鎖血のタルト 〜裏切られた王女は復讐をやめた〜

狐隠リオ

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第三十話 再燃

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「リョー君。食べなきゃ駄目っスよー」
「……」

 心が死んだ。
 廃人となった俺の世話をしてくれたのは、もう一人の幼馴染だった。
 いつもリンゴをそのまま齧っている幼馴染は、ベッドで横になっている俺を呆れた表情をして見下ろしていた。

「ちょっとー、無視っスかー?」
「……」
「まったく、自分の手で殺せなかったからって、なんでそんなになるんスか?」
「……復讐だけが俺にとって生きる理由だった。でも、もうあの女はいない。やる気が出ないんだ」

 復讐のためだけに鍛えた力。それを向ける相手はもういない。目的がなくなったんだ。

「それならウチが理由を作ってあげるっスよ」
「……もういい、放っておいてくれ」
「とりあえず一発いくっスよ!」

 体勢を変えて背中を向けた途端、強い衝撃を背に受けた。

「相変わらず異常な硬さっスね。殴ったウチの方が痛いまであるっスよ、これ」
「大丈夫か!?」

 背中に受けた衝撃は中々に強かった。下手をすれば拳が砕けてしまっているかもしれない。
 思わず飛び起き幼馴染の手を確認した。

「骨は大丈夫そうっスね。それにしてもー?」
「な、なんだよ」

 ニヤニヤと楽しそうに笑っている幼馴染。

「やっぱりリョー君は優しいっスね」
「別にそんなんじゃない。俺はただ……」
「優しいんスよ。リョー君は。だからそんなリョー君の優しさをウチに利用させてくれないっスか?」
「なんだそりゃ」

 本人に向かって堂々と利用させて欲しいとか、まあこいつはそういう奴だって知ってるけどさ。なんかこう、ため息が出た。

「ウチだって魔術師たちの事なんて大嫌いっス。でも、連中はただ偉そうにしているだけじゃなかったんス。魔術という力によってこの国は確かに守られていたんス。壁外が危険だって事は常識っスよね」
「ああ、知ってる。それがなんだ?」

 魔王に支配されながらも国民たちが逃げ出さなかったのはこんな国でも、外よりも遥かに安全だったからだ。

 壁外に溢れている脅威。野生の獣だって十分危険だが、それよりも遥かに強大な力を持った存在、それが魔獣だ。
 人間をエサか何かだと思っている魔獣。その脅威から国民を守っていたのは魔術師たちだった。それは確かな事だ。

「魔王と共に大勢の魔術師が死んだ事は知ってるっスよね? それってつまり、魔獣から国民を守る力がガタンと落ちたって事なんスよ」
「……そうなんだろうな」

 今までは大勢の魔術師によって守られていた国。だけど魔術師同士の争いによって大勢が死んだ。魔王と共にクズどもは死んだ。

「それだけじゃないっス。魔術師たちは抑止力になってたんスよ。そんな魔術師が消えた事で争い事が増えてるんス」
「マジ?」
「大マジっス。だから今は有志の自警団が頑張ってるんスけど、魔術師ほどの力はないからどうしても人手が足りないんスよね」
「……まさかお前」

 ニヤリと笑いながら幼馴染は俺に向かって手を差し出した。

「魔王を殺すために鍛えたその力。誰かを守るために使ってくれないっスか?」
「……」
「みんな求めてるんスよ。リョー君の力を。ね? 一緒に戦おう」

 殺すため。復讐のために鍛えた力。
 それを誰かを守るためにか。

「それは確かに生きる理由だな」

 殺したい奴はいなくなった。だけど、守りたいと思う人がいる。
 俺なんかに手を差し伸べる目の前のこいつもその一人だ。
 幼馴染の、少女《・・》の伸ばした手を握った。

