強くてニューサーガ

阿部正行

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10巻

10-1

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 1


 有史以来、人族と魔族が争う大陸ロインダース。
 穏健派だった魔族の王ルイーザによってここ三百年保たれていた仮初かりそめの平和が終わり、新たに即位した魔王による、後に『大侵攻だいしんこう』と呼ばれる魔族の総攻撃が始まって半年。まだ、戦いは続いていた。


 武器や防具がぶつかり合う金属音に、怒号や怨嗟えんさ、断末魔の叫びが絶えず木霊こだまする、血煙ちけむり漂う戦場。人族領と魔族領の境にあるこの平原では、両軍を合わせて数万に上る兵が入り乱れている。
 人族側は、人間だけではなくドワーフやエルフ、果ては獣人やリザードマンといった少数種族までもが参加する混成軍だ。
 対する魔族の軍は、ゴブリンやオークといった半魔族と呼ばれる種族がほとんどだった。
 ゴブリンはみにくい小鬼、オークは豚の頭を持った人といった形状で、平均的な人族兵と実力にさほど差はない。だが、いずれも生命力が高い上にとにかく数が多く、人族の兵に比して倍近かった。
 本来なら数が戦況を支配するものの、人族側は装備や練度、統率の面で大きくまさっており、全体としてはむしろ有利に戦いを進めていた。
 人間の兵が剣と盾を構えてオークの突進を押さえ込んで防いだかと思えば、ドワーフが戦斧を振るって斬り込んでいき、エルフの精霊使いが火の精霊で援護する。そうして敵が乱れたところに、敏捷な獣人達が側面から襲い掛かる。
 エルフとドワーフの間ほどではないにしろ、人族は全体的に種族同士の仲が良いとは言えない。それでも、この戦場においては、多少つたないながらもそれぞれの特性を生かした連携が取れていた。勿論、ここに至るまでには様々な曲折きょくせつがあったのだが。
 対して魔族側は、数に任せた力押しばかりで、連携はほぼ皆無。装備もその多くが人族から鹵獲ろかくしたものと思われ、準備という点では完全に人族側がまさっていた。
 だが、これだけ有利な条件が揃ってようやく、人族側がやや有利といった様相なのだ。もし何の準備もなく戦いになっていれば、どうなっていたか……人族からしてみれば、想像するだに恐ろしいことだった。
 ともかく、今回の戦いも人族側が押しつつあり、何事もなければこのまま優勢勝利になるだろうと思われた――そう、何事もなければ。
 突如として、火山の噴火にも似た衝撃と轟音が響いたかと思うと、噴煙のような砂ぼこりがもうもうと巻き上がる。
 近辺の人族兵達が思わずそちらに視線を向けると、砂煙の中からは巨大な人型の影が現れた。
 その見上げるほどの巨体もさることながら、何より目を引くのは、あまりにもアンバランスなシルエットだった。
 尖って盛り上がった肩に、胴体と同じくらいの太さで身長よりも長く地についてしまう両の腕。
 先ほどの噴火のような衝撃は、この腕で地面を殴りつけた結果生じたものであり、その跡には爆心地と見紛みまがう円形の穴が開いている。
 巨体の魔族は人族の軍に突っ込んでいき、巨腕を無造作に、しかし凄まじい勢いで振り回す。
 ひと振りで十人単位が紙屑かみくずの如く吹き飛ばされるさまは、まさに暴威。意思を持った災害が人族の兵を蹂躙じゅうりんしていく。
 無論抵抗は激しく、兵達は手にした刃で斬りかかろうとするが、でたらめに振り回しているとしか思えない巨腕をかいくぐることはできなかった。
 ならばと腕そのものに狙いを定めても、とてつもなく頑強でいくら斬りつけようが傷つかないどころか、剣の方が破損するばかりだ。
 いわんや弓矢などの飛び道具が効くはずもなく、火炎の魔法は僅かに焦げ目を付けるにとどまり、進撃を止められない。
 これこそ、ゴブリン達のような半魔族とは違う、人族の宿敵たる本物の魔族なのだった。そのあまりの強さは局地的ながらも戦局を変え始め、それは次第に戦場全体へと波及していく。
 これが魔族の恐ろしいところである。数が支配するのが戦場の常識だというのに、個人で戦局を変えてしまう実力を持っているのだ。
 先ほどまでの優勢から一転し、人族側に動揺が広がりつつある最中、近くにまた新たな魔族が現れた。
 こちらは先ほどのものに輪をかけて異形で、背面から巨大な針――いや、もはや剣と言ってもいいくらいに鋭い刃物が無数に生えていた。いて例えるならば、人間大の針鼠はりねずみである。
 それは、本当に針鼠のように丸まって刃だらけの球体と化したかと思うと、回転しながら突進を開始する。
 転がっているだけだというのに、人間どころか獣の全速力をはるかに超えた速さに達した新手の魔族は、容易く相手の防具を貫き斬り刻んでいく。反撃は体を覆う刃に阻まれ、何よりその速さについていけず、人族の兵に為すすべもない。
 更にもう一人、魔族が現れた。しかし、誰もその姿を見ることはできない。何故なら、身体の大半が地の下に隠れているからだ。
 見えるのは、腕。地面から突き出た、鋭く分厚い鉤爪かぎづめの付いた腕だけだった。
 ドワーフ兵達の中央に突如現れた、人よりも獣に近いその腕は、甲冑を易々と貫いて命を奪った後、現れたときと同じように突如として消える。
 何をされたのか、何が起こったのか解らないでいると、すぐ側にまた現れて同じように命を奪っていく。
 他の二人とは違い、いつどこから襲われるか解らないその恐怖はまたたく間に兵達の間で伝染し、高い練度で統率されていた陣形が乱れ始める。
 三百年前の大戦では、魔族は一人で人族の兵千人に匹敵すると言われていた。
 多くの人族は、それは大げさに伝わった話であるとして、本気にしていなかった――この戦争が始まるまでは。
 両軍合わせて数万を数える戦場において、今まさに僅か三人の魔族が戦局を変えようとしており、このままいけば勝敗がどうなるか解らない流れになりつつある。
 しかし、人族にも個人で魔族に対抗できる者はいるのだ。
 それは、英雄と呼ばれていた。


