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78 割れた音 ③
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私はベットに沈んでいる。
抵抗しすぎた力は、もう戻らない。
天井を見つめながら、ミハイルに沈められている。
指輪をはめた手を絡めながら、首を抱き上げ強く噛まれる。
ただ、私に跡を残すように、しっかりゆっくり肌に歯を沈めている。
噛み跡を愛おしそうに舐めると、私に甘いドロドロのキスをする。
何度も名前を呼ばれ、その度に噛み跡が全身に増えていく。
もうどれくらい噛まれたのかも、その度に肌が熱く痛むことも分からなくなってしまった。
「マール」
腕を掴まれると、二の腕に歯が沈んでいく。
絡める指からは指輪をなぞられている。
「このまま僕に愛されて」
「僕を受け入れて」
「僕と一生を添い遂げる」
「僕が必ず君を幸せにする」
もう両方の二の腕は噛み跡で埋めつくされている。涙と唾液でぐちゃくちゃになった頬を優しく撫でると、甘く息を吐いている。
「はあ、最高だ」
「マール、君は僕のものだ」
「僕だけのもの、誰にも渡さない」
「もう僕しか選べない・・・」
上半身のミハイルの跡を満足そうに眺めながら、足の方へぬくもりが移っていく。
内腿に舌を這わせて、噛み跡の上にまた歯を立てる。皮膚が薄いので、彼の動きに体はビクリと反応してしまう。
「僕のマール」
「こんなにも、僕の跡が付いてる」
「かわいい・・・」
もう片方の内腿にまた噛み跡を増やす。痛みに耐えるように絡めた指を握ると、嬉しそうにぎゅっと握り返される。
「離れないで」
「このまま僕とずっといて」
「逃げないで」
スリスリと肌に擦り寄ると、噛み跡を優しく舐めている。唾液が肌をたらりと落ちる感覚にゾワリと震えていると、熱い吐息がかかり体が大きく反応してしまう。
「・・・っぁ」
「はあ・・・愛おしいな」
(いつまで・・・どれだけ・・・続くの・・・)
眺めていた天井から、チラリとミハイルを見てまた視線を戻した。
「ん?・・・ああ、マールを寂しくさせてしまったな」
擦り寄せていた太ももから離れ、そこからミハイルの全身が乗っかり、圧迫されながら細く息をする。
「たくさん・・・構ってあげないと」
唇を指でなぞられながら、顎を掴まれゾクリと震える顔を捉えられてしまう。
「この唇も僕のもの」
隙間なくミハイルが密着すると、唇を塞がれた。
「ンーーーーー・・・んあっ」
力が抜けきった口を塞がれ、甘い唇に溺れる。
息の逃げ場が無くなり、声を漏らしながら口から空気を取り込む。すぐに舌が入り込み、さらに逃げ場を失いながらも鼻で必死に呼吸をしていた。
「も、くるしぃ、はンっ・・・んンっ、あッ」
ドロドロになりながら舌で私の口が埋め尽くされ、いやらしい音を立てながら舌で中を全て舐められる。
飲み込まれず溢れ出す唾液をじゅるりと舐め取り、嬉しそうに飲み込む音が聞こえている。私の口を吸い尽くしては舐め取り、飽きることなく舌が入り続けている。
「んぁっ・・・んんんっ・・・はぁ・・・」
深く絡み合った唇が離れ、意識が遠のきながら、くたりとしていると頭を優しく撫でながら蕩けるような顔でじっくりと私を眺めている。
「溶けてしまいそうな顔・・・かわいい」
無防備になった頬にキスをして、耳に唇が移る。乱れた髪を耳にかけると、ふっと甘く笑う吐息に体がビクリと跳ね、低い声が鼓膜に響いた。
「君は僕のもの」
指輪をしている手をグッと握られ、その力強さに怖くなり小さく震える。
耳を甘噛みされると、そこから舌が這う。舌の動きは優しいのに、手の力は強いので頭がおかしくなりそうだ。
耳がどんどん濡れていき、いやらしい音が聞こえる。
甘く震えてしまう感覚から逃げたいのに、ミハイルの重みが全身に絡みつき、どこにも逃げられず全てを受け止める体はビクリビクリと揺れてしまう。
「気持ちいい?」
逸らしている顔に熱い視線を感じるが、フルフルと首を振る。
「ん、じゃあもっとだな」
耳に熱い吐息がかかるように囁かれると、両手に絡む指をぎゅっと握られ、首筋を食べられる。
「ンンっ!!あっ・・・」
噛まれた跡を口に含まれ、熱い舌がなぞる。
噛み跡にじわりと舌の動きが染み込み、その優しい痛みに声が漏れてしまう。
「ああっ・・・ンっ」
(肌が、びりびり、する・・・)
首筋にいる彼の口角が上がると、噛まれた場所を次々と食べられていく。
「んんっ、あっ・・・はあッ」
もう首は彼の唾液でドロドロになり、肌の熱い痛みを再び感じていると、ミハイルの唇が戻ってくる。
