過労薬師です。冷酷無慈悲と噂の騎士様に心配されるようになりました。

黒猫とと

文字の大きさ
25 / 26

episode.21

しおりを挟む
そう仕向けたのは自分なのだが、リディオは後悔した。

自分の膝の上でスヤスヤと寝息を立てるこの痩せた薬師はリディオが惚れている女だ。

乾いた半開きの唇に動きやすい絹の洋服、簡単にまとめられた髪に塗らずとも白い肌。

それがソフィアの多忙さをなによりも物語り、せめて自分だけは甘やかしてやりたくなる。

「寝込みは無いよな。万に一つもあり得ない」

だがリディオよ、こんなに無防備に男の前で寝る方が悪いとは思わないか?してしまっても合法だろう。

いやいや、この娘は疲れているんだ。休めと言ったのはお前だぞリディオ。ここで手を出すのは騎士としての信条に反する。

おかしな事を言うな。騎士である以前にお前は男だ。そして見ろ、己が好きな娘の無抵抗な姿!これはお前を受け入れていると言って良いと思わないか?

それこそ馬鹿な話だ!この娘はただ眠っているだけ。しかもそう仕向けたのはリディオ、お前だぞ!今はその時ではない、私が正しいと本当は分かっているんだろう?

などと先刻から脳内議会を繰り広げることとなっている。議題は言わずもがな、キスをするかしないか。

チラリとソフィアに目を向ければ何かを感じとったのか僅かに顔を歪ませ、そしてまたスースーと寝息が立つ。

議会の結果、しない2票、する1票でまたしても我慢を強いられる事となった。

では起きたらかましてやれと悪魔の囁きに深いため息が溢れる。

ああ、ほんとうにかましてしまいそうだ。

例えば夜会でこれでもかと着飾った御令嬢に、「ねぇ騎士様?」と猫撫で声でホテルの一室にでも誘われたとして、リディオがする事といえば部屋の前まで送り届けて冷めた顔のまま「私はこれで」と御令嬢を部屋に仕舞い込むのみだ。

この腕に絡まりつかれようが、計算高く上目遣いで見つめられようがそれに何かを感じた事はない。

だがソフィアといえば、外で見かければ「おーい」と大手を振って駆け寄ってくるところ、食べた物を飲み込む事も待てずに「美味しい!」と目を輝かせるところ、血を恐れないどころかまじまじと観察するところ、そんな淑女らしからぬところ程彼女の魅力でまんまとハマった。

