、どうやら体は水分を必要としていたようだ。
コップに注がれた水は、すぐに空になった。
ヤンは再びコップに水を注いで、闇の子の下へ持って行くと、闇の子は手を伸ばして声を出していた。
「何か食べさせてみようかねぇ~」
サイキはいつもの変な口調に戻り、うれしそうにほほ笑みながら言った。
「俺が支えてます」
水を飲んでくれたのがうれしかったのか、ヤンはやわらかい口調で言い、サイキが立ち上がったのと入れ替わりに闇の子の隣に腰掛ける。
「うーうー」
闇の子はヤンが持つコップを見ながら声を出していた。
ヤンは再びコップを闇の子に近付け、水を飲ませた。
「よく飲みますねぇ~」
サイキは米の入った袋を開け、木でできたお茶碗で米を掬いながら笑顔を浮かべながら言う。
料理を作る用の棚の隣には、米が大量に置かれ、その横には床が四角く切り取られた様な跡が付けられていた。四角く切り取られた床は、ふたになっており、手をかけると90°ほど開く。中は空洞になっており、壁は木の板で奇麗に覆われていた。床の下に設けられたそのスペースは、気温が低く、食材を入れて置くと日持ちするのだ。
中を見たサイキは驚いたように目を丸くした。魚、作物、肉、などが置かれ、個々の食材には、ビニールが丁寧に巻かれていた。水不足が深刻化するギンフォン国では雨が少なく、米も作るのが難しく、動物も少ないため、米や肉には大きな価値がある。
皆の恵みを受けていたサイキであっても、米と肉に出会えたのは久しぶりだった。
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