2 / 21
episode.01
しおりを挟む
週に1~2日、ロベルトはまだ幼い少女を連れてイブの元を訪れる。少女の名前はルフィナといい、次の誕生日には6歳を迎える。
朝、決まった時間にルフィナをイブの元に送り届けると自分は宮廷の仕事へと向かい、夕方、決まった時間に迎えに来る。
「イブ!ロベルトが来た!」
ルフィナは子供ながら随分と聞き分けが良く、森に置いていかれる事を一度もグズった事はないが、毎回夕刻になると小屋の窓に張り付いてロベルトが迎えに来るのを待っている姿は子供らしいと思う。
ルフィナはロベルトの事をいつも名前で呼ぶ。初めは違和感もあったが、家庭の事情もあるだろうし、そう言う教育なのだろうと思う事にして疑問は胸の内に留めている。
コンコンコンと扉のノック音が聞こえると、ルフィナが嬉々として扉を開け、その勢いのままロベルトに飛びつく。
「おかえり!」
「ただいま。いい子にしてたか?」
「してたよ!イブに聞いてごらん!」
ロベルトが愛娘に向ける表情は、イブが知っていたロベルトとはまるで別人のように優しい。ロベルトがこんな顔をする事を、果たしてどれだけの人が知っているのだろう。
ルフィナを軽々と抱き抱えたロベルトの視線がイブを捉える。
「迷惑をかけなかったか?」
「いえ、そんな事は無かったですよ」
ほらね、と得意げにしているルフィナの頭をロベルトが撫でる。その姿を見て、やはり、引き受けるべきでは無かったかと後悔する。
本当は、ここにルフィナの母親が、ロベルトが愛した人がいるべきだったのだと、自分なんかが入れるところでは無いのだと実感する。もうこの世にいないのなら挑むことすら叶わない。
「食事を持ってきた」
「…ありがとうございます。支度しますので待っててください」
ロベルトはルフィナの迎えに来る時、必ず食べ物を持ってくる。報酬はきちんと貰っているのだからそれ以外の心遣いは不要だと伝えたのだがお貴族育ちのせいか、気にするなと言ってこちらの話を聞き入れてくれないので諦めてありがたく頂く事にしている。
しかも、3人分の食事を持って来てわざわざこの狭い山小屋で食事を摂ってから帰る事もあったりなかったり…。今日に関してはここで食べて帰ると朝に宣言されていたので、イブもそれに合わせて何となくスープを作っておいた。
温くなったスープと冷めた料理を炎魔法の応用で程よく温める。
普段1人で食事を摂るので、来客用の食器は上の戸棚にしまってある。踏み台に登るのを面倒に思ったイブは精一杯の背伸びをし、あと少しで手が届きそうと言うところで背後から伸びてきた大きな手が目的の物を簡単に攫っていく。
「これか?」
「……ええ、はい。ありがとうございます」
イブは振り返る事が出来ないまま皿を受け取った。
さっきまでルフィナを抱き抱えていたはずなのに、いつの間に距離を詰められていたのか。途端に自分の後ろ姿に不備が無いかが気になってくる。
ロベルトを意識しないように食事の準備に集中する。普段は一人のため家事を蔑ろにする事も多いが、元々嫌いと言うわけでは無い。テキパキと準備をしているとルフィナが駆け寄ってくる。
「私もこれ作るの手伝ったんだよ!」
「そうか。それは食べるのが楽しみだな」
ロベルトに褒められたのが嬉しかったのか、ルフィナが離れていったかと思うと、まるでここが自分の家かのように今度はテーブルの上を片付け始める。
ロベルトは狭いキッチンから出て行く様子はなく、むしろイブの視界にギリギリ入るところで腕組みをして壁に背を預ける。準備の手伝いをするつもりは無いらしい。まったく、こういうところはお貴族様らしい。
「魔法を教えてもらう契約なのに、すまない」
「いえ。報酬も多いくらいに頂いていますし、子供は好きですが私には産む予定が無いので、楽しませて貰ってます」
「………そうか」
子供が好きなのは本当だが何も問題がないかと言われるとそうでもない。何が問題か、もちろんロベルトの存在だ。
叶わないのならいっそ忘れてしまいたいのに、こんなに近くにいて、王宮にいる時とは違う表情を見てしまったら、忘れるどころか常に頭の中を支配してしまっている。
ため息が出そうになるのを堪えて、盛り付けを終えた皿をテーブルにいっぺんに運んでしまおうと大きめのトレーにあれこれ乗せていざ持ち上げようとすると、ヒョイとロベルトに奪われる。これは手伝ってくれるらしい。
ルフィナは既に我が物顔で椅子に座り、目を輝かせて食事を待っている。お腹が空いていてもロベルトが帰ってくるのを待っていたのだろう。
「食べていい??」
「どうぞ、召し上がれ」
普段、大人びているルフィナが時折覗かせるこの子供らしい表情がイブの癒しだ。母親にもう会えない事も幼いながらに分かっているのだろうし、きっと、この子にも子供ながら色々思うところがあるのだ。
イブの心はその昔、師匠の魔女に拾われるまでは腐っていた。親は無く、雑な孤児院で育てられたが、なぜ生きているのか分からなかった時もある。
母親を亡くしたルフィナがそうならずに前向きに生きているのは、父親の、ロベルトの愛情があるからなのだろう。
イブはきっと、この先自分の子供を産む事は無い。だからこそ、半端者の自分が果たしてどこまで役に立てるか分からないが、自分の持つ全てをルフィナに教えるつもりだ。それが少しでもルフィナの人生に良いように作用すればいい。
イブの師がそうしたように。
