魔力を持つ人間は30歳までに結婚しないといけないらしい

ここりす

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41 叶わないプロポーズ

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あれから魔法にかかったミハイルと過ごして2ヶ月半ばになる。3ヶ月ちょうどでネルクが言っていた、もう1人の特殊呪文が使える人が帰って来るとなると、あと一緒に過ごせるのは10日間だ。

私はできるだけ、戻って来るのが遅れて欲しいと罰当たりな願いをしている。


もう、ミハイルがいない日なんて考えられない。






今日、ミハイルの帰りが遅くなると水晶に連絡があったので一人で帰る。

夕食はミハイルの好きなビーフシチューを作るために食材を買い、初めて一人で料理をしていた。ミハイルの喜ぶ顔を浮かべながら食材を準備する。

(あれ、こんなにキッチン広かったかな)

ビーフシチューを煮込みながら彼の帰りを待つ。

共有スペースのソファーで、ミハイルにそっくりな理想の王子様が出てくる恋愛小説を読んでいた。

(最近はずっとミハイルと過ごしていたから、全然読み進めてなかったな・・・)

ミハイルが隣にいない家は広く冷たい。

ずっと同じ箇所を読んでは進まない小説を手に、ミハイルが居ない寂しさを感じた。

(たった数時間しか一人じゃないのに)



ザァアアアアアーーーー

急に雨が降り出したみたいで、雨が窓を叩きつけている。

(結構強い雨足だな・・・ミハイル、傘は研究室に置いてるかな)

迎えに行こうかとも思ったが何時に終わるか分からず、じっと待つしか無かった。

帰る時に連絡が来るかもしれないと思い、水晶を取り出す。すぐ迎えにも行けるように、念の為着替え直した。冷えた体を温めるために、お風呂も準備している。

出迎える準備を完璧に整えるとソファーに戻った私は水晶を握り、じっと彼の帰りを待つ。

元のミハイルと共同生活をしていた時はほとんど一人で過ごしていたのに、もうどうやって時間を潰していたのか思い出せない。

(ミハイル・・・)


どれくらい時間が経ったのだろう。


玄関の扉が開く音がした。

ガチャー

私は準備していたタオルを手に、玄関に急いで向かう。

「ミハイル、おかえり!」

そこにはずぶ濡れのミハイルが立っていた。

私はタオルを広げミハイルを一所懸命に拭く。

「傘、研究室に置いてなかったの?」

体をある程度拭き終えると、もう一枚タオルを広げ頑張って背伸びをして今度は髪を優しく拭いた。
それは彼がいつも私の髪を拭いてくれるように。

「体冷えちゃったでしょ、今日は私一人でビーフシチュー作ったんだ!ミハイル好きだったでしょう?お風呂に入って温まってきて・・・から・・・」

ミハイルは帰ってきてから無言で俯いているので表情が分からない。

「・・・ミハイル、何かあったの?」

「マール」

か細い声で、名前を呼ばれる。

「どうしたの、ミハイル・・・」

俯くミハイルの顔を覗き込むと、顔に温かい雫が落ちてきた。



ミハイルの涙だ。



私は何があったのか、察してしまった。

ミハイルは震えながら話し出す。

「マール、僕にかかった魔法が、解ける日が決まった」

私の一番聞きたくない言葉だ。

「元々の予定通り10日後だ」

「魔法は、・・・絶対解かなきゃいけないの?」

私も泣きそうになりながら必死に堪える。

震えているミハイルが声を絞り出した。





「このままだと、君と結婚できない」










ザァアアアアアーーーー

気が付くと家を飛び出していた。

涙と雨で目が潤み真っ直ぐ走れているかも分からない。

濡れて顔に張り付く髪も鬱陶しい。

土砂降りの雨で服がどんどん重くなり冷たくなってきた。

それでも構わず必死に走った。

家にいると現実を受け入れなければならない気がして、思わず逃げ出していた。


(ミハイル、ミハイル、ミハイルっ・・・)



私の愛したミハイルを消さないで、

どうかこの幸せを奪わないで




したくない結婚も、共同生活も強いられて
潜入調査で根掘り葉掘り探られ、対戦までさせて、愛する人の魔法を解き


二度と会えなくする


どこまで私はこの国に嫌われているんだ


私は1度も文句をぶつけたことは無いのに



足が動かなくなり、その場にうずくまる。


「はあ・・・はあ・・・あああああっ・・・・・・」


いちばん辛いのはミハイルだ


この理不尽な状況に一番苦しんでいるのはミハイルだ


だけど彼を目の前にすると、傷付けてしまうことを言うだろう


これ以上、ミハイルを悲しませたくは無い




「ミハイルと結婚したいのに、それだけでいいのに、この国はそれすらも許してくれないの?


