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episode.02
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それは、イブがまだ幼かった頃の記憶。
「イブ!私の事はマスターと呼ぶようにと言っただろう?」
「……はぁ。マスターは、どうして私を選んだんですか」
「それはお前の顔が一番可愛かったからさ。私に似てな」
「………」
イブをあの劣悪な孤児院から掬い上げてくれた人は、助けてもらっておいてこんな事を言うのもだが、変な人だった。
ガサツで自由で男勝りで、大人なのによく大人に怒られていた。だけど、色々な人が彼女を頼りにしていた。
「あそこには、私より強い魔法が使える子が他にいたのに」
それまでイブがいたところは、魔法の教育を受けさせてもらえるような環境では無かった。それでも才能がある者は勝手に成長していく。残念ながらイブの能力は平均以下だった。年を重ねるごとになぜか自分の力を制御出来ない事も増えてきて、孤児院でも厄介者扱いだった。
何より、マスターが暮らしているこの王都からイブがいた辺境地の孤児院はあまりにも距離が離れている。孤児院なら他にもあったはずなのに、わざわざ遠い場所から養子を迎え入れたのはなぜなのか。
「お前は特別だ。お前を育てられるのは私だけだからな」
「………?」
その意味はすぐに分かることになった。
「多属性魔法……?」
「そうだ。お前は私と同じ、多属性魔法使いだ。世界にも数%しかいない凄い能力なんだぞ」
「……………」
魔法には属性というものがある。つまりその人の得意分野という事で、基本的には1人の人間に1つの属性が与えられる。それをどこまで極める事が出来るかで、魔導士としてのランクが決まる。
だが稀に、いくつもの属性を同時に与えられる者がいる。イブがまさにそれで、属性の違う魔力が体内で衝突し合い、魔法の制御が出来なくなりつつあったのだ。
「王宮には様々な情報が入る。優秀な人材、今後が期待できる者、そして危険人物…。だから正確に言えば、お前を選んだのは私ではない」
それを聞いた時、イブは正直ホッとした。マスターにとってこれは仕事だ。それも、断る事も投げ出す事も出来ない相手からの依頼で引き受けた仕事だ。なら、余程のことがない限り捨てられる事はないだろう。
もう、ひとりぼっちの牢獄のようなあの場所に戻らなくて済む。
「優秀な人材……。では、私は将来、王宮で働くためにあなたの元で育てられるのですね」
「え?違うけど?」
「………え?」
将来も約束されているなら安泰だと高を括るには早すぎた。自惚れていたと言っても良い。
マスターはぶはっと吹き出すと大笑いして目尻に涙を溜めながら言う。
「お前はこの国の危険人物だよ」
「………え?」
耳を疑った。危険人物とはつまり、犯罪者とか反逆者とか、そういう人の事を指すはずだ。確かに、劣悪な環境で育ったが故に性格はひねくれているが、イブに反社会的な思想はない。
マスターは余程可笑しかったのか、ヒーヒーと呼吸もままならない程に大笑いし続けた。なぜ自分が危険人物認定をされているのか、訳も分からないイブはその間、呆然とするしかない。
しばらくしてようやく笑いが収まったマスターが目尻に溜まった涙を拭いながら口を開く。
「多属性魔法ってのはきちんと制御出来ないと魔法が暴走して危ないんだよ。悪い化学反応が起こると、お前が生きてるだけで大勢の人が死ぬ事になりかねない」
「………そん、な…」
「お前の魔法は既に暴走しかけてる。もしお前が自分自身の魔法を制御出来ないと判断されれば、その時は残念だがお前に未来はない」
マスターは直接的な言葉は使わなかったが、子供でも分かる。その末に待っているのは、処刑だ。
不幸な生い立ちに絶望的な未来。なぜ自分は生まれてきたのか。なぜ今も生かされているのか。富も名声も何もいらない。貧しくてもいい。ただ平穏に生きる事すら叶わないのか。
この、不平等な世界に絶望する。
「そんな顔をするな。可愛くないぞ」
マスターが乱暴に髪をぐしゃぐしゃにしても何も気にならない。だって自分はいずれ死ぬのだから。
目の色を失ったイブを見て、いつも能天気なマスターも流石に焦ったように苦笑いを浮かべる。
「自分の可能性を諦めるにはまだ早いぞ」
「………でも…」
「可哀想に。お前にその価値を示してくれる人はあそこには居なかったんだなぁ」
マスターが空を仰ぐと、心地よい風が吹き抜ける。
貧しい片田舎だ。子供を産んでも育てることが出来ず、捨てられる子供は増え続ける一方。教育を受けられる子供はほんの一握りで、そうでは無い子供は学のないまま大人になり、また育てられない子供が産まれる。イブがいたのはそういう町だ。
「まあ、お前は大丈夫だよ」
「………どうしてそう言えるのですか」
