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コルカタ編 本章
光雨注いで空晴れる
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ものすごい勢いで叩き付けられるスキンヘッドを、妖怪は、飄々とした動きで躱した。ゆえに、その後ろの壁に激突し、轟音とともにひびを入る。
「相変わらずの石頭だねえ……。そんな物騒なもんを、じじいに向けるんじゃないよ」
皺くちゃに潰れるように両目も閉じている。それだけの余裕さで躱しておきながら、恐れおののくように身を竦めて、妖怪は、軽口を叩いた。
「危なげなく躱しておいてなに言ってるんですか。あなたを老人扱いするつもりは毛頭ありませんよ。……毛頭?」
真面目なバトルシーンにも小ネタを挟み、僧侶は首を傾げる。
「毛頭じゃなくてスキンヘッドで悪かったなチクショー! 髪がないぶん威力も上がるんですよスキンヘーッド!!」
隙を突くように、長ったらしい技名を叫ぶように、僧侶は再度、頭突きをかます。それを妖怪はやはり危なげなく、片手で、受け止めた。
「『ぬりかべ』」
妖怪は呟き、僧侶の頭を押し返す。ほんの数歩下がらせ、距離を取った。
その僧侶を、左右から、三メートル四方ほどの分厚い壁が襲う。それは躱す余裕もない速度で、瞬間に、僧侶を押し潰した。
「活発の黄。『フラッシュ・ネイル』。〝雷走〟!」
そんなものなど気を遣うまでもない。ただ、一撃を終えて油断した妖怪の背後に高速でギャルは回り込み、電撃を纏った爪を向ける。
「子どもが割り込んでくるもんじゃないよ」
その腕を掴み、止める。だけでは飽き足らず、そのまま捻りあげた。ゴキリ! と、嫌な音を立て、その腕はおかしな方向に、曲がった。
「……子ども扱いはムカつくにゃあ。もう立派なレディだっての!」
折れた腕をいたわりもせず、ギャルは顔を顰めただけで耐える。
「静穏の藍。『コールド・ヒール』。〝累氷滅花〟!」
幼いギャルとも、さほど背丈の変わらない妖怪。ゆえに、視線を交わそうとも、見下ろす形にはならなかった。だから、足元は死角となる。その死角に、ヒールを踏み鳴らし、ギャルは技名を呟く。すると彼女の足元からは冷気が上がり、妖怪の足をも、地面に凍り留まらせる。
「いまだよぉ! ぴかりん!」
凍らされた足に気を取られている隙に、妖怪の腕から逃れたギャルは、僧侶へ合図を出した。タイミングよく、ビキビキ、と、僧侶を押し潰していた壁にひびが入り、やがて、崩壊する。
「無茶はしないでください……でも、ナイスです!」
崩れた壁の中から、無傷の僧侶が言った。そして、大きく息を吸う。その空気が溜まっていくように、片腕を肥大化。小柄な妖怪くらいであれば、握り潰せそうなほどにまで巨大化させ、振りかぶる。
「スキンヘッドじゃなくて悪いですが、終いです!」
言って、振り降ろす。氷に足を取られている妖怪にはなす術もなく、ぼふん、と、不思議な音を立て、跡形もなく、潰れた。
*
妖怪が潰れたはずの場所から、巨大な腕を持ち上げる。すると――
『ウユーン』
と、なにかが鳴いた。それは、小さな狸のような姿をしていた。
可愛い。ギャルは思った。だがそれもつかの間。
『ウキケケ……!』
人間のように狸は笑い、ぼふん、と、煙を撒き散らしながら飛び跳ね、一回転。すると、その姿は、長大なぼろい布きれのように変わり、それが意思を持ったようにギャルを締め上げた。
「が……あ……」
首を絞め、空に浮かされる。片腕も折れたままだ、ゆえにギャルは、うまく抵抗もできずにいた。
「アリス!」
僧侶は叫び、その布を解こうと手を伸ばした。だが、その瞬間、何者かに阻まれ、身を引いてしまう。その隙に布きれはギャルを締め上げたまま、遠く距離を隔ててしまった。
あれは、『一反木綿』。そしてそれ以前の狸は『化け狸』。そう理解する。つまり、ここまでの妖怪はずっと、『化け狸』が変化していた姿だったということ。そう、瞬間で僧侶は状況を把握した。