「世の為人の為、これから一緒に頑張っていくっスよ!」
「ああ、ありがとな」

 それなら俺たちは共に戦った。
 日々増え続けている犯罪者たちから罪のない人々を守るために。
 壁を乗り越えて人々を喰らおうとする魔獣を斬り捨てる。

 毎日、毎日戦った。
 そしてある日、相棒からそれを聞かされたんだ。

「ねえリョー君、今いいっスか?」
「どうしたんだ? こんな夜に」

 突然部屋までやって来た相棒。何から深刻そうな気配があった。

「まあいいや。とりあえず入んな」
「……うん」

 なんか本当にこいつらしくないな。
 いつも元気な奴がこんなにも大人しいと妙な気分だ。

「本当に大丈夫か?」
「……うん、ウチは大丈夫っスよ。ただ、ある噂を聞いたんだ」
「噂?」

 アップルジュースを二人分用意してから椅子に座り、相棒の話を聞いた。
 元気がないのはその噂とやらが原因みたいだな。

「……いつかはリョー君も聞くだろうし、うん。大丈夫っス」
「どんな噂なんだ」
「目撃情報っス。赤い髪の少女の」
「——っ!?」

 赤い髪。それはこの国において大きな意味があった。
 何故なら、この国で赤い髪をしているのはたったの二人しかいないからだ。
 しかし、もう一人もいないはずなんだ。

 王妃とその娘。赤い髪は彼女たちの象徴だったからだ。

「それからもう一つ。魔王の娘は処刑されたのではなく、牢獄で拘束されていたらしいっス。でも、逃げられてしまったとか。その事実を隠す為に表向きには殺した事にしたのではないかって言われてるんスよ」
「それって……」

 魔王の娘は処刑されたのではなく、本当は逃げ出していたかもしれない? しかも、赤い髪の少女が目撃せれている?
 そんなの、導き出される答えは一つしかない。

「王女は生きてるっス」
「——っ!」

 相棒の口から語られた事に、胸の奥が熱くなった。
 どろりとした歪んだ焔が燃え上がっていた。

「リョー君はどうするんスか?」
「俺は……」

 相棒は不安そうな目をしていた。
 その目を前にして、熱が消えていくのを感じた。

「いや、もう良い。王女は何もしてないからな」

 極悪人だったのは魔王と王妃だ。王女はただそんな二人から生まれただけ。子供は親を選ぶ事は出来ない。だから……王女は悪くない。そう思えた。

「リョー君。本当にそれで良いっスか?」
「ああ、それに今は復讐なんてしてる暇なんてないだろ?」
「リョー君。……あはっ、確かにそうっスね!」

 俺の力は誰かを殺すためにあるんじゃない。誰かを、相棒を守るための力だ。

 だけど、俺は無力だった。

「……は? 今、なんて言った?」

 俺たち自警団の仕事は多い。だからいつも相棒と一緒に行動しているわけではなかった。
 他の団員と共に犯罪グループのアジトを潰した帰りの事だった。

 俺は団員から、相棒が死んだ事を聞かされた。

「死んだ? あいつが?」

 相棒もまた他の団員たちと共に鎮圧任務をしていたらしい。任務自体は何事もなく、無事に終わった。しかし、問題はその先にあった。

 魔獣の乱入。
 想定外の事に連携がうまく働かず、一人、また一人と死んで行った。
 生き残ったのはたったの一人。魔獣から逃げ出した団員だけだった。
 死体を見たわけじゃない。殺される姿を見たわけではない。しかし生きているなら戻って来ているはずだ。いないという事はつまり……そういう事だった。

 俺は自警団を辞めた。
 あそこにいたのは相棒に言われたからだ。あいつのためだった。だけど、もうあいつはいない。いつもリンゴを丸齧りしていたショートカットの少女は死んでしまった。
 また失った。
 生きる目的はなくな……てない。

「……みんな死んだ。だけど、あの女は生きている」

 それは焔だった。
 俺の目的は、再び復讐へと戻っていた。
 逃げ出した王女。
 確かにお前は何もしていない。だけど、お前の未来を許さない。
 お前だけが生きているだなんて、そんなの許せない。

「殺す。必ずこの手で、今度こそ。必ず見つけ出してやる。塔怪瑠海!」

 そして今。
 目の前に奴がいた。

   ☆ ★ ☆ ★
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