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2 かごの中の人面蝶
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しおりを挟む「――綾。きのう、人んちから、ヒソップのビン盗んだろ?」
ポケットの外からきこえてきたのは、低~い、ザラザラ声。
ぎゃっ!! やっぱり、怒ってるっ!
「ご……ごめんなさい……」
もぞもぞとポケットから頭だけ出すと、上のほうに、奈良の大仏並みに大きいヨウちゃんの横顔があった。
くもり空を、冷たい風が吹きすぎる。
ここは、誠の団地から、くねくね道をくだったところにあるふみきり。人はだれも歩いてなくて、まわりには、稲を刈った田んぼが広がっている。
「いろいろ追及してやりたいことはある。けど、後まわしだ。綾、今、ビンはどこにある?」
「あの……うちの……あたしの部屋」
おずおず言うと、ヨウちゃんはふみきりをわたりながら、うなずいた。
「わかった。このまま、おまえんちに行く。オレがおまえの親と話してるから、そのすきに、人間にもどってこい」
「う、うんっ!」
大通りの歩道橋を越えて、住宅街を道一本、中に入って。うすピンクの壁の一戸建て。
ここがあたしの家。
ヨウちゃんちみたいなお庭はなくて、コンクリートでかためられたガレージに、パパの黒いワンボックスと、ママの赤いスポーツカーがとまってる。
ヨウちゃんは、ためらわずに門のドアホンを押した。
「は~い」っていうママの声。
「こんにちは。オレ、綾さんと同じ、花田小六年の中条です。学校から、休んだ綾さんの分の連絡シートをあずかってきました」
「あらあら。わざわざありがとね」
ガチャッと、玄関のドアが開いて、ママが顔をのぞかせた。
きょうは仕事がない日だから、一日家にいたのかも。ママの髪のパーマは落ちぎみで、ゆったり部屋着のロングスカートをはいている。
「綾ね~。ちょっと、風邪引いちゃってね。そうそう。あの子ってば、最近しょっちゅう、葉児君のおうちにお邪魔してるでしょ。うるさくてごめんなさいね~。ジャマだったら、追い出しちゃっていいからね」
ママってば、言いたい放題。
「いえ、へーきです。あ、これが連絡シートです」
ヨウちゃんは、自分のランドセルを開けて、本当に連絡シートを取り出した。
連絡シートは、学校を休んだ人がもらうプリント。きょう一日学校でした勉強の内容や、宿題や、あしたの持ち物が書かれてる。
「……おい、綾、早く」
ぼそっと、ヨウちゃんの声がした。
あっ! そうだった! このすきにっ!
ママがプリントに目を通している間に、あたしはヨウちゃんのウインドブレーカーのポケットから飛び立った。
銀色のアゲハチョウの羽をはばたかせて、階段を二階へ。
開けはなされたドアから、見慣れた自分の部屋へ。
窓ぎわのベッドに、人間のあたしが寝ていた。
自分の姿を外側から見るのって、何度見てもヘンな感じ。きのうのまま。あおむけになって、目を閉じている。
その横に、ヒソップのビンが、ちゃんと置いてあった。
あたしは、コルクのふたを、全身の力をつかって、引っぱって抜いた。
小ビンをななめにかたむけて、ビンの口に口をつけて。
虹色の液体がこぼれる。その液体を一滴。ゴクンと飲み込む。
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