箱庭物語

晴羽照尊

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『シャンバラ・ダルマ』編 本章

40th Memory Vol.46(地下世界/シャンバラ/??/????)

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 先に、女と青年を残して戦線離脱した者たちが、どのような経緯を辿って戦線に復帰したのか見ておこう。

 彼らの目的は若者の捜索だったはずだ。『シャンバラ・ダルマ』を回収した現状、執事と争う理由はない。『シャンバラ・ダルマ』を発動できる者さえ存在すれば、その場からの離脱が可能なはず、だからである。

 だから、この戦線復帰も、彼を呼び戻すためのひとつの作戦だった。

 まずは、確実に戦線離脱することが先決だ。女にあの場を任せた以上、執事に狙われ、女の邪魔になることはまず、避けねばならない。その次に、負傷者の手当て。特に重傷な、優男の傷を治療する。応急処置でしかないが。

「意外と厄介なのが、あの翼ですね。あれは飛行能力のみならず、どうやら感知機能が備わっている。そしてその感知は、戦闘力――というものがあるとするなら、それの強い者ほど、強く感知できるみたいです」

 優男は治療を受けながら、情報提示した。それこそが傷の対価。男たちに取り入るために、優男が手にした情報なのだ。

「だから、コオリモリ。ここにいるメンバーで奇襲を仕掛け、あの執事を倒しましょう。この広大な世界で、その、ジンとやらを探すには手間がかかる。執事を打倒したのちに、ゆっくり探せばいいのです」

 優男には確信があった。これだけの者たちが団結できるなら、きっとあの執事をも打倒し得ると。それに、逃げながら人探しをするなど、どうにも優男の性に合わなかったのだ。

「奇襲に戻るのは賛成だが、べつに倒す必要はねえ」

「どういう意味です?」

「うまくすれば、あの執事を倒す前に、ジンをあの場におびき出せる」

 その方法については口を噤んだ男だったが、どうやら確信はあるらしかった。だから、そこからは男の策に乗る。そういうつもりで、その場の誰もが耳をそばだてた。

「よし。じゃあ誰か、あの翼を奪う方法を考えてくれ」

 神妙な顔つきで、男は言った。

        *

 そこから、まずは情報共有だった。それから戦略を立て、翼をもぎ取り、方法を考えた。

Brouillardブリュイヤール duデュ Chat Noirシャノワール』。『異本』。対象物の性質は変化させられないが、形質は変えられる。たとえばそれで、必中の槍を極限まで細くできたら?

 人体の損傷における最大の問題は欠損だ。ある程度の大きさを持つ物質が、人体を貫く。それによる内臓の損傷、大量の血液の流出、それらが死を招く。ならば、そのダメージを最小限まで抑えればよい。仮に人体をエックス線が貫いたとて、痛みも、人体的損傷もないのと同じ理屈である。

 次に、執事の拘束だ。あれだけ殺意に燃えている執事と言葉を交わすには、一時的にであれ動きを抑制する必要がある。

 まずは、翼を奪う。同じ土俵に立って、目を合わせて話し合う必要があるからだ。空中に浮いて、遠く離れたまま、真意を伝え合うことなどできないのである。そもそも。彼にとってそれが痛みであろうと、現実に向き合わせる必要がある。そうでなければ、根本的な解決にはならないのだ。
 そして、地面に叩きつけてから、拘束だ。それについては、すぐにギャルが名乗り出た。

「あたしの氷で、動きを止めるよ」

 そう言って。しかし、優男が反論する。執事は炎を扱える。氷など、すぐに融かされてしまうのではないか? そう懸念して。

「だいじょ~ぶ。少しの間なら、ちゃんと、捕まえとくから」

 言葉はおちゃらけているが、面持ちは神妙に、ギャルは言った。言うほど簡単じゃない。その事実を、ギャルは解っていて、引き受けると言ったのだ。それを、優男も、男も理解する。

「それで、やはり一番の問題は、翼を奪う方法ですか」

 優男が仕切り、確認する。空に浮き、しかも感知能力まで備えた者の虚をつく方法などあるのか? それを求め発した言葉だったが、案の定、場は沈黙に包まれた。

「……確かあの翼での感知は、強いやつほど強く感知する。そうだな? ゼノ」

 ややあって、男が口を開いた。

「ええ、まあ、……おそらく、ですけどね」

 歯切れ悪く、優男は答える。彼にしても、正直、男に取り入るためにあえて、推測でしかないことを確信強めに口にしていた節があった。だから、言葉はどうしても濁る。

「ならきっと、俺なら、感知の優先度は低いはず。そうだな?」

「そうかもしれませんけれど、そもそもどう近付くんです?」

「あたしが道を作る」

 男と優男の問答に、ギャルが割って入った。地上から伸びる柱を生成する。そこを駆け上がれば、と、そういう方法を、提示して。

「よし、それでいくぞ」

 男は言った。誰も異を唱えなかった。
 だから、優男が口を開く。気付いていないはずはない、それでも、そのを確認するように。

「コオリモリさん。あなた、自分が一番危ない役回りだって、解っているんですよね?」

 それに対して、男はわずかな沈黙を挟んで、やがて、口を開いた。

「べつに。いま一番危ねえのは、残ってるホムラの方だろ」

 その状況でも、男は女を引き合いに出して、逃れるのだ。言うこと自体は正しいかもしれない。しかし、だからといって、自身の危険性が減るわけでもないのに。

 ああ、こいつは甘い。優男は理解した。この状況にあっても、誰も死ななきゃいいと思ってる。馬鹿だ。夢見がちな、まるで、子どもだ。そう思い、そして、彼の中から男への敵対心が完全に、消えた。

