箱庭物語

晴羽照尊

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ラスベガス編

Ever Gold is Never Goal.

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 2027年、二月。アメリカ、ネバダ州、ラスベガス。
 眠らない街、ラスベガス。この呼び名は、主要産業であるカジノが二十四時間営業で、この街のあらゆるホテルに併設されており、それに伴い、レストラン等も二十四時間営業をしているゆえの名称である。

 また、カジノへ集客するためのショーやアトラクションも、各ホテルがこぞって開催している。有名歌手を招いての公演、ブロードウェイでヒットしたミュージカル、シルク・ドゥ・ソレイユが生んだサーカスを発展させた数々のショー、ボクシングのタイトルマッチや大相撲の公演などの格闘技イベント、噴水などを使ったショーなど、ありとあらゆるアトラクションがそこかしこで日夜開催される。これが、ラスベガスだ。

 まさに、『娯楽の別世界』。二十年以上前にカジノの売り上げ世界一の座こそ明け渡したものの、いまだにカジノ産業の代名詞ともいえるほどの都市であることに変わりはない。

 スペイン語で『肥沃地』を意味する名を持つこの都市が、砂漠のただなかにあるというのは皮肉なネーミングだが、これは、、水に富むことに由来する。

 そんなラスベガスに、近年、新たなカジノホテルが参入した。周囲に林立するものと比べればやや小ぶりだが、それでも、アメリカ屈指のホテル激戦区であるこの地に参入したのだから、それだけで第一級のホテルだろうことは想像に難くない。

 そのホテルのスーパースイートの一室に、男たちは滞在していた。



「あははははははは! あはは!」

 スカイブルーの残像が、尾を引いていた。そこかしこで。



「俺はジンと一緒で、基本的に運は悪いぞ」

 男は言う。遅い朝に――いや、むしろそろそろお昼時である――一杯の薄いコーヒーを飲みながら。

「まあ、勝ち負けはこの際ええやん。『異本』に近付く。それが重要や」

 眼前の女傑はハンバーガーをほおばっていた。バンズに、二分の一ポンドもある巨大なパティをふたつも挟んだ超特大のそれに、彼女は普通にかぶりついている。正面に座る男の視界からしては、その巨大なハンバーガーに隠れて見えづらいが、まるで女傑は、顎を外して、口を百八十度ほども開いて食べているようにも見えた。



「あははははは! はあ、はあ……!」

 スカイブルーの影が転がる。



「負けたとしても、『異本』が誰の手に渡るかだけでも知れたら僥倖や。手に入れた相手から奪――譲り受ける交渉だってできるやろ?」

 付け合わせのポテトフライを掲げて振り、その先端を男へ向けて、止める。にやり、と、笑ってから、それを口に含んだ。
 指先に残ったソースを舐める舌が、やけに艶めかしい。

「つっても、今回の件でもう俺は、すっからかんだぜ」

 奪――。のあたりに眉をしかめた男だったが、それは置いておいた。女傑は言い直したし、それに、最悪はその選択肢もたしかに、男の中にあったのだから。

 それよりも問題は、参加料だった。一部は融通が利いたとはいえ、それでももう、男の言葉通り、懐はすっからかんだった。老人から受け継いだ遺産。その大部分を、今回は使い切った。本来なら彼が生きていたと知った現状、それら金銭は彼に返すべきとも思えたが、まあ、いいだろう。それにどうせ、受け取らない気がした。そもそもあの老人は、金に頓着しない性格である。



「はあ……、あっははは! あははは!」

 スカイブルーの幼女は立ち上がり、また、走り回った。



「問題ない。個人所有の『異本』はこれが最後や。あとは多かれ少なかれ、いまとなってはWBOに関連した者の手にある。……いや、正確には『近い未来に』、そうなる。やから、残る敵は、WBOだけやっちゅうことやな」

