箱庭物語

晴羽照尊

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コルカタ編 本章

光は落ちて、妖怪たちの夜が来る

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 広範囲、高威力の矢に天狗やぬえがやられたのを見て、即座に妖怪は、ぬりかべを召喚し、身を守る。だが、ぬりかべも容易に貫通し、瞬時に崩壊させ、矢は、威力を衰えることなく、妖怪を襲った。

「ちい……。少し、侮ったかねえ……」

 やられてはいない。だが、全身に刺さった矢は、やはり光のように消え、その傷口から出血。見るからに大ダメージを与えていた。
 それでも、膝をつきもしない。まだまだ立って、戦闘意欲を衰えさせてはいなかった。そして、それとは対照的に、ギャルはフラフラと床に墜ち、力なく倒れる。

「アリス!」

 それを僧侶は慮った。そばに駆け寄り、抱き上げる。まだ魔法少女の姿は保っているが、どうやら『エターナルモード』は解除されたらしく、背に生えた翼は消えていた。

「無理しすぎですよ!」

 僧侶は言った。彼女の『異本』、それによる魔法には、体力を使うことを理解していたから。あれだけの大技を――大魔法を使えば、こうなることは解っていたから。

「にゃっははぁ……。やぁっぱこれは、キツいやぁ」

 おどけて、笑う。どうやら命に別状はない。胸を撫で下ろして、僧侶は、ギャルを寝かせた。

「ごめん、ちょい休む。……『九尾』は、渡しちゃダメ。あいつがあれを持ったら、さすがにもう、誰も止められない」

 だからこそ、僧侶は……あるいは、コルカタの拠点にいる者たちは、それだけは死守してきた。それを持ち――渡さずに持ち続けていたからこそ、組織が乗っ取られたあとも、僧侶たちはなんとか対等に、妖怪と渡り合ってこられたのだから。

「解りました。……安心して寝ててください、アリス」

 僧侶は言う。改めて『九尾』を渡してはいけないと、決心して。

        *

「じじいを無視して、よくそんな茶番ができるねえ」

 僧侶の背に迫り、妖怪は言った。傷付こうと、その傷はどんどん治癒していく。少女ほどの即効性はないが、やはりこちらも強力な身体強化系、自己治癒力は人間を超えていた。
 それでも、まだ万全ではない。だが当然、まだ強力に戦うことはできるようだ。その腕を、上げる。見た目には老人らしく細腕だが、その威力を、僧侶は身をもって知っていた。



「少し、本気を出しますよ?」

 腕を振り上げた妖怪を、振り向き、見る。

「奇遇だねえ。じじいもさ」

 皺くちゃの顔に埋もれるようになっていた瞼を持ち上げ、妖怪は言った。

        *

 妖怪は、あらゆる異形の使役をやめ、単独で構えた。そもそもその召喚はあまり長くもたない上に、扱うにも多少の集中力を要する。妖怪は、自ら動くのが面倒で疲れるから、それら異形を好んで使っていただけで、実際に戦うとなれば、自らの力のみでやった方がいいのである。また、『異本』の力で体力も増強できてはいるが、それでも寄る年波に、肉体的には衰退しているというのも事実としてはあったのだ。
 だから、自ら構えるというのは、『本気』と言ってもいいのだろう。重い腰を上げて、傷を負うことも覚悟して、立ち向かう。そういう決意の表れだった。そこまでしなければ『九尾』は奪えない。そう、判断してのことである。

 僧侶は、全身をわずかに霧化して、ぼやけさせた。その状態を維持したまま、実体は失わないように、気を付ける。吸血鬼ヴァンパイア極玉きょくぎょくを生まれながらに持つ僧侶は、肉体の霧化や肥大化を行うことができた。霧状態は何者にも触れられない絶対防御。だが、当然とこちらからの攻撃もできはしない。逆に、肥大化は質量を上げ、攻撃力を増すことができる。もちろんそのぶん、としても大きくなりダメージを受けやすい、ともいえた。
 だから、その双方を器用に扱い、戦わなければならない。敵の攻撃は霧でいなし、こちらからは肥大化で強化した攻撃を当てる。そのために、全身を半分ほど霧化した状態で保ち、いつでも回避できるよう準備する。それを維持するのはなかなかに神経を遣うが、『本気』でやらねば自分だけでなく、ギャルまで巻き込みかねない現状、泣きごとは言っていられなかった。

 また、極玉を持つ者として当然の、超人的なまでの身体力をも併せ持つ。特に、肉体再生力はすさまじく、少女ほどではないにしても、相当に速く、肉体を損傷しても回復できた。確かに、これだけのハイスペックな僧侶を殺す手段など、そうないのだろう。

 吸血鬼特有の弱点、日光や十字架、銀の刃物などに弱いとか、ニンニクが苦手だというデメリットも、ほとんどない。そのどれらも確かに苦手ではあるが、それが決定的に彼を殺められるほどの弱点ではないというわけだ。ちなみにそのことは妖怪も理解していて、わざわざそんな効きもしないアイテムに頼ったりはしない。

