魔力を持つ人間は30歳までに結婚しないといけないらしい

ここりす

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76 割れた音 ①

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家に帰ると、ミハイルとソファーに座ってる。

「あそこで何をしていた」

「全部知ってるでしょう。聞かなくたって」

「君の考えていることが知りたい」

「これだけ一緒にいて、行動も全て分かっていて、それでも知りたいの?」

「ああ、そうだ」

「酷いね、私の気持ちは知ってくれないのに」

「マール・・・」

「ミハイルはこのまま本当に結婚したいの?」

「ああ。マールと結婚したい。だから今日、結婚式の話をしようと思っていたんだ」

(結婚式・・・)

ミハイルから視線を外し、指輪を見る。

「前に半日休みを取っていただろう。あの時に神殿に行って、資料を取り寄せていたんだ」

ミハイルはずっと持ち歩いていたのか、鞄から資料が出てくる。
テーブルに並んだ結婚式のパンフレットに、沈む気持ちの私は視線を外す。

(ついに結婚式がやってくる・・・魔法にかかったミハイルと約束した結婚式が・・・)

「マールが綺麗に着飾ったドレス姿を見たくて・・・」

顔にかかった髪を耳にかけると、私の顔を見る。

「僕のも・・・マールに選んで欲しいんだ」

ミハイルの顔が見れなくてパンフレットに目を移すと、彼はそれを手に取り私に見せるようにページを捲っていく。

「マールとこうして一緒に決めるのが夢だったんだ」

内容が入ってこないページをぼーっと眺める。

「ミハイルは幸せなの」

「ああ、とても幸せだ」

顔を綻ばせキラキラと輝く笑顔に、塞ぎこむように目を伏せてしまう。

(ミハイルの幸せが、この笑顔が、・・・私の幸せ?)

愛する人の望んでいた姿、愛する人の幸せ。

なのに私の気持ちは満たされない。

心にヒビが入るような音がする。

(私は、今・・・)

「マール」

優しく、大切に彼の腕に包み込まれる。

愛おしい彼のあたたかさに抱きしめられている。

だけど私は、彼を抱きしめ返せなかった。

「マール・・・マールっ」

彼は腕の中で、私が合わせようとしない視線を合わせている。

その紫の瞳からポロポロと涙が流れている。

私は涙を流していないのに、頬を撫でられる。

震える声で、私を瞳に映している。

「君が、泣いていたら・・・涙を拭いたい」

「君が笑顔なら、僕はその隣で笑いたい」

「君が帰る家に、僕も帰りたい」

「君のお腹が空いたら、僕の料理を食べさせたい」

「君が眠る時は、夢で会えるまで手を繋いで眠りたい」

「君が辛い時は、その気持ちと一緒に抱きしめたい」

「君が幸せな時は、僕がその幸せを守り続けたい」

「たとえ運命の人でなくても、僕は君と結ばれたい」

その言葉に頷くことも、震える彼の体を抱きしめることも出来なかった。

離れていくミハイルの涙を拭うことも、彼を見つめることもしなかった。

「マール・・・あの時、僕に。魔法がとけた時に・・・僕と結婚すると言ってくれた君の言葉を・・・信じて・・・いるんだ」

もう一度私を抱きしめると、涙を流しながら彼は夕食になったら呼ぶと言って出ていってしまった。

パンフレットを視界に入れる気にもなれなくて、ソファーに横倒れると、天井を見つめる。

(貴方との約束・・・あの花畑で確かに誓ったのに)

今はあの時のように結婚したい気持ちになれなくて、この指輪も見れなくて、目を逸らしたい現実にただ目を瞑っていた。

私は、ミハイルに、今の幼なじみに結婚したいと言ったことは無かった。

私の気持ちが映らない瞳に、それ以上のことは伝えることができなかった。

(このままじゃ幸せにはなれない)

「マール、夕食を食べよう」

食べる気にもなれなくて、目を瞑ったまま呼ばれても動かない。
ミハイルは諦めることなく、逃がさないように私を抱き上げる。
彼に運ばれながらもミハイルの涙の跡を見て、また目を逸らした。

(ここから、逃げたいな・・・)

食卓に運ばれると、夕食を食べる。食べないとミハイルが口に運ぼうとするので、自分で食べていた。

もう今は、一緒に居る空間が辛い。

味のしない食事をしながら、隣から視線を感じる。

「マール、風呂から出たらもう一度話をしよう」

その言葉に頷くと、どうにかして今日をやり過ごすことを考えた。
きっと私を逃がさないようにお風呂から出るまでは話をしないつもりなのだろう。
今だって話を出来る時間なのに。

(明日、王宮を早退してでも逃げよう)

あのミハイルからどこまで逃げられるかも分からない。だけど一度、彼と距離を置きたかった。

(考える時間がもっと欲しい・・・)



お風呂からあがり、今日もキャミソールとショートパンツ姿で出るが、カーディガンを着せようとするミハイルの横を通り抜ける。
ベットに腰掛けて、彼の方をチラリと見ると、着せられなかったカーディガンを持ったまま俯いている。
その姿を見ていられなくて、背を向けるようにベットに横になると、お風呂の扉が閉まる音がした。

一点を見つめながらミハイルを待って、逃げることを考えていた。

(とりあえず、あの家に一度戻りたい)

この部屋から逃げる場所を探していると、机が目に入り自然と向かっていた。

もうあの家の棚と全て繋がっているのに、あれからもこの机だけは空っぽだった。

引き出しを開けると、私の机の棚と繋がっていた。

(やっと繋がった!!)

