追放されたのでのんびり錬金術ライフを楽しみます

Eine

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第二話

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 うららかな陽射し、暖かい布団、美味しい味噌汁の匂い。
 母の作る味噌汁は、なんというか、少しだけ独特で、それほど好きではなかったんだけど。
 それでも朝起きて匂いを嗅ぐと、ああ起きなきゃなと思えて。
 …………ああ、好きだったのかなあ、あの味。なんで異世界なんかに来る前に、気付けなかったんだろ。

「……あれ、生きてる」

 ぱちりと目を開く。
 すんと鼻に届いた匂いは味噌汁のものではなくて、俺は被せてくれていたらしい布団から這い出て、匂いの元へ向かう。
 俺はどうやらきっちり生きていたらしい。

「あの」

「あら、起きたのね。でも、まだ寝てなくちゃ」

「あ、はい…………」

 そう俺に返したのは、優しそうな顔をした三十代後半くらいの女性だった。
 髪は茶色、虹彩は緑色。顔立ちなんかがはっきりしていて、彼女が日本人でないことはひと目で分かる。
 彼女は料理の手を止めて、俺が部屋に戻るようにと誘導する。

 俺はいつの間にか服を着せ替えられていて、血のついた白いシャツはどこかに消えてしまっていた。
 今着ているのは、亜麻色の少しごわごわした感触のTシャツだった。

「ただいまァ! ……っと、坊主、もう怪我は大丈夫なのか?」

「怪我…………? …………っぐ、う」

 言われてみて、初めて腹の辺りが痛むことに気付いた。痛みを堪えるためにぎゅっと眉根を寄せる。
 ぺらりと服を捲って痛む部分を確認すれば、腹にぐるぐると包帯が巻かれている。
 見覚えのない怪我だ。

「大丈夫、です」

「ガキが強がんなよな。ちょっと待て、錬金術師の爺さんからポーション貰ってきたからよ」

 そう言った男は、随分体格が良くて人相の悪い銀髪の男だった。
 傷だらけで恐ろしい顔とは裏腹に、俺を気遣う優しさがある。
 彼は肩にかけていた背負い袋をがさがさと漁ると、その中から緑色の液体の入った瓶を俺に握らせた。

「あの、これは」

「良いから飲め飲め。遠慮すんな」

「そういう、ことでは、なくて…………」

 まあ彼の口振りからすると、怪我に効く何かなのだろうが。ポーションって言ってたし。
 俺はその蓋を開けて、言われる通りに中身を飲み干した。じわりと包帯の巻かれた、痛みのあった部分が数秒ほど温い熱を帯びて、それから痛みが消えた。

「……ありがとうございます」

「おーう」

 瓶を男に返すと、空いた手でがしがしと頭を撫でられた。成人はしていないとはいえ、そこまで子供ではないのだけども。
 女性に言われて椅子に座ると、その机の前にことりとスープが置かれた。
 人参っぽい色の野菜と、肌色の豆が浮いている。大豆だろうか。

「さあ食べて。ポーションで怪我を治すとお腹が空くでしょう」

「ありがとうございます」

 よく分からないが、危害を加える気がないのは確かなので、出された食事も美味しく頂くことにした。
 俺に何かする気なら、寝ている間にいくらでもできただろう。
 野菜の風味が素朴な味わいのスープは、寝起きに丁度良い優しさだった。あっという間に飲み終わって、けれど寝起きなのでおかわりは断った。

「んで、坊主。何があって川に流れてたんだ?」

「あなた、先に名乗った方が良いんじゃないかしら」

「忘れてた」

 意識を失う直前までの記憶はしっかりとあるが、それをどうやって伝えるかは問題だった。
 そもそもこの世界での勇者の立ち位置がよく分からない。

「俺はヴォルフ。そんでこっちが」

「妻のスピカよ。よろしくね」

志基シキ、です」

 とりあえずは情報を出し渋る他ない。
 名前だけを口にしても、彼らは疑ったりしていないようだった。この世界では苗字がないのが普通なのかもしれない。

「それで、なんで川に?」

「ええと、まず森に捨てられたんですけど」

 だからまあ、俺に対する認識を、彼らの方で勝手に歪めてくれれば良いなと思った。
 森に捨てられた哀れな子供という設定を作って、それで話し始める。嘘は吐かない方針で。

「大きな動物がいて、逃げてたら川に、こう。結構高いとこから落ちました」

「森に捨てられたってのは…………」

「錬金術の才能は要らないんだそうです」

 そこでヴォルフが頭を抱えた。
 勇者だというのがバレた、とかじゃないと良いんだけど。
 わざわざ怪我をしていた男を家まで連れて帰って、怪我の治療までしてくれるような夫婦なので、命の心配はしていない。
 お人好し中のお人好しなんだろう、と思っている。俺が悪人だったなら、酷い目に遭うかもしれないのに。