「僕の唇も寂しい」
唇がかすりそうなほど近いミハイルを見つめて、受け入れるように瞳を閉じると、唇が重なる。
ふっと笑う吐息を吐きながら、柔らかい唇を何度も角度を変えて味わっている。
「はあ・・・マールッ」
キスで溶けきった私の顔を見て、興奮している彼がシャツをバサリと脱ぐ。私を押しつぶすように抱きしめると、熱い体温が私の肌に密着する。
ミハイルの匂いが濃くなり、頭がクラクラしながら肌に擦り寄っている彼から顔を逸らす。
「僕にも跡を付けて」
逸らしている顔をミハイルの首元まで掴まれると、唇が触れる。
どこまでも逃げられない私は、彼の言われた通りに動くしか無かった。
唇を動かすと彼がピクりと動くが、熱い肌から匂いを取り込むように歯を立てて強く噛み付く。
「ああ・・・たまらない」
噛み付いている私の頭を撫でながら、ミハイルの体は甘く震えている。
「もっと、して・・・欲しい」
噛み付いている場所から、さらに深く歯を立てる。肌に歯が入り込んで、ミハイルの血の味が口の中に広がる。それでも口を離さず、唾液と一緒に飲み込みながら、噛み付いてた。
「ああッ・・・」
深く噛まれてビクリと大きく体が反応すると、痛みから私を離さないように頭を抱きかかえている。
「僕の血が・・・マールの中に・・・」
その言葉に歯を離すが、抱えられているので離れられない。
「僕も、欲しいな・・・」
ミハイルの噛み跡は強く残っているが、肌に深い跡があるだけで、血は出ていなかった。
恐怖で動かせない首を振る。そこから顔を覗き込まれ、歪んだ笑顔で私を捉えていた。
「どんな、味がするんだろう」
「ぃ・・・いやァ」
私の首を眺めている甘い顔が涙で滲んでいく。血を吸い尽くされそうな瞳に縋るように彼を見つめた。
「おねッ・・・がい・・・ぅうっ」
「ふっ・・・その顔、たまらなく可愛いな・・・」
一気に表情が笑顔に変わり、そこから涙を舐めている。唇ですくいあげては、ペロリと舐めている。
「まだ欲しい」
そこから持ち上げられひっくり返り、ミハイルの上に全身が乗っかる。
「これは・・・いいな。マールから逃げられない」
私の体温に体が絡みつくと、嬉しそうに顔が綻んでいる。
「はあ・・・、やわらかい・・・」
上に乗っかる私を満足するまで抱きしめると、そこから腰に腕がまわり、顎を掴まれている。しなやかな指が口の中に割って入り、ぐじゅりと音が鳴って身をたじろぐ。
「マールから、欲しい」
私の下で待っているミハイルに目を合わせ、震える声を絞り出す。
「くち、・・・あけ、て・・・」
その言葉に口角を上げると、艶かしい表情で口を開けて私を眺めている。
ミハイルの口に落とすように、舌を出して唾液をタラりと垂らす。
ミハイルも舌で受け止めると、幸せそうに喉を動かして飲み込んでいる。
「ンっ・・・美味しい・・・全部、欲しい」
恍惚とした表情で私が垂らす唾液を全て飲み終えると、キスをして欲しそうに唇を熱く眺めている。
その視線に応えるように、出したままの舌を絡めた。
なくなってしまった唾液を送り込むように口の中に液体が溜まっていく。零れる唾液を飲みながら唇を離すと、興奮しきったミハイルと目が合う。
その表情に怖くなり彼の上から退こうとすると、腰を持ち上げられ抱き締められてしまう。
力に勝てず彼に倒れ込んでしまい、押しつぶされるように胸に顔を埋めていた。
「はあッ・・・マールっ・・・」
「毎日、してくれるんだろう」
嬉しそうに埋もれる顔の感触に反応するのを堪えていると、キャミソールの中に手が入り、背中を指が滑る。
ビクリと大きく揺れる体に、胸の間から楽しそうな声が聞こえた。
「ふっ、たまらない・・・」
指の動きはいやらしくなり、声を堪えて体を揺らす。息の荒くなったミハイルにガバリと一緒に抱き起こされると、私を持ち上げ谷間に歯が立てられる。
「柔らかいな・・・もっと・・・」
谷間から鎖骨にかけて、甘く噛みつかれる。先ほどの痛みとは違い、肌に歯が触れる度にぞわりと体が震えてしまう。
「んっ、気持ちいいんだな」
甘く震える感覚から逃げようとしたら、太ももに指が触れる。ゆっくりと上に滑らせ、その指の熱さに腰が揺れてしまう。
「感じてる・・・声が聞きたい」
顎をガシリと捕まれ、自然と開いた口に舌がねじ込まれる。その隙間から我慢していた声が漏れてしまう。
「っあ・・・ん」
「んっ・・・もっと」
唇を食べながら、口角をあげている。私が声を漏らす度により舌の動きは深まる。太ももを這う手を押しのけるように掴んでいると、嬉しそうに唇が離れた。
「マール、もう諦めてくれ。僕からは逃げられない」
