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第一章
第三十七話 暗い月
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何が起きた?
今、一体何が起きているんだ?
「まずは一人ね。安心しなさい春護。すぐにオマエも同じ所に送ってあげるわ」
炎を纏っていない剣を振り上げるイズキ。
そう。炎を纏っていないんだ。どうして? どうしてこれだけの距離を一瞬で? 明らかに今までとは違う何か。
違う違う違う違う!
そんな事はどうでも良い! どうでも良いんだ!
どうして水花が倒れている?
どうして水花の下は赤く染まっているんだ?
どうして双石から水花の意志を感じ取る事が出来ないんだ?
どうして、どうして俺の身体は動かないんだ?
このまま終わるのか?
何も出来ずに、俺は死ぬのか?
俺はまた——お前を失うのか?
その時、俺は聞いた。
ただの幻聴なのかもしれない。
それでも、確かに聞こえたんだ。
『死なないで、お兄ちゃん』
世界が暗転した。
「【魔核・花鳥風月・——】」
死ねない。死ぬわけにはいかない。だから俺は、それを口にした。
何も知らないその力を。
「【——月】」
★ ★ ★ ★
魔族の娘は迷いを捨てた。
全力で殺す。それこそ友人たちにできる最後の優しさだと思ったから。
だから躊躇う事なく、魔族の娘は友人の胸に剣を刺し込んだ。心臓を、確実に壊すために。確実に殺すために。
何が起きたのかわからない顔をしている友人の胸から剣を引き抜く。まるでダムが開門したかのように血が溢れ流した。
己から溢れた血によって出来た水溜まりに倒れた友人から意識を外す。だって一人は寂しい。早く、早く友人の元に友人を送らなければ。
友人は優しい子だ。だから悲しむ姿なんてみたくない。
多くの初めてを与えてくれた二人。
これからは大きな絶望を背負わせてくれる大切な二人。
「——すぐにオマエも同じ所に送ってあげるわ」
だからどうか。
もう……。
「【魔核・——】」
思わず剣を止めてしまった。
まるで別人ではないかと思ってしまうほどに、友人の声は今までとは一変していた
「【——花鳥風月・——】」
そして魔族の娘はすぐに理解した。理解してしまった。
ああ、友人はこちら側に——
「【——月】」
完全に足を踏み入れたのだと。
「ガアアアアアアアアアアアッ!」
それは咆哮。人間の叫びではなく、将来化物と呼ばれる事になるであろう未熟な到達者の産声だった。
咆哮と共に少年の身体から溢れ出す魔力。それは今まで見せた無色の魔力ではなく、透明性など一切ない漆黒の魔力だった。
「まずいわね」
小さく呟くのと同時にイズキは地面を蹴り、後方へと飛んだ。
「どこからどうみても、暴走以外の何物でもないじゃない」
☆ ★ ☆ ★
複合術式[花鳥風月]。
とある魔法を元にロロコと呼ばれる天才によって作り出されたこの術式には、他にはない珍しく画期的な要素があった。
それは[花《はな》][鳥《とり》][風《かぜ》][月《つき》]という四つの術式で構成されている複合型だという事だ。
通常の魔装具は一つに付き一つの術式が組み込まれているため、最低限の魔力制御と起動する意志さえあれば比較的容易に使用する事が出来るもの、二人の魔核に刻まれた複合術式[花鳥風月]はそれ一つに複数の術式が組み込まれているため、本来であれば魔操騎士レベルの魔力制御が必要となってしまう。
しかし二人にそこまでの実力はなかった。それでも思った通りに発動出来るようにと、特殊な工夫がされていた。
それは三つの術式を組み合わせた後に、四つ目の術式で包み込むというものだった。
包み込む事によってそれは一見一つの術式としてまとめられたように見えるものの、実際に四つの術式が混ざり合った特殊な術式である事に変わりはない。
そのため四つ目の術式にはただまとめるだけでなく、制御と制限という二つの役割をしていた。
四つ目の術式と密接に関わっているというのに、春護と水花、二人には知らされていない特殊機構。
それは感情の一部と意識の一部を本体から切り離し、複数の術式を切り分けるための補助として無意識の内に利用するというものだった。
表の意志がどの術式を使用しようとしているかを読み取り導く、制御補助機構。通常の魔装具ではなく、体内にあるという常に共に有る状態でなければ不可能な技術だった。
そしてそこにはもう一つ、重要な理由があった。本体から切り離された感情の一部とは、暗い感情。
怒りや嫉妬、そして何より復讐心。
姉と妹。二つの喪失を短い期間に連続で経験してしまった事により、春護の精神は本来であれば崩壊してしまうほどに擦り減っていた。
そのままにしておけば確実に心が暗い感情によって支配されてしまい。今後一生明るい感情が芽生える事のない、笑う事の出来ない未来しかなくなってしまう。
そうならないようにするべく、必要だと判断された処置だった。
いつの日か。その日が来るとわかっていた上でも。
そして、その日が訪れた。
決して本人には伝える事のなかった第四の術式。
存在はしているのだろうとは思っていた。しかし教えてもらえないのならば使えない。まだ早いのだと、そう薄々考えていた。
そう、効力を彼は知らない。
それを発動した時、何が起きるのか彼は知らなかった。
だけど同時に知っていた。
彼は知っていたのだ。
誰よりも自身の役割を理解していたのだ。
彼の裏側に作り出された存在。
表から切り離された裏の存在。
彼の意識は無意識と繋がり、そして表が望むがままに裏は実行する。
裏が制御する第四の力[月]。それは切り離されていた激情の解放。
暗くも激しく燃え盛る力。
即ち、闇の力だ。
☆ ★ ☆ ★
今、一体何が起きているんだ?
