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奈良編
40th Memory Vol.26(日本/奈良/9/2020)
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乙女の名乗りを受け、一同、驚愕や、いくらかの疑問を抱いたものだが、しかし、まずは目先の『試練』である。
ゲーム自体の説明が終わり、追加として、『試練』に関する取り決めを彼女は語った。まあ、それは他のパーティーと同じだ。先手後手の選択権は譲る。『異本』を含めた、特殊なアイテムを利用することはできない。以上である。
「さて、誰から挑戦する?」
若者が口を開いた。珍しく率先して口火を切った若者に、メイドは少し、違和感を覚えた。
「私から参りましょう。勝利できなくとも、みなさまのお役に立つため、まずは先陣を切りたく存じます」
その言動は、いつも通りのメイドだった。ここに来る直前の、我を忘れた姿など、嘘だったかのように。
「なるほど。……先に言っておこう。ぼくはこの『試練』、勝とうが負けようが、どうでもいい」
さらりと本音をぶちまけた若者である。
「ここまで来た時点で、ホムラへの義理は果たした。正確には、この『試練』に挑戦した時点で。だからこの先、ぼくの活躍には期待するな。順番が回ってきたら、挑戦はしよう。だが、勝とうなどとは思わずにプレイする。……二人とも、そのつもりで」
といっても、実際的にはメイドひとりに向けた言葉だったろう。この中で、本当に若者を地下世界に送ろうと思って行動しているのは、メイドひとりだろうから。
若者はずっと言っている通り、そもそもいつでも帰りたい。女児も、若者の兄弟たちに義理立てする筋合いがない。ただ、みなが同じ目的に向かって行動するから、旅行もかねて着いてきただけで、どちらかというと若者が地下世界に行かない方が、これまで通りの日常が送れて、むしろいいくらいである。
若者は、きっと、この宣言をするために、率先して口を開いた。メイドの仕切りで話が進むと、若者はともかく、女児の士気が、メイドの巧みな話術により上がるだろうから。先んじてこの『試練』の重要度の低さを語ったのだ。
「いまさら、これ以上ジン様に無理を強いるつもりはございません。ですが、私は本気で、あなた様を地下世界へお送り致します。……そのときは、逃がしませんよ」
メイドはせめてそう言って、若者に釘を刺した。それこそ先に言っておかないと、仮に『試練』をクリアしても、ここに来る前の失態を持ち出され、若者ではなくメイドを地下世界に派遣する、という無茶を押し通されかねない。
「まあ、そうなったなら仕方がないね」
若者は答えた。不承不承といった様子ではあったが、しっかりと。
「……では、改めて。最初に挑戦するのは……ハルカ、きみにしようか」
結局、相談するつもりなどなかったかのように、若者は女児を指定した。それにもなんらかの意図があったのだろう。しかし、それを止める術は、メイドにはなかった。
「ふえっ? は、ハルカが……?」
若者とメイドの水面下でのやり取りをなんとなく眺めていた女児は、急に指名され、うろたえた。
*
第一ゲーム。挑戦者は女児、ハルカ。
特別に優秀な子どもというわけでもない女児は、まだ、説明を受けたばかりのゲームに関して理解したとは言い難かった。だから、うろたえた。正直、もう少し誰かのプレイを眺め、もっとしっかりと把握してから挑戦したい心持ちだったのだ。
しかし、若者の指名には、有無を言わせぬ圧迫感があった。それに押され、卓に着く。
「……まだ幼い娘っ子であるか。ちゃんとできるのか?」
本人に、というよりは、後ろの若者やメイドに、乙女は言葉を向けた。さすがに女児より年上ではあろうが、乙女も、見た目さほど歳を重ねていないにもかかわらず、不遜な態度で。
「た、たぶん」