  ◇◇◇


 蹂躙を続ける魔族達の出現場所から少し離れた場所に、戦場を俯瞰ふかんできる小高い丘があり、そこに三つの人影がある。
 一人はくすんだ金髪の若者で、口の両端を軽く吊り上げながら、戦場と魔族の動きを目で追っている。
 その姿の中で特に目立つのは、手にしている黒剣。これは三百年前の戦いで当時の魔王を英雄ランドルフが討ち取った際に使用した、伝説の剣だ。

「おーおー、元気に暴れてること。さて、誰がどれに行くか……カイル、お前はどうする?」

 そう、金髪の若者――セランは背後に問う。その声は戦場にはそぐわない気楽さで、いつも通りまりのない表情を浮かべたままだが、ただ一つ、魔族達を観察している眼光だけは鋭い。

「そうだな、俺はあの針鼠にするかな?」

 答えたのは、魔法剣士カイルだ。
 伝説上の存在に近い古竜ゼウルスの皮を加工した鎧と、古代魔法王国ザーレスが技術の結晶ともいうべき魔剣。どちらも神話として後の世に残っておかしくない装備に見合った実力を持つカイルは、まさに英雄と呼ばれるに相応しかった。

「じゃあ俺はあの地面に潜ってる土竜もぐらの方か。いや、オケラって言うべきかな?」

 腕だけしか姿を見せていない魔族を、セランがあごでしゃくる。

「いいのか? どっちかと言えばああいうのは苦手だろ?」

 疑問に思ったカイルが訊いてみる。
 人には得手不得手えてふえてがある。カイルに優るとも劣らない強さを持つセランは、正面からの一対一の戦いでこそ最も実力を発揮できるタイプだ。
 その条件ならばたとえ格上でも倒せる確率が高いのだが、逆にからで来る相手は少し苦手としている。

