魔力を持つ人間は30歳までに結婚しないといけないらしい

ここりす

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52 帰って来て

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残業で遅くなった王宮の帰り道をひとりで歩く。左手の指輪を見つめて、その重みにため息をついた。

(結婚が決まってすぐに作ったなんて・・・それに彼の命と同じ価値ってどういうこと)

「はぁー、・・・・・」

私は別のピアスをしている耳の穴に触れた。

(ミハイル・・・)


いつも一緒に帰る道は広く感じる。


寂しさに涙がこぼれそうになり、空を見上げると、もうあの時みたいに星は瞬いていなかった。


どんどんとぼやける視界に、彼への想いが溢れる。


『マール、今日は何が食べたい?君の好きなものにしようか。一緒に作ろうね』


『次の休みは、どこに行こうか?マールとだったらどこでも僕は楽しいよ』


『忙しかったんだね、遅くまでお疲れ様。帰ったらどんなことがあったか教えてくれる?』


『今日は帰りにデートしない?マールが気になっていた新しいお店に寄っていこう』


『家に帰ったらこのケーキ食べるの楽しみだね。一口くれるんでしょう?マールからの一口が嬉しいんだ』


『ふふっマールと一緒に過ごせて嬉しいよ』


彼との毎日の会話を思い出す。


私は声を殺しながら溢れてくる涙を拭い、住宅街を静かに歩く。


(こんなに家、遠かったっけ・・・)


拭いても拭いても止まらなくなってしまった涙を流していると、家の前に着いていた。元のミハイルは帰宅時間はかなり遅い。それなのに家に明かりがついていたので、彼が家にいることが分かった。

(今日はもう会うことはないって思ってたのに)

家の前に立っているのが辛く、私は通り過ぎるように去っていく。


(ミハイル・・・貴方にもう一度会いたい)




少し歩いた所で、背後から声をかけられた。

「おい、家に入らないのか」

私は振り向かず、俯いて首を振る。

「僕が居る家に帰るのがそんなに嫌なのか」

答えずにまた歩き出す。彼も同じく私の後ろについてくる足音がした。

「来ないで」

「僕のことがそんなに嫌いか・・・」

彼に今日『大嫌い』と言った言葉を気にしているみたいだった。性格は元の幼なじみだが、顔も体も声も匂いも愛したままの彼を嫌いにはなれなかった。

私は一瞬だけチラリとミハイルを見ると、やはり胸がときめいてしまう。幼なじみだと思って気持ちは接しているが、それが余計に辛い。

また歩き出すと、彼は私から離れないようだった。



いつまでもついてくるので、私は諦めて人気のない広場のベンチに座る。

「落ち着いたら、帰るから。先に家に戻って」

ひとりで話すように、彼を見ずに伝えた。

ミハイルは黙って隣に座る。

幼なじみとの距離に驚くが、顔を見られたくないので足元をぼんやりと見つめた。

彼との思い出を整理したいのに、同じ見た目のミハイルが隣にいるので、頭がややこしくなり、いつの間にか涙は引いていた。

彼と過ごした寒い季節は過ぎ、今は暖かくなっている。夜風が吹くと、ミハイルの香りが顔を纏い胸が締めつけられる。

切り替えるために顔を上げ、広場を眺めようとすると、隣からずっと私を見ていた視線を感じた。

私が泣いていないのに安堵し、手に持っているハンカチを仕舞っているみたいだった。


「僕といるのがそんなに辛いのなら」


ポケットから女子寮の鍵を差し出された。


「今日は夕食を作りすぎたんだ。食べてから向かうといい。遅いから・・・嫌だろうが僕が送っていく」


「結婚式まで、君とは会わないようにする」


私は涙を流しながらミハイルを見る。


「僕と結婚してくれるのだろう?」


ミハイルの辛そうな顔に、私は鍵を受け取れずにいた。このまま鍵を受け取れば、彼と約束したミハイルと結婚するという言葉を守れる。

だけどもう、分かっていたのだ。どれだけ想っても、消えてしまった彼はもういない。それでも簡単に諦められない気持ちを整理したくて、ここに来たのに・・・


「出来れば君と仲直りをして結婚式をしたかったが」


ハンカチを膝の上にそっと置かれる。震える手で、ハンカチを使うとミハイルの香りに心が優しく落ち着いた。

恋に落ちてしまったからわかる。簡単に離れられないのだ。性格は幼なじみでもミハイルの姿から離れたくない。


「鍵・・・いらない。家に帰る」


「そ、そうか!」


嬉しそうに、鍵をしまうと肩が少し触れるほど近くに座る。


「君の気持ちが落ち着くのなら、このままでいよう」


悲しい声と共に、愛おしい彼の体温に落ち着いた。





帰りは隣に歩き、家に入ると夕食を温め直すと言ってキッチンに入っていった。

私は顔を洗うために洗面所に入る。ミハイルを想う時の顔はいつも苦しそうだ。
さっぱりすると、食卓に向かう。彼はいつも通りを心がけてくれているのか、幼なじみに戻っていた。

「お腹は減っているか?」

「うん」

「そうか、じゃあこれも食べろ」

どんどん温かい食事が並べられる。

「こんなに・・・」

「美味しいもの、好きだろう」

ミハイルの優しい笑顔にドキリとするが、彼と一緒に席に着くと食べ始める。

向かいで座る彼はチラチラと私の食べる顔を見て嬉しそうにするその姿に、思わず笑ってしまった。


「美味しいよ」

「そうか・・・良かった」

(あたたかい・・・)


私は無意識に飾られたピンクの花を見ながら、美味しい食事に満たされていた。



食べ終わると、少し待ってろと言いデザートを出してくれた。私が好きなフルーツがたくさん乗ったケーキで、思わず笑顔になる。

「今日は、その、指輪のことで君を怒らせたから」

「うん、おかげで今日は人に全然絡まれなかったから助かったよ。ありがとう」

「そうか。君を守れたんだな」

指輪をする手を愛おしそうに見つめられて、顔が赤くなりそうなのを誤魔化すように話す。

「食べていい?」

「ああ」

ミハイルの分はなく、私が食べるのをただ見つめている。

「あの、私の分だけしかないの?」

「甘いものはそんなに食べない」

「そうなんだ・・・」

(そういえばミハイルもいつも一口だけだったな)

「一口食べる?」

思わずいつものように聞いていた。

「なっ・・・」

彼は真っ赤になると顔を逸らす。

「いらなかったね。ごめん」

気にせず食べ進めていると、彼がまたこっちを向いた。

「食べる」

恥ずかしそうにする彼に、いつも通り美味しい所を乗せてフォークを渡す。受け取らずにフォークを持った私の手を掴み、自分の口に運ぶと嬉しそうな顔で食べていた。今度は私が顔を逸らしてしまう。

「美味いな」

満足そうな声を聞きながら、ケーキを食べることだけに集中した。


「今日は疲れただろう。もう寝ろ」

いつものように片付けをしてくれているので、その背中にお礼を告げると、お風呂に入って部屋に戻る。


ピアスの箱を眺めると、すぐに眠りについた。


(ミハイル、おやすみ)
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