若者もメイドも応答しないので、女児は自ら答えた。弱々しい言葉ではあったが。
こういうところ、普段は奔放で無邪気に元気な女児も、少女のように、自信も自意識も過剰には振る舞えない。まだまだ親の庇護がなければ強気にもいられない、年相応の女児なのだ。
「……まあよい。始めよう」
袖というには長すぎる衣服に包まれた両手を挙げ、乙女は軽く、打ち合わせる。すると、一~八の漢数字が書かれた簡易な札が、表向きに卓に並び、それが寄り集まり、裏返され、勝手にシャッフルされ始める。適当なところでそれは終わり、卓の中央に、落ち着いた。
「……如何様などする気はないが、疑われるのも面倒だ。混ぜたければ混ぜるがいい」
乙女が言う。今度はしっかと、女児に向けて。
「じゃ、じゃあ」
まだたどたどしいが、意を決してはいるようだ。女児はおずおずと手を伸ばし、札を取り上げる。何度かシャッフルし、元の位置に戻した。
「……先手後手、どちらから始める?」
「えっと、先手、かなあ」
首を傾げて、女児は答えた。
ゲーム開始である。
*
まず、女児が一枚目の札を引く。それは『七』であった。
次いで、乙女が。その手札は、若者たちからは見て取れない。
女児の二枚目、『一』。そして乙女が二枚目を引き、女児が『中札』を置くターンだ。
「……ええっと、じゃあ、……これで」
女児が置いたのは『七』。当然といえば当然の手である。女児の手札は『一』と『七』。若者がチュートリアルで気付いた通り、『中札』に『一』や『八』を置くと、確実に『役』が成立しない。それでもあえて『一』や『八』を置く戦術もあるのかもしれないが、基本的には『一』と『八』以外を置くのが定石となるはずである。
まあ、女児はその点に気付いていないふうであるが。『中札』を置くときに悩んでいたのがその証拠だ。あれは、ブラフで悩んでいたわけではない。そういうずる賢さは、女児にはなかった。
「……では、我はこれを置こう」
対して乙女は、悩むことなく『二』を置いた。
それから、女児が『山札』から一枚、手札を加える。『五』。
乙女も同様に、札を引いた。
さて、ここからが肝要である。まだ『山札』は裏向きのままだ。であれば、『中札』には『一』と『八』を除けば、なにを置いても基本的に、『役』は完成しうる。つまり、『中札』を置くターンは、ほとんど頭を使う必要がない。
だが、ここから――『端札』を置くターンから、少しは札の読み合いを必要とする。自身の手札、あるいは、相手が出した『中札』から、残りの札の可能性を検証し、『役』となりやすい『端札』を選ぶ作業が必要なのである。
現状、女児に見えているのは、『一』、『二』、『五』、『七』。必然的に残りは『三』、『四』、『六』、『八』。このうち、女児の手札から『端札』を選び、『役』を完成させるには――
「『山札』が『八』のときだけですね」
メイドが小さく、若者に囁いた。プレイヤー側に聞こえないように。
女児が『中札』として出したのは『七』。これは、『中札』を出すターンでの手札が他に『一』しかなかったがゆえに仕方のないことではあったが、『七』という選択肢も、かなり『役』の完成には難しい数字であったのだ。なぜなら、『中札』が『七』だと、『山札』が『八』、もしくは『手札』に『八』がない限り、『役』が完成しない。このゲーム、『中札』として置く札は、『四』や『五』など、できる限り中間の数字を選ぶ方がいいらしい。
「これ、なのだわ」
女児は言い、『端札』を置いた。それは『一』。
それを見て、乙女はおろか、若者もメイドも、小さくため息をついた。女児には気付かれないように。
女児は、おそらくすでに『役』の完成に可能性が低いことくらいは感じているのだろう。それを理屈付けて把握はしていなくとも。
しかし、とはいえ、『役』の不完成――一度目の勝負の敗北、もしくは引き分けを前提としても、そのうえで、その先を考えることを放棄している。いや、正確には、そこまで頭が回っていない、というところか。
