箱庭物語

晴羽照尊

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新潟編

6th Treasure Vol.6(日本/新潟/8/2020)

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 メイド――いや、すでにその仮面ははがれている。ともあれその女性は、子どもたちを一堂に並べた。一人埋もれた女児がいたので、その場所へ集める。もちろん地面に正座だ。

 集まった三人を前に、下着姿の女性がふんぞり立つ。マーガレットを解いた髪は、無造作に肩下まで伸びていた。

「覚悟はできてんだろーな。悪ガキども」

 力がどうこうではなく、大人の女性に叱られているということが、子どもたちの戦意を割いた。女児は冷や汗を流し俯き、幼年は目のやり場に困って、どこか遠くを見ている。

「おい! どこ見てんだ、てめえら!」

 女性は言うと、特に態度の悪い幼年の顔を鷲掴み、無理矢理自身の方を向かせる。
 前屈みになった女性の胸元を思いっきり見てしまった幼年は、もはや思考停止状態に突入した。

「ぶっ殺されっときは、ちゃんと相手の目を見ろって教わってねーのか!?」

 鷲掴んだのと反対の手を振り上げる。

「メイちゃん!」

 と、それが振り下ろされる前に、制止する声。

 見ると、息を切らして肩を揺らし、髪をふり乱した少女が、そこにいた。

 ギロリ。と、女性の目がそちらへ向く。一瞬だけ、いつものメイドの顔に戻るが、またすぐ、その塗装ははがれた。

「ノラぁ、てめえもか、一緒にそこに直れ」

 と、顎で少女の席を示した。

 だが、少女は示された場所へは向かわず、女性の目の前に、正面から向き合った。
 夜になると、何度も叱られた顔。だから、少女は知っていた。は、メイドにとっての休憩時間。その間、彼女にメイドとしての責務はない。

「お願い、メイちゃん。許して――許してあげて」

 だから、その彼女へ意見することは、主人であろうとできやしない。

「ガキが大人に意見してんじゃねーよ。とっとと座れ。軽くシバいて、俺様も休みてーんだよ」

「やめて、お願い。みんな悪気があったわけじゃないし、もうすぐ寝るから。……わたし、ここに居られなくなっちゃう」

 女性は乱雑に頭を掻き、大仰なため息をつく。

「ぶっちゃけ、連れ戻しに来てやったんだっつーの。ハクがてめえを心配してんだ。怪我の具合もたいしたことねえ。ひと月も安静にしてりゃ、元通りだってよ」

 その言葉に、少女は揺れそうになる。だが――

「わたしは、もう少しここで勉強するわ。まだなにも、できてないけど。手がかりを見つけたの、だから、せめてそれを終えるまで」

「グチグチ言ってんじゃねーよ! 話なら三時間後に聞いてやらあ! とっととシバかれろ!」

 言って、女性は手を上げる。その手には『ジャムラ』が握られていた。

        *

 少女はなすすべなく目を閉じた。いつか、どこかの国の、どこかの宿で、同じように叩かれたことがある。その痛みを思い出す。

 ボタ、ボタ……。鈍く滴る音。血液の粘性。肉の重み。
 遅れてやってくる痛み。鈍痛。……

「どうしてこうなったのか、わたしには解らないが。あなた、主人を殺す気だったのですか?」

 目を開けると、灰色の背中。痩せ細って頼りないのに、どうして安心するのだろう?