そこからドサリと押し倒され、谷間のホクロを強く吸われながら、キャミソールに手が入る。
「はあっ、ああっマール・・・・」
指の動きに反応しながらも、ぎゅっと目を瞑って息を止めた。
「・・・・・・マール」
ミハイルも動きをピタリと止める。
「また、僕は・・・君に嫌われてしまったんだな・・・」
ゆっくりと目をあけると、胸元から離れ私の両手をベットに沈める。
私を逃がすつもりのない彼の腕の力を感じながら、悲しそうに金の瞳が私を捉えていた。
「マール、仲直りがしたい。君と両思いだと分かって自分の気持ちが抑えられなかった。本当にすまない・・・今日はもう、これ以上はしない」
「傷付けてしまって、本当に悪かった。全部僕のせいだ・・・」
辛そうな声が聞こえるが、私は彼を瞳に映さない。
「いつものように、今日も隣で手を繋いで眠ることは許してもらえるだろうか・・・」
「君は怒っているかもしれないが、明日も隣で一緒に過ごしたい」
「すまなかった。マール・・・僕を見てくれないか」
「僕の・・・名前を呼んで欲しい」
「マール・・・マールっ」
「君が、好きだ」
押さえている手は強いのに、私の気持ちを確認するかのような視線で瞳を覗き込みながら唇が触れる。
ーーーガリッ
優しい唇に噛み付くと、悲しさに満たされた表情で離れていく血が滲む唇をぼんやりと眺めた。
不安に揺れる瞳は彼を見ていない私の表情を映し出す。
「マール・・・」
「僕はもう、マールのぬくもりが無いと眠れない」
「マールの匂いがないと、落ち着かない」
「愛おしい声で名前を呼んでもらわないと息ができない」
「マールのおかげで、僕の人生は変わったんだ」
「マールといると心から笑うことが出来る、マールを見ているだけで幸せになれる」
「僕はもう・・・マールがいないと・・・生きて、いけない・・・」
金の瞳からポタリ、ポタリと私の顔に雫が落ちてくる。
私の心に訴えかけるミハイルを捉えた。
「マールっ・・・!」
やっと私と目が合って、心から嬉しそうに顔が綻んでいる。
腕を解き一緒に起き上がると、顔を包み込まれている。
金の瞳は涙で潤み、星が輝くように美しい。
「マールはもう、結婚したくない?」
「僕ともう・・・一緒に居たくない?」
私を包み込む体温、彼の手、彼の匂い。
今この姿全てが愛おしい。
「ミハイル」
名前を呼ばれてキラキラとした笑顔で私を抱きしめている。
「マール」
歯型が付いた腕を愛でるように撫でられながら、顔に甘く擦り寄っている。私もそっと手をまわし、甘える彼の肌を撫でた。
「君を愛してる、心から」
その言葉を聞いて、ぎゅっと愛おしい体を抱きしめると、ゆっくり押し倒す。ミハイルはベットに沈むと、腕を解き私が動き出すのを待っている。
それは、私の選択を待っているように。
あたたかい肌から起き上がると、ミハイルの顔を見つめる。気持ちを込めて微笑むと、ミハイルも優しく微笑み返してくれる。
「ミハイル、愛してる。心から」
潤む瞳を輝かせ、私の言葉を受け取っている。
「ミハイル」
「マール」
お互いの名前を呼びながら、蕩けるような彼の顔を包むと、唇に近付く。
「だけど、私はこの結末を選ばない」
口付けをしながら、ミハイルに拘束魔法をかけた。甘く見つめ合っていた瞳は、元の色に戻っていく。紫の瞳は輝きを失い、ただ涙だけが流れている。
絶望に包まれたミハイルを眺めながら、切ない唇をちゅっと離した。
涙を流す彼の髪を撫でると、あたたかい体温からそっと退く。
彼ならきっと私の拘束魔法なんて簡単に解ける。
ベットから降りようとしても、もうどこも掴まれない。
床に足を付けて、倒れそうになりながらもしっかりと歩き出す。
私はローブを目指して歩いていた。
ゆっくり、1歩ずつベットから離れていく。
私もミハイルの選択を待つように。
ローブのポケットに手が触れたところで、ミハイルの体温が背中に当たる。
「行かないで、くれ・・・」
「そんなに私を縛りたいなら、ミハイルも拘束魔法でも、魔力の鎖でも使えばいいよ。貴方の魔力に私は勝てないのだから。そのまま人形のようになった私を愛せばいい」
「そうしたら、もう私は貴方から離れられない」
「マール・ダレロワは貴方のものだよ」
今までだって、彼はその魔法は使わなかった。使えば簡単の私を縛り付けられるのに、それだけはしなかった。
それはきっと、私の気持ちを、私の心を欲しかったんだ。
彼の体温が離れずに震えている。
私も動かず、そのあたたかさをじっと感じていた。
どれだけ待っても、それでもミハイルは私を拘束する魔法は使わなかった。
不器用な彼の選択に顔を俯かせ、ポケットに手を入れた。
「ごめんね」
ーーーパリンッ!