「それはもちろん、私が教えるからだ」
その時の自信に満ち溢れたマスターの顔をイブは忘れる事はない。
「イブ!私の事はマスターと呼ぶようにと言っただろう?」
「……はぁ。マスターは、どうして私を選んだんですか」
「それはお前の顔が一番可愛かったからさ。私に似てな」
「………」
イブをあの劣悪な孤児院から掬い上げてくれた人は、助けてもらっておいてこんな事を言うのもだが、変な人だった。
ガサツで自由で男勝りで、大人なのによく大人に怒られていた。だけど、色々な人が彼女を頼りにしていた。
「あそこには、私より強い魔法が使える子が他にいたのに」
それまでイブがいたところは、魔法の教育を受けさせてもらえるような環境では無かった。それでも才能がある者は勝手に成長していく。残念ながらイブの能力は平均以下だった。年を重ねるごとになぜか自分の力を制御出来ない事も増えてきて、孤児院でも厄介者扱いだった。
何より、マスターが暮らしているこの王都からイブがいた辺境地の孤児院はあまりにも距離が離れている。孤児院なら他にもあったはずなのに、わざわざ遠い場所から養子を迎え入れたのはなぜなのか。
「お前は特別だ。お前を育てられるのは私だけだからな」
「………?」
その意味はすぐに分かることになった。
「多属性魔法……?」
「そうだ。お前は私と同じ、多属性魔法使いだ。世界にも数%しかいない凄い能力なんだぞ」
「……………」
魔法には属性というものがある。つまりその人の得意分野という事で、基本的には1人の人間に1つの属性が与えられる。それをどこまで極める事が出来るかで、魔導士としてのランクが決まる。
だが稀に、いくつもの属性を同時に与えられる者がいる。イブがまさにそれで、属性の違う魔力が体内で衝突し合い、魔法の制御が出来なくなりつつあったのだ。
「王宮には様々な情報が入る。優秀な人材、今後が期待できる者、そして危険人物…。だから正確に言えば、お前を選んだのは私ではない」
それを聞いた時、イブは正直ホッとした。マスターにとってこれは仕事だ。それも、断る事も投げ出す事も出来ない相手からの依頼で引き受けた仕事だ。なら、余程のことがない限り捨てられる事はないだろう。
もう、ひとりぼっちの牢獄のようなあの場所に戻らなくて済む。
「優秀な人材……。では、私は将来、王宮で働くためにあなたの元で育てられるのですね」
「え?違うけど?」
「………え?」
将来も約束されているなら安泰だと高を括るには早すぎた。自惚れていたと言っても良い。
マスターはぶはっと吹き出すと大笑いして目尻に涙を溜めながら言う。
「お前はこの国の危険人物だよ」
「………え?」
耳を疑った。危険人物とはつまり、犯罪者とか反逆者とか、そういう人の事を指すはずだ。確かに、劣悪な環境で育ったが故に性格はひねくれているが、イブに反社会的な思想はない。
マスターは余程可笑しかったのか、ヒーヒーと呼吸もままならない程に大笑いし続けた。なぜ自分が危険人物認定をされているのか、訳も分からないイブはその間、呆然とするしかない。
しばらくしてようやく笑いが収まったマスターが目尻に溜まった涙を拭いながら口を開く。
「多属性魔法ってのはきちんと制御出来ないと魔法が暴走して危ないんだよ。悪い化学反応が起こると、お前が生きてるだけで大勢の人が死ぬ事になりかねない」
「………そん、な…」
「お前の魔法は既に暴走しかけてる。もしお前が自分自身の魔法を制御出来ないと判断されれば、その時は残念だがお前に未来はない」
マスターは直接的な言葉は使わなかったが、子供でも分かる。その末に待っているのは、処刑だ。
不幸な生い立ちに絶望的な未来。なぜ自分は生まれてきたのか。なぜ今も生かされているのか。富も名声も何もいらない。貧しくてもいい。ただ平穏に生きる事すら叶わないのか。
この、不平等な世界に絶望する。
「そんな顔をするな。可愛くないぞ」
マスターが乱暴に髪をぐしゃぐしゃにしても何も気にならない。だって自分はいずれ死ぬのだから。
目の色を失ったイブを見て、いつも能天気なマスターも流石に焦ったように苦笑いを浮かべる。
「自分の可能性を諦めるにはまだ早いぞ」
「………でも…」
「可哀想に。お前にその価値を示してくれる人はあそこには居なかったんだなぁ」
マスターが空を仰ぐと、心地よい風が吹き抜ける。
貧しい片田舎だ。子供を産んでも育てることが出来ず、捨てられる子供は増え続ける一方。教育を受けられる子供はほんの一握りで、そうでは無い子供は学のないまま大人になり、また育てられない子供が産まれる。イブがいたのはそういう町だ。
「まあ、お前は大丈夫だよ」
「………どうしてそう言えるのですか」
「それはもちろん、私が教えるからだ」
その時の自信に満ち溢れたマスターの顔をイブは忘れる事はない。
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