「いつまでも食わず嫌いするってのもな。最近はロドグーも食べるようになったんだぞ」

 ロドグーとは、栄養豊富ながらクセの強さで好みが分かれる野菜で、セランもまた子供の頃から苦手にしていた。

「……それって単に好みの変化の問題じゃないのか?」

 セランの言葉の裏に、ある魔族の影響を感じたカイルだったが、あえてそれ以上は口にしなかった。
 今この瞬間にも、魔族により兵の命が奪われている。
 しかし、二人は焦らない。いつもの軽口を叩き合いつつも、その目は魔族の一挙手一投足を見逃すまいとつぶさに観察していた。
 相手についてよく知らぬまま戦うというのも多々あることだが、確実に倒したいならば情報を得るべきなのは当然である。今にしても、即座に突っ込むよりあえて時間をかけて観察した方が結果として味方の被害を減らせる。それをよく解っているのだ。
 その観察も終わり、いよいよ動き出そうとしたとき。カイルはこの場にいる三人のうち、会話に加わることのなかった最後の一人に話しかける。

「じゃあ残りの……おっと」

 二人のような人間ではなく、直立した人間大の爬虫類といった外見であるリザードマンの戦士バスケスは、カイルに答えることなく駆け始めた――巨腕の魔族を目標に見据えて。

「相変わらずだな」

 元々バスケスの口数が多くはないと知っている二人は、軽く笑って見送る。
 そこには、この半年の戦いの中でつちかわれた絶対の信頼が込められていた。

「じゃあ俺達も行くか」
「ああ」

 カイルとセランもまたそれぞれ、針鼠の魔族と土竜の魔族へと向かっていった。




 2


 今もなお暴れ続けている巨腕の魔族めがけて駆けるバスケス。そこまでたどり着くには、味方の人族兵の密集地帯を越えていかなければならない。
 勿論、密集していると言っても隙間が一切ないわけではないので、その間をすり抜け、時には跳躍して踏み越えるなど、最短距離を一直線に駆け抜ける。
 何かによってそれを察知したのか、周りの人族兵をなぎ倒していた巨腕の魔族は、向かってくるバスケスの方をはじかれたように見る。
 そして、ひと目で危険な相手だと悟ったのだろう、反射的に思い切り殴りつける。
 しかし、焦ったのかその巨大な腕をもってしても届かない、早すぎるタイミングだ。それ故何かしら対応する必要がないバスケスは、好機とばかりにそのまま突っ込んでいく。
 そんな相手を見て、魔族はにやりと笑い、腕に力を込める。すると、それまでも十分大きかった腕が更に巨大化した。長さは倍以上に伸びて破壊力も増し、当たれば人としての形すら残るかどうか怪しいほどの攻撃となる。
 届くはずのなかった間合いに突然の変化を起こした巨腕の魔族は、もはや回避できるはずがないと確信していた。
 だがバスケスはそれをものともせず、避けるのではなく更に速度を上げることにより、多少かすったのみで潜り抜ける。

「ふム、確かに凄まじい破壊力だナ……だがそれだけダ」

 リザードマン特有の、語尾が少し高くなる口調で、つまらなそうに呟くバスケス。
 そして驚愕きょうがくの表情を浮かべる魔族に肉薄すると、突進の勢いそのままに首筋へと斬り付ける。

「ほウ、反射神経はなかなかだナ」

 確実にった――そう思ったバスケスだったが、魔族は身をよじることで、なんとか致命傷を避けるくらいには回避に成功していた。

「な、何故反応できた!?」

 後方に飛んで距離を取った後、巨腕の魔族は驚きを隠せない言葉を漏らす。
 バスケスの迷いない動きは、まるで腕が伸長すると知っていたかのようだった。

「お前の戦いぶりを見ていれバ、簡単だろウ?」

 バスケスはバスケスで、なんでそんな当たり前のことを訊くのかといぶかしむ。
 というのも、彼は先ほど魔族の戦いぶりを観察する間に、視線や身のこなしから最大の間合いを測り終えていたのだ。
 そうして、元の巨腕よりも更に長く伸びる武器の類か何かがあると、簡単に見抜いていた。
 これはまさに、これまでの戦いの経験の賜物たまものだった。

「今のが奥の手というのであれバ……とっとと終わらせるカ」

 バスケスの速さからしてみれば、あの長い腕など文字通り無用の長物で、脅威にならない。
 今与えてやった傷は深手ではないが決して浅くもないと判断し、一気に勝負をつけるべく、バスケスは駆け出す。
 が、その背後から鞭のようにしなった腕が迫る。意表を突かれた形になったバスケスは、それを何とか回避した。

