強くてニューサーガ

阿部正行

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8巻

8-2

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 ギルボール国の大通りを、カイルとその仲間達が歩いていた。
 行き交う人のほとんどがドワーフではあるものの、ちらほらと人間や獣人なども見受けられ、なかなか活気がある。
 どこからか鉄を叩く音が響いているかと思えば、も聞こえてくる。酒好きのドワーフらしく、まだ昼の時間だというのに酒場からは陽気な声が上がっていた。
 実に喧騒けんそう溢れる賑やかな都市だ。

「まったく、無遠慮にしつこく見おってからに」

 そんなドワーフの国を感じているカイルの後ろを、不機嫌そうに歩くのはシルドニアだった。先ほどの謁見の間でのことを言っているのだ。
 あの場にいたのは一行の中でカイルだけだが、シルドニアにとって本体はあくまで剣であるため、自分のことをじろじろと見られたのと同じだった。

「ったく何で俺の剣を……」

 こちらもぶつぶつと文句を言っている、聖剣ランドの持ち主であるセラン。
 一時的とはいえ愛剣を手放していたのが、どうも落ち着かなかったようだ。ようやく腰に戻ってきた愛剣を撫でながらぼやいている。

「仕方ないだろ。ガラドフ王の武具の収集癖は有名だからな、まずはじめに機嫌を取りたかったんだ。見せたかったくらいだぞ、あの興奮ぶりを」

 カイルが苦笑しながら二人をなだめる。

「シルドニアだけよりも二本あった方が良いからな、おかげで話のつかみは上々だったぞ」

 実際、二本の名剣に心を奪われたガラドフの隙をつく形で、エルフとの件を上手く切り出せたのは間違いなかった。

「それにガラドフ王は名君だ、無理矢理取り上げるような愚かな真似はしないさ」

 多少公私混同するところもあるが、それも王としての責務に差しさわりのない範囲でだ。今の自分に強権を振るうことはないと、カイルは確信していたように言う。

「でも結局、エルフとの話し合いはしないんでしょ? やっぱりウルザの言った通りになったじゃない」

 とても名君とは言えない、とリーゼが少し不機嫌気味にこぼす。
 エルフであるウルザはこの国に入ることができず、今はもう一人の仲間のミナギと共に別の場所にいる。
 ウルザとしてもやはりドワーフには色々と思うところがあったようで、分からず屋のドワーフを説得して会談を再開させるのは無理だ、と断言していた。

「そうでもない、手応えはあったし、むしろ想定よりいい。少なくとも不意打ちからの切っ掛けとしては充分だったさ」

 勿論一番の理想は、会談をドワーフの側から申し込むよう誘導するというものだったが、これはほぼ無理だとはじめから解っていた。
 考慮する、という言葉を引き出せなかったら、また何回か面会を求めなければならなかったところだ。

「あと、魔族と戦ったというのはやはり衝撃的だったようだな」

 カイルはこれまで魔族に関して他言したことはなく、戦いの事実を知っているのは関係者であるガルガン帝国とジルグス国の中でも一部のみだった。

「これからは少しずつ、でも確実に魔族の脅威を知らしめていかなければいけないな」
「でも……」

 力を籠めて言うカイルに対し、リーゼが何か意見しようとしたが、結局は口籠もる。
 リーゼが何を言いたいかは解っていても、カイルもまた何も言えなかった。
 カイル達は既に何度も魔族と関わっていて、その根本的なところは人族と大きく変わらないと理解していた。特に何度か共闘もしているユーリガなどは、少なくともリーゼにとってはもう友人と呼んで差し支えなかった。
 カイル自身も、現魔王であるルイーザと取引相手という関係を結んでいる。
 だがそれでも止まるわけにはいかない、個人間では友誼ゆうぎを結ぶことはできても、人族と魔族が相容れることは決してないのだから。

「で、要件は終わったんだろ? とりあえずこの国を出るか」

 そんな微妙な空気を知ってか知らずか、いつものセランの空気を読まない声がかかる。

「思いのほか、居心地よかったけどな。しっかし地下都市ってのも、来る前に想像していたよりかすげえな」

 セランが天を見上げると、そこにはあるべきはずの空はなく、剥き出しの岩盤がんばんがある。
 というのも、ギルボール国は地中深くの巨大な空洞内にある地下王国で、そこにおよそ十万を超えるドワーフが住んでいた。

「むしろ地上より過ごしやすいくらいよね。どうなってるのかな?」

 リーゼが辺りを見渡しながら感心したように言う。
 地下ではあるが、魔道具によるあかりがあちこちに設置されているため、流石に全体的に薄暗いながらも生活するのに不自由はない。更には夜の時間帯には暗くなり、ちゃんと外と同じ一日のサイクルがあった。
 どんな技術なのか、気温や湿度の調整もできているようで、一番の問題であろう空調も無数の通風孔のおかげか息苦しさは感じられず、地下とは思えないほど快適だ。
 地下水を引いた川まであり、どこかには畑や牧場もあるそうで、その気になれば十年単位で籠城ろうじょうできるらしい。

