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本編
1話
しおりを挟む私は傲慢であった。
これは認めよう。
貴族とはそういうものであったとしても、私の行動に行き過ぎたものがあった事は否定出来ない。
でも、だからと言って
──それは死に値する罪であったのだろうか?
私は何不自由なく、幸福に暮らしていた。
公爵家という高位の貴族に生まれ、王太子の婚約者という他の令嬢達の憧れの地位。
けど生まれ持った権力に溺れず、その地位に相応しくあるように努力を惜しまなかった。
跡継ぎである弟との仲も非常に円満で、寧ろ仲が良すぎると周りに言われる位。
仲の良い友人も多くいたし、王子の側近達とも、将来共に王子を支える者として互いを認め合っていた。
恵まれない者達への施しも積極的に行っていたので、国民達にも好かれている。
人は私をまるで聖女のようだと、そう評した。
私の人生は明るかった。
だが、そんな幸福はある日現れた1人の女によって、全て壊された。
その女は元は平民だが、男爵の養女として私達が通う学園に入学してきた。
勿論、貴族としての常識は何一つない。
食事中に大声で喋ったり、廊下を大股で走ったり、学園に飾られていた美術品を壊したりと、行く先々で問題をおかした。
その度に上位貴族として、私が注意をしたが聞く気がないのか全く改善されない。
だが、それは大した問題ではない。
不愉快ではあったが、あくまでその程度にしか思わなかった。
1番の問題は、あの女はあろうことか、私という婚約者のいる王太子や私の弟、王太子の側近達を誘惑し始めた事だ。
彼等に共通して言えるのが、整った容姿と強い権力。
皆、優秀で将来を期待された少年達であった。
流石にこのまま放置する事は出来ない、そう思った私はすぐに行動に移した。
言葉で言って理解しないなら、排除するまで。
元々、あの女をよく思わない者達は多かったので、私がそう言えば皆すぐにその流れに乗った。
こういった行いは好きではないが、仕方がない。
あの女には、自分からこの学園を出ていってもらう。
そして、学園全体によるあの女への虐めや嫌がらせが始まった。
だが、あの女は虐めなどに屈しなかった。
いや、屈しないというよりは上手く利用したと言った方がいいかもしれない。
あの女は王太子達にすがって、虐めが酷くなればなるほどその距離を縮めていった。
そして、最後の時──
「お前のような者が婚約者などと、反吐が出る」
何故ですか?
私は貴方の事を思って──
「姉上のは失望しました。彼女に嫉妬してこんな陰湿な事をするなんて」
だって、貴方には貴方に相応しい婚約者がいるでしょう?
あんな女と近付くべきではないわ。
「お前のような女は国母に相応しくありません。心優しい彼女こそ、そうあるべきです」
本当にそう思ってるの?
貴方達は私の努力を認めてくれていたんじゃなかったの?
「私達はこの女に命令されて、仕方がなく……本当はこんな事したくなかったのです!! あぁ、忌々しいっ」
何でそんな嘘を言うの?
私が何も言わなくても、貴方達は勝手にあの女に嫌がらせをしていたじゃない。
私はあの女を殺すつもりはなかった。
「嘘よ、嘘……こんなのっ! その女、その女が居るから全ておかしくなったんだわっ!!」
その時の行動は、後から思えば酷く短慮だった。
でも、その時の私にはそれが唯一の解決策に思えたのだ。
私はポケットからナイフを取り出すと、あの女目掛けて振りかざした。
「がぁ、ぁっ…!!?」
ゴポリ、と口から血が溢れる。
視線を下げると、私の胸を銀の剣が貫いているのが目に入った。
熱い、苦しい、痛い………………寒い。
涙が止めどなく溢れた。
けれど、拭ってくれる者は誰も居ない。
誰も私を助けようとしない。
「どぅ…し…………っ、……、……」
口を動かして、今もなお大切な彼等の名前を呼ぶが音にならない。
彼等が私の名前を呼ぶ声が返ってくる事はない。
彼等から返ってきたのは、侮蔑と憎悪だけだった。
どうして?
どうして、こんな事になってしまったの?
こうして、私は絶望と苦痛の中で死んだ。
だが、本当の地獄はまだまだこれからだった。
「ぁ……、私、生きてる……?」
ふと気付くと、私は学園の廊下に1人居た。
胸に剣は刺さっていないし、あの時口中に広がった血の味もしない。
まるで、全てが悪い夢であったようだ。
けれど、心は覚えている。
あの恐怖や苦しみ、絶望を。
ふと横にある窓を覗くと、外には多くの初々しい少年少女達。
胸に付けられた花から、今日が入学式だと分かる。
入学式など半年以上前に終えたというのに。
何故?
あれは何だったの?
夢?
私は本当に生きているの?
心臓がドクドクと鳴っている。
汗が止まらない。
今すぐに泣き出して、叫びだしてしまいたい。
1度経験した死への恐怖が、私を苦しめる。
死にたくない。
死にたくない。
でも、あれが夢なら────
「わたくし、は、まだ間に合う……?」
私があの女に何もしななければ、彼等が私を憎悪する事も私が死ぬ事もないのだと、この時私はそんな希望にすがった。
どうして?
どうして?
どうして……?
「お前が彼女にした嫌がらせの数々は既に分かっているっ!」
あの悪夢を変えた筈の私は、また悪夢と同じ舞台に立っていた。
「私はそのような事一切しておりませんっ!! 出鱈目ですわっ!」
私はあの女を虐めてはいない。
けれど、私の言葉を信じるものは誰も居なかった。
「お前がやったのだ」
「最低な女だ」
「クズが」
次々に私を責め立てる声。
「──お前にはこれから犯した罪の分だけ、苦しんでもらうぞ」
この時、私はようやく知ったのだ。
私達の間に固い絆などなかったのだと。
私は彼等にとって裏切り、容易く切り捨てられる程度の存在であったのだ。
地に這いずる私を見て、あの女は嗤っていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そして、私はまた繰り返す。
何度も、何度でも。
終わらない悪夢、裏切られ続ける人生。
何をやっても逃げられなかった。
あの女は何度も何度も私を苦しめ、死に追いやった。
何回繰り返したのだろうか?
記憶さえ曖昧になってしまった頃、私はこう思うようになった。
「あなたがわたくしをころすのなら……わたくしも……わたくしも、あなたをころすことにするわ……」
何十回目かの死。
殺され続けた事で、私は狂ってしまった。
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