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4 なくしたもの
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しおりを挟む「うん、へいき。もう、ショウガ湯を飲まなくても、ふらふらしたりしないよ。やっぱり、羽を切って、ふつうの人間にもどったからだね!」
両手のこぶしをぎゅっとにぎって、「元気もりもり」のポーズ。「えへへ」と笑うと、誠も、ふっと眉尻をさげて笑った。
屋上のドアから、階段に出て、あたしたちも教室へおりていく。
「なぁ、和泉。あれで……ぜんぶ、終わったんだよな……」
あたしの三段下をおりながら、誠がつぶやいた。
「ハグをティル・ナ・ノーグに落として、葉児はハグと決着をつけた。和泉は羽を切った。鵤さんは帰ってきた。オレももう、鏡の世界には行かない。冥界のリンゴは捨てたよ。これで解決……なんだよな?」
「うん」
そういえば、誠とこの話をするのは、あれ以来。学校がはじまったら、実生活でいそがしくって。たまに会話しても「宿題が~」とか「掃除当番~」とか、そういう話題になってた。
「けど、オレ、どうしても腑に落ちないことがあってさ……」
「……え?」
階段のとちゅうで立ちどまって、誠はぽりぽりと後ろ頭をかいている。
「葉児……。あいつは、気づいてんのかな?」
「……誠。それ、なに……?」
「ん~。今度、葉児にきいたあとで、和泉にも話すよ。たぶん、たいしたことじゃない」
誠はにっと笑って、「文化祭でさ~」と話をかえた。
有香ちゃんに「バイバイ」って手をふって、手芸部の部室を出たときは、空にはうす青い夜が広がりはじめていた。
廊下の暗がりをどんどん歩いて。つきあたりに図書室が見えてくる。
図書室の電気はついていて、入り口のカウンターに図書委員が座っていた。
パソコンで調べ物をする生徒とか。本だなから本を出している生徒とか。ぽつん、ぽつんと、まだ人がのこっている。
真ん中の長づくえで本を開いている、琥珀色の髪を見つけた。
だけど、あたしは声をかけられないで、立ちすくんだ。
ヨウちゃんのとなりに、髪の長い女子が座ってる。
……卯月先輩。
黒いつやつやの髪を、耳横にかきあげて、ヨウちゃんの顔をのぞき込んで、笑ってる。
……なんで……?
ふたりが別れたってきいてから、一度もツーショットを見かけたことなんて、なかったのに。
ヨウちゃんはほおづえをついて、開いた本に目を落としていて。たまにうなずいている。
「あ。カノジョ、来たよ」
卯月先輩は、ニコニコ顔で、ヨウちゃんの肩をぽんっとたたいた。
「綾」
本を閉じて、ヨウちゃんはすぐに立ちあがる。
「ちょっと待って。今、この本、借りてくる」
「……うん」
「そっか、葉児君、けっきょく、借りるのその本に決めたんだね」
後ろをついていった卯月先輩が、つけまつ毛をした黒い瞳でにっこり笑った。
「うん。それね~、読みやすくていいよ。わたしとしては、クー・フーリンの神話の章がおすすめ。
クー・フーリンって、めっちゃ強くてカッコイイんだ。敵の女王をもうちょっとで、しとめられそうだったときにね。『女は殺さない』って、やめたりするの。キザでしょ~。
あ、でも死に方がちょっとね……。えぐいっていうか、ざんねんっていうか。めった打ちだし……。あ、これネタバレか」
「英雄はたいてい、討ち死にだろ?」
ヨウちゃんは、口のはじで笑いながら、カウンターに本をさしだしてる。辞書みたいに分厚い本のタイトルは『ケルトの神話』。
どうしよう。話についていけない……。
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