これが彼女の計算だと言うのなら、リディオは良心の呵責に苦しむ事なく布団に縛りつけ、思うままに触れる事さえ躊躇わずに出来ただろう。

計算であったなら………。

「まさかな」

ソフィアはそんなに器用じゃ無い。人を見る目には自信があるほうだ。

不器用ゆえに努力を惜しまず頑張りすぎる、そういう人だ。

原因不明の病は生活水に溶け込んだ毒物が原因で、何をしたって人から人への感染はないとはっきり証明された。

であればやはりあの時に済ませてしまうべきだった。いや、でもあの時点では感染条件がはっきりしていなかったのだからやはり判断は誤っていない。

手にばかり症状が出ていたのは、リディオが何かに触れるたびに良かれと思って手を洗っていたのが仇となったからだ。

誰を責めるわけにも行かないのだが、やはりやるせない。

今触れたところで、ソフィアにその記憶は残らないわけで、バレなければセーフ、などとそれこそ犯罪者のような思考にリディオは己の頭を抱えた。

とにかく何でも良いから思考を切り替えようとしているところに、カランカランと店のベルが鳴り、「いるかい?」と老婦のような声が届く。

ソフィアを起こさなければと視線を向けた時には、既にソフィアは「はーい」と体を起こそうとしていた。

長年の習慣、と言うわけらしい。眠っていてもこの音にだけは反応できる体になっている事に、薬師としての責任と覚悟を感じる。

ひょろひょろとした体格に似合わず、その芯の強さは見習いたいと同時にやはり惚れ惚れする。

何かな?と独り言を言いながら暖簾の向こうに姿を消したソフィアだったが、5分と経たずに戻ってきた。

「大丈夫だったか?」

「はい。包丁で手を切ったみたいなんですけど、薬を切らしていたのを忘れていたようで」

「そうか。大事じゃなくて良かったな」

「はい」と微笑むソフィアは僅かな仮眠で幾分かスッキリしたように見える。

30分程度、なんて事はないのだが、「すみません寝ちゃって」と恥ずかしそうにしているソフィアは、愛しい以外の何者でもない。

「お前は、すごい奴だな」

「え?」

「よく頑張っているよ、お前は」

素直にそう言葉にすると、ソフィアは一段と照れ臭そうに頬を緩めた。

「ありがとうございます。…あの、一つお願いをして良いですか?」

「なんだ?」

「リディオさんが、そう思った時……時々で良いので…今みたいに褒めて貰えたらなって…。リディオさんに認められていると、どんな時でも私の心が荒すさむ事は無いと思うので…」

頑張った褒美に、もしくは惚れた男に、自分の欲しい物を強請るのは良くある話だ。

が、その願いはあまりにも健気で、やはりリディオのツボだった。

悪き心が囁く。本能のままに貪れと。
善き心が訴える。い、一応確認せよと。

ソフィアの頬に手を伸ばす。

「その願い、聞き受ける代わりに、俺からも頼みがある」

「……はい?」

「口付けてもいいか」

ピクッと全身に力がこもるのが伝わってくる。だがこれは恐らく拒否では無く、緊張。

無理矢理はだめだ!返事を待て!きっと良い返事が返ってくるはずだ!
ここまで来たならいってしまえ。2度のお預けなど馬鹿馬鹿しい。

リディオの格闘など知る由もないだろうが、ソフィアはコクコクコクと首を細かく縦に振ったのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

喚ばれてないのに異世界召喚されました~不器用な魔王と身代わり少女~

浅海 景
恋愛
一冊の本をきっかけに異世界へと転移してしまった佑那。本来召喚されて現れるはずの救世主だが、誰からも喚ばれていない佑那は賓客として王宮に留まることになった。異世界に慣れてきたある日、魔王が現れ佑那は攫われてしまう。王女の代わりに攫われたと思い込んだ佑那は恩を返すため、身代わりとして振舞おうとする。不器用な魔王と臆病な少女がすれ違いながらも心を通わせていく物語。

拾った指輪で公爵様の妻になりました

奏多
恋愛
結婚の宣誓を行う直前、落ちていた指輪を拾ったエミリア。 とっさに取り替えたのは、家族ごと自分をも売り飛ばそうと計画している高利貸しとの結婚を回避できるからだ。 この指輪の本当の持ち主との結婚相手は怒るのではと思ったが、最悪殺されてもいいと思ったのに、予想外に受け入れてくれたけれど……? 「この試験を通過できれば、君との結婚を継続する。そうでなければ、死んだものとして他国へ行ってもらおうか」 公爵閣下の19回目の結婚相手になったエミリアのお話です。

『義妹に婚約者を譲ったら、貧乏鉄面皮伯爵に溺愛されました』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「お姉さまの婚約者が、欲しくなっちゃって」 そう言って、義妹は私から婚約者を奪っていった。 代わりに与えられたのは、“貧乏で無口な鉄面皮伯爵”。 世間は笑った。けれど、私は知っている。 ――この人こそが、誰よりも強く、優しく、私を守る人、 ざまぁ逆転から始まる、最強の令嬢ごはん婚! 鉄面皮伯爵様の溺愛は、もう止まらない……!

冷酷な旦那様が記憶喪失になったら溺愛モードに入りましたが、愛される覚えはありません!