「ほウ……短くすることもできるのカ」

 意外に思いつつも感心した声を出すバスケス。
 どうやらこの魔族の腕は伸縮自在のようで、急速に縮めることにより背後から攻撃したのだった。まだ十分長いが、接近戦でも使えるサイズとなっている。
 またバスケスは、相手が先ほど自分の攻撃を、ギリギリとはいえ回避したことも思い出す。 

「面白イ!」

 好戦的な笑みを浮かべたバスケスが斬りかかり、もはや巨腕ではなくなった魔族が決死の顔で迎え撃つ。
 周りの人族や半魔族の兵達は、両者の迫力に気圧けおされたのか距離をとり、一騎打ちの空間が出来上がった。
 シミターと呼ばれる曲刀を自在に操るバスケスの剣技は、儀式的な剣舞と見間違うほど流麗りゅうれいで、戦場であってさえも敵味方を問わず見惚みとれるほどだった。
 その圧倒的な剣技にかろうじて対抗しているものの、最初の負傷も響いているのか、魔族は翻弄され、徐々に、しかし確実に追い詰められていく。
 しかしその顔には、決して退かないという決意が浮かんでいた。

「その覚悟よシ! こちらも本気を出そウ!」

 隠しきれない喜びの声と共に、バスケスはシミターを振るった。


  ◇◇◇


 一方その頃、セランと戦っていた土中に潜む魔族は、いまにも逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
 つい先ほどまで非常に気分よく人族どもを狩っていたというのに、どうしてこうなったのか、と。
 自慢の強靭な爪で土をけて地中を自在に移動し、優れた耳と鼻で地上の様子が手に取るように解る。そうして相手から視認されず、反撃されることもなく一方的になぶることができるのが、この魔族の能力だった。
 自分にとっては人族など所詮狩りの対象でしかなく、戦場はまさに最高の狩場――彼はそう思っていた。
 そしてまた、不運な標的を狩ろうと地中から爪を突き出したその瞬間、腕に痛みが走る。

「ぐっ!?」

 反射的に腕をひっこめてすぐさまその場を離れる。腕を見れば、それほど深くはないものの、確かに傷がついていた。

「おのれ! 人族如きが!」

 自分が何をされたのか理解した瞬間、怒りで頭が沸騰する。狩りの標的でしかないはずの人族に思わぬ反撃を食らったという事実が、実際の傷以上にプライドを傷つけたのだ。
 絶対に許せない、切り刻んでやる、と歯ぎしりをする。
 まわしいことだが、相手は自分の返り血を浴びているはずなので、その匂いをたどれば特定は難しくない。
 愚かにも、対象は移動していないようだ。勿論楽には殺さない。まずは足を狙って動きを封じた後、切り刻んで殺してやる。
 地中の魔族は暗い笑みを浮かべながら近づいていき、思い切り腕を地上に突き出し――また痛みに腕をひっこめた。

「ば、馬鹿な!?」

 腕を見ると、先ほどと同じくらいの傷がまたついている。
 一度ならず二度までも、と更に怒りが加速すると同時に、これは偶然ではないのでは、とも考え始める。
 以前にも、反撃を受けたことはあるにはあった。だがそれはあくまで偶然で、決して二度目はなかった。
 それでも、今回も偶然が重なっただけだと無理矢理思い込み、三度攻撃する。が、傷が三つに増えただけに終わる。

「こいつ……俺がいつ攻撃するか解るのか!」

 自分の最大の優位性が通用しないと理解し、魔族は戦慄する。
 土の中を見通せるような何らかの能力を持っているのだとしたら、こいつは自分にとって天敵と言ってもいい。
 このまま逃げようかという考えが一瞬頭をよぎるが、ギリギリのところで踏みとどまる。
 もし本当に自分の能力が通じないのであれば、そんな相手をこのまま放置しておけないと考えたからだ。
 それに、土の中を自在に動けると言っても、さすがに地上を移動する速度とは比べるまでもなく遅いので、もし追われた場合は逃げきれない。
 何より、人族相手――格下相手に逃げるわけにいかず、また自分を傷つけた人族を許せないという歪んだ怒りが、彼の背中を後押しした。
 幸いにも、与えられた傷の具合から見て相手も完全に自分を捉えきれてはいないようなので、ある程度の被害を覚悟の上でならば必ず殺せるはず――湧き上がる嫌な予感と、逃げ出したい気持ちを必死に誤魔化ごまかしながら、地中の魔族はそう決意する。
 感付かれないようにゆっくりと、我慢比べのように近づいていく。そうして相手の真下に着いたところで、一気に攻撃を加えた。
 それも、ただの攻撃ではない。今までは片手のみしか使ってこなかったが、今度は絶妙のタイミングで挟み込むような両手での攻撃だ。
 片方を回避されようが、カウンターで攻撃されようが、もう片方で必ず仕留める。
 いわば、肉を切らせて骨を断つ作戦。人族相手にここまでやったのだ、必ず殺せる――そう確信していた。