何もかも、ずっと、ずっと我慢してたじゃない!!!!」




「私は幸せになっちゃいけないの?」




降りしきる雨の中でひとり、叫ぶ声はかき消される。











「マール、君は幸せになれるよ」





後ろから強く強く抱きしめられた。




「ミハっ・・・イル」

「ミハイルっ、ミハイルっ・・・!」

私は回される腕にしがみつく。


「わたしはッ、貴方がいないと、貴方じゃないと幸せになれない!
何も要らない、何も望んだりしないから、貴方と一生、生きていきたい・・・!」


腕を解くとミハイルの方に振り向く。
ミハイルの顔は雨に打たれすぎて涙なのかぐしゃぐしゃだ。私もぐしゃぐしゃだろう。

ミハイルに抱きつくと力強く抱きとめてくれる。

「マール・・・」

「ミハイルっ」

「僕はものすごいプロボーズを受けたね」

「そうだよ、受け取って」

「ごめん」

「即答で振らないでよ」

「・・・ごめん」

「そうだ、この国には嫌われてるみたいだから、2人で逃げ出そう。別に結婚なんてしなくていい、貴方にそばにいて欲しい」

「ごめん・・・」

「貴方と私の魔力ならなんとかなるよ。ねえ、お願い」

ミハイルは首を振る。

抱きついたままミハイルの顔を見つめた。


「元に戻ったミハイルと幸せに結婚しろって言うの?

無理だよ・・・お互いまともに話したことないし、貴方とは見た目は同じでもまるで別人なんだよ。

ミハイルじゃないなら愛せないよ・・・」


「マール、この国を捨てると故郷にいる家族のみんなや、王宮で一緒に働く仲間にも会えなくなる。

君は周りの人達から愛されいる。

やっとできた大切な居場所だってある。

僕はマールを愛しているからこそ、結婚をして、みんなから祝福されて、この国で幸せであって欲しい」

「そんなの、ずるいよ・・・私だけ残して、私だけ幸せになってって」

「ああ、僕のことは嫌いになって、忘れて」

私はミハイルの胸を叩きつける。

どんっ、どんっーー

「なら、そんな・・・辛そうな顔して、言わないでよ!!!」

「ごめん」


掻き消えるような声でミハイルは謝ると、私とミハイルの座っている地面から魔力の渦が出て飲み込まれる。


一瞬で家の中に居た。


私はミハイルを押しのけるとお風呂場へ入った。

「はあ・・・はあ・・・」

冷えた体を温める様にお風呂に浸かる。

「くっ・・・ひくっ・・・ひくっ・・・」

ミハイルを傷付けたくなかったのに、ひどく傷付けた。

これから10日間、どう過ごしていいのか分からない。

どう過ごしても辛いが、ミハイルと最後まで離れたくなかった。



お風呂から上がって、扉を開けるとミハイルが立っていた。


ずぶ濡れのままのミハイルは、自分の部屋にあるお風呂に入っていなかったみたいだ。

私は慌てて顔が白くなったミハイルの手を引くと、服をぬがせ風呂場へ突っ込む。

「ミハイル!こんなに冷えたまま・・・このままだと死んじゃうよ!」

「ああ、もういいんだ」

思わず彼の頬を叩いていた。

パァンーー

「これ以上私から奪うのをやめて。たとえミハイルが消えても、この体を愛したミハイルには生きていて欲しいの」

「ごめん」

いつも一緒にお風呂に入れてくれるミハイルを思い出しながら、震えるミハイルを風呂に入れ、髪を乾かす。

食卓に座らせると、初めて作ったビーフシチューを並べて横に座り、一口ずつミハイルの口元に持っていく。どんどん血色が戻っていく彼に安堵した。

「ふふっいつもと逆転だね。ミハイル、私・・・成長したよ」

ぼんやりと口を動かすミハイルは頷く。

ミハイルの目には涙が溜まっていた。

「君は、僕がいなくても生きていけるんだね・・・」

私もつられて視界がぼやける。

「そうだよ、ミハイルの不安が残らないように最後まで一緒にいて、成長を見届けて」

「・・・わかった」

2人して涙しながらビーフシチューを食べる。


初めて作ったビーフシチューの味はわからなかった。



片付けると、明日も仕事があるため寝る準備をする。

ソファーで一点を見つめ小指の指輪に触れていたミハイルの手を取り、夫婦の寝室へ入る。

ミハイルをベットまで誘導し、私も横になると一緒に布団をかけた。

「さあ、寝ようか?」

「ああ・・・」

「私、眠れないから手を繋いで寝てくれる?」

「ああ」

隣からぎゅっと手を握る。

(少し冷たい・・・)

両手で温めるように握り直すとだんだんと温くなってきた。

「ふわぁー・・・これで眠れるね」

「・・・ああ」

「ミハイル、おやすみ」


(愛してる)


目を瞑ると今までミハイルと過ごした3ヶ月を思い返す。どの思い出にもミハイルの優しい愛情が溢れていて、それはとてもあたたかかった。ミハイルのことを想うと閉じている目から涙がこぼれ落ちてしまう。


少し冷たい指が私の涙を拭った。


思わず横を見ると、ミハイルも涙を流しながら私を見ていた。紫の瞳から溢れる涙が零れ落ちている。

私はその優しい指を掴み取ると、両手で握りしめる。自分のあたたかな温もりを分けるように。彼から貰ったあたたかな思い出に感謝するように。


(ありがとう)


私達は両手を包み込み、お互い涙を流しながら見つめ合う。


「マール」


愛おしい声に名前を呼ばれるとゆっくりと意識が遠のいていく。


魔法にかかっていようが、私はこのミハイルと3ヶ月を共に過ごしたのだ。
その思い出は消えないように胸に刻むと眠りについていた。
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