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コルカタ編 序章
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『カーリー女神寺院』から逆行して、露店が並ぶ道を通る。やがてその隙間から奥に進み、スラムの端を横切って行く。
スラムを見て、ふと男は思い出した。そういえばポケットの中にあのロールがまだ入っている。あとふたつも。
「おうハゲ。よかったらこれやるよ」
男は、おもむろにそのうちのひとつを取り出し、僧侶に向けた。
足を止め僧侶は、フードの奥から鋭い目を向ける。
「……ロールですか。ありがたくいただきます。が、私はロールにはうるさいですよ」
言って、一口。世界が、変わった。
「うおおぉぉ……! これは、いままで食べたどのロールよりも……! は、ハゲる! 毛根に熱が滾るのを感じるっ! なんといううまさ!!」
「もうハゲてんだろうが」
「ハゲじゃない! スキンヘーッド!!」
僧侶は男へ――ではなく、そばの外壁に頭部を叩き付ける。すると、その壁に亀裂が入り、ミシシ……、と、いくらかの石片が剥がれて落ちた。
「はあ……、はあ……。なんということだ。こんなうまいロールが、この世界に存在しているとは……。ハクくん、これはいったい、どこで売っているのです?」
「ああ、まあ、明日にでも案内するよ」
場所はスラムだ、住所を言い伝えるわけにもいかない。現在地や有名な場所からの道順を逐一説明するのも面倒だし。
「とりあえず今日は用件を済ませよう」
「いえ、先に聞かねばどうにも落ち着きません。君が明日も生きている保証など、どこにもないのですから」
「物騒なことを言うんじゃねえ」
しかし、安直に面倒なことをしてしまった。と、男は思った。僧侶、タギー・バクルドは好奇心を抑えきれない男だ。そう、過去の経験から知っている。というより、そんな性格でなければ、『異本』や、本自体に魅せられ、現在それを崇拝するような組織で幹部などやっていないだろう。強く優しく、正直で実直なはずの彼が、不法な集団で違法な手法まで用いてまで、その好奇心に従い活動を続けているはずがない。
嘆息、する。しかたがない、遠回りではあるが、そう遠くもないのだ。いったんあの店に戻って、それから『本の虫』の本部へ向かうこととしよう。そう、男は諦めた。
「いいわ、住所を教えとくわね」
が、横から少女が、ふとメモ帳に住所を書き記し、それを千切ったものを僧侶に渡した。その行動を、不思議そうに男は見る。
「デジタルアドレスっていってね。ハクが――あっちに行った、ちょうどその時期に普及し始めたんだけど、土地などの所有がなくても電子上に住所を入手できる時代になってるのよ。これでネットショッピングとか、スラム街の人々にも簡単に利用できるようになった」
少女は男の怪訝を読み解き、説明した。そうだ、男としてはそこまでの意識は希薄だが、少女と出会ってから、十年近くも経過している。その世界は、大にも小にも、いろんなところが変わっているのだ。
本来不思議でしかないその現象も、どうにも男はある意味、当然に起こり得るものと認識している。
そうだ。自分は、『異本』に出会って、確かに一般的な認識から外れている。だから、男は思う。俺の目は、はたして世界を正しく見られているだろうか。と。
*
僧侶は納得して、案内を再開した。なかなかに入り組んだ小道を蛇行して、奥へ。スラムの中でも特に人が寄りつかない奥地。特に荒廃して、いまにも崩れそうな――いや、すでに崩れていると言ってもいい、ある建物に入り、瓦礫の影から、地下へ。
その先が、現存する最後の、『本の虫』の施設だ。
「こんなところで、ちゃんと住めてんのか?」
悪く言う気はなかったが、率直に、男は問う。
「空気は悪いですが、掃除は行き届いています。料理の得意な子もいて、家事が趣味な子もいて、割合快適ですよ」
地下へ降りながら、僧侶はフードを上げて、笑みを見せた。
「何人で住んでんだ?」
「十一人です」