動かなくなったミハイルの方へ振り向くと、涙を拭う。
「これが私達の幸せじゃないって、貴方だって分かっているでしょう?」
彼の表情を瞳に映す。
見ていられないほど傷付いた彼の顔を目を逸らさずに見つめる。
自分の選んだ選択に、胸が張り裂けそうなくらい痛い。
「ミハイル」
「っ・・・まっ・・・マー、ルッ・・・」
拭いきれないほどの涙を流すミハイルの手を引き、再びベット中に一緒に座る。
脱いだシャツを着せられ、ボタンを止めている私を眺めている。
ポタポタと涙を流しながら、ミハイルは何度も私の名前を呼んでいる。
私もそれに応えるように、彼の名前を呼んだ。
「ミハイル」
震える彼をベットに優しく寝かせる。ミハイルは直ぐに私の方へ体を向けた。
私も隣に向かい合って横になる。
涙を流しすぎて赤くなった目を包むように撫でた。潤む瞳で私を見つめて、その手を上からぎゅっと握っている。
「・・・っマール・・・マールッ、・・・マール!」
指輪を握るように触れられながら、涙が零れる瞳にキスを落とす。
「あい、して・・・ーーーー」
私を見つめながら涙を流していた瞳はゆっくり閉じると、最後にポタリと顔から流れ落ちていた。
さっき割った魔石は、自分に増強魔法をかける特別な魔石だ。
(これだけは使いたくなかった・・・)
閉じた瞳から涙が伝っているミハイルを抱きしめながら、仰向けにする。
「ミハイル、ごめんね」
ほとんどの魔力を使って彼を眠らせていた。
「ごめんね・・・貴方を愛してる」
大好きな左手を取ると、薬指にキスを落とす。
最後にぎゅっと手を握り、ミハイルを眺めた。
(私も貴方が、好きよ。ミハイル)
そこから退くと、ベットから降りて走り出す。
ローブだけ羽織りキャミソール姿を隠すと、部屋の扉へ向かった。
ーーーガチャガチャッ!ガチャガチャガチャ・・・
しっかりと施錠されていて、びくりともしない。
(やっぱり・・・だけど早くしないと・・・)
増強魔法を使っても、彼を眠らせるのは長くは持たない。
それでも私は逃げ出そうとしていた。
(どうにか、ここから出たい・・・)
彼が目覚めた時、私がここにいたらどうなるか、想像できない恐怖に震えながらもドアノブを強く握る。
(どうしよう・・・どうしよう・・・どうしーーー)
ーーコツンッ
バルコニーに何かが当たる音がした。急いでそこへ向かいカーテンを開けると、家の外にはアルノーが見える。
『逃げたい?』
遠くにいる彼の口の動きはそう見えた。
ガラスに張り付きながらも、ミハイルが寝ているベットを見る。
バルコニーの扉も固く閉ざされているので、もう一度アルノの方へ視線を向けた。
じっと私を見て、待っている。
「ごめん、なさい・・・」
躊躇しながらも彼に顔を向け頷く。
アルノー姿が消えたかと思うと、すぐさま浮遊して一気にこちらに向かって来ている。
ーーーーバチバチッ!バチバチバチバチ!