女児が置いた『端札』は、乙女にとって重要な札――すなわち、『一』だった。女児の『役』の完成に『八』という札が重要であるのと同じ理由で、乙女が置いた『中札』である『二』を考慮すれば、女児が出した『一』という札は乙女の『役』の完成に必要な生命線だ。それをみすみすひけらかすとは。そう思い、若者とメイドは息を吐いたのだ。
「……では、我はこれを置こう」
乙女も『端札』を置いた。まだその裏返した一枚は読めないが、どちらにしても、女児が乙女にとって必要な『一』の札を置いた現状、一度目の勝負において、乙女の『役』が完成しないのは明白である。もちろん、その事実を乙女が現状で理解しているはずもないが(女児の置いた『端札』の『一』はまだ裏返しであるため)。
そして、『山札』の最上札が表へ返される。その数字は『四』であった。
「あっ……」
小さく、女児の声が漏れた。可能性は、もとより低かった。とはいえ、その『山札』の数字から、自身の『役』が完成しなかったことを女児は悟ったのだろう。
だが、ポーカーフェイスにはまだまだ、女児は徹しきれなかったようである。
「……では、賭け金を設定するがよい」
相変わらずの語り始めが悠長な話し口調ではあったが、乙女の様子はどことなく、呆れの感情が表出していた。
*
女児が選択した賭け金は、参加料を含め、硬貨二枚。決して参加料である一枚を超えて、必ず一枚は上乗せしなければならないわけでもないのだが、女児はそのように選択した。彼女なりのブラフのつもりなのか、よもや勝ちの目があると思っているのか(いや、それはなさそうだが)。
先手での勝負では、一度目の勝負以外に硬貨を増やす手はない。あるとすれば二度目の勝負を後手側が選択し、それに勝つことであるが、それはあまり現実的ではない。二度目の勝負は、かなり多くの札が公開されたあとだ。後手側も勝機があるかどうかは、かなりの確度で解るはず。
ゆえに、後手側が二度目の勝負を選択する場合は、たいてい十分な勝機があるときだけであろうから、それに先手側で勝つのは難しい。
「……では、勝負である」
乙女も降りることなく、勝負に挑んだ。互いの『端札』を表へ返す。
現状、『山札』が『四』。互いの『中札』が、女児『七』、乙女『二』だ。そして、開かれた『端札』は――
「……ふむ、互いに『役』の不成立であるな」
乙女の言う通りだった。女児が『一』、乙女は『三』。互いに『役』の不成立で、硬貨のやり取りはない。ただ問題は、この段階で、乙女に『一』の札はもう『山札』にない、と教えてしまったことだ。もしも女児が『一』を出さずに『手札』に残しておけば、乙女に二度目の勝負を促すこともでき、硬貨を奪うこともできたかもしれない。
「……二度目の勝負であるが、後手である我は、今回勝負を降りよう」
当然と、乙女は降りた。ゆえに最初の勝負は引き分け。硬貨のやり取りはなかった。
*
その後、勝負は二回目に入り、先手後手が入れ替わる。この勝負では、一度目の勝負の段階で、乙女が参加料だけを払い降りた。ゆえに、勝負はそこまで。一度目の勝負で降りると、二度目の勝負ももちろんない。こうして二回目は乙女が硬貨一枚を失い、終了した。
そして、三回目。硬貨は女児6、乙女4で迎えた。この勝負、一度目の勝負は、硬貨二枚の賭け金で乙女が勝ち、さらに二度目の勝負でも、乙女が勝った。こうしていとも簡単に女児の硬貨6枚は奪われ、あっけなく第一ゲームは終了だ。
「なんだかよく解らなかったのです」
女児は申し訳なさそうに言った。
「いや、ぼくたちはよく解った。がんばったね、ハルカ。おかえり」
若者は優しく女児を迎える。笑顔で目線を合わせて。
そんな若者を見て、メイドは首を傾げた。もしかして、ゲームをより深く知るために、女児を先に行かせた? だとしたら、その行為は、『試練』全体を通して、勝率を上げる行為のように思える。負けたいはずの若者がそんなことを?