やや伝わりづらい問い。言葉通りに捉えれば、ここで日常生活する者の数、なのだろうが、ここは組織の拠点でしかない。つまり、住んでいなくても通いで訪れる教団員もいたはずで、ともすればその総数を男は問うてきた、と、捉えることもできたはず。
そんなに深く考えてなど、そもそもいなかったのかもしれないが、僧侶は、即、端的に返事をした。
「これが組織の生き残り、最後の全員です。いまではその全員が、こうやって肩を寄せ合って、ここに住んでいる」
笑顔を消して――いや、本来の笑顔から、苦笑いに変えて、僧侶はやや緊張感を増した様相で、言った。
「…………」
男は、『本の虫』が『本の虫』と呼ばれる組織となる前に、彼らの元を去った。だから、最盛期から比べて、どれくらい人数が減ったのかは解らなかったが、十一人しかいないというのは、だいぶ少なく感じた。
そもそも男の知っている『本の虫』以前の組織は――組織と呼ぶにもおこがましく、たった五人の集まりでしかなかったのだから。
「生き残り、か」
「ああ、誤解しないでください。……アリスは、『戦争』という語彙で、君には説明したのでしょうが、武力でのぶつかり合いはほんのわずか、数えるほどしか行われていない。もちろんその数回の結果がこの現状を生んでしまったわけですが、それでも、血を流して人員が減ったわけではないのですよ」
足を止めて、僧侶は語る。
「WBOからの、我々への要求は、ひとつが『異本』の譲渡、そしてふたつめが、組織の解体、解散。ですから、『異本』を持つ者はそれを渡して、そうでない者は、組織を離れればいい。そうして人数が減っただけですから、死者は――」
僧侶は言い淀んで少し、目を瞑った。
「……そうですね。……この争いを原因として命を落としたのは――たったひとりだ」
きつく瞼を結んだまま、僧侶は言った。唇を噛み、また、先へ進む。地下への階段を、降る。
*
こちらでお待ちください。と、ひとつの部屋に案内された。大きな長テーブルに、対面するように数脚ずつの椅子。
そして、そこに座る、いくつかの影。
「いやぁっほう、何日かぶり、ハク☆」
すでにできあがっている――様子なのは、多少の演技が含まれていようが、酒を飲んではいた。そのウイスキーが入ったグラスを持ち上げ、ギャルは言った。
小麦色に焼いた肌。全身、いたるところに煌めくピアス。金髪を巻いて、ツインテールにもまとめた、いい歳したおばさんである。
『本の虫』が『本の虫』と呼ばれる以前の、ただの本好きの集団であった時代からいる、最古参、そのひとり。現在『本の虫』の中では幹部と呼ばれる地位。
『本の虫』の階級はシンプルだ。現在はWBOに囚われたままの『教祖』がトップであり、その下に数人の『主教』、各主教が治める施設ごとに、『幹部』が数人いて、それより下は単純な『構成員』だ。とはいえ、『教祖』と『主教』は実質的には同等の権力があるとされ、『教祖』は対外的な顔役であるに過ぎない。……というのが、この組織を乗っ取ったときの教祖、ブヴォーム・ラージャンの言い分である。まあ、どちらにしたところで、現在彼は、WBOに囚われてしまって、なにも、手も口も出せない状態であるが。
ちなみに『女神さま』というのは役職ではない。この組織を宗教団体としてまとめるために、教祖が連れてきた信仰対象である。その出自は、教祖ですら知らない。そんな教祖に連れられ、祀り上げられることを容認している、彼女の内心も。
ともあれ、そのうちの、『幹部』である、このギャルは。コルカタの施設。この地を治める『主教』、タギー・バクルドは、世界にいくつかある――あった、『本の虫』の施設の中でも屈指の戦闘集団を束ねる者。ゆえに『幹部』も『構成員』も戦闘における実力者揃い。その中でも特段に、多様な魔法で多彩に戦える実力者。
ギャル、アリス・L・シャルウィッチだ。
「どうも、コオリモリさん」
静かに視線を向けて、優男は言う。腕を組み、下から睨みつけるように。
