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73 思い出 ③
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(ん・・・昨日ミハイルと・・・)
ミハイルの頭を抱き寄せて眠っていたみたいだ。
髪を撫でていると、胸の間から声が聞こえる。
「マール、おはよう」
「ん、おはよ・・・ミハイル・・・」
昨日あのまま寝てしまったみたいだ。
「うーん・・・」
まだ寝ていたい体は無意識に温もりを求め、頭をさらに抱き寄せる。
ミハイルは嬉しそうに埋もれている。
「僕達は今日休みだ」
ミハイルに抱きしめられ、その心地良さに顔を擦り付ける。
「ん・・・」
「かわいい・・・」
(今、休みって言った?今日は・・・)
ドンッーーガバッーー
ミハイルを突き飛ばし、バッと起き上がる。
「仕事!!」
私に突き飛ばされたことが相当ショックだったみたいで、横で起き上がらないミハイルはうなだれている。
仕方がないので抱き起し、ミハイルの頭を胸元に寄せて頭を撫でる。
「崖から突き落とされた気分だ・・・」
「ごめんね、ミハイル」
ミハイルは嬉しそうに胸にうずくまると、顔を擦り寄せる。
「ずっとここにいたい」
「うーん」
「マールから抱きしめられるのは嬉しい」
「はいはい」
「あとキスもしたい」
「はーい」
「返事が適当す、っんむ」
ミハイルの顔を両手で包むとちゅっと軽くキスをして洗面所に行く。
後ろから、冷たすぎるぞ!と言われながら一緒に支度をする。
いつもより気合を入れて化粧をしながら、ヘアセットをしてもらう前に話しかけた。
「ねえ、今日はミハイルが好きな髪型にしてくれない?」
「分かった」
緩く巻かれたポニーテールになった。鏡越しに満足そうに微笑んでいるので、振り返ってお礼を言う。
「ああ、可愛い」
「ありがとう、ポニーテールが好きなんだね」
「今日のマールは輝いているな。このまま・・・」
閉じ込めてしまいそうなくらい腰に腕がまわされる。
(それは困る・・・なんとか・・・)
「ふふっ、今日は本当に一緒に本屋さんに行って大丈夫なの?忙しいんじゃない?」
「ああ、マールは気にしなくていい」
「じゃあ、デートだね」
「そうだな。こんなにも可愛い妻とデート出来るのが楽しみだ」
満面の笑みで朝食を準備してくると言って、部屋を出ていったミハイルを眺めた。
小さくため息をつきながら、ミハイルが買ってくれた服を着る。
ローブを脱いだらデート服になれるように組み合わせてみた。
(こうしないと、私は出かけられないのかな)
どんどん過剰になっていくような気がして、息が詰まりそうになる。
ミハイルとずっと一緒にいられるのは嬉しいが、私を1人にしないと強い意志を感じる。
(困ったな・・・本当に居場所がないや)
女子寮の鍵もなく、あの家に帰るのも許されず、自分の家では無い夫婦の寝室にずっといる。
朝日が差し込む広い部屋でポツンと指輪を眺めていると、ミハイルが嬉しそうにその手を取った。
「さあ、行こうか」
朝食を食べている時も、私に見蕩れたまま可愛いと言い続け、よほどデートが楽しみなのかミハイルはどんどん甘くなっていく。
家を出る前にどちらからともなくキスをすると、上機嫌で手を繋ぐミハイルと歩く。
そのオーラは花が飛んでいるようにも見えた。
「ミハイル、飛んでいきそうだね」
「そうするか?」
指を鳴らそうとする手を止める。
「今日の帰りは雨みたいだ。迎えに行く時に傘を持っていく」
「私も支援室に傘置いてるから、それ持っていくね」
花が散ったようにしょんぼりとしていた。
「もー!分かったよ!ミハイルの傘に入れてね」
