箱庭物語

晴羽照尊

文字の大きさ
337 / 385
台湾編 本章 ルート『憤怒』

復讐の終わりの物語

しおりを挟む
 これ以上は、まずいな。と、ゴリマッチョは思った。もう、時間がねえ。と。

「レベル100。『最大先鋭フルカウント』っ!!」

 渾身の力と、心を込めた一撃だ。『異本』での強化こそ『レベル100』という、佳人が定めた強化値の、最上には程遠い。だが、せめてイメージを。憎き仇を刺し貫く、イメージを持って、振るう。

「…………」

 不敵に、ゴリマッチョは諸手を広げた。余裕そうに。そんな程度の槍など、歯牙にもかけない。簡単に受け切ってやる。とでも、言いたげに。

「うわああああぁぁぁぁ――――!!」

 怒号――。いや、叫びだ。

 どれだけの憎悪を抱こうが、佳人だって、罪の意識を感じていないわけではない。人を殺すのは悪いことだ。そうでなくとも、誰かを殺すのは、
 その気持ち悪さを吹き飛ばす、叫びを。憎悪も、殺意も、『憤怒』も吹き飛ばす、腹の底からの、叫びを――!

 まるで子どものように、目を閉じて。いやな現実から逃れようと、閉じ込めて。ただただ無心に、突き刺す。

「なあ……」

 ゴリマッチョが声をかけた。強く、優しく、子どもをなだめるような、声で。

 それに促されるように、佳人は、閉じた目を、少しずつ開く。訪れた現実を、おどおどと確認する。その先にある結果が、はたしてどちらであろうとも、もう後には、戻れないのだから。

「やったじゃ、ねえかよ」

 にやりと笑う口元から、血が一滴、流れる。それが床に落ち、潰れる音が、やたら大きく、響いた。

 だから、その音を合図に、崩れた。膝からくずおれ、懺悔のように、その筋骨隆々な身体を、倒す。彼の鼻に乗っかっていた鼻眼鏡パンスネが、反動で、佳人の足元へ、飛ぶ。胸に空いた大穴から、とめどない血がどくどくと、絨毯に染み入った。

 WBO本部ビル、地上10階、『特級執行官 ランスロット私室』での殺し合い。
 稲荷日いなりび春火はるか、復讐達成。

 ――――――――

「――ハルカっ!」

 廊下に出て、少し歩いた。エレベーターのある方へ戻るためだ。そこには先に、麗人が待っていた。三つ子の末っ子、丁年はどうやら、まだ戻ってきていない。いやあるいは、先にどこか、他の場所へ向かったのか。

「大丈夫!? 服、破れてる! お腹から血が――」

「大丈夫だよ、うるさいな。服は『異本』の力で破れた。いつも通りだ。血は――」

 改めて佳人は、己が腹部の傷を確認した。けっして深くはない。しっかりと見れば、それくらい解る。だがいまだに、血を見るとぞっとする。

「――かすり傷だろ、これくらい」

 それでも、強がる。三つ子の長姉として。この復讐を先導した者として。

「待ってて、いま――」

 ふと『異本』を取り出そうとした麗人は、その動きを止める。それからためらい、スーツのポケットに手を入れる。取り出すのは、虹色の羽。いまだ煌々と燃え盛る、癒しの炎。

「たぶん、痛みを和らげるくらいは、できるから」

「……? ヤキトリはどうした? まさか――」

「ううん」

 麗人は首を振る。

「だいじょうぶ。なんともない。でも、もう、おわかれは済ませたから」

 佳人も、以前から理解はしていた。『異本』の力で生まれた鳥人は、この物語が終われば、還るべき場所へ還ると。子どもが大人になっていくように、もう、夢も、終わりだ。

「そうか……」

 患部を温めるむず痒い熱に、佳人は複雑な表情を浮かべた。

「で、シュウは?」

「ここッス」

 呼ばれた丁年は、まるで瞬間移動でもしてきたように、不意にそこに、現れた。見るからにぼろぼろな右腕を庇いながら。

「ちょ――シュウ! 大丈夫なのっ!?」

 言いながらすでに、麗人は癒しの炎を佳人から、丁年へ向け直していた。どちらがより負傷しているかなど、見るからに明らかだ。
 だがそれを、丁年は、左腕で制止する。

「大丈夫ッス。それより、首尾は?」

 その言葉に、麗人は目を背けた。

「殺した」

 先に返答するのは、佳人。まっすぐに丁年を見て言うその様子は、後悔など微塵もないかのよう。それでも、血を分けた兄弟たちには、わずかに伝わる。
 やるしかなかった。そうでなければ、もう、先に進めない。とはいえ、やはり彼女も、普通の人間だった。そう理解できて、丁年も、麗人も、安堵する。

「……私も、殺した」

 麗人も佳人の、言葉のあとに続く。後ろめたそうに目を背けるのは、その言葉ゆえにではない。本当にそれを、自らの手で成し遂げようとした。その、罪悪感からだ。

「……じゃあ、全員目的は、達成ッスね」

 丁年が最後に、そう言った。軽そうな口調で。そしてその証明とでもいうように、『異本』を差し出した。正方形をした、濃緑色の一冊を。

 それに倣い、佳人も、麗人も、蒐集した『異本』を取り出した。三人ともがそれを見て、少しだけ、嘆息した。あくまでついで、だったとはいえ、それは目的のひとつだった。とはいえ、復讐を終え、手元に残ったのはそれだけだ。無味乾燥な、ただの、本。少女や男、あるいは他の、どこかの誰かにとっては大切なものでも、稲荷日三姉妹弟きょうだいにとっては、さして重要たりえないものでしかない。

「……カナタがまとめて、ノラに渡しておく。ふたりはケガしてるもん。病院に行って」

 麗人が、まず、佳人の持っていた『異本』を受け取る。それから丁年にも手を向けた。

「いや、俺が持ってく。……おまえら『異本』を出せ」

「持ってくって……シュウ、そんな大怪我なのに」

「すぐに死んだりしねえよ。それより――」

 丁年には、気になっていたことがあった。

 男が『異本』を集めるのは――その始まりは、『先生』とやらに捧げるためだったという。死んだ彼の供養のため。しかしそれは、少女との旅路の中で、意味を変えた。少女が、『異本』の力で氷漬けにされたとき、こんなものはこの世界に必要ない。自分の大切な者を、いともたやすく傷付ける、そんな特異な力は、この世に存在してはいけないと。そのように考えを変えた、らしい。
 それについては、丁年も同感だ。だが、だとしたら――。



 はたして男は、』をどうするつもりなのか? 776冊、すべてを封印するなら、そこには一冊の漏れもないはずである。しかし、に関しては――。



 丁年は考えを中断して、首を振る。いま、それを考えても、答えは出ない。だからそれは、男に聞けばいい。

「――いや、とにかく、俺が渡しておく。怪我は問題ない。ヤキトリのおかげか、だいぶよくなった」

 たしかに癒しの力は、その羽に備わっていたようだ。しかし、言うほどしっかりと、痛みが消えたわけじゃない。どころか、ものすごく痛い。それでも気丈に、丁年は笑った。
 その笑みに、姉たちは気付かないわけもない。丁年が我慢していること。だが、彼がもっと大切な、なにかを知ろうとしていることにも、気付かないはずもない。だから――。

「そ。なら、シュウに任せるね」

 麗人はそう言って、名残惜しそうに、『異本』を渡した。
 本当の別れを心の中で、鳥人に告げる。

「つーかおまえ、さっきからあたしの方見ないけど、なんなんだよ」

 佳人も『異本』を渡す。渡しながら、疑問を突き付けた。

「べつに……」

 問われても、まだ視線は逸らしたままだ。ぼろぼろに破れたスーツからあらわになる成長した姉の肌に、向けられる視線など、まだまだ初心うぶな彼にはなかった。

 ――――――――

 ――『特級執行官』、ランスロット私室。

「ふう……」

 と、巨木のような腕で上体を持ち上げて、ゴリマッチョは息をついた。

「やっといきましたかあ。まったく……」

 周囲を見渡し、探す。あったあった。と、飛んでいった鼻眼鏡パンスネを持ち上げた。そうしてその、高い鼻に、乗っける。少しだけ、フレームが歪んでいた。

「死んであげたの? 優しいね」

「……うっせえんですよ、『ガウェイン』」

 歪んだフレームと、面倒な言葉に、ゴリマッチョは舌打ちする。いきなり無断で、私室に瞬間移動してくる、無作法なロリババアに対しても。

「かくいうてめえも、負けてあげたんでしょう? 大人は大変ですよ」

「いいや、ワタクシは、普通に負けたのさ。まあ、もともと勝つ気なんかなかったってのは、言い訳できるけどね」

 はっ! と、ゴリマッチョは、大きく息を吐く。ほんのわずかだが、世界の『憤怒』を忘れた、清々しい気持ちで。

「でえ、『モルドレッド』は?」

「あの人は、たぶん……」

 そう言って、ロリババアは俯く。その先は、言うまでもない。ゴリマッチョとしても、聞くまでもない、ことだった。
 はあ。と、嘆息して、ゴリマッチョはソファにもたれた。やけに心地よい、上等なソファに。

「気に入ってたんですけどねえ。この生活が」

「ワタクシも」

 そう言うと、見た目通りに幼稚に、見た目通りに身軽に、しかして年甲斐もなく、ロリババアはソファへ飛び乗った。ゴリマッチョの巨体を乗せても十分すぎるスペースの余る、その隣へ。

 これから、どうする? 互いが互いにかけようとした問いを、その喉でつかえさせている間に、ふと、小さな電子音が、鳴った。

「はい。……ああ? なんだ、誰だって?」

 ゴリマッチョは電話口に、久方ぶりの名を、聞いた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜

美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊  ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め… ※カクヨム様にも投稿しています ※イラストはAIイラストを使用しています

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...