フィフティドールは笑いたい 〜謎の組織から支援を受けてるけど怪し過ぎるんですけど!?〜

狐隠リオ

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第一章

第四十一話 決着

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 不思議な感覚だったんだ。
 何も感じない。ついさっきまで心が壊れてしまうんじゃないかってくらいの痛みを感じていたというのに、何も、本当に何も感じなかったんだ。

 突然全身に掛かっていた負荷が消えたような感覚。とても、楽になったんだ。

「将来的に強者に成るとは思っていたわ、ただの勘だけど。でも、まさか一ヶ月でここまで変わるだなんて想定外だわ」

 両手に纏った暴風を不規則に放出し、動きを予測されないように気を付けながら接近し、殴る。
 やっている事はシンプルだけど、効果的だって事はよく知っている。

 爆炎を纏った剣を殴っても、お互い触れ合う事なく嵐と炎がせめぎ合い弾ける。
 攻撃力と防御力はほぼ同等だね。手数は俺が上だけど、間合いは向こうの方が広い。

 つまりどれだけ至近距離の攻防を維持出来るか、それが重要だ。
 それにしても。

 ——まさかこれほどまでとは思ってなかったよ。

 一ヶ月前に行ったイズキとの模擬戦。今の状況はあの時と似ていた。
 拳と剣。風と炎。
 お互いに発している力は何段階もレベルが上がっているし、当初の弱点を補う事が出来ている。

 機動力が不足していた俺は暴風制御によって高速かつ複雑な動きを可能にし、イズキも戦いの場が屋外だから炎を遠慮なく使えている。

 お互いに一ヶ月前と比べたら規模の違う力のぶつかり合い。いや、今日の最初と比べても明らかに俺の魔法出力は上昇していた。

 ——見える。さっきまで反応出来なかったのに、まるで未来が見えているみたいだ。

 一つの動きから次の動きが予測出来る。判断速度が明らかに違う。
 いや、それだけじゃない。むしろそう、まるで世界がゆっくりと動いているかのような、そんな気分だった。

 俺の動きが速くなったからかな。目がその速度に慣れたのかもしれない。
 イズキが羽を使った時には不意だったとはいえ、全く動く事が出来なかったのに、今では当然のように反応出来た。

 戦い方が似ている二人。明確な差は手数と間合い。機動力は互角、となれば距離を詰めるのは難しい。
 間合い管理をされ続けて完璧に処理させる。それが最悪のパターンだ。

 それなら賭けるしかない。

「ねえイズキ。そろそろ終わりにしよっか」
「そうね。これ以上の思い出は毒にしかならないわね」
「うん、もしもそうなったら、思いっきり苦しんでね」
「……オマエ、性格終わってるわね」
「今更でしょ? これからも変わるつもりはないよ」

 魔族の娘、イズキ。明らかに人の魔力量と質を超えているその力。
 そんな彼女とこうして対等に戦えている。その事が純粋に嬉しかった。

 だけど楽しい時間は一時の愉悦でしかない。
 幸せの後に待つのはつまらない時間。
 プラスの後にはマイナスがある。
 幸福の後には必ず何かしらの形で不幸を受け止める事になる。

 だけどその逆はない。
 マイナスの後にプラスがある事なんて少ないんだ。プラスだと思い込もうとしても、ふと振り返ってしまう。思い出してしまう。
 既にニュートラルが本来マイナスだったんだって。

 人は後悔する生き物だ。振り返ればそこにあるのは数えたくないほどの後悔。小さいものもあれば、大きなものも、沢山の後悔が山になってる。

 今日もまた一つ。後悔を増やす。

 この手で、友達を殺すんだ。

「いくぞ」
「ええ、来なさい!」

 俺の全てを受け止めてくれるつもりなんだろうね。足を止めたイズキに向かって、俺は今出来る最大出力で突っ込んだ。

 最大の暴風で自身の身体を放った直後、全力の出力で[風]を発動させた。

「【魔核術・花鳥風月・風応用形・——】」

 今日まで一度も出来た事はなかった。失敗すれば右腕はぐちゃぐちゃになると思う。それでも、今なら出来るって確信していたんだ。

 全力の[風]を右拳に纏わせる絶技を。

「【——纏嵐拳《てんらんけん》】」

 普段は両手に分散させていた全力の[風]を拳に纏い、巨大な暴風を制御する。
 少しでも集中が乱れてしまえば自身の力によって片腕を失う事になるだろう。それでも迷いはなかった。

「本当に成長し過ぎよ、まるで物語の主人公だわ。でも、ご都合主義って嫌いなのよね。だから全力でわからせてあげる」

 イズキの全身から真紅に染まった魔力が溢れていた。
 謎に魔力が回復した俺が言うとフェアじゃない気もするけど、それにしたって……なんて魔力量だ。

 魔力出力は魔法の強さと規模に直結し、魔力総量は持久力に関わる。
 ここまで戦ってまだ魔力量に余裕があるなんて、改めて思った。イズキは本当に魔族なんだね。

 激しく燃え盛る爆炎を纏った剣を横薙ぎに振うイズキ。そんな彼女へと俺は正面から暴風を叩き付けた。

「「はああああああっ!」」

 お互いの拳と剣が触れ合う事はなく、それぞれが纏っている暴風と爆炎が激しくぶつかり合い、余波によって周囲の地形が徐々に、だけど確実に抉れ続けていた。

 お互い全力だ。今出来る最大の力をぶつけ合う。少しでも恐れれば、退けばその瞬間に押し切られる事になる。

 魔法の出力は互角。俺は回復して、イズキは消耗してるっていうのに、あの経験によって得た新技だというのに、それでも互角。
 これが魔族の、イズキの実力なんだ。

 だけど、そんな事は最初からわかっていた事だ。

——俺は、俺たちは魔装騎士だ。

「はあっ!」

 正面からぶつけ合っていた拳の角度を変え、上から叩き付けた。

「——っ!?」

 いきなり力の方向が変わった事でイズキは驚いているみたいだけど、流石だね。ほとんどバランスを崩す事すらなく、上へと跳んだ俺へと目を向けていた。

 突然イズキの頭上を跳び越すように宙返りし、目の前から上へと消えた俺に向かって怪訝な表情を浮かべているけど、良いの? また忘れてない? それじゃあ、前が死角だよ。

「今度こそだよ、イズキ【刺烈】」
「最略!? 舐めるんじゃないわよ!」

 イズキの目の前に突然現れた水花。同じ失敗はもうしない。コートに守られていない身体に向かって鋭い刺突を放つけれど、彼女の反応は早かった。

 剣で受け止めようとしているイズキの背中に、俺はそっと手を置いた。
 コートに空いた穴に掌を押し付けるように。

「二人で一つ。それが魔装騎士だ」

 触れられた事による動揺もあり、イズキの動きが止まった。
 その隙を見逃す水花じゃない。軌道修正された刺突がイズキに突き刺さり、先端に封じ込まれた暴風が解放されるその瞬間。

 俺もまた暴風を放つ。

「「【嵐封交差《らんふうこうさ》】」」

 前後からピッタリと同じ場所に向かって放たれた暴風は逃げ道を失い、イズキの身体を引き裂きながら上空に向かって弾けていた。

 お互いに完全詠唱の[風]じゃないけど、今までと違ってこれから衝撃の逃げ道がない。
 力の全てがイズキの身体へと伝わり、今までにない威力を発揮していた。
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