箱庭物語

晴羽照尊

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ワンガヌイ編

170th Item Vol.8(ニュージーランド/ワンガヌイ/8/2020)

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 なぜ居場所が解った? いつのまに『血吸囃子ちすいばやし』を? あの高さから落ちて、なぜ無事でいる?
 聞きたいことは山ほどあった。だが、まず聞くべきことは――。

「なんだ、その姿は……」

 居場所は割れている。青年は堂々と姿を現し、女性に問うた。もはや女性があの少女であることは疑いようもない。しかし、幻覚のように急成長したその肉体は、いったいどういうことなのか。戦闘途中の敵同士とはいえ、聞かずにはいられなかった。

「……そう。あなたは、そうなのね」

 対して女性は、答えになっていない言葉を呟いた。右腕に握られた刀を薄い胸元にまで持ち上げ、その刀に語りかけるように。

 かと思うと、試し切りのように一度、目にも止まらぬ速さで刀を振り降ろす。その遠心力は、女性の右腕にいまだ滴っていた血液を手先へと流す。その勢いは余り余って、『焃淼語かくびょうがたり』の刃先まで伝った。すると刀身が、血を滲ませたかのように、赤く鈍く、わずかに発光した。

 いや、そんなことはどうでもいい。その姿はいったいなんだ? そして、どうして

 動く、というだけなら、まあまだ、動きはするだろう。しかし、それには相当な痛みを伴うはずだ。仮に動かせるにしても、動かしたくもないほどの痛みが。ましてや、刀など振れるはずもない。

「なんだ……なんなのだ――」

 青年は女性を睨み、呟く。
 その瞬間、確かにそこにいたはずの女性は、足元にわずかな土埃を残して、消えた。

「あなたはぁっ……!?」

 かすかな風の動きで、なんとか反応はできた。だが、呆れるほどの不格好だ。

『インドラ』を使った女より、なお速い。

 ギギイイィィン――。
 なにも見えてなどいない。ただの勘だ。だがそれでも、青年はその一太刀をなんとか受けきった。

「あなたは、そうなのね」

 女性は涼しい顔で言った。その言葉は青年に、というよりは、もっと手元に近いなにかに向けて語っているようなか細さだった。そして間近で見るその表情は、もはや十数歳という少女が醸し出せる領域を超えていた。ただ肉体が成熟しただけじゃない、それは本来、時を経なければ醸し出すことなど叶わないはずのものだった。

 青年は両手で力いっぱい、競り合う。受けたときの体勢が悪かった。とはいえ、女性は手負いの片手だけだというのに――!

「努力が」

 女性は言った。今度こそ青年へ向かって、まっすぐなその緑眼を向けて。

「足りてないんじゃない?」

「――――!!」

 その言葉は不意打ちだった。青年は違和感を覚えつつも、憤怒に血が頭に登るのを抑えきれなかった。

 力は入る。だが、許容できない実力以上の暴力は、コントロールがきかない。女性の押し返す力も相まって、バランスを崩した青年は、不格好に弾き飛ばされる。

「『太虚転記たいきょてんき』っ!」

 その、技名を叫ぶ少年漫画の登場人物のようなセリフも、青年の動揺を表していた。少しでも早く、そして間違いなく発動するようにと、心を込めた焦燥の言葉。

 紙片をばらまく。それは何度か見てきたように、徐々に形を成し始める。

 だが、女性の次の一振りの方がはるかに速い。

 それは、式神の形成にわずかながらも意識をもっていかれていた青年を、正面から襲う。

        *

 青年はその太刀を、目前に迫るその刃を無視して、杖を勢いよく地面に突き立てる。持ち手の上部に取り付けられた鈴が、激しく揺れ、鳴り響いた。

「ここより内に、刃は通さんっ!」

「じゃあこうするわ」

 女性は変わらずの沈着で、涼しく言い放つ。

 見えない壁に切っ先を預けたまま、女性は青年の視界から消えた。青年は、間違いなく認識できていた。女性は刀の柄をあっさりと手放し、どこかへ避けるでもなく、回り込もうとするでもなく、ただしゃがんだのだ。
 その意味を、理解するのが早かったのか、空へ吹き上げられるのが早かったのか、青年にはもう、解らなかった。とにかく結果として、青年は拳で顎を、下から思い切り殴り上げられていた。

