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ヤップ編
手と言葉と心と――
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紙面が『Stone BULK』に触れた瞬間、その石貨はぼやけてブレた。かと思えば、その姿を消す。静寂の深海でのこと、そうでなくともほとんど音もなくその蒐集は行われるのであるが、なおのこと静かに、それは起こった。
少女の言葉通り、『BULK』が失われた途端、その空間に、海水が流れ込む。それによって、海流が乱れた。まず、吸い込まれる。これに関しては予想通り。直前からそれを予見して、逆方向へ泳いでいたふたりは、大きく吸い込まれることもなく、危なげなくそれに耐え切った。だが、その後、海流は逆方向へ動く。鼓動のように、『BULK』があった位置を中心に、収縮し、膨張する。足元だけではなく、空間自体が振動するような海流に翻弄される。
「う……おぉ……!!」
前後へ、だけでなく、上下左右にも、もはやカオス的に乱雑に、海流が渦巻く。さすがにその動きには対応できず、男はともかく、命綱とも言えるロープにしがみつく。これを離そうものなら、仮に海上まで泳ぎ戻れたとしても、ここまで乗ってきたクルーザーの位置に顔を出せるとは限らなくなる。いや、むしろそのロープを辿らない限り、1000メートルもの浮上で位置はどんどんずれ、海上まで呼吸が持ったとしてもその後、遭難してしまう。
もちろん、手で掴むだけではなく、ダイビングスーツやジャケット等と繋がってもいる。しかし、手で掴む安心感とは段違いだ。万一、装備との連結が外れたら大問題である。だから、男はそれだけは手放さないように、しっかと自らの手でしがみついたのだ。そしてそれゆえに、別のことについておろそかにしてしまう。すなわち、もう片方の腕の力を、わずかに、瞬間、緩めてしまったのだ。
「…………っ!!」
失われたから、空いてしまった手で、その軌跡を追う。『箱庭図書館』が流された、その先を――!!
手を伸ばす。しかし、もう届かない位置にまで流された。だが、追うことはできない。追うにはロープを手放さなければいけないが、それを手放して生きて戻れる保証がない。というより、その可能性は極端に低くなってしまう。だが、だが――!!
「…………っ」
男は、覚悟した。生きるも死ぬも、そんなことを考えるのはあとだ。とにかく『箱庭図書館』を失うわけにはいかない。いや、失われるならそれもいいだろう。776冊、すべてではないが、多くの『異本』を収納したままだ。そのまま失われるなら、多くの『異本』をこの世から消し去ることができる。
だが、ただ流されただけだ。それは流され、いつか誰かの手に、きっとまた渡ってしまう。そうすれば『異本』がまた、世に解き放たれる。
少女を封印するような、傷付けるような、苦しめるような、数々の、『異本』が。
『異本』以外にも、自分たちを害するものなどいくらでもあるだろう。それらすべてを排除しようとまでは、男も思っていない。いや、思おうとも、実行しようとは考えないだろう。しかし、『異本』は、男にとって手の届く範囲のものだ。もとよりぜんぶ集めるつもりだったし、そういう過去も含めて、これだけは『やりきろう』と決めた。だから、こんな形で、簡単に終わらせるわけにはいかない。
だから男は、ロープから身を離してでも、それを――。
「あなたは――」
その手を、別の手が掴んで、またロープは握られる――握らされる。そして男は腹部に、鈍い圧力を感じた。
「先に戻りなさい!」
男の腹を蹴り、少女はたおやかに泳いで行った。当然、ロープから手を離して、身一つで。
中指だけを立てた握り拳で。その指を、上へ向けて。
深海の闇に、消える。
*
男は、冷静になった。少女が去ったとき、すぐに自分も追おうと考えた。だが、思い直す。少女を追っても、きっと追い付けない。男は肉体的に疲労していたし、そもそも、少女の本気のスピードには、とうてい追い付けないだろう。そう、冷静に考えてしまった。頭を冷やすだけの時間があった。それはほんのコンマ数秒だったけれど、少女に手を握られ、腹を蹴られるその時間で、男は冷静になってしまった。
