箱庭物語

晴羽照尊

文字の大きさ
260 / 385
ラスベガス編

人は死んでも変わらない

しおりを挟む
 男は、慎重にその、女の背中に近付いた。

「おい、おまえ」

 半信半疑、である。いや、むしろ、男の知る情報からすれば、どちらかというと、人違いを疑う感情の方が強い。
 だって、彼女は――。

「うん?」

 背後からの言葉に、女はぴくりと肩を震わせ、ちらりと男を振り向いた。

 血のような、真っ赤なドレスを纏っている。ラメをあしらった煌びやかなもの――というよりは、やや暗めの、それでいて濃い真紅で染め上げた、シックなデザインのワンピースドレスだ。
 それを纏う女は、うなじまで露出するほどのショートヘア。しかも、ドレス以上に鮮やかな、赤髪である。それは血というよりは、燃え盛る炎のように、生気に満ちた色合いをしていた。

 スロットマシンに向かい、座った姿勢でも、相当に高身長、かつ、抜群のスタイルであることはうかがえた。しかし、振り向いた顔付きは、まるで子どものように幼い。そのアンバランスさに、特段、目が行く。しかも、、だいぶ短い髪形になったからなおさらである。

「うげ」

 男を見るなり、女はその、幼い表情を歪めて、固まった。スロットマシンのレバーを引いて、リールが回りだす。

「おい……おまえっ!」

 男は、同じ言葉を繰り返した。非難するような、ただただ驚嘆するような、困惑の叫びであった。

「し、知らんぞ! わらわはおまえなんぞ、知らんからな!」

 ごまかそうとし、そそくさと離席を始めた女を、スロットマシンの結果が、止めた。
 決して大きな当たりではないが、チップが吐き出され、それを回収するのに、女は手間取った。だから、男に肩を掴まれる。

「なんで生きてんだ!? ホムラ!!」

 死んだはずの義姉の名を、男は叫んだ。

        *

「知らんもん! 解らんもん! なんでもかんでも妾のせいにしおって! 妾、悪くないもん!」

 顔に似合わせたような幼い口調で、女は言った。上半身ごと頭を振って、大きな身振りで不快感を表しながら、立ち去ろうともがく。

「いやそうじゃなくて。俺はおまえが死んだって聞いてたんだよ。なのに生きてるってのは、どういうことだって聞いてんだ」

 そのように想起する。たしか、情報源はメイドだ。しかも、女が持っていた『異本』、『嵐雲らんうん』までも回収して戻ってきた。それこそ、女が後生大事に抱えていたアイテムだっただけに、なおのこと、メイドの言葉に信憑性を感じていたのである。

 だから、現実との乖離に戸惑う。これははたして、メイドが女の死を誤って認識していたのか。あるいは、女の方からその誤認を誘発させたのか……。そう、男は思考を巡らせたのだ。よもやとは、考えもせずに。

「ん……? うん……。……そうじゃ! 妾は死んだのじゃ! 残念ながらなれの言う、灼葉しゃくようほむらという名の、超かわいいお姉ちゃんは死んだのじゃ! 妾は関係ない人なのじゃ!」

 ふふん。と、女は大きな胸を張った。ちらりと片目を開いて、見下すように男を見る。
 どうやら、本気で言っているらしい。そう思い、男は嘆息する。

「語るに落ちてんだよ、この馬鹿! どぅわれが超かわいいお姉ちゃんだ! フルネームも俺は言ってねえし! その情報を知ってる時点で、おまえが無関係じゃないことは確実だ!」

 その言葉を聞き、女はじっくりと、時間をかけて思考した。そして得心いったように頷き、やはり胸を張って男を見下す。

「ふっ、よくぞ見破った。いまのはおまえを試したのじゃ」

「なぜはるかなる高みから!?」

 男は膝をつき天を仰いだ。だが、よくよく考えれば、それは、男の言へ対する肯定だ。男は気を持ち直し、体も持ち直し、義姉へ対面する。

「ともあれ、……生きててよかったよ、ホムラ」

 涙腺が緩むのを感じながらも、男は、それを無理やりに押さえつけて、言った。
 だから、女も姉らしい顔付きで、笑う。

「心配をかけて、悪かったのじゃ。末弟」

 少しだけ目を伏せて、女は答えた。

        *

「それで、なんで生きてるんだって話は、答えられんのか?」

 情報が整わない。そしてそれは、なんらかの――誰かの意図が絡んでいる気がして、男は、おずおずと問うた。

「ふうむ」

 やはり女は、答えをためらうように、腕を組んでしまった。もとより隠し事のつもりだったのだろうし、そう簡単に明かせるものでもないのかもしれない。
 男としても、結果生きてたのだから、さして追及する気も強くはなかったが。

「ハク――?」

 そうして膠着したふたりのもとに、控えめに幼女が近付いた。いちおうは人前である。最近慣れ親しんだ『パパ』呼びは封印して。
 やはり男の影に隠れるように、彼の右手にしがみついた。

「あれ、えっと――」

 幼女は気付く。この女とは、モスクワの一件にて顔を合わせている。結局そのときには特段の絡みもなかったが、たしか、彼女は――。

「お姉さん?」

 そう、言った。それは、父親である男の『お姉さん』、という意味だ。お互いの名前くらいは名乗った気もするが、幼女はしっかりとは覚えていない。それは、モスクワあの場では、さほどの余裕もなかったから、でもある。

「お姉、さん……?」

 これまで思惑していた表情を解いて、女は憑き物が落ちたように、呆ける。男からは目を逸らし、その影に隠れる、幼女に一転集中だ。

「おい、ホムラ――」

 男は気付いた。この流れはまずい、と。
 しかし、正常な思考を失ってしまった女の方が、早い。

「お姉さん! お姉さんっ! きたのじゃ! これはまずいのじゃ! 姉さんではボーイッシュな感じじゃが、『お』がつくだけで清楚な、いいとこのお嬢様感が出る! これはもう、革命なのじゃ! 世のお姉さんがみな死滅する、最終兵器なのじゃっ!!」

「やめろっつうんだこの馬鹿!」

 よだれを垂らしながら迫る女を、男は蹴り飛ばした。幼女に向かってにじり寄る段階で、彼女は上体をかがめていた。だから、いい感じに男の蹴りはクリーンヒットする。女は転がり、あられもない姿で突っ伏した。露出の多いドレス姿があだになっている。

「お姉さん! 大丈夫!?」

 昇天したらしいおばさんへ向かって幼女は、心配そうに駆け寄った。男の義兄である稲雷いならいじんが殺害されたことに大きな憤りを感じていた幼女である。親愛する『パパ』とはいえ、少し、非難の色を浮かべた目で、睨みつけた。
 家族は、大事にするべきだと。そういう思いで。

「おい、ラグナ。危険だ、離れろ」

 男は、銃口を向けられているかのように警戒し、遠巻きに幼女へ言った。
 その雰囲気から、幼女は不思議な認識の齟齬を感じ取り、首をかしげる。

「うへへ、うへへ……」

 幼女の足元から、その影は立ち上がった。気味の悪い笑みを、浮かべながら。

「そおおぉなのじゃ、ラグナなのじゃ。うへへ……。妾の、いも、いも、……妹よおおおおぉぉっ!!」

「きゃあああああぁぁぁぁ!!」

 絶叫と、絶叫が、重なる。

 幼女は女に組み敷かれ、熱烈にキスを浴びせられていた。その顔面の、いたるところへと。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...