「食いついたか」

 魔族の優れた聴覚が、意地の悪そうなそんな呟きを聞き取った。
 その意味を理解したのは、両腕が斬り飛ばされたのだと解った後である。
 今までとは比べ物にならない激痛に叫び声を上げる中、それを上回る激痛が背中に走る。
 確実に殺そうと地上近くまで来たのがあだになったのか、背中に剣を突き刺されていた。しかも、それだけではない。

「あらよっと!」

 釣りでもしているのかと思わせる掛け声と共に、背中に刺さっている剣を引っかけるようにして、地上に引きずり出されてしまった。

「お、そんな姿だったのか……爪からして土竜かなと思ったけど、人間型に近いな」

 魔族を引きずり出すことに成功したセランは、ニヤリと剣呑けんのんな笑みを浮かべる。
 実際、この魔族の姿は爪が鋭く――既に切り落とされているが――身体は体毛に覆われている以外に、特筆すべき点はなかった。
 だが魔族にとってはそんな感想などどうでもよく、凄まじいまでの激情を込めてセランを睨みつける。

「何故だ……何故俺の攻撃が解った!?」

 魔族固有の強靭な生命力で何とか立ってはいるが、それでも自分がもはやここまでだと理解していて、だからこそ聞いておきたかったのだ。

「ああ、なんとなくだ」
「な……」

 あまりに軽いセランの言い様に、魔族は絶句する。

「何となく解るんだよな、いつ攻撃されるかって」

 セランは本来、高い攻撃力を生かして速攻で相手を倒す戦法を得手としていた。しかし、ここ半年間魔族との戦いを繰り返してきた結果、生まれ持った野生の勘とその経験とが合わさって、この先読みの能力を得たのだった。おかげで、こと戦いにおいては高い確度で相手の行動を読めるようになり、戦術の幅が広がったと無邪気に喜んでいる。

「あとは、その攻撃より早く反撃すればいいだけだ」

 簡単そうに言うが、それが可能なのは人間の限界を超えた反射神経があってこそだ。

「だ、だが始めは掠り傷しか……」
「ああ、そりゃわざとだ。お前が相手を嬲り者にする性根の腐った奴だって解ってたからな。上手く引っかかってくれて何よりだ」

 セランとしては、自分を無視されて他の兵に向かわれたり、逃亡されたりすると厄介だった。
 完全に罠にはまったことを自覚した魔族は、更にもう一つ、あることに気付いてしまう。
 目の前の人間が持つ、三百年前の人族との戦いにおいて当時の魔王を討ち取ったといういわれを持つ、伝説の黒剣に。

「そ、その剣を持っているとは、まさか……貴様がセランか!」
「当ったり~」

 戦場には不釣合いな明るいセランの声を聴き、魔族の顔は恐怖と驚愕に歪む。
 魔族の間でも、人族の強者については話題に上る。中でも最悪の評判なのがセランであり、その噂は多岐にわたっていて荒唐無稽こうとうむけいな内容も多いが、実力の高さを伝えることだけは共通していた。そして今、それが事実だと身をもって知ることになったのだった。

「み、見た目が噂と違う……牙がないし、目があかくも吊り上がってもいないから、気が付かなかった……」
「一応言っておくが、お前らのとこで伝わってる噂、でたらめだからな……」

 魔族に自分の噂を広めた元凶の顔を思い出し、セランは頭が痛くなる。

「ま、終わりにすっか」

 とどめを刺さんと、セランが容赦なく襲い掛かる。
 魔族は絶望する。こんな相手に対しての最善手は逃走することであり、少なくとも無視して他を攻撃すべきだった。だが、もう遅い。
 そして、理解する。終わりの時が来たのだと。


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