箱庭物語

晴羽照尊

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幕間(台湾編)

彼ら彼女らの戦い 始まり

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 ――地上10階。

「あっ、ハルカ――!」

 エレベーターが上昇を始めてすぐ、三つ子の長女はなにも言わず、単独で歩を進めた。エレベーター前の通路はT字路となっており、その、真ん中の道を、迷いなく選び取っている。妹の声も虚しく、彼女は確信を持った力強さで突き進み、小さくなっていく。
 もう届かないところまで行ったと理解したのか、麗人は肩を落とした。その様子を丁年は瞬間、憐れそうに一瞥したが、すぐに気を引き締め、彼女の肩を叩く。

「じゃあ、俺も行くッス」

 金髪に染めた髪を揺らし、真っ白なスーツをなびかせた。そうして背を向けると、その父親のように見えないでもない。ともすれば、あえてあの若者を真似たのか。
 とはいえ、やはり、別人だ。だらしなく思えていたあの若者は、いつも背筋はしゃんと伸ばしていた。それに引き換え、こちらの丁年は猫背気味である。背丈もひと回り違うし、そう思うと、丁年の方はやや、ネガティブな印象を受ける。
 だから、同じように煌びやかに着飾った派手な衣装も、まるで喪服のようだ。モノクロの反転した世界で、彼はこれから、『死』に相対しに行くような――。

「……ちゃんとしなきゃ」

 ぶるぶると首を振り、嫌な予感を払いのける。そうして一度、麗人はスーツの襟を正した。瞼を閉じ、かすかな瞑想。そうして気を引き締め、弟が向かった左の道に、背を向ける。
 こうして三つ子は、別れた。次に顔を合わせるときには、きっと、なにもかもが変わっている。その予感を、誰もが同時に、抱いて。

 ――――――――

「邪魔するッスよ、人殺し」

「彼の子にしては、物騒な物言いなのね!」

        *

「失礼、します……?」

「きゃはっ! マジでエンカったヤバぽ! ちょい待ち! 秒で支度する!」

        *

「よう、やっと会えたな」

「はあ? ボクの筋肉はあなたなんか知らないそうですが?」



 ――――――――



 地上10階の面々。マッチング完了。



 ――――――――



 ――地上20階。

「ふむ」

 エレベーターの上昇を見送り、女は鼻を鳴らした。

「ノラの気持ちが、少しは解ってきたのう」

 これが、『理解できる者』の感覚か。そう、彼女は思う。

 そもそも彼女は、男や少女たちとは完全に別行動であった。であるのに、今日この日、この場所、さらにはこの階層に足を向けたのには、なんとも言えない確信があったからである。逆に言えば、それだけでしかない。
 だが、そうしなければと思った。その根拠には、なんとなく伝え聞いた男たちの足取りや、WBOの挙動、そして、再会できた老人との会話の断片を挙げることができたが、不確定要素が強いことは否めない。

 それでも、彼女はこうして、合流した。確信こそ抱いていたものの、その結果にはやはり彼女自身、狐に抓まれたような感覚を覚えている。

 だからこれが、『理解できる』ということなのかと、ふと思ったのだ。

 あるいは、風の導きかと。

「……こっちか」

 その感覚で、道を選び取る。自身がここですること、相対する者の居所。それがやはり確信をもって理解できたのだ。

 そして『彼』もまた、その風を感じていた。

「やあ、やっぱりキミか、ホムラ」

 キラリン、と、白い歯をむき出し、その好青年は笑った。準備運動をしていたのだろう、大きく足を広げ、上体を前屈みに曲げた、低い姿勢で。
 カラフルな民族衣装。現代人の正装には遠く及ばない露出度で現された肌は浅黒く、また、見事に筋骨隆々、引き締まっている。その裸の上半身を覆い隠すかのように、首からは大きなネックレスがぶら下がる。そこに色とりどりと散りばめられた宝石たちが、彼の身分の高さを象徴するようだった。

 その好青年の姿に、さすがの女も――ここまで不思議な確信とともに突き進んできた彼女ですらも、驚愕に目を見開いた。

なれ……チャクか?」

 いつか地下世界――あの地球外惑星に赴いたときの、番人。試練の試験官として立ちはだかった、好青年。
 あの短い邂逅でもしっかと記憶していた、彼の名を、呼んだ。

 なぜ汝がここに? そもそもすでに故人では? そのような問いは、飲み込む。理解できたから、ではない。それらは別段、どうでもいいことだから。
 そして、『試練お遊び』とは違う、強い威圧感に、全身の毛が逆立ったから。

