過労薬師です。冷酷無慈悲と噂の騎士様に心配されるようになりました。

黒猫とと

文字の大きさ
24 / 26

episode.20

しおりを挟む
至る場所にある水源のうちの一つは、エスト全域とガルブの一部区画へと流れ着き、人々はその原水を使って生活を営んでいる。

その水が病の原因だと発表されたのが数日前。どう言うわけか、水が湧き出る水源付近に外来種の根に毒を持つ毒花が群生し、その毒が水に溶け出し薄く薄く希釈されて人々の元へと辿り着いていた。

直接誤飲でもしようものなら即死もありえる猛毒だが、何倍にも薄まったおかげで今回のアレルギーのような症状を多くの人にもたらす結果となった。

飲めば即死の劇薬にならなかったのは不幸中の幸いと言えよう。とはいえ毒は毒。

毒花は取り除かれ、水質調査の結果再び安全が保証されたのだが、見た目や匂いが変わるわけでも無く、人々の疑心暗鬼は続き、エストでは以前はほとんど需要の無かった僅かに薬品の匂いがする消毒された水が高値で売買されているという。

ソフィアの薬屋も平穏を取り戻し…間違えた、超多忙から多忙へと元の生活を取り戻し、今日も今日とて泣き喚く子供から肝の据わった老人まで多くの人々が訪れている。

「すげー楽に感じるから不思議だよな。もう麻痺してんだな体が」

もはや暇じゃん、などと漏らすカストだが、本当にあの怒涛の連日に比べたら今までのこれはこんなにも余裕のある日々だったのかとソフィアもおかしくなっている。

その余裕は余計な思考を生み出し、ソフィアは1日に何度も1人で赤面する日々を送っている。

あとほんのわずか、少しでも身動きを取ろうものなら間違えて触れていたかもしれないリディオの唇。

リディオの壮絶な煩悩との格闘の末、遂にその熱が触れ合う事は無かったのだが、万が一を考えてそうする事を死ぬ思いで耐えたリディオのあの舌打ちは見事だった。

まさに冷酷騎士、舌打ちの似合う男No.1。苛立っているのを隠しておらず、だが自然と恐怖を感じるものでは無かった。

くそっ、と心底不満そうに漏らすリディオの姿はちょっと珍しい。

あの表情を思い出すと、頭がぽわぽわとぼんやりし出す始末。

「……ふぃ…おいソフィ!聞いてんのか?」

「!?」

視界の全面にカストの不審そうな顔がババンと映って、ソフィアは驚いてちょっと身を反らした。

もしや、寝ていた?先程頭をよぎったリディオの顔が想像だったか夢だったか定かでは無い。

「なっ…なに…?」

あっぶねー、と内心冷や汗をかきながらソフィアは返事を返すも、カストの表情は余計に険しくなった。

「寝てたぞ」

「うっ…」

ソフィアとしてはギリギリセーフのつもりだったのだが、どうやらアウトらしい。

「すみません…」

「大丈夫かよ、ったく~」

以後気をつけます、はい。

年上は、雇い主はどちらだったろうか。これではソフィアの薬師としての威厳はマントルに届きそうなほど落ちてしまっていそうだ。

ソフィアは客足の途絶えた今のうちにと、いそいそと薬棚の整頓を始めた。



⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎

「だいぶ良くなってきましたね」

「ああ。ここも随分落ち着いたな」

「はい、リディオさんが来る時は患者が1人増えるくらいです」

「……患者と恋人を兼任してるんだ。今だけ」

夕暮れ時、カストと入れ違いでやって来たのはソフィアの恋人、冷酷騎士リディオ。

恋人……恋人かぁ…と頭で繰り返すソフィアだが、分かったようでいまいち分かっていない。誰かを好きだと思う事自体、リディオが初めてだ。

冷酷無慈悲だなんて言われている彼は、さぞ感情のない冷たい男かと思えば、自分がソフィアの恋人であると堂々宣言してくるくらいには甘い。

カストが作り置いていったものとリディオが買って持ってきた物を互いに分け合って夕食を摂る。

今までと大差ないのだがやはり2人の間では何かが変化しているのは違いなかった。

それが何なのか、ソフィアにはいまいちよく分からないのだが。

それはそうと、空腹が満たされれば襲ってくるものがある。そう、眠気だ。

夜に寝られていない訳ではないのだが、蓄積した疲労を癒せるほどでは無く、常に疲れを感じる負のスパイラル。

行儀が悪いとは知りつつも、食卓に両肘を突き、顔を支えるとすぐに10秒と待たずに微睡んでしまう。そんな様子をリディオが見逃すはずも無い。

「ソフィア」

ハッと目を開けるソフィアの目にはこっちに来いと手招きをするリディオが映る。思考力の鈍っているソフィアはまるで糸を手繰り寄せられる操り人形のようにそちらへと導かれる。

「はい?」と返事をしたその瞬間にリディオに腕を引かれたソフィアは、見ている世界がぐるんと回って、気づいたら天井を映し、僅かに視線をずらすとリディオがこちらを見下ろしている。

仰向けにされたソフィアだが、体に衝撃は無く、それどころか丁度いい枕まで………。

枕……?