毛先が切り揃えられた金髪のおかっぱ頭だ。いつ見ても、微塵も長さが変わらず、まるでヅラのような髪型である。そんな彼は軍服のような――むしろそれそのものなのかもしれない――ブラックの詰襟を崩さずに着こなし、座っている。椅子を大きく引いて、その長い脚を組んでいることが、テーブルを挟んで対面していても見て取れるほどだった。
生き残った『幹部』の中では唯一の、『本の虫』が『本の虫』となった後からの加入組。年功序列は関係ないのだろうが、その若さで、新参で『幹部』になっていることからも、彼の戦闘力は計り知れよう。……そもそも、実際に彼と衝突している男にとっては、まさに体感して、知っている事実だ。
優男、ゼノ・クリスラッド。である。
「本当に久方ぶりだ、氷守」
最後に、二人分以上の幅を取って座り込む、大男。
筋骨隆々な肉体は、もはや衣類で覆うことが不可能と言わんばかりに膨張している。超サイズのジーンズを履き、上半身は裸の上から、肩幅的に絶対に袖を通せないだろう、デニムのジャケットを羽織っていた。ギョロリ、と、目玉は飛び出し、零れ落ちそうなほどに大きく剥かれている。ぼさぼさの赤褐色の髪は、隣の優男と対照的に、まったく手入れなどされていないだろう無造作で、同じ色の無精髭も口周りに見て取れた。しかし、全体的に不潔感はない。毛髪、髭の手入れはされていなくとも、全身はよく磨かれ、服にも汚れはなさそうだ。意外と綺麗好きなのかもしれない。
彼は、ある意味、特殊な人種だ。というのも、その肉体を構成する器官が、一般的な人間のそれより、よほど頑強なのだ。ゆえに、これだけの肉体を持つ。肉体的な強靭さなら、世界最強の一族。『本の虫』の中でも、最強の戦闘要員である。
この大男の名は、カイラギ・オールドレーン。
三者三様、男へ向ける感情はあれど、とにかくは人間らしく、言葉から放った。それでも、その威圧感にたじろぎ、男は瞬間、止まる。
「あー――」
後頭部を掻き、時間を稼ぐ。そこから出てきた言葉は、
「座っていいか?」
だった。しかし、誰かが答える前に、施設に帰宅してからいったん席を外していた僧侶が戻ってきて、こう言ったのだ。
「ハクくん、ノラちゃん」
名を呼んで、少しだけ躊躇う。
「『女神さま』が、お会いになりたいと」
男が――誰かが、なにかを言う前に、黙って――。
黙ったまま、少女が、歩みを進めた。
スラムを見て、ふと男は思い出した。そういえばポケットの中にあのロールがまだ入っている。あとふたつも。
「おうハゲ。よかったらこれやるよ」
男は、おもむろにそのうちのひとつを取り出し、僧侶に向けた。
足を止め僧侶は、フードの奥から鋭い目を向ける。
「……ロールですか。ありがたくいただきます。が、私はロールにはうるさいですよ」
言って、一口。世界が、変わった。
「うおおぉぉ……! これは、いままで食べたどのロールよりも……! は、ハゲる! 毛根に熱が滾るのを感じるっ! なんといううまさ!!」
「もうハゲてんだろうが」
「ハゲじゃない! スキンヘーッド!!」
僧侶は男へ――ではなく、そばの外壁に頭部を叩き付ける。すると、その壁に亀裂が入り、ミシシ……、と、いくらかの石片が剥がれて落ちた。
「はあ……、はあ……。なんということだ。こんなうまいロールが、この世界に存在しているとは……。ハクくん、これはいったい、どこで売っているのです?」
「ああ、まあ、明日にでも案内するよ」
場所はスラムだ、住所を言い伝えるわけにもいかない。現在地や有名な場所からの道順を逐一説明するのも面倒だし。
「とりあえず今日は用件を済ませよう」
「いえ、先に聞かねばどうにも落ち着きません。君が明日も生きている保証など、どこにもないのですから」
「物騒なことを言うんじゃねえ」
しかし、安直に面倒なことをしてしまった。と、男は思った。僧侶、タギー・バクルドは好奇心を抑えきれない男だ。そう、過去の経験から知っている。というより、そんな性格でなければ、『異本』や、本自体に魅せられ、現在それを崇拝するような組織で幹部などやっていないだろう。強く優しく、正直で実直なはずの彼が、不法な集団で違法な手法まで用いてまで、その好奇心に従い活動を続けているはずがない。