メイドは訝しんだが、次の若者の言葉で、その考えは間違っていたと知る。
「さて、では実質最終戦だ。もう負けは許されないね」
若者はそう言い、メイドに目配せした。どうやら、女児を先に負けさせることにより、メイドにプレッシャーをかけるつもりであったらしい。自分が負けたら、残りは負けるつもりの若者だけだと。
やれやれ。とメイドは苦笑した。そんなことくらいで追い込まれたつもりもないが、あの手この手で負けようとする若者が、どこか可愛く見えたのだ。
「それでは僭越ながら、先に行かせていただきます」
メイドは、ここにきてようやく、若者のことを少しは理解できた気がした。だから、胸を張って、勝負に臨む。
ゲーム自体の説明が終わり、追加として、『試練』に関する取り決めを彼女は語った。まあ、それは他のパーティーと同じだ。先手後手の選択権は譲る。『異本』を含めた、特殊なアイテムを利用することはできない。以上である。
「さて、誰から挑戦する?」
若者が口を開いた。珍しく率先して口火を切った若者に、メイドは少し、違和感を覚えた。
「私から参りましょう。勝利できなくとも、みなさまのお役に立つため、まずは先陣を切りたく存じます」
その言動は、いつも通りのメイドだった。ここに来る直前の、我を忘れた姿など、嘘だったかのように。
「なるほど。……先に言っておこう。ぼくはこの『試練』、勝とうが負けようが、どうでもいい」
さらりと本音をぶちまけた若者である。
「ここまで来た時点で、ホムラへの義理は果たした。正確には、この『試練』に挑戦した時点で。だからこの先、ぼくの活躍には期待するな。順番が回ってきたら、挑戦はしよう。だが、勝とうなどとは思わずにプレイする。……二人とも、そのつもりで」
といっても、実際的にはメイドひとりに向けた言葉だったろう。この中で、本当に若者を地下世界に送ろうと思って行動しているのは、メイドひとりだろうから。
若者はずっと言っている通り、そもそもいつでも帰りたい。女児も、若者の兄弟たちに義理立てする筋合いがない。ただ、みなが同じ目的に向かって行動するから、旅行もかねて着いてきただけで、どちらかというと若者が地下世界に行かない方が、これまで通りの日常が送れて、むしろいいくらいである。
若者は、きっと、この宣言をするために、率先して口を開いた。メイドの仕切りで話が進むと、若者はともかく、女児の士気が、メイドの巧みな話術により上がるだろうから。先んじてこの『試練』の重要度の低さを語ったのだ。
「いまさら、これ以上ジン様に無理を強いるつもりはございません。ですが、私は本気で、あなた様を地下世界へお送り致します。……そのときは、逃がしませんよ」
メイドはせめてそう言って、若者に釘を刺した。それこそ先に言っておかないと、仮に『試練』をクリアしても、ここに来る前の失態を持ち出され、若者ではなくメイドを地下世界に派遣する、という無茶を押し通されかねない。
「まあ、そうなったなら仕方がないね」
若者は答えた。不承不承といった様子ではあったが、しっかりと。
「……では、改めて。最初に挑戦するのは……ハルカ、きみにしようか」
結局、相談するつもりなどなかったかのように、若者は女児を指定した。それにもなんらかの意図があったのだろう。しかし、それを止める術は、メイドにはなかった。
「ふえっ? は、ハルカが……?」
若者とメイドの水面下でのやり取りをなんとなく眺めていた女児は、急に指名され、うろたえた。
*
第一ゲーム。挑戦者は女児、ハルカ。
特別に優秀な子どもというわけでもない女児は、まだ、説明を受けたばかりのゲームに関して理解したとは言い難かった。だから、うろたえた。正直、もう少し誰かのプレイを眺め、もっとしっかりと把握してから挑戦したい心持ちだったのだ。
しかし、若者の指名には、有無を言わせぬ圧迫感があった。それに押され、卓に着く。
「……まだ幼い娘っ子であるか。ちゃんとできるのか?」
本人に、というよりは、後ろの若者やメイドに、乙女は言葉を向けた。さすがに女児より年上ではあろうが、乙女も、見た目さほど歳を重ねていないにもかかわらず、不遜な態度で。
「た、たぶん」
若者もメイドも応答しないので、女児は自ら答えた。弱々しい言葉ではあったが。