だから、なにをすべきか考える。少女の言う通り、先に戻るのが、たぶん一番いい。少女は必ず戻ってくるし、またロープを掴んで、男に遅れても、ちゃんとクルーザーのところまで戻ってくるだろう。それはほぼ、間違いないはずだ。であれば、自分は少しでも安全に、つまりは、魔法の力が残っているうちにとっとと、先に戻り始めるべきだ。なんなら少女のスピードなら、自分が戻っている途中に合流することも考えられる。
(そうだな、それが正しい)
男は理性的に判断した。そして、笑って、かぶりを振る。
そもそも、理性的に判断していたなら、こんなところまで自分は来ていない。そう、思う。
(あと、40分)
時間は80分の経過を示そうとしていた。あと40分。30――いや、20分もあれば、浮上はできるだろう。男はなんの根拠もなく思った。いや、根拠ではなくとも、考えくらいある。そもそも人間は浮くものだし、BCジャケットもあるのだから、水圧での肉体的負荷を無視できる以上、一気に浮上はできるはずだ。なんなら10分もあれば海上にまで出られるかもしれない。
そう甘く考えて、男は待つことにした。少女がどんな方法でこの場所まで戻ってくるのかは解らないが、自分がライトで照らしている方が、目印として申し分ないだろう。少女だって、空気のない深海で生きていられるほどのことはできないはずである。なれば、少しでも戻ってくるまでの時間を早めて、帰還の確率を上げることくらいできるはず。そう、男は考えた。無闇に無策に追うでもなく、かといって少女の言葉を馬鹿正直に実行せずに、自分のできることを考え、行動する。まだ、その判断は間違っているかもしれない。しかし、人間としては、家族としては――父親としては間違っていない。そう、信じて。
やがて、15分ほど経って、確かに少女は戻ってきた。むくれた顔で。それなのに、どこか、嬉しそうに。
*
『箱庭図書館』を男へ渡し、少女は、男のBCジャケットを起動した。ジャケットに空気が送られ、一気に浮力が上昇する。
「ゆっくりね」
少女は言った。そして自らのジャケットにも空気を送り込む。男は首を傾げたが、確かに、まだまだジャケットには大量の空気を入れられそうで、もっと浮力を上げられそうだ。
「だが時間がないぞ」
「誰のせいよ?」
男は考えたが、自分は最善の選択をしたと自負していた。もちろん『箱庭図書館』を手放してしまったことは自分が悪いが、その後のことについては。
「俺のせいか?」
「はあ……」
少女は嘆息した。
「あとで話すわ。空気がもったいない」
ということなので、BCジャケットの操作も少女に任せ、とにかく浮上に専念した。
*
500メートル地点を突破。海底からの所要時間は10分。残り時間はあと15分程度だ。浮力が向上したおかげで、とてつもないスピードで浮上できている。これなら十分、間に合うだろう。
男はそう思ったが、少女は難しい顔をしていた。だが、時間的にはぎりぎりだ。空気もぎりぎりとなるはずである。あまり無駄にしゃべるわけにはいかない。どうしても必要なら、少女の方から言ってくるだろう。
300メートル地点を突破。まだ残り時間は10分以上残っている。順調な浮上を続けていた。まだほとんど光は届いていないはずだが、なんとなく明るくなってきた気がした男だった。
さて、100メートル地点をも突破。残り時間は8分。さすがにもう大丈夫だろう。そう思い、男は安堵した。光も十分に届き、視界が広い。懐中電灯もヘッドライトも消して、浮上を続ける。見慣れた魚たちも多く群れて現れ始める。それらを躱しながら、悠長に海面を目指した。
30メートル地点へ到達。もう海面は目と鼻の先だ。いや、実はそんなことなどないのだが、海底1000メートルの暗黒から戻ってくると、水温も十分に温かく、周囲すべて見渡せるほどに明るいので、気が抜けていた。来るときに見たマンタの群れとたわむれるように泳ぎ、最後の浮上を続ける。
「ノラ――」
もういいだろう。ここまでくれば、ある程度空気を無駄に使っても。そう、男は思って、口を開いた。そのとき、くらりと眩暈を感じた。
過呼吸に、言葉は途切れる。視界がぼやけて、体がだるい。耳鳴りがする。
「…………っ!」
酸素欠乏症。そう、すぐに判断した。もとよりその点についてはいろいろと勘案していたのだ、すぐに思い至れた。だからとにかく、とっとと海上を目指すことだ。あと30メートルだ。目と鼻の先だ。
だが、呼吸がままならない状態での30メートルの浮上となると、その距離は思う以上に長く感じる。当然だ。男は水中で、1分程度しか息を止められない。そのうえ、魔法の膜で覆われた空気の層には、もはやまともな酸素濃度が残っていない。人間は、約18パーセントの酸素濃度を下回ると、体に悪影響を受ける。ちなみに一般的な地上の空気における酸素濃度は21パーセントほどだ。
人間は、酸素濃度21パーセントの空気を吸い、体に酸素を取り込んだのち、約18.5パーセントの濃度の息を吐く。つまり、密閉された空間中のすべての空気を一度、呼吸に費やすと、その空間に残る空気は酸素濃度18.5パーセントほど――ちょうど人間に悪影響が出始めるほどの濃度になってしまう。男はいつのまにか、自身に割り振られた空気をすべて、呼吸に費やしてしまっていたのだ。
20メートル地点を突破。しかし、男の呼吸はもうもたない。もはや海上へ向けて水を蹴るにも力が入らない。ただただBCジャケットの浮力だけで浮上する、人形のようになってしまう。
その鼻を、ふと、抓まれた。そのわずかな刺激に、少しだけ意識を取り戻す。
「ちゃんと、呼吸しなさい」
言われた気がして、唇に、なにか、柔らかいものが触れる。
いや、触れる、どころじゃない。隙間なく押し付けられて、なにかが口内へ侵入し、気道を確保する。そこに押し付けるように空気が送り込まれ、肺を満たす。吐き出すと、
どこか甘い匂いがした。
「ノ――」
「黙って」
また、鼻を抓まれる。そして同じような感触とともに、少女の顔が、男の視界を埋め尽くした。ゆっくりと浮上する最後の20メートル。その間に、男は10回ほどそうやって、少女の空気を受け取りながら、浮上した。
少女の言葉通り、『BULK』が失われた途端、その空間に、海水が流れ込む。それによって、海流が乱れた。まず、吸い込まれる。これに関しては予想通り。直前からそれを予見して、逆方向へ泳いでいたふたりは、大きく吸い込まれることもなく、危なげなくそれに耐え切った。だが、その後、海流は逆方向へ動く。鼓動のように、『BULK』があった位置を中心に、収縮し、膨張する。足元だけではなく、空間自体が振動するような海流に翻弄される。
「う……おぉ……!!」
前後へ、だけでなく、上下左右にも、もはやカオス的に乱雑に、海流が渦巻く。さすがにその動きには対応できず、男はともかく、命綱とも言えるロープにしがみつく。これを離そうものなら、仮に海上まで泳ぎ戻れたとしても、ここまで乗ってきたクルーザーの位置に顔を出せるとは限らなくなる。いや、むしろそのロープを辿らない限り、1000メートルもの浮上で位置はどんどんずれ、海上まで呼吸が持ったとしてもその後、遭難してしまう。
もちろん、手で掴むだけではなく、ダイビングスーツやジャケット等と繋がってもいる。しかし、手で掴む安心感とは段違いだ。万一、装備との連結が外れたら大問題である。だから、男はそれだけは手放さないように、しっかと自らの手でしがみついたのだ。そしてそれゆえに、別のことについておろそかにしてしまう。すなわち、もう片方の腕の力を、わずかに、瞬間、緩めてしまったのだ。
「…………っ!!」
失われたから、空いてしまった手で、その軌跡を追う。『箱庭図書館』が流された、その先を――!!
手を伸ばす。しかし、もう届かない位置にまで流された。だが、追うことはできない。追うにはロープを手放さなければいけないが、それを手放して生きて戻れる保証がない。というより、その可能性は極端に低くなってしまう。だが、だが――!!