嘆息、する。しかたがない、遠回りではあるが、そう遠くもないのだ。いったんあの店に戻って、それから『本の虫』の本部へ向かうこととしよう。そう、男は諦めた。
「いいわ、住所を教えとくわね」
が、横から少女が、ふとメモ帳に住所を書き記し、それを千切ったものを僧侶に渡した。その行動を、不思議そうに男は見る。
「デジタルアドレスっていってね。ハクが――あっちに行った、ちょうどその時期に普及し始めたんだけど、土地などの所有がなくても電子上に住所を入手できる時代になってるのよ。これでネットショッピングとか、スラム街の人々にも簡単に利用できるようになった」
少女は男の怪訝を読み解き、説明した。そうだ、男としてはそこまでの意識は希薄だが、少女と出会ってから、十年近くも経過している。その世界は、大にも小にも、いろんなところが変わっているのだ。
本来不思議でしかないその現象も、どうにも男はある意味、当然に起こり得るものと認識している。
そうだ。自分は、『異本』に出会って、確かに一般的な認識から外れている。だから、男は思う。俺の目は、はたして世界を正しく見られているだろうか。と。
*
僧侶は納得して、案内を再開した。なかなかに入り組んだ小道を蛇行して、奥へ。スラムの中でも特に人が寄りつかない奥地。特に荒廃して、いまにも崩れそうな――いや、すでに崩れていると言ってもいい、ある建物に入り、瓦礫の影から、地下へ。
その先が、現存する最後の、『本の虫』の施設だ。
「こんなところで、ちゃんと住めてんのか?」
悪く言う気はなかったが、率直に、男は問う。
「空気は悪いですが、掃除は行き届いています。料理の得意な子もいて、家事が趣味な子もいて、割合快適ですよ」
地下へ降りながら、僧侶はフードを上げて、笑みを見せた。
「何人で住んでんだ?」
「十一人です」
やや伝わりづらい問い。言葉通りに捉えれば、ここで日常生活する者の数、なのだろうが、ここは組織の拠点でしかない。つまり、住んでいなくても通いで訪れる教団員もいたはずで、ともすればその総数を男は問うてきた、と、捉えることもできたはず。
そんなに深く考えてなど、そもそもいなかったのかもしれないが、僧侶は、即、端的に返事をした。
「これが組織の生き残り、最後の全員です。いまではその全員が、こうやって肩を寄せ合って、ここに住んでいる」
笑顔を消して――いや、本来の笑顔から、苦笑いに変えて、僧侶はやや緊張感を増した様相で、言った。
「…………」
男は、『本の虫』が『本の虫』と呼ばれる組織となる前に、彼らの元を去った。だから、最盛期から比べて、どれくらい人数が減ったのかは解らなかったが、十一人しかいないというのは、だいぶ少なく感じた。
そもそも男の知っている『本の虫』以前の組織は――組織と呼ぶにもおこがましく、たった五人の集まりでしかなかったのだから。
「生き残り、か」
「ああ、誤解しないでください。……アリスは、『戦争』という語彙で、君には説明したのでしょうが、武力でのぶつかり合いはほんのわずか、数えるほどしか行われていない。もちろんその数回の結果がこの現状を生んでしまったわけですが、それでも、血を流して人員が減ったわけではないのですよ」
足を止めて、僧侶は語る。
「WBOからの、我々への要求は、ひとつが『異本』の譲渡、そしてふたつめが、組織の解体、解散。ですから、『異本』を持つ者はそれを渡して、そうでない者は、組織を離れればいい。そうして人数が減っただけですから、死者は――」
僧侶は言い淀んで少し、目を瞑った。
「……そうですね。……この争いを原因として命を落としたのは――たったひとりだ」
きつく瞼を結んだまま、僧侶は言った。唇を噛み、また、先へ進む。地下への階段を、降る。
*
こちらでお待ちください。と、ひとつの部屋に案内された。大きな長テーブルに、対面するように数脚ずつの椅子。
そして、そこに座る、いくつかの影。
「いやぁっほう、何日かぶり、ハク☆」
すでにできあがっている――様子なのは、多少の演技が含まれていようが、酒を飲んではいた。そのウイスキーが入ったグラスを持ち上げ、ギャルは言った。
