箱庭物語

晴羽照尊

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ラスベガス編

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 男が力いっぱいに引き剥がそうとしても、幼女が精いっぱいに抵抗しても、女を止めることはできなかった。しかしながら、そこにたまたま通りがかった女傑が、なんとかその件を解決する。

「なんや、ホムねえやんけ。こんなところで会うなんて、奇遇やな」

 言葉とは裏腹に、さして驚きもない声音で、女傑は言った。まあ、知っとったけど。そう小さく言い加えるのを、男は聞き逃さない。

「ホ・ム・ね・え・! くわああぁぁ――いいのじゃ! 愛称プラスお姉さん呼びなのじゃ! とんでもなく親しい仲なのに、そこにはお姉ちゃんに対するリスペクトが、所狭しと言い含まれておるのじゃあああぁぁ!!」

 ちょっとなに言っているのか解らない。もはや女は、脊髄反射でしゃべっているようだった。

 ともあれ、別の妹を見つけた女は、幼女を解放し、女傑のもとへダイブする。女性にしてはだいぶ高身長な女だが、わずかに、女傑の方が上だ。そんな相手であろうとも、特段に気兼ねすることなく、抱き着き、その頭を撫でまくる。女傑のアホ毛が乱暴に掻き乱され、ぴょこんぴょこんと右往左往した。

「ちょうどええわ、ホムねえ。うち、チップなくしてもうてん。あとで百倍にして返すから、少し貸してぇや」

 女の渾身の愛情を受けながらも、努めて冷静に、さらには押し倒されることもなく泰然と立ち、女傑は言った。

「なにを言うのじゃ! 妹のものは妹のもの。お姉ちゃんのものも妹のものなのじゃ! チップなんぞ、ぜんぶ可愛かういい妹にあげるのじゃ!」

 言うが早いか、女はどこからか――そのタイトなドレスのどこにしまっていたのか――チップを取り出し、ジャラジャラと巻き散らした。

「そんなにはいらんわ。十枚くらいでええねん。ホムねえにも遊んどってほしいからな」

 言葉通りに、女傑は十枚ほどのチップだけを握り締めて、残りを女に返した。

「ほわっ! なんて……なんて素敵な妹なのじゃ……っ! お姉ちゃんを……お姉ちゃんをお気遣いくださるとはっ!」

 およよ。とでも呻きそうな姿勢で、女は地に伏した。どういう心理が働いているのかは、男には皆目見当がつかなかったけれど、どうやらとうぶん、立ち直れなさそうである。

「つーかおまえ、もうチップなくなったのか?」

 男は女傑に問う。ひとり100枚ものチップを持っていたのだ。しかも、まだイベントの開始から、一時間も経っていない。そのように、男はいぶかしんだ。

「まあな。ちょっとツキがなかってん」

 なんでもなさそうに、女傑は言った。そうもあっさりと言われると、男しても返す言葉がない。

「おまえがこんな短時間で大負けするとはな」

「力使ってええなら負けへんわ。やけど、それはダメなんやろ?」

 そう、現地入りする前に約束していた。

 今回のカジノイベント。その攻略は、女傑の異能を用いれば簡単に行えるものだった。各種のカードゲームにおいては、ディーラーを含めた全プレイヤーの細かな動きから、その手札を読むこともできるし、なんなら彼女の行動速度なら、カードのすり替えすら可能だ。ルーレット等の運が大きく作用するゲームでも、瞬間でボールがどのスポットに落ちるかを計算できるし、機械仕掛けのスロットマシンならなお容易に、電気操作してジャックポットを連発させることすらできるだろう。
 それは、目的を達成するにはこれ以上ない能力だが、前述の通り、それを男は禁止していた。これはあくまで、遊びでありゲームだ。イカサマを用いてまで勝利すべきときではない。

 仮に自分たちで勝ち取れなくとも、『異本』を手に入れた者と交渉すればいい。むしろ、万が一とはいえ、イカサマを摘発されたときの方が問題だ。おそらく即刻に追い出されるだろうし、そうなれば、『異本』がどの者の手に渡ったかも把握しにくくなる。

 というのはまあ、建前だが。自分たちで勝てなくとも、という意識があるのは確かだ。そしてその実、男が考えていたのは、やはり『楽しむ』、ということだった。

 女傑は『遊ぼうや』と言った。幼女も『楽しい』と言った。だったら、この旅程の目的は、楽しく遊ぶのが第一の目的になる。それに、まだ幼い幼女に対して、汚い手法を覚えさせたくなかったというのも大きい。

「ああ、イカサマは禁止だ」

「まあ、その方がうちも楽しめるわ」

 ジャラ。と、チップを投げて、女傑は笑った。

「つってもおまえ、そう簡単に負けてくれるなよ。チップも少ないんだし、とりあえずは堅実にな」

「大丈夫や」

 やけに自信たっぷりに、女傑は言う。

「そろそろツキが巡ってくるとこやねん。負け分なんかすぐチャラや」

 にひひ。と、子どもみたいに女傑は、笑う。

        *

 女傑を心配そうに見送ってから、改めて男は、幼女に向き合う。

「えっと、それで……どうする?」

 スロットマシンの方を見遣り、幼女に問う。結局、スロットマシンで遊んでみるか? という問いだった。

「……できれば、他のがいい」

 幼女は言った。その視線はスロットマシンにではなく、地に伸びている女の方へ向けられている。また彼女に絡まれるのを想定しているのだろう。

 ということなので、男は思案の末、別のゲームへと足を運んだ。去り際、男は女を一瞥する。まだ意識がトリップしているが、イベントが終わったころにでももう一度、話をせねばなるまい。そう、考える。大切な、話を。

 ともあれ、男は別のゲームを探した。スロットマシンが並ぶ一角から、できるだけ離れており、かつ、幼女でも気軽に遊べそうなゲーム。……勝率は度外視ではあるが、あれがいいだろう。
 そう目星をつけて、男は案内した。スロットマシンと違って、ディーラーや他の参加者もいるが、ゲーム自体は簡単だ。男も何度かともに参加したが、それで幼女も、すぐ慣れたらしい。大きなものではないが、ゲーム自体には幼女も勝利し、利益を出していたので、楽しそうにしていた。

 それを見届けて、男は幼女に声をかけ、ようやっと別の、自身が目的としていたゲームへと向かった。見ると、どうやらプレイヤーはいないようである。多く用意されているテーブルは、ものの見事に開いており、ディーラーが暇そうにしていた。
 まあ、本来の収容人数よりよほど少数の客しかいないのだ。そういうこともあるのだろう。

「よう、やってるか?」

 ひとつの席に着き、男はディーラーに話しかけた。近付いていた段階で彼とは目が合い、ニヤリとした笑みを浮かべていた。そこから、なんとなく愛想のいいタイプだと思ったのだ。

「もちろんです。ブラックジャックへ、ようこそいらっしゃいました」

 整った言葉遣いだが、どうもフランクな態度が、そこかしこから見て取れる。決して不躾ではなく、好感を覚える所作だった。

 ブラックジャック。配られたカードの合計を21に近付けるようにそろえるゲームだ。世界中のどのカジノにもあり、一般にも有名なゲームであるので、これを知らない者は少ないだろう。あるいは、このゲームがカジノにおいて、プレイヤー側にかなり有利で勝ちやすく、ひいては儲けやすいゲームであることも、有名かもしれない。

 もちろん、カジノごとの細かなルール設定にも左右するが、たしかにブラックジャックは勝ちやすい。その大きな理由は、ディーラー側は、カードの合計が16以下であるときは必ずカードを引かねばならず、17以上のときはそれ以上カードを引いてはならない、というルールがあるからだ。このルールのおかげで、ディーラー側はそれなりの頻度で21を超えバストする。

 それに引き換え、プレイヤー側には、単純なカードを引くヒットカードを引かないスタンド以外にも、数々の戦術が用意されている。それらを駆使することで、プレイヤー側には勝率を上げる道も確保されている。つまり、、プレイヤー側の勝率はかなり高くなる、ということだ。

「いやあ、暇を持て余していたんですよ。よかったよかった。ご参加でよろしいですか?」

 気さくに、ディーラーは問う。

「ああ、配ってくれ」

 男は言う。そしてポケットから、チップをとりあえずは十枚ほど、取り出した。


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