朝、決まった時間にルフィナをイブの元に送り届けると自分は宮廷の仕事へと向かい、夕方、決まった時間に迎えに来る。
「イブ!ロベルトが来た!」
ルフィナは子供ながら随分と聞き分けが良く、森に置いていかれる事を一度もグズった事はないが、毎回夕刻になると小屋の窓に張り付いてロベルトが迎えに来るのを待っている姿は子供らしいと思う。
ルフィナはロベルトの事をいつも名前で呼ぶ。初めは違和感もあったが、家庭の事情もあるだろうし、そう言う教育なのだろうと思う事にして疑問は胸の内に留めている。
コンコンコンと扉のノック音が聞こえると、ルフィナが嬉々として扉を開け、その勢いのままロベルトに飛びつく。
「おかえり!」
「ただいま。いい子にしてたか?」
「してたよ!イブに聞いてごらん!」
ロベルトが愛娘に向ける表情は、イブが知っていたロベルトとはまるで別人のように優しい。ロベルトがこんな顔をする事を、果たしてどれだけの人が知っているのだろう。
ルフィナを軽々と抱き抱えたロベルトの視線がイブを捉える。
「迷惑をかけなかったか?」
「いえ、そんな事は無かったですよ」
ほらね、と得意げにしているルフィナの頭をロベルトが撫でる。その姿を見て、やはり、引き受けるべきでは無かったかと後悔する。
本当は、ここにルフィナの母親が、ロベルトが愛した人がいるべきだったのだと、自分なんかが入れるところでは無いのだと実感する。もうこの世にいないのなら挑むことすら叶わない。
「食事を持ってきた」
「…ありがとうございます。支度しますので待っててください」
ロベルトはルフィナの迎えに来る時、必ず食べ物を持ってくる。報酬はきちんと貰っているのだからそれ以外の心遣いは不要だと伝えたのだがお貴族育ちのせいか、気にするなと言ってこちらの話を聞き入れてくれないので諦めてありがたく頂く事にしている。
しかも、3人分の食事を持って来てわざわざこの狭い山小屋で食事を摂ってから帰る事もあったりなかったり…。今日に関してはここで食べて帰ると朝に宣言されていたので、イブもそれに合わせて何となくスープを作っておいた。
温くなったスープと冷めた料理を炎魔法の応用で程よく温める。
普段1人で食事を摂るので、来客用の食器は上の戸棚にしまってある。踏み台に登るのを面倒に思ったイブは精一杯の背伸びをし、あと少しで手が届きそうと言うところで背後から伸びてきた大きな手が目的の物を簡単に攫っていく。
「これか?」
「……ええ、はい。ありがとうございます」
イブは振り返る事が出来ないまま皿を受け取った。
さっきまでルフィナを抱き抱えていたはずなのに、いつの間に距離を詰められていたのか。途端に自分の後ろ姿に不備が無いかが気になってくる。
ロベルトを意識しないように食事の準備に集中する。普段は一人のため家事を蔑ろにする事も多いが、元々嫌いと言うわけでは無い。テキパキと準備をしているとルフィナが駆け寄ってくる。
「私もこれ作るの手伝ったんだよ!」
「そうか。それは食べるのが楽しみだな」
ロベルトに褒められたのが嬉しかったのか、ルフィナが離れていったかと思うと、まるでここが自分の家かのように今度はテーブルの上を片付け始める。
ロベルトは狭いキッチンから出て行く様子はなく、むしろイブの視界にギリギリ入るところで腕組みをして壁に背を預ける。準備の手伝いをするつもりは無いらしい。まったく、こういうところはお貴族様らしい。
「魔法を教えてもらう契約なのに、すまない」
「いえ。報酬も多いくらいに頂いていますし、子供は好きですが私には産む予定が無いので、楽しませて貰ってます」
「………そうか」
子供が好きなのは本当だが何も問題がないかと言われるとそうでもない。何が問題か、もちろんロベルトの存在だ。
叶わないのならいっそ忘れてしまいたいのに、こんなに近くにいて、王宮にいる時とは違う表情を見てしまったら、忘れるどころか常に頭の中を支配してしまっている。
ため息が出そうになるのを堪えて、盛り付けを終えた皿をテーブルにいっぺんに運んでしまおうと大きめのトレーにあれこれ乗せていざ持ち上げようとすると、ヒョイとロベルトに奪われる。これは手伝ってくれるらしい。
ルフィナは既に我が物顔で椅子に座り、目を輝かせて食事を待っている。お腹が空いていてもロベルトが帰ってくるのを待っていたのだろう。
「食べていい??」
「どうぞ、召し上がれ」
普段、大人びているルフィナが時折覗かせるこの子供らしい表情がイブの癒しだ。母親にもう会えない事も幼いながらに分かっているのだろうし、きっと、この子にも子供ながら色々思うところがあるのだ。
イブの心はその昔、師匠の魔女に拾われるまでは腐っていた。親は無く、雑な孤児院で育てられたが、なぜ生きているのか分からなかった時もある。
母親を亡くしたルフィナがそうならずに前向きに生きているのは、父親の、ロベルトの愛情があるからなのだろう。
イブはきっと、この先自分の子供を産む事は無い。だからこそ、半端者の自分が果たしてどこまで役に立てるか分からないが、自分の持つ全てをルフィナに教えるつもりだ。それが少しでもルフィナの人生に良いように作用すればいい。
イブの師がそうしたように。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
52
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる