箱庭物語

晴羽照尊

文字の大きさ
25 / 385
パララ伝説編

Myth of “Palala”(リビア/レプティス・マグナ/4/194)

しおりを挟む
 194年、四月。レプティス・マグナ。

 二十一世紀の視点から見るなら、そこは北アフリカ、リビア。だが当時はローマ帝政下、この町出身のセプティミウス・セウェルスが帝位に就き、わずか一年足らずといったころである。

 この日、皇帝セプティミウス・セウェルスが凱旋した。先のイッソスの戦いにおいて、総督ペスケンニウス・ニゲルを見事討ち取ったことにより、レプティス・マグナの町も湧いていた。

「さすがは皇帝様! あのお方はこの町の誇り! なあ、あんたもそう思うだろう!?」

 若い衆が輪になって騒いでいた。そのうちの一人が、見ず知らずの男に絡み出した。

 問われた男は柔らかく笑みを返し、「ええ、まさに」と返答する。特別なことなどなにもいらなかった。ただ賛同してくれるだけで、興奮状態の若い衆はさらに盛り上がる。

 男はゆったりと歩みを進めた。どこへ向かうのか判然としない足取りだ。だが、ゆっくりゆっくり、町のはずれへと向かっている様子である。

 町の隅にぽつんと、そこだけ違和感のあるほど他のものから離れたインスラが一棟。その最上階である六階に、男は登った。もちろんエレベーターなどない時代だ。いちいちそんな最上階に住む利点はない。インスラの最上階は、もっとも狭く、もっとも住みにくい部屋――つまり、賃金も安く、もっとも経済的に余裕のない者たちが住んでいた。

 男はなにもない部屋に腰を降ろす。町の闊歩や階段登りなど歯牙にもかけていない風で、疲れた様子など見てとれない。なんならいまちょうど目覚めたところで、活力が充実している風にすら見える。

「セウェルス帝がニゲル総督を……」

 まさに刻まれたばかりの歴史を反芻する。なるほど、

 レンガ造りの天を見上げる。ここはいい。世界は純粋で、まだ、手の施しようがある。レンガを超えた空まで視界を伸ばす。その先の宇宙まで。ずっと先の、未来や過去にまで。遥かに連なる、数多の世界にまで。現実を超えたあらゆる次元にまで……。

 男の名は『パララ』。地球の歴史上、もっとも力を持って生まれた人類だった。

        *

 男は思う。自分にその力が与えられた理由を。

 争いをなくす? そうだ、その『概念』自体を消してみるのはどうだろう? ……考えるまでもなく意味がない。狂気。恐怖。痛み。人類にとっての畏れ。それらがあるから、我々は喜びを知ることができる。なにが欠けてもいけない。この世界は雑多に見えて、意外とシンプルに整っている。失くしていいものなど、なにもない。

 環境を浄化してみるのはどうだろう? ……これも、手を下すべきことではない。そもそもすべてのエネルギーは循環している。そこに清も濁もない。世界の理を把握しているとはいえ、一個人が負える責任の範疇にない。いや、人類だけではないだろう。それは、神の名をもってしてもおこがましい。世界はかように存在する。変えられるのは、私が思い、私を変える。あなたが思い、あなたが変わる。そういった、個人個人の思いが寄り集まった、大いなる意志のみだ。

 いっそ、地球を、宇宙を、空間を――世界を消してしまおうか。過去から未来、すべてにおいて。意識は天に還り、本当の『生』が始まる。……本当ではないからこそ、この人生は面白い。解っている。

 男は解っていた。

 この世界に自分が手を出していい領域など、どこにもない。人は生きて、死ぬだけだ。
 だが、思うことはできる。

「私も人の子だ」

 男は言った。

        *

 あらゆる世界は中継地であり、私も中継人だ。この世界に。この空間に。この時間に橋をかける。生命はどこから始まり、物質はどこから始まり、世界はどこから始まったか。

 男はいま生まれた。そして、男はまた生まれる。永遠に、連綿と。死は存在しない。やがて肉体は朽ちるだろう。だが、それは朽ちた肉体が生まれるだけなのだ。この一秒は、形ある私の世界。次の一秒は、灰すら残らぬ、私の世界。その私は私であり、私ではない。