「おまえを殺すのは骨が折れる……。バクルド。このガキを助けたければ、『九尾』を渡せ。持ってるのは、おまえだろう?」
僧侶の邪魔をした者――それは見れば、長い鼻を伸ばした赤い顔の仙人然とした者で、どうやら『天狗』のようであった――その影から、飄々と、妖怪は現れる。当然と、無傷で。
「渡します! だから早くアリスを放してください! 『九尾』は、ここです!」
懐をまさぐり、僧侶はその『異本』を、掲げた。不用意に渡したりはしない。これは交渉材料なのだから。
「先に、アリスを下ろしてください」
ギャルを見上げる。その首は絞められ、言葉は出せないようだが、表情は、『渡すな』と言っている。……僧侶にも解っていた。それを渡そうが、ギャルが解放される保証などないことを。
「馬鹿を言うんじゃないよ、おまえが先に、それを置け」
妖怪からも当然と、その交渉を伝える。彼にしてみても、ギャルを解放しては約束を反故にされる恐れを考慮してのことだった。
「……アリスが死ねば、これを渡す理由もなくなりますよ?」
そんな事態には絶対にしない。そう思ってはいても、交渉としてはそう、駆け引きする。
「持ってることだけでも確認できたからねえ。骨は折れるが、まっとうに奪っても構わないんだがね?」
だが、こちらも引かない。妖怪としてもここで、本気の僧侶を相手取りたくはなかった。だから、『異本』を手に入れればギャルを解放する心づもりはある。それでも、下手に出ることは躊躇われた。そして、言葉通り、最悪は強硬手段になろうと仕方がないと思ってもいるのだ。
「……先に解放する気はないんですね?」
僧侶は顔色の変わっていくギャルを見上げ、言った。もう、時間の猶予は、ない。
「そうだねえ……」
はっきりとしない様子で、妖怪は言う。彼の持つ『異本』、『白鬼夜行 滑瓢之書』によって、身体的にも、知力も発達している。相手の本心を見抜く能力にも長けているが、それでも、僧侶の内心は読みにくい。彼が隠し事に秀でている、というよりは、どうにも現在、内心がぐちゃぐちゃで、まとまっていないようだと、妖怪は判断した。
だから、最良の一手が浮かばない。それゆえの、曖昧な一言。あるいは、わずかな動揺。それが、ほんのわずかに、一反木綿の動きにも作用し、少しだけ、ギャルへの締め付けは解消された。
わずかに、声を出せる程度には。だから、切り札を切る。そう、ギャルは決心した。
「無垢の白。『プラチナ・リング』。〝愛遠の結〟」
左手の薬指、だった。そこに嵌っていた指輪がけたたましい光を放ち、世界を飲み込む。が、それも一瞬。次の瞬間にはギャルは一反木綿の拘束から逃れ、やはり純白のフリフリ衣装で、浮いていた。普段の衣装。その背に、まるで天使のように生えた、両翼でもって。
「マジカル・レインボー。『エターナルモード』」
どうやら折れた腕も完治している。そして、どこか達観した表情。それを見て、妖怪は瞬時に、対応した。
「ちっ……『天狗』! 『鵺』!」
ギャルが拘束を解いた以上、交渉はもうできない。そのうえ、またも二体一の構図である。せめて片方くらいはとっとと倒してしまおうと、妖怪は、特段に強い戦力を投入した。
自然現象すら操作し、己も相当に戦うことができる、天狗。翼も持ち、飛行能力を得たらしいギャルにも対応しやすい。そして、猿の顔、狸の胴体、虎の手足、尾は蛇、という、不思議な構造をした獣、鵺。俊敏な動きに、強靭な爪牙。そのうえ、尾の蛇は毒も持つ。サイズも巨大で、その部屋を一気に圧迫し、そのせいで動きも阻害される。
そんな二体が、一挙してギャルを襲う。風を纏った天狗が、腰に帯びた刀を用いて、切りかかる。猿の顔を歪め、大きく牙を剥き、虎の腕で爪を立てる。さらに尻尾の蛇までも口を開け、鵺は、複数の手法で同時に、ギャルを襲った。
「『雨晴らしの矢』」
そんな攻撃などどこ吹く風で、ギャルは言った。すると、持っていたステッキが、七色の弓に変わり、天に掲げた手には、光が凝縮したような矢が、握られる。それを構えて、矢を引き絞り、狙いを定めて、放つ。