「…………っ」
男は、覚悟した。生きるも死ぬも、そんなことを考えるのはあとだ。とにかく『箱庭図書館』を失うわけにはいかない。いや、失われるならそれもいいだろう。776冊、すべてではないが、多くの『異本』を収納したままだ。そのまま失われるなら、多くの『異本』をこの世から消し去ることができる。
だが、ただ流されただけだ。それは流され、いつか誰かの手に、きっとまた渡ってしまう。そうすれば『異本』がまた、世に解き放たれる。
少女を封印するような、傷付けるような、苦しめるような、数々の、『異本』が。
『異本』以外にも、自分たちを害するものなどいくらでもあるだろう。それらすべてを排除しようとまでは、男も思っていない。いや、思おうとも、実行しようとは考えないだろう。しかし、『異本』は、男にとって手の届く範囲のものだ。もとよりぜんぶ集めるつもりだったし、そういう過去も含めて、これだけは『やりきろう』と決めた。だから、こんな形で、簡単に終わらせるわけにはいかない。
だから男は、ロープから身を離してでも、それを――。
「あなたは――」
その手を、別の手が掴んで、またロープは握られる――握らされる。そして男は腹部に、鈍い圧力を感じた。
「先に戻りなさい!」
男の腹を蹴り、少女はたおやかに泳いで行った。当然、ロープから手を離して、身一つで。
中指だけを立てた握り拳で。その指を、上へ向けて。
深海の闇に、消える。
*
男は、冷静になった。少女が去ったとき、すぐに自分も追おうと考えた。だが、思い直す。少女を追っても、きっと追い付けない。男は肉体的に疲労していたし、そもそも、少女の本気のスピードには、とうてい追い付けないだろう。そう、冷静に考えてしまった。頭を冷やすだけの時間があった。それはほんのコンマ数秒だったけれど、少女に手を握られ、腹を蹴られるその時間で、男は冷静になってしまった。
だから、なにをすべきか考える。少女の言う通り、先に戻るのが、たぶん一番いい。少女は必ず戻ってくるし、またロープを掴んで、男に遅れても、ちゃんとクルーザーのところまで戻ってくるだろう。それはほぼ、間違いないはずだ。であれば、自分は少しでも安全に、つまりは、魔法の力が残っているうちにとっとと、先に戻り始めるべきだ。なんなら少女のスピードなら、自分が戻っている途中に合流することも考えられる。
(そうだな、それが正しい)
男は理性的に判断した。そして、笑って、かぶりを振る。
そもそも、理性的に判断していたなら、こんなところまで自分は来ていない。そう、思う。
(あと、40分)
時間は80分の経過を示そうとしていた。あと40分。30――いや、20分もあれば、浮上はできるだろう。男はなんの根拠もなく思った。いや、根拠ではなくとも、考えくらいある。そもそも人間は浮くものだし、BCジャケットもあるのだから、水圧での肉体的負荷を無視できる以上、一気に浮上はできるはずだ。なんなら10分もあれば海上にまで出られるかもしれない。
そう甘く考えて、男は待つことにした。少女がどんな方法でこの場所まで戻ってくるのかは解らないが、自分がライトで照らしている方が、目印として申し分ないだろう。少女だって、空気のない深海で生きていられるほどのことはできないはずである。なれば、少しでも戻ってくるまでの時間を早めて、帰還の確率を上げることくらいできるはず。そう、男は考えた。無闇に無策に追うでもなく、かといって少女の言葉を馬鹿正直に実行せずに、自分のできることを考え、行動する。まだ、その判断は間違っているかもしれない。しかし、人間としては、家族としては――父親としては間違っていない。そう、信じて。
やがて、15分ほど経って、確かに少女は戻ってきた。むくれた顔で。それなのに、どこか、嬉しそうに。
*
『箱庭図書館』を男へ渡し、少女は、男のBCジャケットを起動した。ジャケットに空気が送られ、一気に浮力が上昇する。
「ゆっくりね」
少女は言った。そして自らのジャケットにも空気を送り込む。男は首を傾げたが、確かに、まだまだジャケットには大量の空気を入れられそうで、もっと浮力を上げられそうだ。