「なっ…!?」

「誰か来たら起こすから少し休め」

そんな事を言われても、これでは逆に目が覚める。だって今、ソフィアの枕はリディオの太ももなわけで、こんな至近距離で寝顔を晒すなんてとてもとても…。

と言うかこれでは逆に目が覚める。

「折角リディオさんが来ているのに、寝るのは少しもったいないです」

「眠そうにしていただろ。俺の前では強がらなくて良いと言ったはずだ」

「………でもリディオさん、患者さんじゃないですか」

「患者の時間はもう終わった。患者なら誰とでも共に食事をするのか?お前は」

「しませんけど」

やはり、眠ってしまうのは惜しい。そう思うのに、リディオから伝わる体温が心地いいからか、余計に眠気に誘われ、結局はそのまま夢の世界へと誘われるのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫に家を追い出された女騎士は、全てを返してもらうために動き出す。

ゆずこしょう
恋愛
女騎士として働いてきて、やっと幼馴染で許嫁のアドルフと結婚する事ができたエルヴィール(18) しかし半年後。魔物が大量発生し、今度はアドルフに徴集命令が下った。 「俺は魔物討伐なんか行けない…お前の方が昔から強いじゃないか。か、かわりにお前が行ってきてくれ!」 頑張って伸ばした髪を短く切られ、荷物を持たされるとそのまま有無を言わさず家から追い出された。 そして…5年の任期を終えて帰ってきたエルヴィールは…。

【完結済】平凡令嬢はぼんやり令息の世話をしたくない

天知 カナイ
恋愛
【完結済 全24話】ヘイデン侯爵の嫡男ロレアントは容姿端麗、頭脳明晰、魔法力に満ちた超優良物件だ。周りの貴族子女はこぞって彼に近づきたがる。だが、ロレアントの傍でいつも世話を焼いているのは、見た目も地味でとりたてて特長もないリオ―チェだ。ロレアントは全てにおいて秀でているが、少し生活能力が薄く、いつもぼんやりとしている。国都にあるタウンハウスが隣だった縁で幼馴染として育ったのだが、ロレアントの母が亡くなる時「ロレンはぼんやりしているから、リオが面倒見てあげてね」と頼んだので、律義にリオ―チェはそれを守り何くれとなくロレアントの世話をしていた。 だが、それが気にくわない人々はたくさんいて様々にリオ―チェに対し嫌がらせをしてくる。だんだんそれに疲れてきたリオーチェは‥。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

【完結】溺愛される意味が分かりません!?

もわゆぬ
恋愛
正義感強め、口調も強め、見た目はクールな侯爵令嬢 ルルーシュア=メライーブス 王太子の婚約者でありながら、何故か何年も王太子には会えていない。 学園に通い、それが終われば王妃教育という淡々とした毎日。 趣味はといえば可愛らしい淑女を観察する事位だ。 有るきっかけと共に王太子が再び私の前に現れ、彼は私を「愛しいルルーシュア」と言う。 正直、意味が分からない。 さっぱり系令嬢と腹黒王太子は無事に結ばれる事が出来るのか? ☆カダール王国シリーズ 短編☆

嫌われ黒領主の旦那様~侯爵家の三男に一途に愛されていました~

めもぐあい
恋愛
 イスティリア王国では忌み嫌われる黒髪黒目を持ったクローディアは、ハイド伯爵領の領主だった父が亡くなってから叔父一家に虐げられ生きてきた。  成人間近のある日、突然叔父夫妻が逮捕されたことで、なんとかハイド伯爵となったクローディア。  だが、今度は家令が横領していたことを知る。証拠を押さえ追及すると、逆上した家令はクローディアに襲いかかった。  そこに、天使の様な美しい男が現れ、クローディアは助けられる。   ユージーンと名乗った男は、そのまま伯爵家で雇ってほしいと願い出るが――

【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる

仙桜可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。 清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。 でも、違う見方をすれば合理的で革新的。 彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。 「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。 「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」 「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」 仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。

勘違い令嬢の離縁大作戦!~旦那様、愛する人(♂)とどうかお幸せに~

藤 ゆみ子
恋愛
 グラーツ公爵家に嫁いたティアは、夫のシオンとは白い結婚を貫いてきた。  それは、シオンには幼馴染で騎士団長であるクラウドという愛する人がいるから。  二人の尊い関係を眺めることが生きがいになっていたティアは、この結婚生活に満足していた。  けれど、シオンの父が亡くなり、公爵家を継いだことをきっかけに離縁することを決意する。  親に決められた好きでもない相手ではなく、愛する人と一緒になったほうがいいと。  だが、それはティアの大きな勘違いだった。  シオンは、ティアを溺愛していた。  溺愛するあまり、手を出すこともできず、距離があった。  そしてシオンもまた、勘違いをしていた。  ティアは、自分ではなくクラウドが好きなのだと。  絶対に振り向かせると決意しながらも、好きになってもらうまでは手を出さないと決めている。  紳士的に振舞おうとするあまり、ティアの勘違いを助長させていた。    そして、ティアの離縁大作戦によって、二人の関係は少しずつ変化していく。

処理中です...