鎖血のタルト 〜裏切られた王女は復讐をやめた〜

狐隠リオ

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第二十三話 女王様

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 この日を心待ちにしていた。
 母から聞かされたもう一人の話。

「うふふ、うふふふふ」

 歓喜を心の内に秘める事が出来ない。
 荒れ狂う嵐のような感情が身体中を駆け巡り、表情筋を刺激して笑みを出させる。

「もうすぐ、もうすぐだわ」

 死んだと聞いていた。だけど本当は生きていたらしい。何者かの介入によって助けられていたらしい。
 私《わたくし》と同じ血を宿す貴重な存在。

「うふふふふ、これで研究は次のステージに進みますわ」

 私の夢。
 私の未来。
 私の宿願。
 停滞していた研究を次の次元に引き上げる事が出来る。
 己の肉体では試す事の出来ない数多の実験。
 それを受けてくれる存在の登場。

「ああ、まさかこんなにも近くに来てくれるだなんて思っていませんでしたわ。本当に私《わたくし》は運が良い。流石は傾国に愛されし母の後継者ですわね」

 少しだけ、あとほんの少し。
 愛おしい貴方《モルモット》の命は、私のために。

   ☆ ★ ☆ ★

 時間が経つの案外早い。
 今までの日常とはまるで違う平和な日々。
 赤色に彩られていない生活は新鮮で、毎日があっという間だった。

「なあクソビッチ。難易度エグくないか?」
「その呼び方やめて」

 ピーチの部屋で現状報告をお互いにした。
 気が付けば一ヶ月が経過していた。

「後一ヶ月ちょいで夏休みだぞ。それで進展無しって本気《マ》?」
「どちらかといえばアタシのセリフだよ? 今も羽森さんの部屋に住んでるんでしょう?」
「……」

 ピーチの正論パンチに何も言い返せない。
 特権を得られるまで撫照の部屋に住む事になったけれど、実は今も彼女の部屋に住んでいたりする。

 理由はシンプル。居心地が良——じゃなかった。羽森家について調べるのに都合が良いからだ。
 住居を共にするというのは二人の距離を近付ける力が果てしなく強い。一週間が経過した頃にはお互いの事を名前で呼ぶようになっていた。

 ちなみにこの事は未だに天照には知られていない。なんせ学校ではほぼ喋らないからな。

「で、でも仕方ないだろ。撫照は家での立場が小さいらしくて、知ってる事なんてほぼほぼないんだ」
「噂は聞いた事あるけど本当? 羽森さんって才能の塊だと思うけど」
「同意見。ただ羽森家が重視している事と、撫照の実力が重なってないって事だろ」

 断言出来る。撫照は強い。
 オレ自身が戦った事はないけれど、天照との模擬戦を見たからな。あれは相当にレベルが高かった。

 しかもあの戦いは勝つための戦いじゃない。自身の弱点を見つけたり、鍛えるための戦いだった。
 勝つためではなく成長のため、未来のための戦い。勝つ事に集中すればあれを遥かに超える戦いを見せてくれるはずだ。

「それならどうして今も一緒に暮らしてるのかな?」
「……」
「無言は肯定に等しいって先輩が言ってたよ」
「うるさいな! 撫照の料理が美味いんだよ!」
「ああっ! 逆ギレだ!」

 人を指差すのは駄目だと教えたのはオマエだろ? やるなし。

「それよりペスカトーレはまだか? 楽しみに待ってるんだが?」
「うっ、それはもうちょっとだけ待ってもらえると」

 気まずそうに視線を逸らしながら指をツンツンさせるピーチ。

「その、ズルだとは思ったんだけど、折角なら美味しいペスカトーレを振る舞いたいし、新鮮で上物の魚介類の配達をお願いしたんだ。だからそれまで待ってて?」

 不安そうな表情を浮かべて首を傾げるピーチ。……あざと。

「というか配達って何だよ」
「今回の任務、二人じゃ難しいかなーって思って、それでついでに……その……」
「うわっ、ズルだズル」
「し、仕方がないでしょ! 国を離れるわけにもいかないし、海なんてないもん!」

 みんなのお姉さん的アイドルの語尾もんですか。いやはや、非常にあざとい女だ。一体今までどれほどの男の心を奪った事やら。

 いつも連れている男たちがその証明であり証拠か。流石は清楚系クソビッチ。卑怯だ。

「まあその件についてはいいや。ただ援軍申請したのか?」
「うん。環境は整ってるからあとは人手かなって」
「えー、だる……」

 戦力的には中位が二人いる以上十分だ。となると来るのは十中八九下位だろうな。

「下位って忠誠心微妙じゃん。合わせるのとか無理なんだけど」
「……それ、タルトが言う?」
「は? なんだ喧嘩か?」

 呆れた表情で当然のようにそんな事を言いやがるクソビッチに反射で毒を吐いたけど……確かに言われてみればそうだな。

 最初はあった。目的のためなら悪魔に魂を売る事も受け入れた。いや、その時点で忠誠心とは違うのか。
 忠誠ではなくお互いに利用し合う。それがオレと女王様の関係だと言えるのか。

「それに合わせる必要はないよ。立場的にはアタシたちの方が上だもん。部下として扱えば良いんだよ」
「ピーチって意外とそこらへんドライだよな」
「それが組織で地位を得た者の責任だと思ってるからね」

 責任か。オレとしてはいらない感覚だな。
 上の者が下の者を支配する。それは当然の事だと思っていた。だけど、誰もが人間なんだ。
 扱い方を間違えれば、刃が迫る事になる。それをオレはよく知っている。

「あはっ、タルトは今のままで良いと思うよ。女王様に今まで何も言われないない事がその証明だから。認められてるって事だよ」
「それ、本気で言ってる?」
「うん、勿論」

 そう言って優しい笑みを浮かべるピーチ。
 どうやら本気でそう思っているらしい。まあ、女王様に心酔している一人だからな。そう思わないのも当然か。

 女王様は決して優しい人ではない。
 あの人の目に映るオレたちという存在は、本当の意味で道具でしかないんだ。
 他人を人とも思わない人の形をしているだけの例外。即ち人外。それが女王様の正体だとオレは思っている。

 オレに何も言わないのは認めているからなんかじゃない。興味がないんだ。だから明確な敵対行動を取らない限り、粛清対象になる事はないだろう。

 組織の裏切り者を粛清する特殊部隊。オレ達中位が束になったとしても勝てない圧倒的な強者の集まり。上位組。
 あの化物たちから狙われる? 想像するしたくない未来だ。だから何があったとしてもオレが組織を裏切る事はないだろう。

 死を超える恐怖がそこにあるから。
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