箱庭物語

晴羽照尊

文字の大きさ
121 / 385
エディンバラ編 本章

人間の証明

しおりを挟む
 自然な動作で、幼メイドは次の部屋への扉を開けた。開け、男と少女を、先に促す。自身は扉を押さえ、両人が次の部屋に入った後、彼らの後ろで、幼メイドは、しっかと扉を閉めた。

「お待ち申し上げておりましたの。わたくしたちの家族を付け狙う、不当の輩」

 不思議なことに、その声音はどこまでも柔らかく、攻撃性が感じられないほどに優しかった。

 褐色の肌を艶めかしく見せびらかす、メイド。もはやメイドのコスプレという方が妥当な気がする、露出の高い服装だ。明るめの茶髪。腰ほどにも到達する長い髪を後ろで一括りに束ねている。光の加減か、あるいは理知的な銀縁メガネのレンズによる屈折か、その瞳孔は紫に美しく煌めいている。

 ……などと、そこにいる者それぞれにいちいち語っていては追い付かない。それほどにはその部屋に、多くのメイド、あるいは執事が集結していた。そして、それほどの大部屋だ。つまり、男たちは施設の中央にある部屋にまで到達したというわけである。

 その部屋は、特段になにもない、簡素な長方形の部屋だった。……本当に、なにもない。塵一つ落ちていない。だが、これまでのコンクリート造りの部屋と違い、床天井と、四方の壁。それらすべてに、衝撃吸収材を敷き詰めてあるらしい。ということは、おそらく、戦闘訓練のための部屋、なのだろう。

 そして、そこに並ぶ敵の中には、男と少女のよく知るメイドも含まれていた。

「メイ……!」

 男の反射的な一歩を、コートの端を掴む、少女の腕が止める。

「学習しなさい。見え――」

「大丈夫だ。見えてる。……それに、俺は冷静だ」

 少女の言いかけた言葉を先取りして、男は言った。いくつか前の部屋。幼メイドが待っていた部屋と同じ、トラップ。誰のどういう能力、あるいは、どうやって生成して設置したのか解らない、よく目を凝らさなければ見えもしないほどの、極細の、ガラス。それらがやはり部屋の奥半分に縦横無尽と、張り巡らされていた。

「案内ご苦労様、ラグナ。……あなたには、その二人は荷が勝ちすぎています。下がりなさい。……ああ、そうそう」

 男たちの背後、ひとつ前への扉を防いでいる幼メイドへ、褐色のメイドが言った。そして、最後に思い出したように付け足す。

「スマイル様がお呼びですの。きっと、あなたのことをお褒めくださるわ」

 ニコリと、褐色のメイドは笑った。しかし、その奥に男は、背筋が凍るような殺気を感じてしまう。

「はい。アナン様。……それではハク様、ノラ様。失礼致します」

 幼メイドはうやうやしく一礼し、部屋の奥へ。その動きは淀みなく、的確に針のトラップを躱して進んだ。

「ラグナ」

 その背に、男は声を投げる。

「忘れんなよ。おまえは――」

「はい、ハク様」

 言葉を遮り、幼メイドは振り返る。その表情は変わらぬ無表情だが、男の目から見て、どこかがなにか、おかしく見えた。

 しかし、それがなにか解らないまま、幼メイドは歩みを進め、奥の部屋に消えた。

        *

「で、俺たちはここで始末されんのか?」

 軽い調子で、男は問いかける。

「いいえ、そのようなこと、致しませんのよ。その証左に、引き返す道は開かれております。……ですが、これ以上進むとおっしゃるなら、すこぉし、痛い目をみることになりますけれど」

「俺たちの目的は二つだ」

 男は、含み笑いをする褐色のメイドに、鋭く言葉を向けた。

「一つ。ここに囚われているはずの、ルシアを返せ。二つ。そこの、アルゴと、もう一度、ちゃんと話をさせろ」

 男はメイドを指さして、言った。

「ルシア……申し訳ございません。私の方まで、その連絡は入っておりませんの。どなたかご存知の方はいらっしゃいまして?」

 褐色のメイドは本当に知らないといった顔で、周囲のメイドや執事に問いかける。

「はい。アナン様。私が――ご同行をお願いし、さきほどお連れした女性でございます」

 深紅のタキシードに身を包んだ執事が、集団の脇の方で手を挙げ、あまりに軽薄な様子で報告した。『私が』。その言葉を、二回目にはなぜかややいやらしく、相手の心を逆撫でするような言い回しで、言い直して。