それは、光が降り注ぐように、複数の矢に分かれ、広範囲に突き刺さる。その一矢で、天狗も鵺も消滅。それでもあり余るいくつもの光は、そのまま妖怪をも倒すべく、襲った。
「相変わらずの石頭だねえ……。そんな物騒なもんを、じじいに向けるんじゃないよ」
皺くちゃに潰れるように両目も閉じている。それだけの余裕さで躱しておきながら、恐れおののくように身を竦めて、妖怪は、軽口を叩いた。
「危なげなく躱しておいてなに言ってるんですか。あなたを老人扱いするつもりは毛頭ありませんよ。……毛頭?」
真面目なバトルシーンにも小ネタを挟み、僧侶は首を傾げる。
「毛頭じゃなくてスキンヘッドで悪かったなチクショー! 髪がないぶん威力も上がるんですよスキンヘーッド!!」
隙を突くように、長ったらしい技名を叫ぶように、僧侶は再度、頭突きをかます。それを妖怪はやはり危なげなく、片手で、受け止めた。
「『ぬりかべ』」
妖怪は呟き、僧侶の頭を押し返す。ほんの数歩下がらせ、距離を取った。
その僧侶を、左右から、三メートル四方ほどの分厚い壁が襲う。それは躱す余裕もない速度で、瞬間に、僧侶を押し潰した。
「活発の黄。『フラッシュ・ネイル』。〝雷走〟!」
そんなものなど気を遣うまでもない。ただ、一撃を終えて油断した妖怪の背後に高速でギャルは回り込み、電撃を纏った爪を向ける。
「子どもが割り込んでくるもんじゃないよ」
その腕を掴み、止める。だけでは飽き足らず、そのまま捻りあげた。ゴキリ! と、嫌な音を立て、その腕はおかしな方向に、曲がった。
「……子ども扱いはムカつくにゃあ。もう立派なレディだっての!」
折れた腕をいたわりもせず、ギャルは顔を顰めただけで耐える。
「静穏の藍。『コールド・ヒール』。〝累氷滅花〟!」
幼いギャルとも、さほど背丈の変わらない妖怪。ゆえに、視線を交わそうとも、見下ろす形にはならなかった。だから、足元は死角となる。その死角に、ヒールを踏み鳴らし、ギャルは技名を呟く。すると彼女の足元からは冷気が上がり、妖怪の足をも、地面に凍り留まらせる。
「いまだよぉ! ぴかりん!」
凍らされた足に気を取られている隙に、妖怪の腕から逃れたギャルは、僧侶へ合図を出した。タイミングよく、ビキビキ、と、僧侶を押し潰していた壁にひびが入り、やがて、崩壊する。
「無茶はしないでください……でも、ナイスです!」
崩れた壁の中から、無傷の僧侶が言った。そして、大きく息を吸う。その空気が溜まっていくように、片腕を肥大化。小柄な妖怪くらいであれば、握り潰せそうなほどにまで巨大化させ、振りかぶる。
「スキンヘッドじゃなくて悪いですが、終いです!」
言って、振り降ろす。氷に足を取られている妖怪にはなす術もなく、ぼふん、と、不思議な音を立て、跡形もなく、潰れた。
*
妖怪が潰れたはずの場所から、巨大な腕を持ち上げる。すると――
『ウユーン』
と、なにかが鳴いた。それは、小さな狸のような姿をしていた。
可愛い。ギャルは思った。だがそれもつかの間。
『ウキケケ……!』
人間のように狸は笑い、ぼふん、と、煙を撒き散らしながら飛び跳ね、一回転。すると、その姿は、長大なぼろい布きれのように変わり、それが意思を持ったようにギャルを締め上げた。
「が……あ……」
首を絞め、空に浮かされる。片腕も折れたままだ、ゆえにギャルは、うまく抵抗もできずにいた。
「アリス!」
僧侶は叫び、その布を解こうと手を伸ばした。だが、その瞬間、何者かに阻まれ、身を引いてしまう。その隙に布きれはギャルを締め上げたまま、遠く距離を隔ててしまった。
あれは、『一反木綿』。そしてそれ以前の狸は『化け狸』。そう理解する。つまり、ここまでの妖怪はずっと、『化け狸』が変化していた姿だったということ。そう、瞬間で僧侶は状況を把握した。
「おまえを殺すのは骨が折れる……。バクルド。このガキを助けたければ、『九尾』を渡せ。持ってるのは、おまえだろう?」
僧侶の邪魔をした者――それは見れば、長い鼻を伸ばした赤い顔の仙人然とした者で、どうやら『天狗』のようであった――その影から、飄々と、妖怪は現れる。当然と、無傷で。