「シキ、お前は貴族の子か?」

「いえ」

 首を横に振った。
 錬金術師だからと捨てるのは、貴族によくある話なのだろうか。
 何にせよ嘘は吐いていないので問題はない。勇者とかいうもっと問題のありそうな身分だというのは絶対言わない。

「年齢的には合ってんだけどなあ…………」

「才能が分かるのは13歳の時だものね」

 そんな子供じゃないです。

 口に出なかったのが奇跡だった。
 そういえば成長期ってそれくらいの時期だったけど、俺は17歳である。流石に4つも歳が誤解されてるのは、なんかなあ。
 まあ誤解されるために頑張っているので、自分から藪を突きに行ったりはしない。じっと黙る。

「大きな動物ってのは、動物じゃなくて魔物だろうな。シキ、森ってのは蛇姫の大樹海か?」

 ヴォルフがそう顎を撫でながら言った。やはり魔物というのが存在しているらしい。
 ただ、蛇姫の大樹海というのは上手く想像できなかったので、尋ねる事にする。適当に頷いて違っていたら問題である。
 これで常識の無さに疑われたら、そうだな、貴族の家で幽閉されてた妾腹の子供に設定を修正しようか。

「あの、蛇姫の大樹海というのは?」

「あー、王都の側に必ずできると言われてる森で、魔物のいっぱい住んでるとこだ」

 気になるところはあったが、適当にはあ、と返しておいた。
 王都から出たのは確かな筈なので、俺は多分その蛇姫の大樹海とやらに捨てられたのだろう。
 もしかすると、兵士を殺さなくてもあそこで放逐で済んでいたのかもしれない。
 いや、殺すつもりだったって言ってたな。そういえば。

「王都…………じゃあ、多分そうです」

「なら問題ないな。捨てられたっつーことは、親は頼りにならねえか」

 ヴォルフのその呟きに、俺はひとつ頷く。
 実際には異世界にいる父母にどうやって助けを求めるのかという問題なのだが、頼りにできないというのはどちらも同じだ。

「ねえあなた、うちで面倒見るのは?」

「それも良いんだが、錬金術師の才能があるって言ってたろ。……シキよ、お前が良ければ錬金術師の爺さんに紹介してやろうと思うんだが、どうだ?」

 願ってもない提案だった。
 錬金術師の才能があるというなら、俺はそれを試してみたい。

 どうして錬金術が好きなのか、と考えるとあまり良い答えは出ないのだけど。
 昔やった錬金術をメインにしたゲームで、何でも作れてしまうようなシステムが面白かったからかもしれない。
 現実で、自分の手でもやれるとなると、少しわくわくしてしまう。

「錬金術師の方を、紹介して頂けますか」

「おう!」

「ありがとうございます」

 俺は深々と腰を折って、ヴォルフに礼を言った。
 顔を上げると、にっこり破顔した彼と目が合う。

 …………失礼なのは分かっているんだけど、笑うと余計迫力があるな。子供相手なら泣かれてるんじゃなかろうか。

「じゃあ早速行くか! 善は急げって言うだろ」

「こら。いくら治ったと言っても、今日一日は安静にしてなきゃ駄目よ」

 スピカが叱るとヴォルフが笑いながら謝った。仲の良い夫婦である。
 だから俺も思わず頬が緩んで、なんとなく張っていた緊張の糸を解く。
 この世界に来てからずっと緊張してばかりいたから、こうして人の好さそうな、穏やかな夫婦を見ると少し安心できた。
 スピカは俺の頭をひと撫ですると、蜂蜜入りホットミルクを淹れてくれるそうで、再びキッチンに向かう。

「そういえば、俺はどうして怪我をしていたんですか?」

「あー、川に流されてる間に木が刺さったんだろう。…………災難だったな」

 つまり、あの痛みは木が刺さってできた傷による痛みだったわけだ。想像すると痛々しい光景が思い浮かんで、怪我のあった場所を撫でる。
 それにしても、あの高さで助かったのは運が良かったな。
 いや、魔物に出会したり落ちたりしてる時点で運は良くないのか。難しいところだ。

「シキを助けたポーションも、その錬金術師の爺さんの作った物でな。前に弟子が欲しいと嘆いていたから」

「そうなんですね」

「ほら二人とも、ホットミルクよ」

 ことりと二人分のコップが机に置かれた。
 それを見たヴォルフが眉根を寄せると、凶悪な人相が人を殺せそうなレベルに進化する。

「俺は別に要らないんだが」

「かっこつけちゃって」

 ああでも、丁度その錬金術師が弟子を欲しがっていた辺り、やっぱり運が良いのかもしれないなあ。
 巡り合わせに感謝しながら、俺はスピカが淹れてくれたホットミルクを飲んだ。
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