小麦色に焼いた肌。全身、いたるところに煌めくピアス。金髪を巻いて、ツインテールにもまとめた、いい歳したおばさんである。
『本の虫』が『本の虫』と呼ばれる以前の、ただの本好きの集団であった時代からいる、最古参、そのひとり。現在『本の虫』の中では幹部と呼ばれる地位。
『本の虫』の階級はシンプルだ。現在はWBOに囚われたままの『教祖』がトップであり、その下に数人の『主教』、各主教が治める施設ごとに、『幹部』が数人いて、それより下は単純な『構成員』だ。とはいえ、『教祖』と『主教』は実質的には同等の権力があるとされ、『教祖』は対外的な顔役であるに過ぎない。……というのが、この組織を乗っ取ったときの教祖、ブヴォーム・ラージャンの言い分である。まあ、どちらにしたところで、現在彼は、WBOに囚われてしまって、なにも、手も口も出せない状態であるが。
ちなみに『女神さま』というのは役職ではない。この組織を宗教団体としてまとめるために、教祖が連れてきた信仰対象である。その出自は、教祖ですら知らない。そんな教祖に連れられ、祀り上げられることを容認している、彼女の内心も。
ともあれ、そのうちの、『幹部』である、このギャルは。コルカタの施設。この地を治める『主教』、タギー・バクルドは、世界にいくつかある――あった、『本の虫』の施設の中でも屈指の戦闘集団を束ねる者。ゆえに『幹部』も『構成員』も戦闘における実力者揃い。その中でも特段に、多様な魔法で多彩に戦える実力者。
ギャル、アリス・L・シャルウィッチだ。
「どうも、コオリモリさん」
静かに視線を向けて、優男は言う。腕を組み、下から睨みつけるように。
毛先が切り揃えられた金髪のおかっぱ頭だ。いつ見ても、微塵も長さが変わらず、まるでヅラのような髪型である。そんな彼は軍服のような――むしろそれそのものなのかもしれない――ブラックの詰襟を崩さずに着こなし、座っている。椅子を大きく引いて、その長い脚を組んでいることが、テーブルを挟んで対面していても見て取れるほどだった。
生き残った『幹部』の中では唯一の、『本の虫』が『本の虫』となった後からの加入組。年功序列は関係ないのだろうが、その若さで、新参で『幹部』になっていることからも、彼の戦闘力は計り知れよう。……そもそも、実際に彼と衝突している男にとっては、まさに体感して、知っている事実だ。
優男、ゼノ・クリスラッド。である。
「本当に久方ぶりだ、氷守」
最後に、二人分以上の幅を取って座り込む、大男。
筋骨隆々な肉体は、もはや衣類で覆うことが不可能と言わんばかりに膨張している。超サイズのジーンズを履き、上半身は裸の上から、肩幅的に絶対に袖を通せないだろう、デニムのジャケットを羽織っていた。ギョロリ、と、目玉は飛び出し、零れ落ちそうなほどに大きく剥かれている。ぼさぼさの赤褐色の髪は、隣の優男と対照的に、まったく手入れなどされていないだろう無造作で、同じ色の無精髭も口周りに見て取れた。しかし、全体的に不潔感はない。毛髪、髭の手入れはされていなくとも、全身はよく磨かれ、服にも汚れはなさそうだ。意外と綺麗好きなのかもしれない。
彼は、ある意味、特殊な人種だ。というのも、その肉体を構成する器官が、一般的な人間のそれより、よほど頑強なのだ。ゆえに、これだけの肉体を持つ。肉体的な強靭さなら、世界最強の一族。『本の虫』の中でも、最強の戦闘要員である。
この大男の名は、カイラギ・オールドレーン。
三者三様、男へ向ける感情はあれど、とにかくは人間らしく、言葉から放った。それでも、その威圧感にたじろぎ、男は瞬間、止まる。
「あー――」
後頭部を掻き、時間を稼ぐ。そこから出てきた言葉は、
「座っていいか?」
だった。しかし、誰かが答える前に、施設に帰宅してからいったん席を外していた僧侶が戻ってきて、こう言ったのだ。
「ハクくん、ノラちゃん」
名を呼んで、少しだけ躊躇う。
「『女神さま』が、お会いになりたいと」
男が――誰かが、なにかを言う前に、黙って――。
黙ったまま、少女が、歩みを進めた。
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