こういうところ、普段は奔放で無邪気に元気な女児も、少女のように、自信も自意識も過剰には振る舞えない。まだまだ親の庇護がなければ強気にもいられない、年相応の女児なのだ。
「……まあよい。始めよう」
袖というには長すぎる衣服に包まれた両手を挙げ、乙女は軽く、打ち合わせる。すると、一~八の漢数字が書かれた簡易な札が、表向きに卓に並び、それが寄り集まり、裏返され、勝手にシャッフルされ始める。適当なところでそれは終わり、卓の中央に、落ち着いた。
「……如何様などする気はないが、疑われるのも面倒だ。混ぜたければ混ぜるがいい」
乙女が言う。今度はしっかと、女児に向けて。
「じゃ、じゃあ」
まだたどたどしいが、意を決してはいるようだ。女児はおずおずと手を伸ばし、札を取り上げる。何度かシャッフルし、元の位置に戻した。
「……先手後手、どちらから始める?」
「えっと、先手、かなあ」
首を傾げて、女児は答えた。
ゲーム開始である。
*
まず、女児が一枚目の札を引く。それは『七』であった。
次いで、乙女が。その手札は、若者たちからは見て取れない。
女児の二枚目、『一』。そして乙女が二枚目を引き、女児が『中札』を置くターンだ。
「……ええっと、じゃあ、……これで」
女児が置いたのは『七』。当然といえば当然の手である。女児の手札は『一』と『七』。若者がチュートリアルで気付いた通り、『中札』に『一』や『八』を置くと、確実に『役』が成立しない。それでもあえて『一』や『八』を置く戦術もあるのかもしれないが、基本的には『一』と『八』以外を置くのが定石となるはずである。
まあ、女児はその点に気付いていないふうであるが。『中札』を置くときに悩んでいたのがその証拠だ。あれは、ブラフで悩んでいたわけではない。そういうずる賢さは、女児にはなかった。
「……では、我はこれを置こう」
対して乙女は、悩むことなく『二』を置いた。
それから、女児が『山札』から一枚、手札を加える。『五』。
乙女も同様に、札を引いた。
さて、ここからが肝要である。まだ『山札』は裏向きのままだ。であれば、『中札』には『一』と『八』を除けば、なにを置いても基本的に、『役』は完成しうる。つまり、『中札』を置くターンは、ほとんど頭を使う必要がない。
だが、ここから――『端札』を置くターンから、少しは札の読み合いを必要とする。自身の手札、あるいは、相手が出した『中札』から、残りの札の可能性を検証し、『役』となりやすい『端札』を選ぶ作業が必要なのである。
現状、女児に見えているのは、『一』、『二』、『五』、『七』。必然的に残りは『三』、『四』、『六』、『八』。このうち、女児の手札から『端札』を選び、『役』を完成させるには――
「『山札』が『八』のときだけですね」
メイドが小さく、若者に囁いた。プレイヤー側に聞こえないように。
女児が『中札』として出したのは『七』。これは、『中札』を出すターンでの手札が他に『一』しかなかったがゆえに仕方のないことではあったが、『七』という選択肢も、かなり『役』の完成には難しい数字であったのだ。なぜなら、『中札』が『七』だと、『山札』が『八』、もしくは『手札』に『八』がない限り、『役』が完成しない。このゲーム、『中札』として置く札は、『四』や『五』など、できる限り中間の数字を選ぶ方がいいらしい。
「これ、なのだわ」
女児は言い、『端札』を置いた。それは『一』。
それを見て、乙女はおろか、若者もメイドも、小さくため息をついた。女児には気付かれないように。
女児は、おそらくすでに『役』の完成に可能性が低いことくらいは感じているのだろう。それを理屈付けて把握はしていなくとも。
しかし、とはいえ、『役』の不完成――一度目の勝負の敗北、もしくは引き分けを前提としても、そのうえで、その先を考えることを放棄している。いや、正確には、そこまで頭が回っていない、というところか。
女児が置いた『端札』は、乙女にとって重要な札――すなわち、『一』だった。女児の『役』の完成に『八』という札が重要であるのと同じ理由で、乙女が置いた『中札』である『二』を考慮すれば、女児が出した『一』という札は乙女の『役』の完成に必要な生命線だ。それをみすみすひけらかすとは。そう思い、若者とメイドは息を吐いたのだ。