「そして頑健よな、確かに人族の国の中で最も防御に適した国じゃな」

 シルドニアも同様に感心する。
 壁面が剥き出しの岩盤なので、圧迫感はあるが、同時に強固さを物語ってもいる。
 ここにたどり着くまでには、入り組んだ地下道を通らなければならないようになっている。つまり人族間の戦争で基本となる人海戦術による攻撃は全くと言っていいほど効果がなく、最も難攻不落な国であるのは間違いない。
 この絶対の防御がギルボール国の自信となり、ガルガン帝国に対してさえも毅然きぜんとした態度を崩さないでいられた。

「だからこそ、圧倒的な個の力を持つ魔族に敗れた」

 カイルの言葉は呟くような小声だったが、そこには重々しさが溢れており、仲間達は一様に黙ってしまう。
 カイルが体験した未来では、魔族の一斉攻撃、『大侵攻だいしんこう』で真っ先に滅んだのが、このギルボール国だった。
 いつもと何も変わらなかったその日、何の前触れもなく西の魔族領から現われた魔族が一気に攻め込んできた。
 地下通路は限られた人数ずつしか通れないが、一人で人族の兵千人以上に匹敵すると言われている魔族にとっては、むしろ限られた空間が有利に働いた。
 そして侵入路が少ないということは、逃げ道も限られているということ。無論ドワーフ達も力の限り抵抗したが、一度侵入されるともろかった。

「確かに魔族ならこの防御も破りおるな」
「その『大侵攻』のときは魔族もほとんど死兵だったんだろ? 一度懐に入られると相当きついな」

 さもありなんとばかりにうなずくシルドニアとセラン。
 カイル達の脳裏には、この地下王国が死すら覚悟した凶暴な魔族に蹂躙じゅうりんされる地獄のような光景が浮かんでいた。
 ふざけ合いながら脇を走り抜けた小さな子供達が、幻の火の海の中へと消えていく様子を想像し、リーゼが悲しげな顔になる。

「だが盟約を結んでいたはずのジルグス国からの救援は来なかった……同じように魔族の襲撃を受けていたからだ」

 そのときのことは決して忘れない、とばかりにカイルの顔は憤激に歪み、歯ぎしりが鳴る。
 ここと同時に攻められたのはカイル達の故郷のリマーゼの村であり、あっという間に壊滅状態になった。
 その後、幸いと言うべきか魔族はギルボール国の侵略を優先したようで、一時的にジルグス国での魔族の攻勢は弱まり、立て直す時間が出来た。
 そこですぐさま他国、特にギルボール国と連携を取って魔族に対抗すべきだったのだが、当時の国王レモナスが欲を出した。危機に陥ったところを助けて恩を着せようと、正式な要請が来てから救援に向かう、と決定したのだ。
 自国の防衛を最優先するというある意味では当然の選択であり、またギルボール国の難攻不落ぶりを良く知っていたからという側面もあるものの、これはあまりにもマズい判断だった。
 結果、ギルボール国は援助を出す間もなく、数日で滅んだ。
 それは文字通りの完全な滅びで、十万を超えるドワーフ達が一人残らず殺されるか魔族領へと連行された。
 人族でも一、二を争う強固な国が真っ先に滅ぶ――この到底信じられない報に人族領は激震し、あわてて連携を取ろうとするが、その時点で魔族は人族領に深く食い込んでいたため、国同士・種族間の連携を阻害、分断され、各個撃破されていく。
 この初期対応の失敗は他の国でも起こっており、人族が滅亡寸前にまで追い込まれる大きな要因の一つだった。

「あれを繰り返させるわけにはいかない。そのためにもドワーフとエルフとの対話は必ず成功させる」

 カイルは爪が食い込むほど握り拳に力を籠め、断固たる決意と共に言った。

「で、でも良かったね、カイルのしてきたことが評価されて」

 またも重くなりかけた空気を打ち消そうと、今度はリーゼが明るい声を出す。
 カイルの当初の目的の一つであった、英雄となって人族全体に影響力を持つことは、ほぼ達成できたと言える。
 これまでの功績と広まった名声により、カイルの発言が無視されるようなことはなくなり、実際に一国の王であるガラドフも配慮するレベルになった。
 今までの行動は無駄ではなかった。仲間がそう言ってくれる気遣いはカイルにとって本当に嬉しく、また心強かった。

「……確かに耳は貸してくれるようになった。だが、動いてくれるかどうかはまた別だ」

 しかし、英雄になるのはあくまで目的のための手段に過ぎないので、そこで満足するわけにはいかない。
 そして次の交渉相手は、そんな名声など通じないエルフだった。

「エルフかあ……ウルザに期待するしかないね。上手くいっているといいんだけど……?」

 この場にいない仲間のことを考え、リーゼが不安そうに言う。
 エブンロの森はウルザが生まれた場所であることもあって、先行して話し合いの場を作ってもらっている。
 相当な難事であるにせよ、ウルザが何としてでも成し遂げてくれるはずだ、と皆が信じていた。