激しい音を立てて結界を破るようにバルコニーへ降り立つ。
一瞬体が固まっていたように見えたが、サッと動き出し顔を上げると、ニコリと笑っている。
呆然とその姿を眺めているとガラス越しに彼の手が触れ、カチリと音がした。
バルコニーの鍵が・・・開いている。
ガラスから手を合わせて離さない彼は、私が出てくるのを待っている。
私を見つめる青い瞳から目を離し、眠っている愛おしい彼を眺めた。
(ミハイル・・・)
この部屋から出たいはずなのに、彼からも結婚からも逃げたいはずなのに、本当にここから出ていいのかと自分の気持ちに引き止められる。
(だけど、このままだと・・・)
涙が出そうになるのをグッと堪え、自分の選択に従うようにミハイルから視線を外した。
もう一度バルコニーの方へ向くと、目の前の彼はいつもの後輩の表情をしていなかった。
その表情に驚き、恐る恐るガラスから手を離す。
青い瞳にじっと捉えられながらも、一歩ずつ歩いてバルコニーの扉を開けた。
ーーーガチャ
すると外の空気が一気にふわりと部屋に入り込む。
思わず目を閉じて体を包み込む夜風を吸っていると、私と同じ香りがする。
パッと目を開けると、目の前に彼が移動していた。
扉の外で待っている彼に向けて、ゆっくりバルコニーへ踏み出す。
そこには夜に溶け込むように、黒に染まった服を纏うアルノーがいた。
「迎えに来ました」
抵抗しすぎた力は、もう戻らない。
天井を見つめながら、ミハイルに沈められている。
指輪をはめた手を絡めながら、首を抱き上げ強く噛まれる。
ただ、私に跡を残すように、しっかりゆっくり肌に歯を沈めている。
噛み跡を愛おしそうに舐めると、私に甘いドロドロのキスをする。
何度も名前を呼ばれ、その度に噛み跡が全身に増えていく。
もうどれくらい噛まれたのかも、その度に肌が熱く痛むことも分からなくなってしまった。
「マール」
腕を掴まれると、二の腕に歯が沈んでいく。
絡める指からは指輪をなぞられている。
「このまま僕に愛されて」
「僕を受け入れて」
「僕と一生を添い遂げる」
「僕が必ず君を幸せにする」
もう両方の二の腕は噛み跡で埋めつくされている。涙と唾液でぐちゃくちゃになった頬を優しく撫でると、甘く息を吐いている。
「はあ、最高だ」
「マール、君は僕のものだ」
「僕だけのもの、誰にも渡さない」
「もう僕しか選べない・・・」
上半身のミハイルの跡を満足そうに眺めながら、足の方へぬくもりが移っていく。
内腿に舌を這わせて、噛み跡の上にまた歯を立てる。皮膚が薄いので、彼の動きに体はビクリと反応してしまう。
「僕のマール」
「こんなにも、僕の跡が付いてる」
「かわいい・・・」
もう片方の内腿にまた噛み跡を増やす。痛みに耐えるように絡めた指を握ると、嬉しそうにぎゅっと握り返される。
「離れないで」
「このまま僕とずっといて」
「逃げないで」
スリスリと肌に擦り寄ると、噛み跡を優しく舐めている。唾液が肌をたらりと落ちる感覚にゾワリと震えていると、熱い吐息がかかり体が大きく反応してしまう。
「・・・っぁ」
「はあ・・・愛おしいな」
(いつまで・・・どれだけ・・・続くの・・・)
眺めていた天井から、チラリとミハイルを見てまた視線を戻した。
「ん?・・・ああ、マールを寂しくさせてしまったな」
擦り寄せていた太ももから離れ、そこからミハイルの全身が乗っかり、圧迫されながら細く息をする。
「たくさん・・・構ってあげないと」
唇を指でなぞられながら、顎を掴まれゾクリと震える顔を捉えられてしまう。
「この唇も僕のもの」
隙間なくミハイルが密着すると、唇を塞がれた。
「ンーーーーー・・・んあっ」
力が抜けきった口を塞がれ、甘い唇に溺れる。
息の逃げ場が無くなり、声を漏らしながら口から空気を取り込む。すぐに舌が入り込み、さらに逃げ場を失いながらも鼻で必死に呼吸をしていた。
「も、くるしぃ、はンっ・・・んンっ、あッ」
ドロドロになりながら舌で私の口が埋め尽くされ、いやらしい音を立てながら舌で中を全て舐められる。
飲み込まれず溢れ出す唾液をじゅるりと舐め取り、嬉しそうに飲み込む音が聞こえている。私の口を吸い尽くしては舐め取り、飽きることなく舌が入り続けている。
「んぁっ・・・んんんっ・・・はぁ・・・」
深く絡み合った唇が離れ、意識が遠のきながら、くたりとしていると頭を優しく撫でながら蕩けるような顔でじっくりと私を眺めている。
「溶けてしまいそうな顔・・・かわいい」
無防備になった頬にキスをして、耳に唇が移る。乱れた髪を耳にかけると、ふっと甘く笑う吐息に体がビクリと跳ね、低い声が鼓膜に響いた。
「君は僕のもの」
指輪をしている手をグッと握られ、その力強さに怖くなり小さく震える。
耳を甘噛みされると、そこから舌が這う。舌の動きは優しいのに、手の力は強いので頭がおかしくなりそうだ。
耳がどんどん濡れていき、いやらしい音が聞こえる。
甘く震えてしまう感覚から逃げたいのに、ミハイルの重みが全身に絡みつき、どこにも逃げられず全てを受け止める体はビクリビクリと揺れてしまう。