 あなたは私で、私はあなただ。

 世界に異なるものなど存在しない。

 世界が一個の存在なのだから。

「だが、因果は繋がる」

 私はここに存在し、歴史上、どなたかの人体から生まれ落ちている。ならば遥かな未来において、私の子孫が、も生きているのだ。

「この因果は、消せるが、消すわけにいかない」

 私が生きた証。私に始まる因果。継がれていくもの。

 永遠の先まで見える。だが、その因果は変容し、私を裏切るときが、必ず来る。

 果てまで見える私の視界を、超える世界に、到達しなければ。

「私ではなく、あなたが」

 それが、繋がる――継ぐ、ということだ。

        *

 決断する。この世界には、やはりこの力は必要ない。

 そう決めると、男は手をかざした。なにもない部屋。なにもない空間から生まれる、一冊の書。

「『パララ封印術』。私にだけ扱える、『パララ』の名を継ぐ方法だ」

 性質を与える。この本は、それを扱える者に、『パララ』の能力をを与える。だが、『パララ』の力は強大だ。いくら力を尽くしても、その封印はちょうど半分、50パーセントまでしか、その力を減衰できない。

 だが、繰り返すことはできる。一つの人生で半減なら、二つ目の人生でさらに半減、25パーセント。それを子々孫々、引き継いでいく。
 そのペースなら、百代目の『パララ』に継がれたころ、この強大すぎる力は無に帰すだろう。少なくとも、その時代の人類程度まで虚弱には――。

「ただし――」

 男はもう一つの手をかざす。するとやはりなにもない空間から、一冊の本。

「内輪の問題でも、私一人がすべてを負うことはできない。人はみな、必ず自分のことを考え、選択しなければならない」

 男は複雑な表情をして、空に浮くその本を手にする。

「『パララ制限解除術式』。『封印術』に対抗できる手段。……もちろん、十代も離れてしまえば、私の力にまで戻すことはできないくらい減衰しているだろうが、その代から数えて、数代くらい以前までは遡ることができるだろう」

 もしこれを、私の子や孫の代で使われたら、『封印術』自体の効果を完全に帳消しにし、力は永劫、引き継がれるだろうが。

「それも、一つの選択だ」

 あとは、未来へ託そう。
 男は言った。

『パララ封印術』を輝かせ、その光の中でそれ自体を消し去った。この世界から、跡形もなく。因果すら残さず。

 そして、空間の隙へ隠す。『パララ制限解除術式』を。どこかの時代、どこかの座標へ、それはランダムに飛ばされる。公平を期すなら、子孫へ順に引き継ぐべきだが――まあ、もし本当に彼ら彼女らに必要となれば、それは必ず、その前に現れるだろう。

 男はようやく疲れたような表情を垣間見せ、静かに目を閉じた。

 彼に関する情報は、この世界から消失する。

        *

「これがウチらに伝わる、初代パララ様の神話や。『パララ制限解除術式』は十六世紀、七十一代目のパララが発見したと言われとる。で、ウチは八十九代目パララっちゅーこっちゃ」

 両手を腰に当て胸を張り、いかにも自慢気に幼女は言った。ぴょこんと脳天から生えるアホ毛が揺れる。

「ふうん……」

 考え込むような態度を取っているが、さほど関心もなさそうに、男は言った。体中包帯だらけでベッドに転がり、暇そうに窓の外を眺めている。

「ふうん……ってなんやねん! ハクがおもろい話せえっちゅうから話したったんやで!」

 怪我人を慮る様子なく、幼女は思い切り男を殴った。……何度も。

「痛えな! 話はちゃんと聞いてたが、理解がおっつかねえんだよ! そもそも語り口調が哲学的で、意味解んねえ!」

 男が言うと、幼女がむくれた。幼女としても意味も解らず語っていた節がないわけでもない。というより、そういう節しかない。
 だから照れ隠しに拳を振るい、声を上げ、ナイフを握った。……ナイフ?

「おい待て、パララ、落ち着け」

 男は戦慄する。普段ならいざ知らず、いまは体をうまく動かせない。この状況なら、華奢な幼女にもだろう。

「悪いんはハクやで。解っとる?」

 幼女はナイフをギラつかせ、おぞましく笑う。

「解った。俺が悪かった」

「解ればええねん」

 一転。幼女は満面に笑い、かたわらの机からリンゴを一つ持ち上げた。構えたナイフで乱雑に皮――いや、肉をも纏めて、剥き始める。

「ノラもメイちゃんもおらんなってもうて、やっと二人きりやな、ハク」

 リンゴを剥くため俯いた姿勢から、幼女は視線を上げる。
 それを無視して、男は窓の外を眺めた。

「ああ、ぞっとしねえな」

 適当に相槌を打つ。律儀にかぶったボルサリーノを降ろし、視界を覆った。

 リンゴが破裂する。幼女に握り潰す握力がなかったとしたら、それは、男の顔面で起きた。

 地平線に日が落ちる。もう一度物語が、転回する。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜

美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊  ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め… ※カクヨム様にも投稿しています ※イラストはAIイラストを使用しています

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...