「だが時間がないぞ」
「誰のせいよ?」
男は考えたが、自分は最善の選択をしたと自負していた。もちろん『箱庭図書館』を手放してしまったことは自分が悪いが、その後のことについては。
「俺のせいか?」
「はあ……」
少女は嘆息した。
「あとで話すわ。空気がもったいない」
ということなので、BCジャケットの操作も少女に任せ、とにかく浮上に専念した。
*
500メートル地点を突破。海底からの所要時間は10分。残り時間はあと15分程度だ。浮力が向上したおかげで、とてつもないスピードで浮上できている。これなら十分、間に合うだろう。
男はそう思ったが、少女は難しい顔をしていた。だが、時間的にはぎりぎりだ。空気もぎりぎりとなるはずである。あまり無駄にしゃべるわけにはいかない。どうしても必要なら、少女の方から言ってくるだろう。
300メートル地点を突破。まだ残り時間は10分以上残っている。順調な浮上を続けていた。まだほとんど光は届いていないはずだが、なんとなく明るくなってきた気がした男だった。
さて、100メートル地点をも突破。残り時間は8分。さすがにもう大丈夫だろう。そう思い、男は安堵した。光も十分に届き、視界が広い。懐中電灯もヘッドライトも消して、浮上を続ける。見慣れた魚たちも多く群れて現れ始める。それらを躱しながら、悠長に海面を目指した。
30メートル地点へ到達。もう海面は目と鼻の先だ。いや、実はそんなことなどないのだが、海底1000メートルの暗黒から戻ってくると、水温も十分に温かく、周囲すべて見渡せるほどに明るいので、気が抜けていた。来るときに見たマンタの群れとたわむれるように泳ぎ、最後の浮上を続ける。
「ノラ――」
もういいだろう。ここまでくれば、ある程度空気を無駄に使っても。そう、男は思って、口を開いた。そのとき、くらりと眩暈を感じた。
過呼吸に、言葉は途切れる。視界がぼやけて、体がだるい。耳鳴りがする。
「…………っ!」
酸素欠乏症。そう、すぐに判断した。もとよりその点についてはいろいろと勘案していたのだ、すぐに思い至れた。だからとにかく、とっとと海上を目指すことだ。あと30メートルだ。目と鼻の先だ。
だが、呼吸がままならない状態での30メートルの浮上となると、その距離は思う以上に長く感じる。当然だ。男は水中で、1分程度しか息を止められない。そのうえ、魔法の膜で覆われた空気の層には、もはやまともな酸素濃度が残っていない。人間は、約18パーセントの酸素濃度を下回ると、体に悪影響を受ける。ちなみに一般的な地上の空気における酸素濃度は21パーセントほどだ。
人間は、酸素濃度21パーセントの空気を吸い、体に酸素を取り込んだのち、約18.5パーセントの濃度の息を吐く。つまり、密閉された空間中のすべての空気を一度、呼吸に費やすと、その空間に残る空気は酸素濃度18.5パーセントほど――ちょうど人間に悪影響が出始めるほどの濃度になってしまう。男はいつのまにか、自身に割り振られた空気をすべて、呼吸に費やしてしまっていたのだ。
20メートル地点を突破。しかし、男の呼吸はもうもたない。もはや海上へ向けて水を蹴るにも力が入らない。ただただBCジャケットの浮力だけで浮上する、人形のようになってしまう。
その鼻を、ふと、抓まれた。そのわずかな刺激に、少しだけ意識を取り戻す。
「ちゃんと、呼吸しなさい」
言われた気がして、唇に、なにか、柔らかいものが触れる。
いや、触れる、どころじゃない。隙間なく押し付けられて、なにかが口内へ侵入し、気道を確保する。そこに押し付けるように空気が送り込まれ、肺を満たす。吐き出すと、
どこか甘い匂いがした。
「ノ――」
「黙って」
また、鼻を抓まれる。そして同じような感触とともに、少女の顔が、男の視界を埋め尽くした。ゆっくりと浮上する最後の20メートル。その間に、男は10回ほどそうやって、少女の空気を受け取りながら、浮上した。
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