「気持ちいい?」
逸らしている顔に熱い視線を感じるが、フルフルと首を振る。
「ん、じゃあもっとだな」
耳に熱い吐息がかかるように囁かれると、両手に絡む指をぎゅっと握られ、首筋を食べられる。
「ンンっ!!あっ・・・」
噛まれた跡を口に含まれ、熱い舌がなぞる。
噛み跡にじわりと舌の動きが染み込み、その優しい痛みに声が漏れてしまう。
「ああっ・・・ンっ」
(肌が、びりびり、する・・・)
首筋にいる彼の口角が上がると、噛まれた場所を次々と食べられていく。
「んんっ、あっ・・・はあッ」
もう首は彼の唾液でドロドロになり、肌の熱い痛みを再び感じていると、ミハイルの唇が戻ってくる。
「僕の唇も寂しい」
唇がかすりそうなほど近いミハイルを見つめて、受け入れるように瞳を閉じると、唇が重なる。
ふっと笑う吐息を吐きながら、柔らかい唇を何度も角度を変えて味わっている。
「はあ・・・マールッ」
キスで溶けきった私の顔を見て、興奮している彼がシャツをバサリと脱ぐ。私を押しつぶすように抱きしめると、熱い体温が私の肌に密着する。
ミハイルの匂いが濃くなり、頭がクラクラしながら肌に擦り寄っている彼から顔を逸らす。
「僕にも跡を付けて」
逸らしている顔をミハイルの首元まで掴まれると、唇が触れる。
どこまでも逃げられない私は、彼の言われた通りに動くしか無かった。
唇を動かすと彼がピクりと動くが、熱い肌から匂いを取り込むように歯を立てて強く噛み付く。
「ああ・・・たまらない」
噛み付いている私の頭を撫でながら、ミハイルの体は甘く震えている。
「もっと、して・・・欲しい」
噛み付いている場所から、さらに深く歯を立てる。肌に歯が入り込んで、ミハイルの血の味が口の中に広がる。それでも口を離さず、唾液と一緒に飲み込みながら、噛み付いてた。
「ああッ・・・」
深く噛まれてビクリと大きく体が反応すると、痛みから私を離さないように頭を抱きかかえている。
「僕の血が・・・マールの中に・・・」
その言葉に歯を離すが、抱えられているので離れられない。
「僕も、欲しいな・・・」
ミハイルの噛み跡は強く残っているが、肌に深い跡があるだけで、血は出ていなかった。
恐怖で動かせない首を振る。そこから顔を覗き込まれ、歪んだ笑顔で私を捉えていた。
「どんな、味がするんだろう」
「ぃ・・・いやァ」
私の首を眺めている甘い顔が涙で滲んでいく。血を吸い尽くされそうな瞳に縋るように彼を見つめた。
「おねッ・・・がい・・・ぅうっ」
「ふっ・・・その顔、たまらなく可愛いな・・・」
一気に表情が笑顔に変わり、そこから涙を舐めている。唇ですくいあげては、ペロリと舐めている。
「まだ欲しい」
そこから持ち上げられひっくり返り、ミハイルの上に全身が乗っかる。
「これは・・・いいな。マールから逃げられない」
私の体温に体が絡みつくと、嬉しそうに顔が綻んでいる。
「はあ・・・、やわらかい・・・」
上に乗っかる私を満足するまで抱きしめると、そこから腰に腕がまわり、顎を掴まれている。しなやかな指が口の中に割って入り、ぐじゅりと音が鳴って身をたじろぐ。
「マールから、欲しい」
私の下で待っているミハイルに目を合わせ、震える声を絞り出す。
「くち、・・・あけ、て・・・」
その言葉に口角を上げると、艶かしい表情で口を開けて私を眺めている。
ミハイルの口に落とすように、舌を出して唾液をタラりと垂らす。
ミハイルも舌で受け止めると、幸せそうに喉を動かして飲み込んでいる。
「ンっ・・・美味しい・・・全部、欲しい」
恍惚とした表情で私が垂らす唾液を全て飲み終えると、キスをして欲しそうに唇を熱く眺めている。
その視線に応えるように、出したままの舌を絡めた。
なくなってしまった唾液を送り込むように口の中に液体が溜まっていく。零れる唾液を飲みながら唇を離すと、興奮しきったミハイルと目が合う。
その表情に怖くなり彼の上から退こうとすると、腰を持ち上げられ抱き締められてしまう。
力に勝てず彼に倒れ込んでしまい、押しつぶされるように胸に顔を埋めていた。
「はあッ・・・マールっ・・・」
「毎日、してくれるんだろう」
嬉しそうに埋もれる顔の感触に反応するのを堪えていると、キャミソールの中に手が入り、背中を指が滑る。
ビクリと大きく揺れる体に、胸の間から楽しそうな声が聞こえた。
「ふっ、たまらない・・・」
指の動きはいやらしくなり、声を堪えて体を揺らす。息の荒くなったミハイルにガバリと一緒に抱き起こされると、私を持ち上げ谷間に歯が立てられる。
「柔らかいな・・・もっと・・・」
谷間から鎖骨にかけて、甘く噛みつかれる。先ほどの痛みとは違い、肌に歯が触れる度にぞわりと体が震えてしまう。
「んっ、気持ちいいんだな」
甘く震える感覚から逃げようとしたら、太ももに指が触れる。ゆっくりと上に滑らせ、その指の熱さに腰が揺れてしまう。
「感じてる・・・声が聞きたい」
顎をガシリと捕まれ、自然と開いた口に舌がねじ込まれる。その隙間から我慢していた声が漏れてしまう。