 ただ、ふたりは互いに『本気』で構え、立ち会う。

「知らん仲じゃねえんだ、忠告しといてやる。バクルド、『九尾』を渡せ。じじいはおまえらの命なんかにゃ興味ねえんだよ」

 妖怪は言った。それは、殺さない、という意思表示。

「それは本心なのでしょうね。……でも、これを渡せば、もうあなたの歯止めは利かない。世界だって滅ぼせるほどの力です。世界なんてどうでもいい。けれど、その世界には、私の――」

 瞬間、目を閉じ、想起する。これまで出会った、たくさんの仲間。出会い、別れ――ときには死別した、大切な者たち。

 それは『家族』のような、愛しい者たちだった。

「大切な人たちが、多すぎる」

 それは、開戦の合図。妖怪も、もうなにも言わなかった。ただ、ひとつ、嘆息。面倒だが、殺してでも奪うしかない。その労力と、若干の喪失感、それを含んだ、一息だった。

 互いに決心をして、そして……動いた。

 ――――――――

 男と優男は、走っていた。

「まったく、無駄に広えな、この施設」

 男が愚痴る。あの妖怪の強さを知っているから、焦り気味に。

「これはこれで防犯上の意味合いもあるんですよ。文句を言わず走ってください」

 優男が応える。あの僧侶の強さを知っているから、やや楽観に。

「走ってんだろうが、これでも限界だ」

「あなた、本当に数々の偉業を成し遂げた、コオリモリハクですか?」

「なんだよそれ。そんな肩書、俺が初耳だよ」

「あなたの昔話は、ときおりハゲさんとか、アリスに聞いてたんでね」

「あいつら、人を馬鹿にするわりには過大評価してくるんだよな……」

 男は嘆息した。過大評価というのも、半分以上はコケにして、嘲笑っている部分も多いのだろうと思い至ったから。

「つきましたね。そこを曲がれば、さきほどの部屋に出ます」

 トーンを落として、優男は言った。改めて借り受けた『異本』を握り締める。

「気を抜くなよ。俺らが加勢したところで、あのクソ教祖は、そう簡単にゃいかねえ」

 むしろ俺は足手まといだろうし。そう、口にはしないが、男は思った。かつて、いくつかの『異本』を巡って、あの妖怪と男――あるいは、僧侶やギャル、大男などの『本の虫シミ』初期メンバーは対立していた。ゆえに、男もあの妖怪についてよく知っている。その強さ。そして粘着質にいつまでも、逃げる自分たちを追ってきた、執念深さ。狡猾さを。

 それを思い起こし、男は、その部屋に、入った。

        *

「……アリス!」

 まず、純白のフリフリ衣装ゆえに、ギャルの姿が目についた。そしてどうやら、もう妖怪はいない。それを確認し、まず、負傷している様子のギャルを慮る。

「……寝てんのか?」

 寝ていた。すうすう、穏やかな寝息を立てて。それについても、男は理解する。きっと魔法を使い過ぎたのだろう。だが、それほどまでに魔法を使わされる事態だったというのが、やはり、激戦を予想させた。

「ハゲさん!」

 そして、もう一人を、優男が見付ける。驚愕した様子で駆け寄り、倒れている僧侶に、呼びかけた。

「ハゲさん! ……まさか、あなたが!?」

 その声に、男もそちらへ向かう。ギャルの方は問題なさそうだと判断して。

「おい、タギー!」

 名を呼ぶ。気を失っている様子の、僧侶の、名を。
 それもそのはず、出血が、ひどい。いや、どころか、胸に大穴が空いている。左胸。いくら吸血鬼の力を持とうが、人間には違いがない。それは、明らかに、致命傷だった。

「は、ハク、くん……」

「おい、生きてんのか?」

「どうやら、そのようで……」

 吸血鬼の力なのだろう。心臓を吹き飛ばされたというほどの大ダメージにも、どうやらまだ、息はあるようだった。

「すみません。ハクくん」

「ああ? なんだよ?」

「『九尾』を、教祖に――」

「盗られたか」

 苦しそうな僧侶の言葉を止めるため、男は、言葉を先取りした。その『異本』があの妖怪の手に渡ったのは憂うべきことだが、仕方がないことだ。そう、男は受け止める。

「私の力が及ばず……。君なら、絶対に奪われることなど、なかったでしょうに」

「だから過大評価すぎんだよ、おまえらは」

 男が言うと、どこか安心したように表情を緩め、僧侶は、眠るように目を閉じた。

「おい、タギー!」

 だから、死ぬのではないかと心配し、男は声を上げる。

「最期に、なるかもしれません。……ハクくん。話をひとつ、聞いてください」

 僧侶は言った。どこか、有無をも言わせぬ、力強さで。


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