「ヤフユ……?」

「動くな!」

 少年は言った。突然の大声に、背筋が震える。

 だが、その言葉は少女にではなく、その他の三人に向けられていた。

 見ると、いままで見せたことのない怒りの形相で、ハルカ、カナタ、シュウの三人が『異本』を輝かせている。

「『アニキ』、でも、その腕……」

 一番感情の薄そうな幼年でさえ、歯を食いしばり、ギリギリ少年の命令に従っている風だ。

 少女は見る。少年の右腕。女性が振り下ろした『ジャムラ呪術書』を受け止めた、その腕は――どす黒く滲んで、一部が爛れ落ちている。

「たいしたことはない。あなたたちのことを守れた」

 少年はなんでもない風に言って、三人を見、最後に少女を見た。

「そんな……俺様は、そんなつもりじゃ……」

 女性が一瞬、怯んだ。

「「許さない」」「『兄様』を」「『兄上』を」「「……よくも!」」

 その隙に、二人の女児がシンクロして飛びかかる。その指には三つずつ、指輪がはまっていた。

 さらに鋭く、渦を巻き尖る右腕。闇より暗く、轟々と燃える黒い炎。それらが一斉に、女性の背後をとった。

「動くな! ハルカ! カナタ!」

 条件反射で、女児は止まる。
 それから少年は女性に向き直った。

「麗しいメイドさん。ここはどうか、わたしのこの腕一本で、兄弟たちの不敬を許してください」

 少年は深々と、頭を下げた。

        *

「ハルカ。カナタ。シュウ。わたしの大事な兄弟たち。大事な話をしよう」

 少年は言った。

「あなたたちは、この方にちゃんと話をしましたか? この屋敷の主があなたを追い返すように言っていた、と」

「言ったのだわ!」「言いましたよ!」

 女児は揃って言うが、幼年が頭を抱えて口を開く。

「いや、言ってねえな……」

 少年はにこりと幼年に笑って見せた。

「でも、後付的な言い訳だけど、この人は引き下がらなかったと思う。どちらにしても同じ結果だったよ」

 幼年は言った。

「それでも、一度言うべきだった。しかるべき手順を踏まずにいては、この方も、なぜ襲われているのか解らない。敵対心が強くなります」

 それにそれは、そもそも大きな問題ではない。
 少年は続ける。

「そもそも、あなたたちはどうして彼女を襲ったのですか?」

「『父様』が……」「『父上』が……」「『オヤジ』が……?」

「シュウは気付いたみたいだね」

 少年は微笑みかける。

「あなたたちは、言われるままに行動しただけ。そこには自分の意思がない」

「「でも……」」

 女児は反語を口にした。

「『父様』が――」「『父上』が――」

「あなたたちの人生だ。行動の理由を他人に委ねるな」

 たとえ父親であってもだ。少年は強めの語気で、妹たちに言った。
 シュン。と、女児たちは俯く。

「一番の問題は、『異本』を使ったことだ」

「だけど『アニキ』。俺たちみたいな子どもが、こんな強い人を追い返さなきゃいけなかったんだ」

「シュウ。気持ちは解るけれど、自分を――自分たちを卑下しすぎているよ」

 少年は優しく、なだめるように言った。

「『異本』を使えば、大人とも対等か、それ以上に渡り合える。『異本』があれば、力のない子どもでも、自分の意思を通すことができる。……違うだろう? あなたたちは普段、ジンからなにを学んでいる? そもそもその力で、誰かを傷付け、ときに殺めてしまう結果を生んだとき。あなたたちはそれに耐えられますか? 他人を大事にできない人は、結局、自分を苦しめることになる」

 幼年も俯く。三人の兄弟は、長兄の言葉に耳を傾ける。

「この世界で、いかんなく振るってもいいものは、正しく扱われた言葉の力だけだ」

 少年はそう言って、締めた。

 まあ、ジンからの受け売りだけどね。

 と、最後に歯がゆい笑みを浮かべて。

        *

 そんな兄弟たちを横目に、少女は女性へ向き直る。
 改めて、強い気持ちを持って、まっすぐに。

「メイちゃん。いろんなこと、悪かったと思ってる。でも、今日のこと、わたしはずっと、許さないから。……だけどいまは、頭を下げるわ。お願い、メイちゃん。どうかいまだけ、わたしの好きにさせて」

「……七十二時間。お暇をいただきますからね」

 女性は口調を戻して、言った。リュックサックを拾い、中から一式のメイド服を取り出す。それを目にも止まらぬ速さで身に着け、髪型をも一瞬で整えた。いつも通りのメイドだ。

「本日より二十四日間、休みなくご奉仕させていただきます。その代わり、二十五日目から三日間、完全なお暇を頂戴致します」

 それでよろしいですね? やや毒の籠った言い方で、メイドは言った。

「うん。それでいい。ありがとう、メイちゃん」

 だが、少女はメイドに笑いかけたりはしなかった。ただただ淡々と、事務的な言葉を連ねるのみ。

「ヤフユ。ちょっと来て」

 そして次に、少年を呼ぶ。

 なんでもない風に少女の呼びかけに応じて来たが、その右手は酷い有様だった。
 それを改めて見て、メイドは腰を落とし、地に付くほど首を垂れた。

「プライベートとはいえ大変な失礼を、ヤフユ様。どのような処罰でも甘んじて受ける覚悟はできております」

「メイちゃん。とにかく応急処置をお願い」

「……処置のしようがないと思うけれど」

「ヤフユは黙ってて。……無茶しすぎよ」

 悲しそうな声で、少女は言った。俯いたその顔から、滴が一つ、零れる。
 それを腕で拭って、少女は顔を上げた。

「いまならできる。……不思議ね、解るの」

 少女はその手に握られていた本を開く。製本されていない、紙の束。『シェヘラザードの歌』を。

        *

「あの子に、あれを読ませて、本当に大丈夫かな」

 窓の外を、遠く眺める。その先でそのやり取りが行われているわけではないが、若者の目には、しっかとその様子が

「『シェヘラザード』シリーズは、重なるごとに効果を増す。第二部『シェヘラザードの遺言』。身体強化系。間を挟み、第五部『シェヘラザードの歌』。外部干渉系」

 そして、第九部『シェヘラザードの虚言』。それら『異本』の効果を底上げする、『異本』ではない『シェヘラザード』シリーズ。

「力を扱うものには、それ以上の心の強さが必要だ。力を正しく導くための」

 独り言。誰に言うでもなく。自分へと押し込める、言葉。

「みな、力を欲する。だって人は、幸せになりたいから。幸せにならなきゃいけないから。……馬鹿げている。力は幸せの、対極にあるというのにね」

 ワイングラスを持ち上げ、月にかざした。そこに注がれている液体は、ルビー色。
 すわなちグレープジュースだ。
 それを、ゆっくりと揺らし、香りを楽しむ。その後、若者は一息に飲み干した。

「だが、物語は進むようにしかできていない。……委ねよう。この世界の――」

 神に。

 若者は言った。
 自分で言っていて、自分で意味が解らなかった。
 酒ではなく、自分に酔う。
 へべれけになるのに、アルコールなど必要ない。

 ただ、自分の言葉があればいい。


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