「っあ・・・ん」
「んっ・・・もっと」
唇を食べながら、口角をあげている。私が声を漏らす度により舌の動きは深まる。太ももを這う手を押しのけるように掴んでいると、嬉しそうに唇が離れた。
「マール、もう諦めてくれ。僕からは逃げられない」
そこからドサリと押し倒され、谷間のホクロを強く吸われながら、キャミソールに手が入る。
「はあっ、ああっマール・・・・」
指の動きに反応しながらも、ぎゅっと目を瞑って息を止めた。
「・・・・・・マール」
ミハイルも動きをピタリと止める。
「また、僕は・・・君に嫌われてしまったんだな・・・」
ゆっくりと目をあけると、胸元から離れ私の両手をベットに沈める。
私を逃がすつもりのない彼の腕の力を感じながら、悲しそうに金の瞳が私を捉えていた。
「マール、仲直りがしたい。君と両思いだと分かって自分の気持ちが抑えられなかった。本当にすまない・・・今日はもう、これ以上はしない」
「傷付けてしまって、本当に悪かった。全部僕のせいだ・・・」
辛そうな声が聞こえるが、私は彼を瞳に映さない。
「いつものように、今日も隣で手を繋いで眠ることは許してもらえるだろうか・・・」
「君は怒っているかもしれないが、明日も隣で一緒に過ごしたい」
「すまなかった。マール・・・僕を見てくれないか」
「僕の・・・名前を呼んで欲しい」
「マール・・・マールっ」
「君が、好きだ」
押さえている手は強いのに、私の気持ちを確認するかのような視線で瞳を覗き込みながら唇が触れる。
ーーーガリッ
優しい唇に噛み付くと、悲しさに満たされた表情で離れていく血が滲む唇をぼんやりと眺めた。
不安に揺れる瞳は彼を見ていない私の表情を映し出す。
「マール・・・」
「僕はもう、マールのぬくもりが無いと眠れない」
「マールの匂いがないと、落ち着かない」
「愛おしい声で名前を呼んでもらわないと息ができない」
「マールのおかげで、僕の人生は変わったんだ」
「マールといると心から笑うことが出来る、マールを見ているだけで幸せになれる」
「僕はもう・・・マールがいないと・・・生きて、いけない・・・」
金の瞳からポタリ、ポタリと私の顔に雫が落ちてくる。
私の心に訴えかけるミハイルを捉えた。
「マールっ・・・!」
やっと私と目が合って、心から嬉しそうに顔が綻んでいる。
腕を解き一緒に起き上がると、顔を包み込まれている。
金の瞳は涙で潤み、星が輝くように美しい。
「マールはもう、結婚したくない?」
「僕ともう・・・一緒に居たくない?」
私を包み込む体温、彼の手、彼の匂い。
今この姿全てが愛おしい。
「ミハイル」
名前を呼ばれてキラキラとした笑顔で私を抱きしめている。
「マール」
歯型が付いた腕を愛でるように撫でられながら、顔に甘く擦り寄っている。私もそっと手をまわし、甘える彼の肌を撫でた。
「君を愛してる、心から」
その言葉を聞いて、ぎゅっと愛おしい体を抱きしめると、ゆっくり押し倒す。ミハイルはベットに沈むと、腕を解き私が動き出すのを待っている。
それは、私の選択を待っているように。
あたたかい肌から起き上がると、ミハイルの顔を見つめる。気持ちを込めて微笑むと、ミハイルも優しく微笑み返してくれる。
「ミハイル、愛してる。心から」
潤む瞳を輝かせ、私の言葉を受け取っている。
「ミハイル」
「マール」
お互いの名前を呼びながら、蕩けるような彼の顔を包むと、唇に近付く。
「だけど、私はこの結末を選ばない」
口付けをしながら、ミハイルに拘束魔法をかけた。甘く見つめ合っていた瞳は、元の色に戻っていく。紫の瞳は輝きを失い、ただ涙だけが流れている。
絶望に包まれたミハイルを眺めながら、切ない唇をちゅっと離した。
涙を流す彼の髪を撫でると、あたたかい体温からそっと退く。
彼ならきっと私の拘束魔法なんて簡単に解ける。
ベットから降りようとしても、もうどこも掴まれない。
床に足を付けて、倒れそうになりながらもしっかりと歩き出す。
私はローブを目指して歩いていた。
ゆっくり、1歩ずつベットから離れていく。
私もミハイルの選択を待つように。
ローブのポケットに手が触れたところで、ミハイルの体温が背中に当たる。
「行かないで、くれ・・・」
「そんなに私を縛りたいなら、ミハイルも拘束魔法でも、魔力の鎖でも使えばいいよ。貴方の魔力に私は勝てないのだから。そのまま人形のようになった私を愛せばいい」
「そうしたら、もう私は貴方から離れられない」
「マール・ダレロワは貴方のものだよ」
今までだって、彼はその魔法は使わなかった。使えば簡単の私を縛り付けられるのに、それだけはしなかった。
それはきっと、私の気持ちを、私の心を欲しかったんだ。
彼の体温が離れずに震えている。
私も動かず、そのあたたかさをじっと感じていた。
どれだけ待っても、それでもミハイルは私を拘束する魔法は使わなかった。
不器用な彼の選択に顔を俯かせ、ポケットに手を入れた。
「ごめんね」
ーーーパリンッ!