「……では、我はこれを置こう」
乙女も『端札』を置いた。まだその裏返した一枚は読めないが、どちらにしても、女児が乙女にとって必要な『一』の札を置いた現状、一度目の勝負において、乙女の『役』が完成しないのは明白である。もちろん、その事実を乙女が現状で理解しているはずもないが(女児の置いた『端札』の『一』はまだ裏返しであるため)。
そして、『山札』の最上札が表へ返される。その数字は『四』であった。
「あっ……」
小さく、女児の声が漏れた。可能性は、もとより低かった。とはいえ、その『山札』の数字から、自身の『役』が完成しなかったことを女児は悟ったのだろう。
だが、ポーカーフェイスにはまだまだ、女児は徹しきれなかったようである。
「……では、賭け金を設定するがよい」
相変わらずの語り始めが悠長な話し口調ではあったが、乙女の様子はどことなく、呆れの感情が表出していた。
*
女児が選択した賭け金は、参加料を含め、硬貨二枚。決して参加料である一枚を超えて、必ず一枚は上乗せしなければならないわけでもないのだが、女児はそのように選択した。彼女なりのブラフのつもりなのか、よもや勝ちの目があると思っているのか(いや、それはなさそうだが)。
先手での勝負では、一度目の勝負以外に硬貨を増やす手はない。あるとすれば二度目の勝負を後手側が選択し、それに勝つことであるが、それはあまり現実的ではない。二度目の勝負は、かなり多くの札が公開されたあとだ。後手側も勝機があるかどうかは、かなりの確度で解るはず。
ゆえに、後手側が二度目の勝負を選択する場合は、たいてい十分な勝機があるときだけであろうから、それに先手側で勝つのは難しい。
「……では、勝負である」
乙女も降りることなく、勝負に挑んだ。互いの『端札』を表へ返す。
現状、『山札』が『四』。互いの『中札』が、女児『七』、乙女『二』だ。そして、開かれた『端札』は――
「……ふむ、互いに『役』の不成立であるな」
乙女の言う通りだった。女児が『一』、乙女は『三』。互いに『役』の不成立で、硬貨のやり取りはない。ただ問題は、この段階で、乙女に『一』の札はもう『山札』にない、と教えてしまったことだ。もしも女児が『一』を出さずに『手札』に残しておけば、乙女に二度目の勝負を促すこともでき、硬貨を奪うこともできたかもしれない。
「……二度目の勝負であるが、後手である我は、今回勝負を降りよう」
当然と、乙女は降りた。ゆえに最初の勝負は引き分け。硬貨のやり取りはなかった。
*
その後、勝負は二回目に入り、先手後手が入れ替わる。この勝負では、一度目の勝負の段階で、乙女が参加料だけを払い降りた。ゆえに、勝負はそこまで。一度目の勝負で降りると、二度目の勝負ももちろんない。こうして二回目は乙女が硬貨一枚を失い、終了した。
そして、三回目。硬貨は女児6、乙女4で迎えた。この勝負、一度目の勝負は、硬貨二枚の賭け金で乙女が勝ち、さらに二度目の勝負でも、乙女が勝った。こうしていとも簡単に女児の硬貨6枚は奪われ、あっけなく第一ゲームは終了だ。
「なんだかよく解らなかったのです」
女児は申し訳なさそうに言った。
「いや、ぼくたちはよく解った。がんばったね、ハルカ。おかえり」
若者は優しく女児を迎える。笑顔で目線を合わせて。
そんな若者を見て、メイドは首を傾げた。もしかして、ゲームをより深く知るために、女児を先に行かせた? だとしたら、その行為は、『試練』全体を通して、勝率を上げる行為のように思える。負けたいはずの若者がそんなことを?
メイドは訝しんだが、次の若者の言葉で、その考えは間違っていたと知る。
「さて、では実質最終戦だ。もう負けは許されないね」
若者はそう言い、メイドに目配せした。どうやら、女児を先に負けさせることにより、メイドにプレッシャーをかけるつもりであったらしい。自分が負けたら、残りは負けるつもりの若者だけだと。
やれやれ。とメイドは苦笑した。そんなことくらいで追い込まれたつもりもないが、あの手この手で負けようとする若者が、どこか可愛く見えたのだ。
「それでは僭越ながら、先に行かせていただきます」
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