「もちろん、任意でご同行いただいたわけですし、強制したりなどしておりません。『囚われている』というあの方の言い回しは、少し悪意がありますね」

 男の方をちらりと見、やはりねちっこい、丁寧ではあれどどこか慇懃無礼なイントネーションで、彼は言った。

「お連れした……ああ、あの子がルシア様ですの」

 褐色のメイドは勝手になにかを納得したように、顎に手を当て、少し頷いた。

「申し訳ございませんが、ルシア様には現在、私どもにご協力をいただいております。用が終わればすぐにお返し致しますの」

「じゃあせめて、無事を確認させろ。悪いがおまえらを信用してねえんだ」

「バルトロメイ氏とのお話でしたら、いつでも、いまでもご勝手になさってください。アルゴ?」

 強引に話題を進め、褐色のメイドは脇にいるメイドへ声をかけた。語気も荒く。いくらか会話をしてみて気付いたが、褐色のメイドは表情も口調も態度も、どれもが雄弁に彼女の感情を表すタイプのようだ。あくまで他のEBNAのメイドや執事と比べて、ではあるが。

「いいえ、アナン様。先日、お話はすべて済ませております。これ以上語ることはございません」

「と、いうことのようです。これでご用は済みましたの? どうぞ、お帰りください」

 メイドとは思えぬ、しっしっ、と、相手へ邪険に手を振る動作を見せ、褐色のメイドは言った。

「メイ……俺は――」

「聞き分けのない方ですね、ハク様」

 男の言葉を遮り、メイドは言う。褐色のメイドの態度が移ったのか、いやそうな顔を浮かべて。

「いい歳におなりですのに、まだ全能感が抜けておりません。やろうと思えばなんでもできると、いまでもお思いなのでしょう? 一人じゃなんにもできないくせに」

 これまでにないほどの、辛辣な言葉遣いだ。男を拒絶するような――拒絶して、この場からとするような。

「ああ、俺はひとりじゃなにもできねえ。解ってるよ。そんなことは」

「まだノラ様におんぶにだっこで助けてもらって、情けなくはないのですか? ノラ様だけでなく、他のご家族にも。あなた様の無謀な理想に付き合わせて、苦労をかけ、手を煩わせ、傷を負わせ、危険に晒し、申し訳なくはないのですか?」

 それはもはや、怒りに近い。男の無責任な行動、思想に対する、。それを聞いて、男は――

「はは、はははは……」

 小さく、笑った。

        *

 その狂ったかのような笑いに、メイドや執事たちが、わずかに身構えた。各々の武器へ手をかけ、拳を握り、神経を研ぎ澄ます。男の次なる言動に、目を、耳を向けた。

「自分で解ってても、人から言われると、くるもんがあるな」

 そう呟いて、男は、再度笑う。

「解ったなら、お引き取りください。もう私は……お二人のもとへは戻れません」

「『戻れません』? どうしてそんな、戻りたいような言い方をする?」

 細かな言葉のニュアンスを目聡く拾って、男はやはり、笑った。それに対し、メイドは沈黙で返す。苛立ったような目つきと、ひとつのため息もおまけして。

「まあ、もういいんだけどな」

 男は、その沈黙に笑みを零し、言葉を続けた。

「俺はもう、おまえらに頼ることに納得してるから。俺は自分が弱いことを再確認した。あの、シャンバラでの戦いで。そして、今回のことで、おまえらがいないと、俺の目的は達成できないと理解した。だから――」

 男は手を伸ばす。その空間には、……見えていた。どこにどれだけ、針が伸びているのか。どの隙間になら手が伸びるか。だが、、メイドへ、まっすぐ。
 その腕に針が刺さろうと、まっすぐに。

「おまえの気持ちも、心も、思惑も関係ねえ。無理矢理連れ帰る。おまえがここにいたいなら、おまえの帰る家を――この施設を壊滅させてでも、おまえを俺たちの家族に

 言いながら、一歩、一歩と、男は前に進んだ。その身に、またいくつかの針が刺さる。
 その無謀な特攻に、幾人かが動く。だが、誰よりも早かったのは、やはり少女だった。

「どけ。そいつは俺たちの『家族』だ」

 男の眼前にまで、敵は複数迫っていた。
 だが、彼の目に映るのは、一人のメイド。

 怒りや苛立ち、いろんな感情で否定しても、人間である限り失うことなどできやしない――を零した、たったひとりの、彼女だけだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜

美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊  ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め… ※カクヨム様にも投稿しています ※イラストはAIイラストを使用しています

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...