 ただの打撃一発で、その式神はダメージの許容量を超え、紙片と散る。そのころようやく、空中で手放された刀が自重で落下し、地面に突き刺さった。
 その刃と土との摩擦音を合図に、青年の式神が新たに二体完成した。その二人はタイミングよく、女性を逃さぬように左右から、杖で襲う。

 まだ女性はアッパーを決め、全身を伸ばしきった状態だ。そのまま前後左右に動くには足に力が入らない。
 だから、女性は脱力した。膝の力を抜き、重力に従い、地面に腰を降ろすような感覚だ。それは思いのほか、ストンと、あっさりと身を沈め、青年の攻撃範囲から下方へ逃れる。

 その下方への落ちる力を回転力へ変換し、女性は青年二人へ足払いを決める。完全にバランスを崩させるには至らなかったが、一瞬、女性が地面を転がり、その包囲から抜け出す余裕を生んだ。

 だが、刀は地面に刺したまま置き去りだ。ただ少し手を伸ばし回収するだけの時間すらなかったのだ。それでも、いったんの回避には成功する。

 回避先。女性の視界に影が落ちた。姿勢より先に顔を上げると、抜け出した先にはさらに二人の青年。まだ立ち上がる前の、低い姿勢の女性を、杖の先でもって突き刺そうと構えていた。さらに、後方からはさきほど置き去りにした二人が体勢を立て直し、女性を狙う。

 四人の自分で囲い、青年はようやく、わずかの余裕を笑みに乗せた。

「チェックメイトです」

        *

 前方二人が構える切っ先は、すでに女性を捉えている。だが、後方二人が女性に到達するには、まだ二、三歩ほどの猶予があった。それでも、女性の回避先を潰すという意味では十分に有用だ。そのうえ、後方の青年は近距離用の杖ではなく、中・遠距離攻撃に強い、宝扇、『鳴弧月めいこづき』を構えている。

 確かに、刀すら手放した丸腰の女性相手では、それは十二分な詰みチェックメイトといえるだろう。
 それでも女性は、涼しい顔すら崩さずに、正面の青年へ視線を刺す。その表情には余裕すら感じられない。本当になにもない、ただ、のどかな公園のベンチで、ぼうっと空を眺めるような、危機感のかけらもない表情。

「だめじゃない、ちゃんと――」

 。女性は言った。言って、右手を、まるで刀を持っているかのように構える。

 さきほどよりは冷静さを取り戻した青年だ。今回はすぐに気付いた。女性が、わざと青年の感情を逆撫でするような言葉遣いをしていると。気付きはした。

 だが、どうしてのかは解らない。青年の……口癖とまでは言わないが、よく使うキーワードを。……いや、その理由に薄々気付きかけてはいたが、青年は、それを受け入れるにはまだだった。

 だって、青年が気付きかけた通りだとしたら、それはもう、まるで――

「おいで、『焃淼語』」

 その言葉に呼応し、女性の後方、二人の青年が女性に向かってくる、。みなが置き去りにした、地面に刺さったままの刀が、赤く、滲むように光る。

 刀は、女性の言葉に、まるで投擲の逆再生のように呼応し、二人の青年を突き刺し、突き抜け、紙片へと変え。収まるべくして女性の、構えた掌に収まった。

「チェックメイトね」

 横薙ぎ一閃。二人の青年の、腹部をまとめて、上下に両断――いや、千断した。致死のダメージを受けた四人の青年は、ほぼ時間の間隔を空けずに、幾千の紙片となり、雪のように舞った。


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