56 / 56
第二章
第十話 理由
しおりを挟む
ロロコの目の前で[月]を発動させる。
普段とは違う好戦的な笑みを浮かべている彼女が求めているのはそれだけだ。
たとえイズキの前で見せたように暴走状態だったとしても、いや、あれを超えて完全な暴走状態になってしまったとしてもこの人なら平然と鎮圧してくれる。
心配する必要はない。ただ発動するだけ。
……発動……するだけ。
「どうしたのじゃ?」
「えーと、ごめん……出来ない」
「遠慮はいらん。負荷が強いと見ればその瞬間に気絶させてやろう」
握り締めた拳を見せながら笑みを浮かべるロロコ。意味としてはありがとうだけど、絵面としては怖いんですけど。
それはいいとして、ちゃんと言わないとだ。
「その[月]の力を制御出来てないんだ。つまりというか、自在に発動する事が出来ないんだよね」
「……ほう。じゃが実際に発動した経験はあるのじゃろう?」
「うん。でもその本能的というか、咄嗟だったというか……」
「自分でもわからないという事じゃな」
「……うん」
正直もう大丈夫だと思ってた。発動するたびに感覚に差が、それも明確な違いがある[月]。
イズキとの戦いで発動した時の一回目は意識は残りながらも身体の制御は完全に失っていた。なのと戦った時の二回目では己の意思で戦う事が出来ていた。
「戦闘時には扱え、常時では不可能か。なるほど、ならば理由は一つしかありゃんな」
「一つ?」
「オヌシも薄々気が付いておるのではないか? 発動した時には共通点があったはずじゃ」
「そんなの……あっ」
最初の発動はイヅキが水花を殺したのだと感じた時だった。なのとの時も水花の身に危険が迫っていた。
あの時、敵を排除するために俺の心は殺意に染まっていたんだ。
「この場でそれを再現する事は出来ないじゃろう。しかし記憶を見つめる事は出来るはずじゃ。オヌシの思うを記憶に意識を張り巡らせるのじゃ。その先に何が起きたとしても安心せい。全てを受け止めてやろう」
「うん。ありがとう。それなら……思い出すよ、あの日の事を。家族を、二人を失った時の日の事を」
大好きな姉さんと妹を失ったあの日。
俺にとって運命を変えた日。
「[花鳥風月・月]」
——ああ、これは……深い。
過去の想いは黒く染まった錠前を解き放っていた。
「……ほう」
全身から溢れ出す漆黒の魔力。なのとの戦いでは確かにコントロール出来ていたというのに——
「くっ、熱い……」
——だめだ。意識を奪われるっ!
☆ ★ ☆ ★
全身から漆黒に染まった魔力を溢れ出している弟子の一人を前に、ロロコは笑みを浮かべていた。
「明らかに暴走じゃな」
今までの発動の中で最大量の闇を吹き荒れさせている春護の瞳は、明らかに澱んでいて正気を保てていないのは一目瞭然だった。
「激情をトリガーにした強制解放とでも呼ぶべきか。しかし、本来の出力と比べれば随分とぬるい。自己崩壊しなかったのはそれ故かの。嬉しい誤算じゃったな」
無意識による出力の制限。それが[月]の反動に春護が耐える事が出来た理由だと推察したロロコ。
幼い見た目ながらもどこか妖艶に映る微笑みを浮かべ、口元に指先を滑らせていた。
「ふむ、とはいえ反動がないわけではないようじゃな。意識が残っておれば激痛に襲われ続けておったじゃろう。使用状態が暴走だというのも不幸中の幸いかもしれぬの」
一見すると何事もなく立っているように見える春護だが、ロロコの目は彼の肉体に凄まじい負荷が掛かっている事を見抜いていた。
原因は十中八九あの漆黒の魔力だ。
闇の魔力そのものに身体を蝕むような要素はない。問題なのは普段とはかけ離れている出力。春護の全身から溢れ続ける魔力。それは元々人の内部から湧き出る力だ。つまり体内から体外へと放出される時、体表の一部を通過する事になる。
汗腺や脂腺のように明らかな穴があるわけではないが、目に見えない魔力の通り道が存在している。
普段なら通る魔力によって損傷するような事はないが、壁外技術の一つに反動を受け入れ一時的に出力を上げる裏技のようなものがある。継続能力の低下と痛みを対価に一時的に通常時以上の力を引き出す技。現在の春護をそれに近い事をしている。それも出力上昇の倍率は切り札扱いされている元の技術よりも高い。
それはつまり反動も大きいという事だ。
「さて、生き残った理由は判明した。あとはオヌシの黒き欲望をこの身をもって受け止めるだけじゃな。どれ、もう我慢出来ないのじゃろう? 感情を解き放ち、力でこのワシを跪かせたいのじゃろう?」
ゆっくりとロロコは歩を進め、激情に呑み込まれながらもその色を現す事なく虚無のような表情を浮かべている春護へと手を伸ばす。
「さあ、見せるのじゃ。死を待つばかりじゃった力無き幼子であったオヌシの力を。未熟ながらも研鑽されし力を」
あの日に拾った命。
懸命に生きようと運命に抗おうとする弱き命。
その言葉に魅せられたわけではない。それでも結果は今に続いている。
魔族に奪われ、魔族を恨み、復讐者となりながらもその身に刻まれた魔性の月により心は保護されながら進み続けた命。
解放の時はまだ早い。まだまだ早い。しかし少しだけ見せてもらおうではないか。
「申し訳ないけれど、それはちょっと困るかな?」