 だから本能的に女は、刀――『花浅葱はなあさぎ』を抜き、構えた。

「お、気合い十分じゃないか、結構結構」

 ふう。息を吐き、好青年はストレッチを終えたのか、最後に大きく伸びをした。それからゆっくりと、構える。
 格闘家――というには程遠い、ただ浅く腰を落とし拳を握り込んだ程度の構えだった。けれども、その姿は、どこまでも堅牢に見える。

 現代人この世界の住人が到達できない、血の世界を跨いできたからこその、圧倒的力強さ。それを見て、女は――

「物語を終わらすためじゃ。チャク――」

 その幼い顔を歪めて、凄惨に、笑った。

「ここにある『異本』を、渡してもらおう」



 時空を超えた再会、マッチング完了。



 ――――――――



 正直、ひとりになれて、メイドはほっとしていた。心を落ち着ける時間が必要だ。そう思っていたから。
 直近の、男とのデートが尾を引いている。だが、それだけではない。他の者ならいざ知らず、男にはまだ、制御しきれない己が力を披露することにためらいがあったのだ。

「ハク様も、ノラ様も、どちらも心配ですけれど――」

 まあ、自分のことも心配しなくてはいけませんね。と、先の言葉を飲み込んだ。

 少女が、自分をここで降ろしたことにも合点がいった。そばかすメイドの相手は、女傑しかありえなかった。それと同じように、を相手取るには、自分しかいなかっただろう。そう、彼女は理解した。上昇するエレベーターを見送りながら。

わたくしも幾分か達観し始めていますけれど、はたしてノラ様は、どこまで見えておいでなのか」

 そして、自身に及びもつかないほど先を見ているのだとしたら、いったい、彼女の最終的な思惑は、どういう意味を持つのだろう? そう、少女を解った気になって、メイドは一縷、思考した。迷いなく、敵がいる場所へ歩を進めながら。

「やはり、あなたですか」

 目的の部屋に入り、彼の姿を確認――その姿を半分以上隠してはいたが確認して、メイドは涼しい顔でそう、声をかけた。

「カルナ」

 かつて、弟のように指導した、執事の名を、呼ぶ。

 す……と、名を呼ばれた執事は、巨大な盾をわずかにずらし、顔を覗かせる。その目は、メイド同様、すでに多くを見通し、それについて覚悟した者特有の光を宿していた。

「アルゴ・バルトロメイ」

 姉のように慕った呼び方をやめ、まっすぐと敵意をあらわに、執事は言う。

「礼儀がなっていないようだ。

 瞬間、メイドは眉をひそめた。眼前の執事以外、その部屋には誰も視認できなかったからだ。
 だが、たしかに、何者かの存在は感じたけれども。

「いいわ、降ろしてちょうだい。挨拶くらいしてあげても構わないわ」

 執事の方から上がった声に、執事はかしこまる。そうして巨大な盾をさらにどけると、その影から、深紅の、豪奢なドレスに身を包んだ令嬢が現れた。執事の片腕に抱き上げられていたらしい彼女が、その細い足・・・を地につける。

「お初にお目にかかりますわ。あたくしは、ミルフィリオ・リィン・ニンファ・ガーネット。偉大なるガーネット家の末裔」

 慇懃なようでいてその実、はるかに高みから見下す姿に、思わずメイドもかしこまりそうになる。だが、己が主人への忠誠心に、なんとか踏みとどまった。

 それに、それどころでも、もう、ない。

「あたくしの願いを邪魔する輩には、容赦しないわ。さあ、かかっていらっしゃい」

 その美しいブロンドの髪が、自我を持つようにゆらゆらと、たなびく。それほどの感情。それほどの力。
 それが彼女と、彼女の持つ、黒紫色の装丁をした『異本』から、感じられたから。



 姉弟師弟の因縁と、ひとつの大きな願望、マッチング完了。



 ――――――――



 ――そして、地上50階。

「『執行官長室』、か」

 紳士は呟いた。その門扉の前で、身なりと、心意気を整える。
 胸に手を当て、決意と、策略を、反芻。

 大丈夫だ。わたしは、負けない。
 そう、言い聞かせる。

 あまりに非力な、己自身に。

「こういうときは、なんと言うのだったかな」

 ああ、そうだ。自問に即、答えを得る。

「ぞっとしないね、本当に」

 気楽にそう言葉を吐き、少しだけ心が軽くなったから。
 わずかに足取りも軽く、その扉に、手をかけた。



 最後のマッチングが終えられるまで、あと、一瞬――。


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