「渡します! だから早くアリスを放してください! 『九尾』は、ここです!」
懐をまさぐり、僧侶はその『異本』を、掲げた。不用意に渡したりはしない。これは交渉材料なのだから。
「先に、アリスを下ろしてください」
ギャルを見上げる。その首は絞められ、言葉は出せないようだが、表情は、『渡すな』と言っている。……僧侶にも解っていた。それを渡そうが、ギャルが解放される保証などないことを。
「馬鹿を言うんじゃないよ、おまえが先に、それを置け」
妖怪からも当然と、その交渉を伝える。彼にしてみても、ギャルを解放しては約束を反故にされる恐れを考慮してのことだった。
「……アリスが死ねば、これを渡す理由もなくなりますよ?」
そんな事態には絶対にしない。そう思ってはいても、交渉としてはそう、駆け引きする。
「持ってることだけでも確認できたからねえ。骨は折れるが、まっとうに奪っても構わないんだがね?」
だが、こちらも引かない。妖怪としてもここで、本気の僧侶を相手取りたくはなかった。だから、『異本』を手に入れればギャルを解放する心づもりはある。それでも、下手に出ることは躊躇われた。そして、言葉通り、最悪は強硬手段になろうと仕方がないと思ってもいるのだ。
「……先に解放する気はないんですね?」
僧侶は顔色の変わっていくギャルを見上げ、言った。もう、時間の猶予は、ない。
「そうだねえ……」
はっきりとしない様子で、妖怪は言う。彼の持つ『異本』、『白鬼夜行 滑瓢之書』によって、身体的にも、知力も発達している。相手の本心を見抜く能力にも長けているが、それでも、僧侶の内心は読みにくい。彼が隠し事に秀でている、というよりは、どうにも現在、内心がぐちゃぐちゃで、まとまっていないようだと、妖怪は判断した。
だから、最良の一手が浮かばない。それゆえの、曖昧な一言。あるいは、わずかな動揺。それが、ほんのわずかに、一反木綿の動きにも作用し、少しだけ、ギャルへの締め付けは解消された。
わずかに、声を出せる程度には。だから、切り札を切る。そう、ギャルは決心した。
「無垢の白。『プラチナ・リング』。〝愛遠の結〟」
左手の薬指、だった。そこに嵌っていた指輪がけたたましい光を放ち、世界を飲み込む。が、それも一瞬。次の瞬間にはギャルは一反木綿の拘束から逃れ、やはり純白のフリフリ衣装で、浮いていた。普段の衣装。その背に、まるで天使のように生えた、両翼でもって。
「マジカル・レインボー。『エターナルモード』」
どうやら折れた腕も完治している。そして、どこか達観した表情。それを見て、妖怪は瞬時に、対応した。
「ちっ……『天狗』! 『鵺』!」
ギャルが拘束を解いた以上、交渉はもうできない。そのうえ、またも二体一の構図である。せめて片方くらいはとっとと倒してしまおうと、妖怪は、特段に強い戦力を投入した。
自然現象すら操作し、己も相当に戦うことができる、天狗。翼も持ち、飛行能力を得たらしいギャルにも対応しやすい。そして、猿の顔、狸の胴体、虎の手足、尾は蛇、という、不思議な構造をした獣、鵺。俊敏な動きに、強靭な爪牙。そのうえ、尾の蛇は毒も持つ。サイズも巨大で、その部屋を一気に圧迫し、そのせいで動きも阻害される。
そんな二体が、一挙してギャルを襲う。風を纏った天狗が、腰に帯びた刀を用いて、切りかかる。猿の顔を歪め、大きく牙を剥き、虎の腕で爪を立てる。さらに尻尾の蛇までも口を開け、鵺は、複数の手法で同時に、ギャルを襲った。
「『雨晴らしの矢』」
そんな攻撃などどこ吹く風で、ギャルは言った。すると、持っていたステッキが、七色の弓に変わり、天に掲げた手には、光が凝縮したような矢が、握られる。それを構えて、矢を引き絞り、狙いを定めて、放つ。
それは、光が降り注ぐように、複数の矢に分かれ、広範囲に突き刺さる。その一矢で、天狗も鵺も消滅。それでもあり余るいくつもの光は、そのまま妖怪をも倒すべく、襲った。
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