ずっと気になっていた棚を開ける。

しかしその棚は空っぽだ。

(ピアスの箱が・・・ミハイルから貰った物だけが・・・全てない)

呆然と見つめていると、ミハイルが後ろにいる気配がした。

振り返らずに、空っぽの棚を見る。

「必要な物は揃っていたか」

「分かってないな・・・本当に貴方は。いつまでもミハイルを好きだと思ってるんだね」

「必要な物は僕が全てプレゼントするから遠慮なく言ってくれ」

「もう、いい」

自然と涙が溢れてくる。

「もう、いや。私、結婚を「やめない」」

「結婚は絶対にやめない」

ミハイルの方に振り向くと、今までの思いを全てぶつける。

「貴方はずっと、私の気持ちを、私の好きを自分じゃないって思ってる」

「自分を通してミハイルだと、思ってる」

「私もミハイルのことを信じられてなかった。だから私の気持ちを信じられないのはわかる」

「貴方を傷付け過ぎた私は、許してもらえない気持ちも分かる」

「だから私は、今まで貴方が頑張ってくれた分、どんなことがあっても傍で支えようと思った」

「だけど貴方の瞳には私は映ってなかった」

「私がどれだけ傍に居ても、どれだけ好きと言っても、目の前の貴方を見ていないと思っているからでしょう」

「貴方だって目の前の私を見てない」

「もう、お互いこんなんじゃ無理だよ。結婚なんてできない」

「もう、私の気持ちなんて信じてもらえなくていい」

「ただ、目の前の貴方に幸せになって欲しい」

「だから、私とは一緒にいられない」

「マール、僕が全部悪かったんだ」

「貴方に幸せはなに?」

「マールのそばにいることだ」

「そばにいるから、今貴方はそんな顔をしてる。もう、見てられないの」

「魔法にかかった僕が悪いんだ。マール、すまなかった・・・だから、」

「魔法にかかって良かったんだよ」

「じゃあ、魔法にかかろう。だからそばに居させてくれ」

「違うよ・・・どうして分かってくれないの?それも含めてミハイル・エンリーなんでしょ!同じ人だって、貴方は何度も自分で言ってたじゃない!」

「ああ、全部僕が間違えていた。一生をかけて償うから、君のそばにいさせて欲しい」

「貴方の傍にいるってなに?私の隣に居るってこと?貴方がしてることは、私の自由を縛り付けてるだけ。どこにも行けない、私がすることは何も信じて貰えない」

「こんなの一生耐えられない!!」

「貴方も私も一緒にいるからこうして傷付いているんだよ。これが結婚することなの?夫婦はこうなの?結婚生活ってこんな毎日が続くことなの?」

「これが私達の幸せだって、本当に思ってるの?」

ミハイルは涙を流したまま動かなくなった。

「君を守りたいんだ」

「この状況が、マールを苦しめていることも分かっている。マールがそばに居てくれて僕は安心できるのに、君の表情は曇っていくのも分かっている」

「指輪だってこんなにも毎日魔力込めているのに・・・それでも足りないんだ」

「マールにはいつものような日常を送って欲しい。だけど君の笑顔を守ろうとすればするほど、マールの自由を奪ってしまう」

「足りない理由を伝えると、きっともう・・・元には戻れない。だから僕は君のそばから離れず守ることに決めたんだ。例えマールに嫌われたとしても」

「だから早く結婚して、君をちゃんと守れる立場になりたい」

「マールの気持ちも分かっているのに、素直に受け取れない僕は、君に嫌われ過ぎたのかもしれない」

「僕の幸せは、隣でマールの笑顔を見ることなんだ。このミハイル・エンリーが君の隣にいることを許して貰うことなんだ」

「マール、許してくれないか。僕が君のそばに居ることを」

「どうして・・・そこまでして守りたいの?もう十分過ぎるほど、守って貰ってるよ。今までの事は感謝してる」

「だけどもう、守ってもらわなくていい」

「マール!!!」

指輪を外そうとすると、力強くその手を掴み取られる。

「やめてよ!!離して!!!!」

「その指輪だけは・・・外さないでくれ」

ミハイルの表情は怒りではなく、怯えている。

「どうして・・・そんな顔をしてるの」

「君を縛りすぎた僕から、この結婚から逃げたいんだろう?あの家に帰りたいんだろう?だけどあの家ではマールを守りきれないから、この家にいて欲しいんだ。この指輪だって、最後に君を守るものなんだ」

「そこまでして、何に怯えてるの?」

「僕が傍にいなくても、指輪だけは外さないでくれ。お願いだ」

「どうでもいい・・・離して」

ミハイルを睨みつけると腕を掴む力が弱まり、彼を突き飛ばす。
とにかく逃げようと扉の方へ走り出すが、ミハイルが捕まえようとしているのが分かり、彼の手を避ける。

「来ないで!!」

手を避けると扉から逸れてしまい、ソファーの方へ走り出す。

「マール」

ソファーの周りをミハイルを避けながらぐるりと周りバルコニーの方へ向かう。ミハイルとの距離はどんどん縮まり、私を捕まえようとする手を必死に避けていた。

「逃がさない」

バルコニーのカーテンに手を伸ばした所で、背後から捕まる。

「捕まえた」

「グッ・・・ぐる、じいっ・・・いき・・・がぁッ・・・」

力いっぱい背後から抱きしめられ、息ができない。それでも離さないミハイルに苦しさからもがく様に抵抗する。

力が込められた腕に爪を立てる。肌に強くくい込み痛いはずなのに、力を緩めず私の顔に擦り寄っている。

「ふっ、絶対逃がさない」

「うぅぅう・・・はっ、はぁっ・・・やめ、てっ」

ミハイルの顔が擦り寄って来るのを避けながら、必死に呼吸をする。

「指輪は君を守るもの。指輪が無くても、僕はマールをどこまでも追いかける」

ミハイルの何かが壊れる音がした。

「マール、仲直りしよう」
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