香月文香
恋愛
家族から虐げられていた男爵令嬢のリゼル・マギナは、ある事情によりグレン・コーネスト伯爵のもとへと嫁入りすることになる。 しかし初夜当日、グレンから『お前を愛することはない』と宣言され、リゼルは放置されることに。 愛はないものの穏やかに過ごしていたある日、グレンは事故によって記憶を失ってしまう。 すると冷たかったはずのグレンはリゼルを溺愛し始めて――!? けれどもリゼルは知っている。自分が愛されるのは、ただ彼が記憶を失っているからだと。 記憶が戻れば、リゼルが愛されることなどないのだと。 (――それでも、私は) これは、失われた記憶を取り戻すまでの物語。

元男装傭兵、完璧な淑女を演じます。――嫁ぎ先はかつての団長でした!?

中野森
恋愛
貧乏男爵家の長女クラリスは、弟の学費を稼ぐために男装して傭兵団へ入団した。 副団長にまで上り詰め、団長をはじめとした仲間から信頼を得るが、決して正体は明かさなかった。 やがて戦争が終わり、傭兵団は解散となる。 出稼ぎするために流した嘘の悪評により、修道院入りを覚悟していたクラリスだったが、帰郷した彼女を待っていたのは父からの「嫁ぎ先が決まった」という一言だった。 慌ただしく始まる淑女教育、そして一度も未来の夫と顔合わせすることなく迎えた結婚式当日。 誓いの言葉を促され隣からきこてくる声に、クラリスは凍りつく。 ……嘘でしょ、団長!? かつての想い人でもある傭兵仲間が今は夫となり、妻の正体には気づいていない――気づかれてはいけないのだ、絶対に! 本作品はゆるふわ設定、ご都合主義、細かいことは気にしたら負け! ※この小説は、ほかの小説投稿サイトにも投稿しています。

完 独身貴族を謳歌したい男爵令嬢は、女嫌い公爵さまと結婚する。

水鳥楓椛
恋愛
 男爵令嬢オードリー・アイリーンはある日父が負った借金により、大好きな宝石だけでは食べていけなくなってしまった。そんな時、オードリーの前に現れたのは女嫌いと有名な公爵エドワード・アーデルハイトだった。愛する家族を借金苦から逃すため、オードリーは悪魔に嫁ぐ。結婚の先に待ち受けるのは不幸か幸せか。少なくとも、オードリーは自己中心的なエドワードが大嫌いだった………。  イラストは友人のしーなさんに描いていただきました!!

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

婚約破棄を希望しておりますが、なぜかうまく行きません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のオニキスは大好きな婚約者、ブラインから冷遇されている事を気にして、婚約破棄を決意する。 意気揚々と父親に婚約破棄をお願いするが、あっさり断られるオニキス。それなら本人に、そう思いブラインに婚約破棄の話をするが 「婚約破棄は絶対にしない!」 と怒られてしまった。自分とは目も合わせない、口もろくにきかない、触れもないのに、どうして婚約破棄を承諾してもらえないのか、オニキスは理解に苦しむ。 さらに父親からも叱責され、一度は婚約破棄を諦めたオニキスだったが、前世の記憶を持つと言う伯爵令嬢、クロエに 「あなたは悪役令嬢で、私とブライン様は愛し合っている。いずれ私たちは結婚するのよ」 と聞かされる。やはり自分は愛されていなかったと確信したオニキスは、クロエに頼んでブラインとの穏便な婚約破棄の協力を依頼した。 クロエも悪役令嬢らしくないオニキスにイライラしており、自分に協力するなら、婚約破棄出来る様に協力すると約束する。 強力?な助っ人、クロエの協力を得たオニキスは、クロエの指示のもと、悪役令嬢を目指しつつ婚約破棄を目論むのだった。 一方ブラインは、ある体質のせいで大好きなオニキスに触れる事も顔を見る事も出来ずに悩んでいた。そうとは知らず婚約破棄を目指すオニキスに、ブラインは… 婚約破棄をしたい悪役令嬢?オニキスと、美しい見た目とは裏腹にド変態な王太子ブラインとのラブコメディーです。

処理中です...