「まずは一人ね。安心しなさい春護。すぐにオマエも同じ所に送ってあげるわ」
炎を纏っていない剣を振り上げるイズキ。
そう。炎を纏っていないんだ。どうして? どうしてこれだけの距離を一瞬で? 明らかに今までとは違う何か。
違う違う違う違う!
そんな事はどうでも良い! どうでも良いんだ!
どうして水花が倒れている?
どうして水花の下は赤く染まっているんだ?
どうして双石から水花の意志を感じ取る事が出来ないんだ?
どうして、どうして俺の身体は動かないんだ?
このまま終わるのか?
何も出来ずに、俺は死ぬのか?
俺はまた——お前を失うのか?
その時、俺は聞いた。
ただの幻聴なのかもしれない。
それでも、確かに聞こえたんだ。
『死なないで、お兄ちゃん』
世界が暗転した。
「【魔核・花鳥風月・——】」
死ねない。死ぬわけにはいかない。だから俺は、それを口にした。
何も知らないその力を。
「【——月】」
★ ★ ★ ★
魔族の娘は迷いを捨てた。
全力で殺す。それこそ友人たちにできる最後の優しさだと思ったから。
だから躊躇う事なく、魔族の娘は友人の胸に剣を刺し込んだ。心臓を、確実に壊すために。確実に殺すために。
何が起きたのかわからない顔をしている友人の胸から剣を引き抜く。まるでダムが開門したかのように血が溢れ流した。
己から溢れた血によって出来た水溜まりに倒れた友人から意識を外す。だって一人は寂しい。早く、早く友人の元に友人を送らなければ。
友人は優しい子だ。だから悲しむ姿なんてみたくない。
多くの初めてを与えてくれた二人。
これからは大きな絶望を背負わせてくれる大切な二人。
「——すぐにオマエも同じ所に送ってあげるわ」
だからどうか。
もう……。
「【魔核・——】」
思わず剣を止めてしまった。
まるで別人ではないかと思ってしまうほどに、友人の声は今までとは一変していた
「【——花鳥風月・——】」
そして魔族の娘はすぐに理解した。理解してしまった。
ああ、友人はこちら側に——
「【——月】」
完全に足を踏み入れたのだと。
「ガアアアアアアアアアアアッ!」
それは咆哮。人間の叫びではなく、将来化物と呼ばれる事になるであろう未熟な到達者の産声だった。
咆哮と共に少年の身体から溢れ出す魔力。それは今まで見せた無色の魔力ではなく、透明性など一切ない漆黒の魔力だった。
「まずいわね」
小さく呟くのと同時にイズキは地面を蹴り、後方へと飛んだ。
「どこからどうみても、暴走以外の何物でもないじゃない」
☆ ★ ☆ ★
複合術式[花鳥風月]。
とある魔法を元にロロコと呼ばれる天才によって作り出されたこの術式には、他にはない珍しく画期的な要素があった。
それは[花《はな》][鳥《とり》][風《かぜ》][月《つき》]という四つの術式で構成されている複合型だという事だ。
通常の魔装具は一つに付き一つの術式が組み込まれているため、最低限の魔力制御と起動する意志さえあれば比較的容易に使用する事が出来るもの、二人の魔核に刻まれた複合術式[花鳥風月]はそれ一つに複数の術式が組み込まれているため、本来であれば魔操騎士レベルの魔力制御が必要となってしまう。
しかし二人にそこまでの実力はなかった。それでも思った通りに発動出来るようにと、特殊な工夫がされていた。
それは三つの術式を組み合わせた後に、四つ目の術式で包み込むというものだった。
包み込む事によってそれは一見一つの術式としてまとめられたように見えるものの、実際に四つの術式が混ざり合った特殊な術式である事に変わりはない。
そのため四つ目の術式にはただまとめるだけでなく、制御と制限という二つの役割をしていた。
四つ目の術式と密接に関わっているというのに、春護と水花、二人には知らされていない特殊機構。
それは感情の一部と意識の一部を本体から切り離し、複数の術式を切り分けるための補助として無意識の内に利用するというものだった。
表の意志がどの術式を使用しようとしているかを読み取り導く、制御補助機構。通常の魔装具ではなく、体内にあるという常に共に有る状態でなければ不可能な技術だった。
そしてそこにはもう一つ、重要な理由があった。本体から切り離された感情の一部とは、暗い感情。
怒りや嫉妬、そして何より復讐心。
姉と妹。二つの喪失を短い期間に連続で経験してしまった事により、春護の精神は本来であれば崩壊してしまうほどに擦り減っていた。
そのままにしておけば確実に心が暗い感情によって支配されてしまい。今後一生明るい感情が芽生える事のない、笑う事の出来ない未来しかなくなってしまう。
そうならないようにするべく、必要だと判断された処置だった。
いつの日か。その日が来るとわかっていた上でも。
そして、その日が訪れた。
決して本人には伝える事のなかった第四の術式。
存在はしているのだろうとは思っていた。しかし教えてもらえないのならば使えない。まだ早いのだと、そう薄々考えていた。
そう、効力を彼は知らない。
それを発動した時、何が起きるのか彼は知らなかった。
だけど同時に知っていた。
彼は知っていたのだ。
誰よりも自身の役割を理解していたのだ。
彼の裏側に作り出された存在。
表から切り離された裏の存在。
彼の意識は無意識と繋がり、そして表が望むがままに裏は実行する。
裏が制御する第四の力[月]。それは切り離されていた激情の解放。
暗くも激しく燃え盛る力。
即ち、闇の力だ。
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