魔力を持つ人間は30歳までに結婚しないといけないらしい

ここりす

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75 宝物 ②

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あれから1人で料理に挑戦している。

ミハイルの言った通り1人では出かけず、王宮からすぐ側にある家に帰っている。
どこにも行けない私は夫婦の部屋で過ごすか、こうしてキッチンで料理をすることしか出来ない。


ミハイルは宝箱を開けるかのような笑顔で、キッチンの部屋に入ってくる。

「マール、ただいま」

「ミハイル、おかえり」

隣でニコニコと料理をしている手元を眺めるミハイルの頭を撫でた。

「お仕事お疲れ様」

撫でられて嬉しそうにしているミハイルから、いつものようにちゅっとキスをされる。

(今日も家から出てないから、上機嫌だな・・・)

帰ると真っ直ぐここに来るので、荷物も持ったままだ。

「ミハイル、もうすぐ出来るから。また後で呼びに行くよ」

「ああ、毎日夢みたいだ」

嬉しそうにもう一度キスをすると、素早くキッチンを出ていった。

彼がまた戻ってくる前に盛り付けに取りかかる。

少し焦げたお肉と、大きさの揃わない野菜スープをよそう。

(後はパンを添えて・・・うん、今日はこれぐらいでいいよね)

満足しながら持っていこうとしたら、すぐ後ろにミハイルがいた。

「マールの笑顔・・・かわいい」

「ふふっ、熱いうちに食べよう」

「今日も頑張ってくれたんだな、ありがとう」

ずっと顔を綻ばせているミハイルと夕食を食べる。

「まだ数日しかしてないけど、これからも夕食作るね」

「ありがとう、助かる」

「・・・そろそろ食材を買いに行きたんだけど」

「明日は定刻で帰るから、一緒に買いに行こう。それ以外の時は僕が買って帰る」

「分かった」

「マール・・・すまない」

「私がこの家に居るのが、いいんだよね」

家に居れば、ミハイルは上機嫌だ。

「ここが安全だからな」

「そうなんだ」

(ミハイルが笑顔なら、私はこれでいい・・・)



王宮でも仕事以外の時間はミハイルが居て、家に帰ってもミハイルと過ごす。外出していても当然ミハイルがいるので、私はもうどこにも動けない。

(はぁー・・・思っていたよりも、身動きが取れない)

日に日に彼の瞳は輝くのに、私の気持ちは映っているのか分からない。

そんな毎日の中、仕事をしているとユリアさんから呼び出された。

「上層部から、マールが魔法研究室に異動しないかと声がかかったわ」

その言葉に、手元の指輪を見る。

「私はマールが魔法支援室で働く姿を9年間見ているから、強くは言えない。マールは、どうしたい?」

「私は・・・」

「ちなみに彼はマールの意見を尊重すると言って突っぱねたそうよ。だからこっちに直接回って来たの」

(ミハイル・・・)

「マールの増強魔法と彼の魔力だと確かにこの国に貢献出来ると思うわ。だけど、マールの気持ちが大切よ」

「ユリアさん・・・」

「別に今までだってこの国はやって来れたもの。そこまで気負う必要は無いわ。それにマール、最近よくため息もついているし、何かあったの?」

「結婚・・・このままでいいと思っては、いるんですけど・・・」

「彼に恋に落ちたのでしょう?前は幸せそうに手を繋いで走って行ったじゃない」

「そう、なんですけど・・・」

「・・・そうね。マールの今の気持ち、わかるわ。私も結婚する時は不安だった。だけどそれ以上に一生を添い遂げたいと思ったから結婚したわ。今はその決断は間違ってなかったと思う」

彼のことは好きなのに、その決断には迷う気持ちが出てしまい、視線を落とす。

「マール。自分の幸せがあって、相手の幸せがあるのよ。マールは今、幸せ?」

(幸せ・・・だと思う)

「もう、アナタのこんな顔見ることないと思ってたけど、そんなに悩むのなら一度彼と結婚についてきちんと話し合うべきよ」

「はい・・・」

「王命だとしても、結婚するのはアナタ達なんだから」

宝物の指輪を強く握りしめる。

「とりあえず結婚してからでも異動は出来るのだし、返事は保留にしておくわね」

「すいません」

「いいのよ。こっちは気にしないでいいから、マールはこれからの事を考えて」

「はい・・・ありがとうございます」

(きっと、結婚したら魔法研究室に異動するのは確実だな)

深くため息をつくと、魔法支援室に戻った。



定刻になり魔法支援室から出ると、ぼーっと歩き出す。

(私の幸せ・・・ミハイルと結婚・・・)

王宮を出ると、家に帰ることしか出来ないので、立ち止まった。

(1人で・・・自分だけで考える居場所がほしい)

私はふと頭に過ぎり、ある場所へ足を向けた。


王宮の城へやって来ていた。ここへは一度来たことがある。

力強く扉を開け、中へと入る。

この部屋は、壁一面に本が天井高くまで並べられている王宮書庫だ。

王命で結婚する時に、ミハイルが言っていた特別報酬に含まれているもので、私も利用出来るらしく、魔法のかかったミハイルに案内してもらったことがある。

(やっぱりここは凄いな・・・)

豪華な内装にふかふかの絨毯。とてつもない広い空間に、緊張しながらも本を見渡す。

私は前に1度考えていた事を思い出していた。

(結婚・・・もしも・・・)

逃げ場を探すように本棚の通路を歩く。

これから先、結婚したら魔法研究室で一緒に働き、家からも出られず、どこに行くにしてもミハイルがついてくる。

彼と一緒に居られるのは嬉しいはずなのに、過剰すぎる愛情に結婚したらこれが一生続くのだと思うと、逃げる選択肢を探したくなってしまった。

悩みながらも、もし無くなった場合のことを考える。

この結婚は王命なので、きっと取り返しがつかなくなるだろう。

そのためにも、気になる本を探していた。

広い本棚からなんとか見つけ出し、窓際の席に着く。
閲覧用の机も広々としているので、落ち着かない私は部屋の端の席を選んだ。

そこから見える魔力塔の方を眺めながら、本を読む。
他国でも増強魔法の魔力持ちの希少性を知りたかったからだ。

(もし、結婚が無くなったら王宮では働けないだろうし、この国にも居られ無くなる・・・)

自分の居場所が無くなるのを想像しながら、今の居場所はミハイルに埋め尽くされている現実に、ため息をついた。

(貴方のことは好きなのに・・・上手くいかないね)

逃げられない現実から諦めるように本をパタンと閉じると、部屋を出ることにした。

(早く帰って、夕食作らないと)




重い扉を開けると、彼が立っていた。

(どうして・・・ここに・・・)

手を掴まれると、家へと歩き出す。

王宮書庫に居るなんて、普通だったら分からない。

私は、気付いてしまった。

(この指輪だったんだね・・・私の宝物、だったのに・・・)

握られている手の中にある指輪は、きっと私の居場所が分かるもの。
今までの行動だって、私がどこで誰と何をしていたかも、分かるようになっていたのかもしれない。

彼はその場に居ないのに、私の行動を把握していたかのように偶然が重なり続けていた。

今まで不自然に思っていたことが、全て腑に落ちた。

私の方へは向かず、足早く歩いている彼の後ろ姿を眺める。

(そこまでして私の全てを知っているのに、貴方は私の気持ちだけは知ってくれないんだね)

きっと私が読んでいた本のことも、バレているのだろう。どんな気持ちで私がその本を読んでいたのかも。

もう・・・心は・・・折れてしまいそうだ。

繋がれている手を見つめながら、彼に引っ張られていた。
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