動かなくなったミハイルの方へ振り向くと、涙を拭う。
「これが私達の幸せじゃないって、貴方だって分かっているでしょう?」
彼の表情を瞳に映す。
見ていられないほど傷付いた彼の顔を目を逸らさずに見つめる。
自分の選んだ選択に、胸が張り裂けそうなくらい痛い。
「ミハイル」
「っ・・・まっ・・・マー、ルッ・・・」
拭いきれないほどの涙を流すミハイルの手を引き、再びベット中に一緒に座る。
脱いだシャツを着せられ、ボタンを止めている私を眺めている。
ポタポタと涙を流しながら、ミハイルは何度も私の名前を呼んでいる。
私もそれに応えるように、彼の名前を呼んだ。
「ミハイル」
震える彼をベットに優しく寝かせる。ミハイルは直ぐに私の方へ体を向けた。
私も隣に向かい合って横になる。
涙を流しすぎて赤くなった目を包むように撫でた。潤む瞳で私を見つめて、その手を上からぎゅっと握っている。
「・・・っマール・・・マールッ、・・・マール!」
指輪を握るように触れられながら、涙が零れる瞳にキスを落とす。
「あい、して・・・ーーーー」
私を見つめながら涙を流していた瞳はゆっくり閉じると、最後にポタリと顔から流れ落ちていた。
さっき割った魔石は、自分に増強魔法をかける特別な魔石だ。
(これだけは使いたくなかった・・・)
閉じた瞳から涙が伝っているミハイルを抱きしめながら、仰向けにする。
「ミハイル、ごめんね」
ほとんどの魔力を使って彼を眠らせていた。
「ごめんね・・・貴方を愛してる」
大好きな左手を取ると、薬指にキスを落とす。
最後にぎゅっと手を握り、ミハイルを眺めた。
(私も貴方が、好きよ。ミハイル)
そこから退くと、ベットから降りて走り出す。
ローブだけ羽織りキャミソール姿を隠すと、部屋の扉へ向かった。
ーーーガチャガチャッ!ガチャガチャガチャ・・・
しっかりと施錠されていて、びくりともしない。
(やっぱり・・・だけど早くしないと・・・)
増強魔法を使っても、彼を眠らせるのは長くは持たない。
それでも私は逃げ出そうとしていた。
(どうにか、ここから出たい・・・)
彼が目覚めた時、私がここにいたらどうなるか、想像できない恐怖に震えながらもドアノブを強く握る。
(どうしよう・・・どうしよう・・・どうしーーー)
ーーコツンッ
バルコニーに何かが当たる音がした。急いでそこへ向かいカーテンを開けると、家の外にはアルノーが見える。
『逃げたい?』
遠くにいる彼の口の動きはそう見えた。
ガラスに張り付きながらも、ミハイルが寝ているベットを見る。
バルコニーの扉も固く閉ざされているので、もう一度アルノの方へ視線を向けた。
じっと私を見て、待っている。
「ごめん、なさい・・・」
躊躇しながらも彼に顔を向け頷く。
アルノー姿が消えたかと思うと、すぐさま浮遊して一気にこちらに向かって来ている。
ーーーーバチバチッ!バチバチバチバチ!
激しい音を立てて結界を破るようにバルコニーへ降り立つ。
一瞬体が固まっていたように見えたが、サッと動き出し顔を上げると、ニコリと笑っている。
呆然とその姿を眺めているとガラス越しに彼の手が触れ、カチリと音がした。
バルコニーの鍵が・・・開いている。
ガラスから手を合わせて離さない彼は、私が出てくるのを待っている。
私を見つめる青い瞳から目を離し、眠っている愛おしい彼を眺めた。
(ミハイル・・・)
この部屋から出たいはずなのに、彼からも結婚からも逃げたいはずなのに、本当にここから出ていいのかと自分の気持ちに引き止められる。
(だけど、このままだと・・・)
涙が出そうになるのをグッと堪え、自分の選択に従うようにミハイルから視線を外した。
もう一度バルコニーの方へ向くと、目の前の彼はいつもの後輩の表情をしていなかった。
その表情に驚き、恐る恐るガラスから手を離す。
青い瞳にじっと捉えられながらも、一歩ずつ歩いてバルコニーの扉を開けた。
ーーーガチャ
すると外の空気が一気にふわりと部屋に入り込む。
思わず目を閉じて体を包み込む夜風を吸っていると、私と同じ香りがする。
パッと目を開けると、目の前に彼が移動していた。
扉の外で待っている彼に向けて、ゆっくりバルコニーへ踏み出す。
そこには夜に溶け込むように、黒に染まった服を纏うアルノーがいた。
「迎えに来ました」
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