また花が咲いたように笑うので、同じように微笑み返す。
(きっと・・・ミハイルの気持ちと、私の気持ちと、重さが違うんだね)
昔から私を好きだった彼の気持ちは日に日に大きくなっているのだろう。
彼の独占欲に押しつぶされそうになりながらも、大好きな手を握り返していた。
魔法支援室の前で別れ、部屋に入るとみんなに話しかけられる。
「昨日は凄かったね!」
「ええ、はい・・・」
「本物の王子様だったな~、僕は今日も睨まれたけど」
「すいません、毎日」
「まあ、仲が良くていいんじゃない!」
「もうすぐ結婚式じゃなかった?」
「はい・・・」
「みんなでお祝いするからな!」
「楽しみだね~」
「ありがとうございます」
席に着いたらアルノーも隣で笑っている。
「良かったですね、先輩」
「うん・・・ありがとう」
「今日は帰りにデートっすか?」
「そうだよ」
「なんか暗いっすね」
「アルノー昨日の髪型気に入ったんだ」
逃げ場のなさをみんなと話すとより実感してしまい、気分が落ち込んでしまう。
気持ちを切り替えるように、いつものように会話する事にした。
黒髪を耳にかけて露わになった切れ長の青い瞳と目が合う。
「似合ってるって言ってもらったんで」
「うん、いいと思うよ」
よく見えるようになった泣きボクロが目に入り、アルノーも私の泣きボクロを見ている。
その視線に気づき、サッと手で隠してしまった。
アルノーも一緒にサッと手で隠している。
「ふふっ同じ」
甘く微笑まれ、視線を逸らす。
「先輩!照れてないで早く仕事しないと、デート間に合わなくなるっすよ」
「ああ、ありがとう」
「今日雨なんすよね~、先輩の傘借りてもいいっすか」
「いつも通り好きなの持って行っていいよ」
「はーい」
支援室に置き傘を数本しており、こうしてみんなに貸していた。
「あ、これもうすぐ無くなりますね」
私達は同じ机を使ってるので、物品も共有している。
「前アルノーが買い足してくれたから、次は私が・・・」
(買いに行けるかな、ミハイルに言わないとね・・・)
「俺、帰りに買っときますよ」
暗くなりそうな気持ちに、アルノーがいつものように笑いかける。
「それより先輩!これ手伝ってください」
「はいはい」
アルノーと気を使わない会話をしながら仕事をしていくうちに、息が詰まっていた私はやっと呼吸ができた気がした。
「俺これ持つんで、先輩その資料持ってください」
出来上がった魔石を依頼されていた部署まで提出しに行く。
ポツポツと雨が降り出した王宮の廊下をアルノーと歩きながら、遠くにミハイルが歩いているのが見えた。
目が合っているのかは分からないが、ミハイルは立ち止まっている。
ミハイルの方に体を向けながらも、目を伏せる。
「逃げたいっすか」
ボソッとした声に顔を上げる。
「前に迎えに行くって言ったこと、嘘じゃないですよ。約束します」
「大丈夫だよ。もう十分過ぎるぐらいアルノーには助けて貰ってる。ありがとう」
「先輩が幸せそうな笑顔だったらそれでいいんすけどね」
「アルノー・・・」
「俺の気持ちを気にしてくれてるんすね。そんな顔させてしまって、ごめんなさい。俺が暗いと先輩も暗くなっちゃうじゃないですか。俺はいつも通りの先輩とこうして隣にいる方が好きなんで、気を使わないでください」
その青い瞳は私を映している。
「ほら、お昼間に合わなくなりますよ」
アルノーが歩いていくので、隣に追いつくように歩き出す。ミハイルはずっとこっちを見ていた気がした。
お昼になり研究室に入ろうとしたらそのまま扉が開いて、引き込まれるようにミハイルに壁に囲われる。
「ど、どうしたの」
見上げるとミハイルは私の泣きボクロを見ているようだ。
さっきと同じようにサッと手で隠すとすぐに掴まれる。
(怒ってる・・・)
じっくり泣きボクロを見ている視線に、動き出さないミハイルに困惑していると、甘くない唇が触れた。何も言わず手を引かれて、いつものテーブルに連れて行かれる。
(怖い・・・)
ため息が出そうになるのをグッと堪えて、隣で昼食を食べ始めた。
無言で食べ終えると、ミハイルが重く口を開く。
「マール、結婚しても仕事は続けたいんだったな」
「・・・そうだよ」
「僕の研究室に異動しないか」
「私には・・・無理だよ」
「君と僕の魔力だったら大丈夫だ。マールの魔力は強い。僕の傍でサポートして欲しい」
「私は・・・魔法支援室で働くのが、みんなが好きなんだよね」
「僕よりもか」
その言葉に固まる。
「なら僕が魔法支援室に異動しよう」
「国一番の魔力持ちが何言ってるのよ」
「増強魔法が使えることが何よりも羨ましいな。君の隣で働ける」
「そんな・・・ミハイルは魔法研究室じゃないと。この国を支えている凄い魔力持ちなんでしょう?」
「マールより大切なものはない」
(貴方はどこまでも私の居場所を奪うの・・・)
「ミハイルのことは好きだよ。でも支援室でする仕事も好きなの」
「そうか・・・悪かった」
窓に激しく打ち付ける雨の音を聞きながら、お互いの合わなくなった視線に、切り替えるように明るく話しかけた。
「ミハイル!今日は私達にとって楽しい日でしょ?」
「ああ、そうだ」
沈んているミハイルを抱きしめる。
「私から抱きしめられると嬉しいんだよね」
「マール・・・」
抱き締め返してくれた手に安堵し、背中を撫でる。
「いつもこうして、支え合おうね」
「そうだな。ありがとう、マール」
「こちらこそ、いつもありがとう。ミハイル」
寄り添い合いながら、一緒に雨の音を聞いていた。
定刻になり機嫌が戻ったミハイルの傘に入れてもらうと、これでは手が繋げない!と言いながら魔力でどうにかしようとするので、必死に止めながら本屋に到着する。
(本当にこの幼なじみは・・・はあ)
手を繋いで本屋を見回る。いつもとは違う場所に来たので、色々と目が惹かれてしまう。
(広いな~どこから行こうかな・・・)
とりあえず雑誌の棚に行くと、手を離して本を取った。
パラパラと捲っていると、ミハイルは私の後ろで顔を覗かせている。
「あの、近いよ」
「よく読める」
「ミハイルは別の雑誌見てくれたらいいじゃない」
「マールと同じがいい」
「もー、分かったよ。気になるのあったら教えて」
「ああ、かわいい」
本を見てるのか私を見てるのか分からない距離感に困りながらも、気になる内容を探す。
「旅行・・・」
ボソリと聞こえた言葉に手を止める。
「楽しかったか」
ミハイルの記憶にはないので、言葉に困る。
(どう言っても、傷付けるな・・・)
「初めて行った土地だからね。結婚したら、旅行はどうする?」
「マールと行きたい場所、沢山あるんだ」
「ふふっ、じゃあこれからが楽しみだね」
「ああ、昔から行きたい場所をため込んでいるから、全部行こう」
「それは・・・凄いことになりそうだね・・・」
気になる本を手に取ると、いつもの恋愛小説がある棚に行きたかった。
「あの、ここからはお互い好きな本を見に行かない?せっかくこんな大きい本屋さんに来てるんだし」
「そうだな」
その言葉にほっと安心すると、ミハイルの視線を感じながら目的の棚に向かう。
(わあ、種類も豊富だ。今度からこの本屋さんに来よう・・・ミハイルと)
小さくため息をつきながら、気になる所で足を止めて表紙を眺める。
じっと見ていると、隣からその本を取られ、ものすごい速さで恋愛小説を読んでいるミハイルがいた。
「あの・・・どうして」
「これが気になった」
「怖いよ。そんな速さで恋愛小説読んでる人見たことない」
「そうか」
気にせず読んでいるので、ミハイルを置いて別の棚へ向かう。
私が気になる本はミハイルの手に取られ、全て買っていくミハイルを横目に、諦めるように本屋を出た。
(ミハイルは私から絶対に離れないな・・・)
ザァアアアアアーーーー
強い雨の中、一緒の傘に入って帰っていた。
本屋のことは切り替え、いつものように話しながら歩いていると、ミハイルがぼんやりとしている。
その視線の先には、叶わなかったプロポーズをした場所が瞳に映っていた。
(あの時と同じ雨、同じ場所、同じ2人)
ミハイルにプロポーズをした時のことが頭を過ぎる。
あの時とは違い、ピアスをしていないミハイルを見上げた。
その表情を見て、分かってしまった。
貴方はずっと、この3ヶ月のことを知っていたんだ。
それでも私の気持ちを知りたくて、全部記憶も何もかも見たはずなのに、それでも・・・不安なんだ。
(この気持ち・・・伝わっていない)
何が、いけないんだろう。
どうして、信じてもらえないんだろう。
貴方の思い通りのはずなのに。
ずっと離れず貴方のそばに居るのに。
帰る場所だって、行きたい場所だって、職場だって、全て貴方の思い通りでないと気が済まないのだろうか。
自然と足を止めていたので、挫けそうな心を紛らわすように、傘を持つミハイルの手を掴む。
「濡れちゃうよ、行こう」
引っ張るように歩き出す。その足取りは重く、ミハイルにプロポーズした言葉を思い出した。
『元に戻ったミハイルと幸せに結婚しろって言うの?無理だよ・・・お互いまともに話したことないし、貴方とは見た目は同じでもまるで別人なんだよ。
ミハイルじゃないなら愛せないよ・・・』
きっとこの言葉を彼は思い浮かべているのだろう。
(私はちゃんと目の前の貴方を見ているのに、貴方はずっと、前の私を見ているんだね)
悲しさを背負うように、ただミハイルを引っ張った。
ミハイルの頭を抱き寄せて眠っていたみたいだ。
髪を撫でていると、胸の間から声が聞こえる。
「マール、おはよう」
「ん、おはよ・・・ミハイル・・・」
昨日あのまま寝てしまったみたいだ。
「うーん・・・」
まだ寝ていたい体は無意識に温もりを求め、頭をさらに抱き寄せる。
ミハイルは嬉しそうに埋もれている。
「僕達は今日休みだ」
ミハイルに抱きしめられ、その心地良さに顔を擦り付ける。
「ん・・・」
「かわいい・・・」
(今、休みって言った?今日は・・・)
ドンッーーガバッーー
ミハイルを突き飛ばし、バッと起き上がる。
「仕事!!」
私に突き飛ばされたことが相当ショックだったみたいで、横で起き上がらないミハイルはうなだれている。
仕方がないので抱き起し、ミハイルの頭を胸元に寄せて頭を撫でる。
「崖から突き落とされた気分だ・・・」
「ごめんね、ミハイル」
ミハイルは嬉しそうに胸にうずくまると、顔を擦り寄せる。
「ずっとここにいたい」
「うーん」
「マールから抱きしめられるのは嬉しい」
「はいはい」
「あとキスもしたい」
「はーい」
「返事が適当す、っんむ」
ミハイルの顔を両手で包むとちゅっと軽くキスをして洗面所に行く。
後ろから、冷たすぎるぞ!と言われながら一緒に支度をする。
いつもより気合を入れて化粧をしながら、ヘアセットをしてもらう前に話しかけた。
「ねえ、今日はミハイルが好きな髪型にしてくれない?」
「分かった」
緩く巻かれたポニーテールになった。鏡越しに満足そうに微笑んでいるので、振り返ってお礼を言う。
「ああ、可愛い」
「ありがとう、ポニーテールが好きなんだね」
「今日のマールは輝いているな。このまま・・・」
閉じ込めてしまいそうなくらい腰に腕がまわされる。
(それは困る・・・なんとか・・・)
「ふふっ、今日は本当に一緒に本屋さんに行って大丈夫なの?忙しいんじゃない?」
「ああ、マールは気にしなくていい」
「じゃあ、デートだね」
「そうだな。こんなにも可愛い妻とデート出来るのが楽しみだ」
満面の笑みで朝食を準備してくると言って、部屋を出ていったミハイルを眺めた。
小さくため息をつきながら、ミハイルが買ってくれた服を着る。
ローブを脱いだらデート服になれるように組み合わせてみた。
(こうしないと、私は出かけられないのかな)
どんどん過剰になっていくような気がして、息が詰まりそうになる。
ミハイルとずっと一緒にいられるのは嬉しいが、私を1人にしないと強い意志を感じる。
(困ったな・・・本当に居場所がないや)
女子寮の鍵もなく、あの家に帰るのも許されず、自分の家では無い夫婦の寝室にずっといる。
朝日が差し込む広い部屋でポツンと指輪を眺めていると、ミハイルが嬉しそうにその手を取った。
「さあ、行こうか」
朝食を食べている時も、私に見蕩れたまま可愛いと言い続け、よほどデートが楽しみなのかミハイルはどんどん甘くなっていく。
家を出る前にどちらからともなくキスをすると、上機嫌で手を繋ぐミハイルと歩く。
そのオーラは花が飛んでいるようにも見えた。
「ミハイル、飛んでいきそうだね」
「そうするか?」
指を鳴らそうとする手を止める。
「今日の帰りは雨みたいだ。迎えに行く時に傘を持っていく」
「私も支援室に傘置いてるから、それ持っていくね」
花が散ったようにしょんぼりとしていた。
「もー!分かったよ!ミハイルの傘に入れてね」
また花が咲いたように笑うので、同じように微笑み返す。
(きっと・・・ミハイルの気持ちと、私の気持ちと、重さが違うんだね)
昔から私を好きだった彼の気持ちは日に日に大きくなっているのだろう。
彼の独占欲に押しつぶされそうになりながらも、大好きな手を握り返していた。
魔法支援室の前で別れ、部屋に入るとみんなに話しかけられる。
「昨日は凄かったね!」
「ええ、はい・・・」
「本物の王子様だったな~、僕は今日も睨まれたけど」
「すいません、毎日」
「まあ、仲が良くていいんじゃない!」
「もうすぐ結婚式じゃなかった?」
「はい・・・」
「みんなでお祝いするからな!」
「楽しみだね~」
「ありがとうございます」
席に着いたらアルノーも隣で笑っている。
「良かったですね、先輩」
「うん・・・ありがとう」
「今日は帰りにデートっすか?」
「そうだよ」
「なんか暗いっすね」
「アルノー昨日の髪型気に入ったんだ」
逃げ場のなさをみんなと話すとより実感してしまい、気分が落ち込んでしまう。
気持ちを切り替えるように、いつものように会話する事にした。
黒髪を耳にかけて露わになった切れ長の青い瞳と目が合う。
「似合ってるって言ってもらったんで」
「うん、いいと思うよ」
よく見えるようになった泣きボクロが目に入り、アルノーも私の泣きボクロを見ている。
その視線に気づき、サッと手で隠してしまった。
アルノーも一緒にサッと手で隠している。
「ふふっ同じ」
甘く微笑まれ、視線を逸らす。
「先輩!照れてないで早く仕事しないと、デート間に合わなくなるっすよ」
「ああ、ありがとう」
「今日雨なんすよね~、先輩の傘借りてもいいっすか」
「いつも通り好きなの持って行っていいよ」
「はーい」
支援室に置き傘を数本しており、こうしてみんなに貸していた。
「あ、これもうすぐ無くなりますね」
私達は同じ机を使ってるので、物品も共有している。
「前アルノーが買い足してくれたから、次は私が・・・」
(買いに行けるかな、ミハイルに言わないとね・・・)
「俺、帰りに買っときますよ」
暗くなりそうな気持ちに、アルノーがいつものように笑いかける。
「それより先輩!これ手伝ってください」
「はいはい」
アルノーと気を使わない会話をしながら仕事をしていくうちに、息が詰まっていた私はやっと呼吸ができた気がした。
「俺これ持つんで、先輩その資料持ってください」
出来上がった魔石を依頼されていた部署まで提出しに行く。
ポツポツと雨が降り出した王宮の廊下をアルノーと歩きながら、遠くにミハイルが歩いているのが見えた。
目が合っているのかは分からないが、ミハイルは立ち止まっている。
ミハイルの方に体を向けながらも、目を伏せる。
「逃げたいっすか」
ボソッとした声に顔を上げる。
「前に迎えに行くって言ったこと、嘘じゃないですよ。約束します」
「大丈夫だよ。もう十分過ぎるぐらいアルノーには助けて貰ってる。ありがとう」
「先輩が幸せそうな笑顔だったらそれでいいんすけどね」
「アルノー・・・」
「俺の気持ちを気にしてくれてるんすね。そんな顔させてしまって、ごめんなさい。俺が暗いと先輩も暗くなっちゃうじゃないですか。俺はいつも通りの先輩とこうして隣にいる方が好きなんで、気を使わないでください」
その青い瞳は私を映している。
「ほら、お昼間に合わなくなりますよ」
アルノーが歩いていくので、隣に追いつくように歩き出す。ミハイルはずっとこっちを見ていた気がした。
お昼になり研究室に入ろうとしたらそのまま扉が開いて、引き込まれるようにミハイルに壁に囲われる。
「ど、どうしたの」
見上げるとミハイルは私の泣きボクロを見ているようだ。
さっきと同じようにサッと手で隠すとすぐに掴まれる。
(怒ってる・・・)
じっくり泣きボクロを見ている視線に、動き出さないミハイルに困惑していると、甘くない唇が触れた。何も言わず手を引かれて、いつものテーブルに連れて行かれる。
(怖い・・・)
ため息が出そうになるのをグッと堪えて、隣で昼食を食べ始めた。
無言で食べ終えると、ミハイルが重く口を開く。
「マール、結婚しても仕事は続けたいんだったな」
「・・・そうだよ」
「僕の研究室に異動しないか」
「私には・・・無理だよ」
「君と僕の魔力だったら大丈夫だ。マールの魔力は強い。僕の傍でサポートして欲しい」
「私は・・・魔法支援室で働くのが、みんなが好きなんだよね」
「僕よりもか」
その言葉に固まる。
「なら僕が魔法支援室に異動しよう」
「国一番の魔力持ちが何言ってるのよ」
「増強魔法が使えることが何よりも羨ましいな。君の隣で働ける」
「そんな・・・ミハイルは魔法研究室じゃないと。この国を支えている凄い魔力持ちなんでしょう?」
「マールより大切なものはない」
(貴方はどこまでも私の居場所を奪うの・・・)
「ミハイルのことは好きだよ。でも支援室でする仕事も好きなの」
「そうか・・・悪かった」
窓に激しく打ち付ける雨の音を聞きながら、お互いの合わなくなった視線に、切り替えるように明るく話しかけた。
「ミハイル!今日は私達にとって楽しい日でしょ?」
「ああ、そうだ」
沈んているミハイルを抱きしめる。
「私から抱きしめられると嬉しいんだよね」
「マール・・・」
抱き締め返してくれた手に安堵し、背中を撫でる。
「いつもこうして、支え合おうね」
「そうだな。ありがとう、マール」
「こちらこそ、いつもありがとう。ミハイル」
寄り添い合いながら、一緒に雨の音を聞いていた。
定刻になり機嫌が戻ったミハイルの傘に入れてもらうと、これでは手が繋げない!と言いながら魔力でどうにかしようとするので、必死に止めながら本屋に到着する。
(本当にこの幼なじみは・・・はあ)
手を繋いで本屋を見回る。いつもとは違う場所に来たので、色々と目が惹かれてしまう。
(広いな~どこから行こうかな・・・)
とりあえず雑誌の棚に行くと、手を離して本を取った。
パラパラと捲っていると、ミハイルは私の後ろで顔を覗かせている。
