2 / 8
本編
2話
しおりを挟む「うふふ」
「……どうなさったのですか? 随分とご機嫌ですわね」
突然笑みを浮かべた私に、仲の良い友人は訝しげな顔をした。
今日は入学式から、一ヶ月。
学園全体で行われる舞踏会の日だ。
「今日はとても楽しい催しがあるのよ、貴方も楽しみにしているといいわ」
私は手元のグラスを回した。
中の透明の液体が、シャンデリアの光を受けてピカピカ輝いて見える。
ふふふ、本当に楽しみだわ。
ほんの少し前までの私は恐怖と絶望で一杯だったのに、今は楽しくて仕方がない。
「あの女……宜しいのですか? 殿下は貴女の……」
あの女がホールに入った事で、周囲が殺気だつ。
入学して一ヶ月で、よくもここまで嫌われたものだと感服する。
私は友人に微笑むだけで、何も言わなかった。
今日、私は友人と共にいる。
それはつまり王太子が、私のエスコートをしていないということ。
王太子は今日、私ではなくあの女をエスコートしている。
あの女と目が合った。
あの女は王太子と侍らせている男達を連れて、真っ直ぐ私の元へやってきた。
「ごきげんよう? 殿方をそんなに侍らせて…今日も、下品ではしたない人ね?」
確か、最初の私はこんな事を言った筈だ。
もう記憶が定かではないけれど、私は極力同じように話しかけた。
「酷い、そんな事を言うなんてっ……謝ってくださいっ!!」
目に涙を溜めてあの女が、私に吠えかかる。
この後の流れはこうだ。
私が無礼者と言って、持っていたグラスの中身をふりかける。
あの時は、中身は透明ではなく瑞々しい赤色だったけれど。
「何とか言ったらどうなんですかっ!?」
中々グラスを傾けない私に焦れたのか、あの女は私に詰め寄った。
この続きは分かっている。
私にかける気があろうとなかろうと、女のドレスはワインで汚れる。
自分からわざとかかろうとするからだ。
あの女が態々グラスを持った手を掴んで、自分のドレスの方へと傾ける。
私はそれでは面白くないと、少し上に向けて溢れるよう指でグラスを傾けた。
パシャリ
グラスの中身が、女の顔へとふりかかった。
その瞬間──
「ぎぃや゛あ゛ぁ゛ぁ゛っ!!? あづい、いだいいだいっっ!!!!」
女がまるで断末魔のような叫び声を上げた。
血肉が焦げるような、不愉快な臭いが周囲に広がった。
「……ふ、ふふふっ、ふふふふふっ、楽しい、楽しいわっ! こんなに笑ったのは、いつ以来かしら? 今日の貴方はとても素敵ねっ、今なら好きになれそうよ? ふふふっ!」
あの女の無様な姿を見るのが楽しい。
苦しむ姿に恍惚すら感じる。
「な、何で笑っているんだ? ……こんな、こんなおぞましい事をっ!」
狂ったように笑う私に恐怖を抱きながらも、王太子達はあの女を助けようと駆け寄った。
駆け寄ったが、彼等は女に触れる事はなかった。
「だ、たす……け゛て゛……」
顔中が焼けただれた女が手を伸ばすのに、誰もその手を掴む事はない。
女の顔はまるで化け物のような有り様へと変わり果てていた。
所詮はその程度の繋がり。
かつての私のような姿に、暗い満足感を覚えた。
「こん゛、な゛の、……りせ゛っと、よ。こん、なの゛わだし、…の゛せかいじゃなぃ゛」
血の涙をながしながら、何やら呟いている女。
その目には私への憎悪が宿っている。
私、知っているのよ?
貴方がこの世界を何度も繰り返させているって。
だからこそ、私はこんな凶行に手を染める事が出来た。
「“ろ゛ードっ”」
その言葉で世界は巻き戻った。
全てをやり直すつもりなのだろう。
自らが望む結末になるように。
いいわ、望む結末に至るまで何度だって繰り返しましょう?
何度だって私は付き合うわ。
ふふふっ、言ったでしょう?
私も同じ事をするって。
だから、逃げられるなんて思わないでね?
25
あなたにおすすめの小説
【短編】誰も幸せになんかなれない~悪役令嬢の終末~
真辺わ人
恋愛
私は前世の記憶を持つ悪役令嬢。
自分が愛する人に裏切られて殺される未来を知っている。
回避したいけれど回避できなかったらどうしたらいいの?
*後編投稿済み。これにて完結です。
*ハピエンではないので注意。
婚約破棄の、その後は
冬野月子
恋愛
ここが前世で遊んだ乙女ゲームの世界だと思い出したのは、婚約破棄された時だった。
身体も心も傷ついたルーチェは国を出て行くが…
全九話。
「小説家になろう」にも掲載しています。
悪役令嬢に相応しいエンディング
無色
恋愛
月の光のように美しく気高い、公爵令嬢ルナティア=ミューラー。
ある日彼女は卒業パーティーで、王子アイベックに国外追放を告げられる。
さらには平民上がりの令嬢ナージャと婚約を宣言した。
ナージャはルナティアの悪い評判をアイベックに吹聴し、彼女を貶めたのだ。
だが彼らは愚かにも知らなかった。
ルナティアには、ミューラー家には、貴族の令嬢たちしか知らない裏の顔があるということを。
そして、待ち受けるエンディングを。
転生悪役令嬢は冒険者になればいいと気が付いた
よーこ
恋愛
物心ついた頃から前世の記憶持ちの悪役令嬢ベルティーア。
国の第一王子との婚約式の時、ここが乙女ゲームの世界だと気が付いた。
自分はメイン攻略対象にくっつく悪役令嬢キャラだった。
はい、詰んだ。
将来は貴族籍を剥奪されて国外追放決定です。
よし、だったら魔法があるこのファンタジーな世界を満喫しよう。
国外に追放されたら冒険者になって生きるぞヒャッホー!
婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。
風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。
※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。
【完結】元悪役令嬢は、最推しの旦那様と離縁したい
うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
「アルフレッド様、離縁してください!!」
この言葉を婚約者の時から、優に100回は超えて伝えてきた。
けれど、今日も受け入れてもらえることはない。
私の夫であるアルフレッド様は、前世から大好きな私の最推しだ。 推しの幸せが私の幸せ。
本当なら私が幸せにしたかった。
けれど、残念ながら悪役令嬢だった私では、アルフレッド様を幸せにできない。
既に乙女ゲームのエンディングを迎えてしまったけれど、現実はその先も続いていて、ヒロインちゃんがまだ結婚をしていない今なら、十二分に割り込むチャンスがあるはずだ。
アルフレッド様がその気にさえなれば、逆転以外あり得ない。
その時のためにも、私と離縁する必要がある。
アルフレッド様の幸せのために、絶対に離縁してみせるんだから!!
推しである夫が大好きすぎる元悪役令嬢のカタリナと、妻を愛しているのにまったく伝わっていないアルフレッドのラブコメです。
全4話+番外編が1話となっております。
※苦手な方は、ブラウザバックを推奨しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる