箱庭物語

晴羽照尊

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台湾編 序章 ルート3

ラストデート

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 貴人を追い返し、少女たちは部屋へ戻った。丁年は「先に行ってる」と、すぐその場を辞去した。少女が襲われていた(?)のを見て間に入っただけらしい。それはつまり、彼も少女の様子を覗き見ていたと明言しているようなものだが、そんな程度のことを少女が知らないはずもない。もちろんプライバシーは侵害してはいなかったはずだし。

「シロ、クロ。ちょっと」

 家族らしい、言葉足らずな呼びかけで、少女は子どもたちを手招いた。女の子は嬉しそうに即座に駆け寄ってきたが、男の子は渋々といった様子で、気怠そうに立ち上がった。少女は、女の子を捕まえ、男の子をも自ら迎えに行く。母親のように、子どもたちを抱き締め、その頭を撫でた。

「出かけてくるわ。留守をお願いね」

 耳元へ、少女は囁く。彼女は決して、スキンシップの多い母親ではなかった。だから、男の子はわずかに戸惑った。女の子の方はただ無邪気に喜んでいる。

「おれらに言うな。ルシアさんと、ラグナさんがいるんだろ」

 男の子が言う。たしかにそのような手筈になっていた。

「あの子たちにはもう伝えたわ。あなたたちが、最後」

 少女は体を離し、子どもたちの顔を、順に、見た。まるで。今生の別れでもするかのように――。

「シロを頼むわね。クロ」

「それはべつに、あんたに言われるまでもない」

 男の子と女の子は、血の繋がった兄妹じゃない。しかし、だからこそ彼らは、強い絆を持っている。紳士と少女に拾われる前からの、それは、付き合いだった。

「クロをお願いね。シロ」

「あいっ!」

 女の子は元気よく片腕を上げて応える。

 最後に、もう一度ふたりを見て、少女は微笑んだ。両手を、彼らの頭に乗せる。

「じゃあ、行ってくる」

 彼らの頭に、少しだけ力を入れて、少女は立ち上がった。そのまま、振り返り、そそくさと玄関へ向かう――。

「ちょっと待て、ノラ」

 男の子が、少女を呼ぶ。だが、少女は聞こえていないかのように、歩みを止めなかった。

「それで、さっきなにがあったのかは、話してくれる約束だよな」

「ちっ」

 少女は舌打ちする。

「ちっ、じゃないだろ。ちゃんと話してから行け」

「行ってくるわ!」

「ちょっと待て。……おい!」

 男の子の制止も無視して、少女は行ってしまった。残された男の子は、紳士を見る。

「なにがあったの?」

 同じ問いを、彼に向けた。

「さあ?」

 紳士は応える。実際に彼は、本当に知らなかった。そのことを男の子も理解したから、諦める。はあ。と、嘆息し。「まあ、帰ってきたらでいいか」と、呟いた。

 紳士は、それにはなんとも応えずに、「じゃあ、わたしも、行ってきます」と、言った。

 言って、行った。

 ――――――――

 そしてようやく、彼と彼女はやってきた。最後の決戦の舞台へ。台湾の、台北。信義しんぎ区の、高層ビル街。
 台北のランドマーク、『台北101』を見上げる。そのすぐそばにまでやってきているから、体を後ろに逸らせてまで見上げなければならない。

 夜間だった。少女たちは本日、台北に降り立ち、そのまま直行していた。とはいえ、このままWBOに殴り込もうなどと思っているわけではない。ただ、を見ておこうという算段だった。

「ここがWBO本部かい?」

 紳士が問うた。青色にライトアップされた『台北101』を見て。

「いいえ、違うわ。WBOはあっち」

 そう言うと少女は、そばにあった別の高層ビルを指さした。『台北101』にはもちろん及ばないが、信義区の高層ビル群の中でも、比較的、高めの一棟である。紳士は「そうか」と小さく言って、そちらに目を向ける。

「ハクさんとは、いつ合流する?」

 WBO本部ビルであるのか、あるいは『台北101』であるのかを見上げたまま、紳士は問うた。

「どうせまだ戻らないわ。メイちゃんとデート中」

 男とメイドが猫空マオコンにて迷っていることを、少女は、誰に聞かなくとも理解していた。だから、その事実だけを伝えておく。自身の内情は語らぬままに。

「連絡はしていないの?」

「してない。パラちゃんかメイちゃんか、シュウあたりが伝えてるでしょ」

「直接言っておいた方がいいんじゃない?」

「必要なら、あとで入れておく」

 会話が進むにつれ不機嫌オーラを増して、少女は答えた。だが、それを意識的に振り払うように一度、見上げていた頭を下げて、息を吐く。紳士の腕を、やや乱暴に掴んで、無理矢理、笑った顔を向けた。

「せっかくだし、わたしたちもデートしましょう」

 そう言って、少女は紳士を、どこかへ引っ張っていった。

        *

 台湾の夜といえば、夜市である。毎夜毎夜、深夜まで夜店の屋台が軒を連ねる一角だ。

 共働き文化のある台湾では、忙しい家族のために、外食文化が発達した。その一端として、夜市が栄えたのだ。

 本日、少女と紳士が訪れたのは、『臨江街観光夜市』。『台北101』から徒歩15分ほどと、ほど近く、そこからでは件のタワーがよく見えた。またこの地は、台北の三大夜市にも数えられる、名所である。200を越える店舗がひしめき合い、連夜、祭りのように賑わっている。グルメはもちろんのこと、雑貨や家具、衣類も販売されており、歩き疲れたらマッサージ店も揃っている。台北でも指折りの夜市と言えるだろう。

「ヤフユ、次あれ。あなたも食べる?」

「いや、わたしはもう、お腹いっぱいだ」

 少女が指さしたのは魯肉飯ルーローハンの出店だった。ここに至るまでに、彼女はすでに、フライドチキンやソーセージ、サイコロステーキや焼餃子などを食している。そんな少女に付き合って、紳士も、小籠包や、地瓜球ディーグワチョウ――あるいは『QQボール』とも呼ばれるサツマイモボール、葱油餅ツォンヨゥピンなどをちまちま食べていたが、このうえご飯ものなど入りようもなかった。紳士は元来、かなりの小食である。

「まだまだ夜は長いのよ?」

 少女はなぜだか不思議そうに、首を傾げた。それから嬉しそうに、魯肉飯を買いに走っていく。まだ彼女の食事に付き合わなければならないのだろうか? 紳士は少しだけ、背筋を冷やした。

 まあ、楽しそうだからいいかな。と、紳士は少しだけ破顔する。

「あれ、『お兄ちゃん』」

 ふと、かけられた声に振り向くと、そこには麗人がいた。仙草ゼリーに愛玉が乗ったスイーツを頬張っている。そして、彼女から数歩遅れて、うなだれた佳人もついてきていた。こちらはどうやら、お腹を押さえている。

「カナタ。……ハルカ。ここにいたんだね」

「『お兄ちゃん』こそ。いつ着いたの?」

「うん。ついさっきかな」

 楽しそうに仙草ゼリーを頬張る麗人と、うーうー唸っている佳人を見て、紳士は状況を悟った。それが、自分たちとも似ていて、少し笑う。

「ヤフユ。シュウ知らねえ? あいつ、ぜんぜん連絡よこさなくて」

 うっ、と、問いながら佳人は口を押さえた。

「シュウなら先に来ているはずだけれど――」

 大丈夫? と、紳士は労わろうとした。そこへ少女が帰ってくる。

「あら、カナタ。ぶらついてたら会うと思ったわ」

 当然と、この状況など見越したような言い草で。

「ノラ。……あ、魯肉飯おいしそう」

「食べる? ヤフユのに小さめのも買ってきたから」

 彼女たちの会話に、紳士はちらりと肝を冷やした。

「食べる食べる。じゃあ、仙草ゼリー一口どうぞ」

「ありがと」

 女子たちは楽しそうに、戦利品をシェアし始めた。それから、互いに情報を交換して、さらには次なる食事を、吟味し始めている。

「……あいつらの胃袋は宇宙か?」

 佳人が紳士に寄り、そう呟いた。

「まあ、楽しそうだし」

 いいんじゃない? とは、ちょっともう、紳士には、口に出せなかった。


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