普段とは違う好戦的な笑みを浮かべている彼女が求めているのはそれだけだ。
たとえイズキの前で見せたように暴走状態だったとしても、いや、あれを超えて完全な暴走状態になってしまったとしてもこの人なら平然と鎮圧してくれる。
心配する必要はない。ただ発動するだけ。
……発動……するだけ。
「どうしたのじゃ?」
「えーと、ごめん……出来ない」
「遠慮はいらん。負荷が強いと見ればその瞬間に気絶させてやろう」
握り締めた拳を見せながら笑みを浮かべるロロコ。意味としてはありがとうだけど、絵面としては怖いんですけど。
それはいいとして、ちゃんと言わないとだ。
「その[月]の力を制御出来てないんだ。つまりというか、自在に発動する事が出来ないんだよね」
「……ほう。じゃが実際に発動した経験はあるのじゃろう?」
「うん。でもその本能的というか、咄嗟だったというか……」
「自分でもわからないという事じゃな」
「……うん」
正直もう大丈夫だと思ってた。発動するたびに感覚に差が、それも明確な違いがある[月]。
イズキとの戦いで発動した時の一回目は意識は残りながらも身体の制御は完全に失っていた。なのと戦った時の二回目では己の意思で戦う事が出来ていた。
「戦闘時には扱え、常時では不可能か。なるほど、ならば理由は一つしかありゃんな」
「一つ?」
「オヌシも薄々気が付いておるのではないか? 発動した時には共通点があったはずじゃ」
「そんなの……あっ」
最初の発動はイヅキが水花を殺したのだと感じた時だった。なのとの時も水花の身に危険が迫っていた。
あの時、敵を排除するために俺の心は殺意に染まっていたんだ。
「この場でそれを再現する事は出来ないじゃろう。しかし記憶を見つめる事は出来るはずじゃ。オヌシの思うを記憶に意識を張り巡らせるのじゃ。その先に何が起きたとしても安心せい。全てを受け止めてやろう」
「うん。ありがとう。それなら……思い出すよ、あの日の事を。家族を、二人を失った時の日の事を」
大好きな姉さんと妹を失ったあの日。
俺にとって運命を変えた日。
「[花鳥風月・月]」
——ああ、これは……深い。
過去の想いは黒く染まった錠前を解き放っていた。
「……ほう」
全身から溢れ出す漆黒の魔力。なのとの戦いでは確かにコントロール出来ていたというのに——
「くっ、熱い……」
——だめだ。意識を奪われるっ!
☆ ★ ☆ ★
全身から漆黒に染まった魔力を溢れ出している弟子の一人を前に、ロロコは笑みを浮かべていた。
「明らかに暴走じゃな」
今までの発動の中で最大量の闇を吹き荒れさせている春護の瞳は、明らかに澱んでいて正気を保てていないのは一目瞭然だった。
「激情をトリガーにした強制解放とでも呼ぶべきか。しかし、本来の出力と比べれば随分とぬるい。自己崩壊しなかったのはそれ故かの。嬉しい誤算じゃったな」
無意識による出力の制限。それが[月]の反動に春護が耐える事が出来た理由だと推察したロロコ。
幼い見た目ながらもどこか妖艶に映る微笑みを浮かべ、口元に指先を滑らせていた。
「ふむ、とはいえ反動がないわけではないようじゃな。意識が残っておれば激痛に襲われ続けておったじゃろう。使用状態が暴走だというのも不幸中の幸いかもしれぬの」
一見すると何事もなく立っているように見える春護だが、ロロコの目は彼の肉体に凄まじい負荷が掛かっている事を見抜いていた。
原因は十中八九あの漆黒の魔力だ。
闇の魔力そのものに身体を蝕むような要素はない。問題なのは普段とはかけ離れている出力。春護の全身から溢れ続ける魔力。それは元々人の内部から湧き出る力だ。つまり体内から体外へと放出される時、体表の一部を通過する事になる。
汗腺や脂腺のように明らかな穴があるわけではないが、目に見えない魔力の通り道が存在している。
普段なら通る魔力によって損傷するような事はないが、壁外技術の一つに反動を受け入れ一時的に出力を上げる裏技のようなものがある。継続能力の低下と痛みを対価に一時的に通常時以上の力を引き出す技。現在の春護をそれに近い事をしている。それも出力上昇の倍率は切り札扱いされている元の技術よりも高い。
それはつまり反動も大きいという事だ。
「さて、生き残った理由は判明した。あとはオヌシの黒き欲望をこの身をもって受け止めるだけじゃな。どれ、もう我慢出来ないのじゃろう? 感情を解き放ち、力でこのワシを跪かせたいのじゃろう?」
ゆっくりとロロコは歩を進め、激情に呑み込まれながらもその色を現す事なく虚無のような表情を浮かべている春護へと手を伸ばす。
「さあ、見せるのじゃ。死を待つばかりじゃった力無き幼子であったオヌシの力を。未熟ながらも研鑽されし力を」
あの日に拾った命。
懸命に生きようと運命に抗おうとする弱き命。
その言葉に魅せられたわけではない。それでも結果は今に続いている。
魔族に奪われ、魔族を恨み、復讐者となりながらもその身に刻まれた魔性の月により心は保護されながら進み続けた命。
解放の時はまだ早い。まだまだ早い。しかし少しだけ見せてもらおうではないか。
「申し訳ないけれど、それはちょっと困るかな?」
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる