フィフティドールは笑いたい 〜謎の組織から支援を受けてるけど怪し過ぎるんですけど!?〜

狐隠リオ

文字の大きさ
48 / 56
第二章

第二話 闇の力

しおりを挟む
 全身から漆黒の魔力が吹き出し、俺の意識が肉体から離れていった。

——妙な感覚だ。相変わらず。

 自身の肉体を後ろから眺めているような、そんな感覚。身体を動かしている感覚はあるのに、俺の意識は反映されない。

 そう、身体が勝手に動くんだ。

「やらせない」

 橋の上で無防備に立っている水花に攻撃しようとしていた、いや確かに殺そうとしていた少女の前に割り込み、自身の身体を盾にして護ろうと動いたけれど、無視された。

——こいつっ!

 あくまでも狙いは水花。その姿勢を崩さない少女に苛立つ一方、俺の肉体は反応速度を落とす事はない。まるで少女が俺の事を無視すると最初からわかっていたかのような速度で反応すると、すぐに追い付いた。

 剣に纏わせた嵐の勢いを加速させ、手加減する事なく少女へと背後から斬りかかる。振り返った少女は俺の一撃を防御のために腕を上げていた。

 こいつは一体どんな神経をしているんだ? ただの斬撃でも腕で防御するだなんて選択肢はない。鈍だったとしても本能的な恐怖心が芽生えるはず。それも今は[花鳥風月・月]を発動した状態、つまり強化状態で発動している[嵐纏刃]による一撃だ。

 見た目からしてどれ程の暴力が圧縮されているかわかる。
 それを少女は平然とした態度で見つめ、そして本当に腕で受けていた。

 少女の左腕はもう使い物にならないだろう。複雑に荒れ狂う嵐の衝突によってありとあらゆる方向から捻じ曲げられ、場合によってはぐちゃぐちゃに引き裂く事だってありえる。いや、生身の腕、それも少女の細い腕ならばまずそうなる。

 斬られるのは痛い。だけど力によって無理矢理引き千切られる痛みは想像を絶するだろう。
 それはおそらく精神的にも大きなダメージを与えるだろう。そんな狂気染みた技を俺は欠片も躊躇う事なく振るったんだ。
 何か大切なものが薄れていくような感覚。これが[月]の代償だとでも言うのだろうか。
 でも良いんだ。何かを失ったとしても、水花を失う事と比べれば些細な事だ。

 嵐と腕が触れ合った瞬間、少女の身体は大きく吹き飛ばされ、橋の反対側から下へと落下していた。
 さっきは平然と飛び降りていたけど、今回は状況が違う。高所から落ちれば人は死ぬ。呆気なく、命は終わる。

——今ので死んだかもな。

 腕の痛みと落下による痛み。どちらもショック死してもおかしくない。

 そう、思っていたんだけどな——

「ふーん、あまあまのあまにしては悪くない一撃なの。でも、マジギレしてこの程度なのですか? むー、良い報告は出来そうにないのです」
「……ふざけるな。なんで無傷なんだよ」

 平然とした様子で橋の上へと戻って来た少女。その腕は千切れるどころか無傷にしか見えなかった。
 回復? 再生? どんな魔法を使ったんだ?

「別にふざけてなんてないのです。ただおまえの一撃がなのの防御力を突破出来なかった。ただそれだけなのです」
「防御力? なんだよそれ。硬化能力でもあるのか?」

 問い掛けに対して少女は右腕を持ち上げると剣を、いや剣が纏っている嵐を指差した。

「それと同じなのです。風とは即ち空気の流れなのです。瞬間で稼働する空気の速度と量によって破壊力を宿すのですよ。魔力も束ね、纏う事によって実体を得るのです」
「……は?」

 魔力が実体を得る? この子は一体何を言ってるんだ?