 だから、もう金は必要ない。そういう意味だろうが、そういう問題でもないだろう。いやまあ、男としてもそういう問題が最優先で、たしかに金など、最終的に足りれば気にはしない。男も特段、金に頓着などないのだから。

 最後のピクルスを持ち上げ、口内へ落とすように、仰向けにほおばり、女傑は上質なソファにもたれた。食後のせいか、少しだけ瞼が重そうである。

「敵じゃねえよ。WBOには、穏便に、ちゃんと説明して、『異本』を譲ってもらう。……これは、人の手に余る。あいつらも解っているはずなんだ」

 テーブルに置いた『箱庭図書館』に手を置き、男は言った。想起するのは、少女のこと。彼女がエディンバラで、狂人の『凝葬ぎょうそう』に閉じ込められたときのこと。そのときに、男の決意は固まった。この、人の手に余る、超自然の力を、すべて封印すると――。



「あはははは! 広ぉい! すごぉい! 楽しいぃ!」

「おいラグナ、そろそろ落ち着け」

 なかなかシリアスパートに入らせてくれない幼女を、男はなだめた。

「ばはぁ!」

 呼ばれた幼女は、男の座るソファに倒れ込んだ。その膝にすり寄って、甘える。

「パパぁ、よしよししてぇ」

 もうめっちゃ甘える。男としてはマジで意味が解らない。エディンバラからこっち、さして好感度を上げたつもりはなかった。どうやら機嫌がいいことだけは読み取れるけれども。

「なんか徐々にIQが低くなってねえか。パパ心配だぞ」

 冗談めかして、男は言った。嘆息しながら。それでも、幼女の要求通り、その頭を撫でてあげながら。

「えへへへっ」

 だらしなく、幼女は笑う。

 少女を娘と認識した男とはいえ、これだけ慕われ、甘えられるのは初めてである。男の娘たちは、誰もかれも、生意気だったから。頭脳が発達して、達観していたから、というのも大きかったろうが、ともあれ、素直に甘えるタイプではなかった。だから、やはり男は、扱いに困った。
 娘に限らず、慕われるというのに慣れていない。たとえば、メイドからのものもそうだ。そういう好意に、男はどう接していいのか、いまだに判断つかずにいたのである。

 はたして、まあそれは、きっと解決されるものだ。そう、男は楽観的に考えてもいた。いつか、慣れるのだろうと。

「だって、パラねえもWBOをやめたし、『異本』集めも順調! みんな幸せで、嬉しいんだもん」

 素直で――素直過ぎて、天真爛漫な言葉だった。そのまっすぐさに、男は感化される。

 だが馬鹿である。素直に馬鹿である。そう、男ですら思った。

 残る敵――とまでは言わずとも、『異本』蒐集に関して交渉を残す相手が、WBOのみとなったことは、たしかに、順調とも言える。だが、それでも、相手が強大な組織であることに違いはない。それはこれまでの相手、EBNAや『本の虫シミ』に関しても同じことが言えるが、彼らを打倒してきたからといって、次もうまくいく保証はない。そもそも、男としては、EBNAや『本の虫シミ』を打倒したとも思っていないし。
 つまりは、残り蒐集冊数が、現実的な数量になってきたからといって、それを軽んじて気を抜くわけにもいかないのである。むしろ、最後まで蒐集されずに残っているからこそ、それだけ蒐集難易度は高いとさえ言える。

「ああ、そうだな」

 だが、その馬鹿な思想に、いまは乗っておく。悲観ばかりしても仕方がない。

 なぜなら、この地ラスベガスには、たしかに遊びに来たのだから。

        *

「で、おまえは、……よく食うな」

 男は幼女をあしらい、うたたねしかけている女傑を脇目に、彼のもとへ寄った。周りが女子ばかりというのは、ちょっと居心地が悪い思いを、男はいまだに慣れずに感じていた。

「まあな。おれは、これを楽しみについてきたんだから」

 男の子はそっけなく言った。厚切りのビーフステーキから、視線を逸らさないままに。
 おかわり。と、皿を掲げる。そうしてようやっと、彼は男と目を合わせた。ステーキは、次で三枚目だ。この小さな体にどうやって収まっているのか、小食な男としては不思議で仕方なかった。が、とりあえず、彼の言葉に応えてやる。追加のルームサービスを、頼んだ。

「パララさんは頭がいいけど、気が利かなさそうだからな」

 男が男の子のもとへ戻ると、彼は、小声でそう言った。女傑に聞こえないようにする、そういう声量なのだろう。

「それに、子ども分の入場料は無料なんでしょ、今夜のカジノイベント。だったら、おれの頭を有効利用するのは、あんたの助けにもなるはずだ。おじいちゃん」

「おじいちゃんはやめろ」

「おれからしたら、おじいちゃんだからな」

 男の子は悪びれなく言った。おそらく冗談を言っているのだろうことは解るけれど、表情には出さないタイプなので、その内心は、推し量りにくい。そう、男は思った。
 たしかに、義理の娘の、義理の息子だ。自分は義理の――義理の祖父ではあるのだろう。ぎりぎり。

「最後の個人所有『異本』。『ドールズ・フロンティア』」

 ふいに、男の子はそう、呟いた。

「パララさんはああ言ったけれど、正確には、この瞬間に個人所有とされる『異本』は、他に三冊ある。イギリス、グラスゴーに一冊。日本の福島に一冊。そして――」

 言いかけて、男の子はやめた。男を推し量るように、やや上目に、目を合わせる。

 最後の一冊は、男も知っている。ほとんど面識はないと言っていいが、義理の兄ともいうべき、青年が持つ、『太虚転記たいきょてんき』だ。

 そう理解していることを、男の子は見抜いたのか、その一冊には結局触れずに、目を逸らした。

「そして、これら三冊は、おそらくパララさんの言う通り、近いうちにWBOに収束する。あの人、やけに確定的に言ってたけど、少なくともおれには、その未来は確定してはいないように思う。……でもまあ、可能性は、高そうだけど」

 腑に落ちないような物言いで、男の子は続けた。
 で、少し気障ったらしく諸手を広げて、得意げな顔をする。

「どうだ。ノラはそういう話、はぐらかすだろ? そういう意味でも、おれの頭は役に立てると思うぜ。聞きたいことがあるなら、いまのうちに聞いてくれ」

 生意気な言葉である。しかし、その情報が有益なのはたしかだった。それに男は、年下に舐められるのには慣れている。

「だが、それでおまえになんの得がある。まさか本当に肉食いたかっただけなのか?」

 いや、それはないだろう。これ以前――男や少女が、エディンバラやモスクワ、コルカタやロンドンに行っている間、その多くを彼や、彼の妹は、ローマの屋敷で過ごしていた。それなりの厚待遇だったはずである。肉なら、いいものをいくらでも食べられただろう。

「おれはアクティブな引きこもりなんだよ。いろんな国や文化に興味あるから、現地に行く欲求が高い。でもまあ、根が小心者だから、こうしてホテルでだらっとしてるのが一番、気楽なんだ。その土地にさえ降り立てれば、空気感だけで十分、楽しめる」

 解らなくはない。そう、男は思った。

 これでも、数々の国や地域に降り立ってきた男である。ただ空港から一歩出ただけでも、その土地特有の雰囲気をよく、肌で感じていた。そしてそれが、いろいろな感覚を刺激する経験も、数多体験している。とはいっても、現地に赴いておいてホテルに引きこもる楽しみは、ちょっとよく解らなかったけれど。

「それにおれは、結構アメリカが好きなんだ。サイズ感がね」

「おう……?」

 なにを言っているのだろう。そう男は思った。

 見ると、男の子は女傑を見ていた。ソファで居眠りしている、だらしない格好の、放漫で、豊満な、姿を。


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