「あの、近いよ」
「よく読める」
「ミハイルは別の雑誌見てくれたらいいじゃない」
「マールと同じがいい」
「もー、分かったよ。気になるのあったら教えて」
「ああ、かわいい」
本を見てるのか私を見てるのか分からない距離感に困りながらも、気になる内容を探す。
「旅行・・・」
ボソリと聞こえた言葉に手を止める。
「楽しかったか」
ミハイルの記憶にはないので、言葉に困る。
(どう言っても、傷付けるな・・・)
「初めて行った土地だからね。結婚したら、旅行はどうする?」
「マールと行きたい場所、沢山あるんだ」
「ふふっ、じゃあこれからが楽しみだね」
「ああ、昔から行きたい場所をため込んでいるから、全部行こう」
「それは・・・凄いことになりそうだね・・・」
気になる本を手に取ると、いつもの恋愛小説がある棚に行きたかった。
「あの、ここからはお互い好きな本を見に行かない?せっかくこんな大きい本屋さんに来てるんだし」
「そうだな」
その言葉にほっと安心すると、ミハイルの視線を感じながら目的の棚に向かう。
(わあ、種類も豊富だ。今度からこの本屋さんに来よう・・・ミハイルと)
小さくため息をつきながら、気になる所で足を止めて表紙を眺める。
じっと見ていると、隣からその本を取られ、ものすごい速さで恋愛小説を読んでいるミハイルがいた。
「あの・・・どうして」
「これが気になった」
「怖いよ。そんな速さで恋愛小説読んでる人見たことない」
「そうか」
気にせず読んでいるので、ミハイルを置いて別の棚へ向かう。
私が気になる本はミハイルの手に取られ、全て買っていくミハイルを横目に、諦めるように本屋を出た。
(ミハイルは私から絶対に離れないな・・・)
ザァアアアアアーーーー
強い雨の中、一緒の傘に入って帰っていた。
本屋のことは切り替え、いつものように話しながら歩いていると、ミハイルがぼんやりとしている。
その視線の先には、叶わなかったプロポーズをした場所が瞳に映っていた。
(あの時と同じ雨、同じ場所、同じ2人)
ミハイルにプロポーズをした時のことが頭を過ぎる。
あの時とは違い、ピアスをしていないミハイルを見上げた。
その表情を見て、分かってしまった。
貴方はずっと、この3ヶ月のことを知っていたんだ。
それでも私の気持ちを知りたくて、全部記憶も何もかも見たはずなのに、それでも・・・不安なんだ。
(この気持ち・・・伝わっていない)
何が、いけないんだろう。
どうして、信じてもらえないんだろう。
貴方の思い通りのはずなのに。
ずっと離れず貴方のそばに居るのに。
帰る場所だって、行きたい場所だって、職場だって、全て貴方の思い通りでないと気が済まないのだろうか。
自然と足を止めていたので、挫けそうな心を紛らわすように、傘を持つミハイルの手を掴む。
「濡れちゃうよ、行こう」
引っ張るように歩き出す。その足取りは重く、ミハイルにプロポーズした言葉を思い出した。
『元に戻ったミハイルと幸せに結婚しろって言うの?無理だよ・・・お互いまともに話したことないし、貴方とは見た目は同じでもまるで別人なんだよ。
ミハイルじゃないなら愛せないよ・・・』
きっとこの言葉を彼は思い浮かべているのだろう。
(私はちゃんと目の前の貴方を見ているのに、貴方はずっと、前の私を見ているんだね)
悲しさを背負うように、ただミハイルを引っ張った。
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仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
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