「適当な事言うなよ。魔力は魔法を発動させるためのエネルギーでしかない。エネルギーが実体を得るなんてありえないだろ!」

 エネルギーはエネルギーでしかない。それ自体はただの原動力であって他に影響を及ぼす事なんてない。
 魔力は魔法を使うために使用するためのもの。例えるなら魔法の原材料だ。
 原材料を術式という調理過程に送る事によって魔法という料理が完成するんだ。

 それが今までの常識だった。

 憐れむような視線を俺へと向ける少女。その表情には呆れすら混じっていた。

「世界を知らない引きこもりたちの反応はいつも同じなのです。ありえない、不可能、無理。そんな事ばかりを言うのがテッパンなのです。おまえの頭についてる二つの目は飾りなのですか? 目の前で常識とやらを破壊する事実があるというのに、それでも認めないとか脳味噌じゃなくて蟹味噌でも詰まってるんじゃないのですか?」

 常識を破壊する事実。少女の異様な防御力の事か? 確かに魔力が実体を得るのならそれを纏う事に盾や鎧のように使う事も可能……なのか?

 新たな知識に困惑していると少女は戦意をなくした表情で深く息を吐いた。

「もう良いのです。最低限の役目は完了なのです。この先どうするかはあの変態に任せるのです」
「変態?」
「そうなのです! 上の命令で組む事になった変態なのです! なのはまだまだちんちくりんだって自覚があるのです! そんななのに対してアプローチを続ける奴なんてロリコンの変態変質者でしかないのです!」
「……えーと、お疲れ様?」
「本当に勘弁して欲しいのです!」

 なんだか苦労しているらしい。
 それにしても俺の周囲って微妙に変態が多くないか? それにロリコンって言われると喧嘩別れしてしまった親友の事を思い出した。

「どうやら面白い話をしているのですね。私たちの常識を破壊するかの如く新説。実際にこの目で見ていなければただの妄想だと切り捨てていました」

 知っている声が聞こえた。

「……誰なの? ちっ、随分と男受けの良さそうな身体をしていやがるのです」

 冷静な声に表情。その手にした杖の先端は下りていて地面に向けられているけど、現れた少女、小泉雫の瞳には強い警戒の色が見えた。

 そんな彼女の背後に隠れるようにしている水花。その瞳は不安と恐怖に揺れていて……とても戦える精神状態じゃない事は明らかだ。
 どうして近寄らせた? そんな半ば理不尽な怒りと共に彼女が側にいるなら安全だろうという安堵もあった。

 俺も水花もこの身で良く知っている。小泉ほど防衛戦に向いた魔操師はいないからな。

 そんな彼女に対して最初は興味なさそうにしていた少女だったけれど、視界に入れて小泉の姿を認識するのと同時に不機嫌そうに目を細めていた。
 セリフからして透けてるけど、僻みだね。でも本人がついさっき言っていたようにまだまだ子供だ。これからに期待出来るだろう。

「小泉……どうして?」
「水花さんの様子がおかしい事に気が付かないわたしたちではありませんよ」
「たち? って事は常も?」
「途中までは一緒でしたが引いてもらいました。……その」
「いや、それで正解だと思うよ。ごめんね、ありがとう」
「あなたに礼を言われるような事ではありませんよ」

 小泉は常の大ファンだ。そんな彼女にとって常を引かせた事は、暗に足手纏いだと伝えた事は酷く心を痛めたのだろう。
 悲しそうに一瞬だけ瞳を揺らした彼女に感謝を伝えると、彼女は驚いたのか僅かに硬直した後、普段通りの……いや、僅かに微笑んでいた。

「……なのの前で良くもまあそんなに堂々とイチャイチャ出来るのです。リア充は爆殺してやりたいのです」

 ジト目を向けて来る少女の言葉に過剰反応し否定の言葉を叫んでいる小泉は置いておくとして、俺は微笑んだ。

「この先は変態に任せるんでしょ? もう戦いは終わりだよ」
「……そういえばそんな事も言ったのです。むう、なんだかおまえの相手はやり難いのです」
「そう?」
「……はぁー。帰ってアイスでも食べるのです」

 ガックリとわざとらしく項垂れた後、背中を向けて歩き出した少女は、ふと立ち止まると振り返った。

「そういえば状況が変わったので教えてやるのです。なのの名前はなのなのです!」

 一方的にそう叫んだ後、少女は、なのは何度も高く跳び上がって街中へと姿を消していた。

 突然の襲撃はこうして幕を引いた。……いや、これは終わりなんかじゃない。
 きっと何かに繋がるプロローグ。

 不吉な何かへと。

   ☆ ★ ☆ ★
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...