「悪いが、ホムラが危なかったら、助けてやってくれ。ゼノ」

 だから、笑う。優男は、笑って、応えた。

        *

 こうして、男たちの策通り、場は整った。極めて危険な、話し合いの場が。

「どけ。ネズミ風情が。貫かれたいか?」

 執事の右腕はもはや自由だ。ゆえに、その言は現実味を帯びて、男を射抜く。

「なんだよ、口が利けるじゃねえか」

 ボルサリーノを押さえて、男は言った。見ると、どうやらいつもの、茶色いぼろぼろのコートは脱いでいる。動きやすいようにとのことも含めてだろうが、おそらく、『箱庭図書館』とともに、誰かに預けているのだろう。

「だったら、てめえは人間だ。ただ暴れるだけの獣とは違う」

「どうやら、先に死にたいらしい」

 苛立った。その感情こそがだと気付きもしないで、早計に、執事は言い放つ。

「俺の、『家族』がよ」

 対して男は言葉を紡ぐ。これは決して、命のやり取りなどではないのだと、無警戒に、腰を落として、視線を近付けた。そして、ただただ語る。

「おまえと同じ、使用人でな。あいつは、なんつうか、いまにも壊れそうに危なっかしく、立ってやがるんだ」

 ただの自分語り――いや、家族語り。執事にはなんのかかわりもない、身内の話。
 しかしなぜだろう? 執事は、その言葉の先を、聞きたいと思ってしまった。圧倒的強者・優位者としての余裕なのか? いや、そういうはできるが、きっと、そうじゃない。

「俺には、正直、おまえらの気持ちが解んねえよ。誰かのために自分を捨ててまで、仕える気持ちがな」

 そんなもの、自分にだって解らない。そう、執事は思った。この感情は、この使命は――誰かのために生き、死ぬ役割は、名も知らぬ誰かに植え付けられたものだ。決して振り払えない、心に深く刺さったくさび

「そんなものは歪に見える。……だが、それでも――歪んでいてもそれは、おまえらの感情だ。人間が人間たる、大切な要素だ。だから、おまえには、人間のまま生きてほしい。死の、その瞬間まで、人間として」

 それは、期せずして、いつかのと同じ言葉だった。使われ、消費されるだけの道具に、人間としての役割をくださった、最愛の、お嬢様の言葉。

 自分には現在しかない。そう、彼は思い込んでいた。過去を捨て、未来を捨て、ただ唯々諾々と、言われることだけを忠実にこなす。だからこそ、死んだ者には価値がなく、長く仕えた令嬢にも、死せばいくらの価値も感じられなかった。
 だが、思い出した。いつかのに、その方から言われた言葉を。

「『――――』? 覚えづらいわ。じゃあ、……ナイト。そう、あたくしを守る、立派な騎士ナイトの名と役割を、あなたにあげる」

「あたくしのために死になさい。解るわよね? それは、あたくしのために生きる、ということ」

「どうして解らないの? あたくしがそんなことをとでも思った?」

「あなたは人間なのよ、ナイト。ただあたくしの言葉に従うのではなく、もっと考えて――あたくしのためになにができるかを常に考えて、行動しなさい」

 過去は、確かにあった。過ぎ去ってしまえば、それはただ、失われるだけだと思っていた。

「ナイト。……よくやったわね」

 最後の言葉は、現実的なの姿を伴って、執事の眼前に、降り立った。淡い光とともに。優しく、優しく。

「俺たちを恨もうが、殺そうとしようが関係ねえ。だがせめて、俺たちに牙を剥くその姿は、人間のままであってほしい。言葉を交わして、理由を持って。人間として怒り、悲しんで、殺したいほどの感情を抱えてかかってこい。……仕切り直しだ、ナイト」

 男の声に、幻想は消える。そして、向けられる、ひとつの手。

「その憎悪も怒りも、おまえ自身の感情で向けてこい。いつでも相手になってやる」

 その言葉に、執事は力を込めた。いいだろう。殺してやる。、この、殺意をもって。

 どうやらこいつは、俺の体の熱量を知らないらしい。でなければ、手を差し出すことなどできないはずだからだ。ならば、このまま、その手を取って、溶かし尽くしてやろう。

 そういう陰湿な策謀を持って、執事は、男の手を取った。


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