「信じるしかないな」

 カイルはエブンロの森のある方向を見ながら、そう呟いた。




 2


 ギルボール国を出て、なだらかに続く平原を進むこと五日。カイル達はエブンロの森の外縁部に来ていた。
 事前に決めていた待ち合わせ場所に向かうと、そこにいたのはカイルの仲間の一人、ミナギだ。

「予定通りね、カイル」

 ミナギはやってきたカイル達を見て、軽く微笑ほほえむ。以前のミナギならば、こんなふうに表情を変えることなどなかっただろう。しかし、師にして育ての親であるソウガとの対決を経て、心境の変化があったようだ。
 そして仲間達はその変化を好ましいものとして受け取っており、カイルも軽い微笑みでそんなミナギに応える。

「こっちは大体上手くいった。そちらはどうだ?」

 魔道具を使った定時連絡で互いの状況は大体解っていたが、一応確認をとる。

「変わっていないわね。今、ウルザが森に立ち入る許可を貰いに行っているところ」

 エルフでない者を許可なく森の中に入らせないというおきてがあるために、はじめにウルザがその許可を得るべく森に入り、ミナギは待機していたという。

「ただ、予定ではもうとっくに戻ってきていい頃なのだけど……」

 そう言って、少しだけ不安げな顔を見せるミナギ。
 エルフ達の居住区はここから丸一日かかる場所。それでも往復二日で戻ってこられるはずだ。
 だが今日で既に七日。何かしらのトラブルが起こった可能性もある。

「でもここってウルザの故郷の森なんでしょう?」
「ウルザは半ば強引に飛び出したって言っていたからな、急に戻れば……場合によっては拘束されているかもしれないということか」

 シルドニアがぼそりと言うと、一行は静まりかえってしまう。
 あくまで可能性の話だが、こういうときは考えれば考えるほど、嫌な方向に思考がいくものだ。
 カイルがミナギを見ると、彼女はそっと首を横に振る。
 実は、隙があればウルザの後をつけてほしいとカイルから頼んでいたのだが、人間の中では最高峰の隠密技術を持っているミナギでも、森の中でエルフの眼を誤魔化ごまかすのはやはり無理だったようだ。

「ウルザはともかく、他のエルフの眼がね……」

 ミナギはちらりと森の奥を見る。どうやら現時点でも、こちらを監視している眼があるようだ。

「……ここはウルザを信じて待つしかないか」

 不安はあるがそれしかないか、とカイルが言ったとき――

「いや、その必要はないようだぜ」

 セランが森の奥から複数の気配がやって来るのを感じとった。それは獣などではなく、明らかに意思を持つ人だった。
 やがて姿を現したのは、二人のエルフ。
 一人はウルザで、もう一人は人間なら二十代前半くらいであろうエルフの若者。彼はロングボウを手にしており、背には矢筒がある。
 エルフらしく整った顔立ちなのだが、そんなことよりカイル達に向ける視線に明らかな嫌悪が混ざっているのが印象的で、歓迎していないのがよく伝わった。

「来ていたのか」

 カイルを見つけたウルザの顔はほころび、小走りで駆け寄る。
 その瞬間、カイルはあることに気付いたが、それを悟られないようポーカーフェイスを貫く。

「とりあえずは会って話を聞いてくれるそうだ。かなり手こずったが……」

 ウルザが少し疲れた様子で言う。口にした通り、そこに持っていくまでに相当の労力をついやしたのだろう。

「そうか……本当にありがとう。助かったよ、ウルザ」

 カイルがそっとウルザの肩に手を置き、優しく微笑んだ。

「べ、別にカイルのためだけではない。これはこの森のためでもありエルフ全体のためでもあるのだから」

 ウルザが確信したように言うが、その顔には少ししゅが差していた。

「そ、それとこっちはソレイス、私と一緒に皆を案内する」
「初めまして、カイルと言います」

 カイルとしては礼儀正しく挨拶をしたつもりなのだが、ソレイスは眉根を寄せて不機嫌そうに睨み返すだけだった。

「……やはり人間をこの森に入れるのは反対だ」
「まだ言っているのかソレイス。カイル達は客人として迎え入れる、そう長老会で認められたはずだ!」

 ソレイスと呼ばれたエルフは、カイルに対する敵愾心てきがいしんを隠そうともせず、睨み続けていた。
 エルフが重大なことを決める際は、森のおさと数名の代表者による合議制が採られており、大抵は年長者が代表者として選ばれるために長老会とも呼ばれていた。

「人間を神聖な森に入れるなどあってはならないことだというのに……ウルザも解っているはずだ、エブンロの森はただの森ではない! エルフの中でも我らしか入れない特別な森なのだぞ!」

 エブンロの森は、神話の時代に精霊神ムーナが降臨したエルフ発祥の地とも言われていて、全エルフが敬意を持つ聖地という扱いだった。
 それ故、この森に住むエルフは他のエルフに対してさえも優越感を持っている、とウルザは説明していた。

「……そういった視野の狭い考えが根本的に間違っているんだ。私達は特別でも何でもない」
「ウルザ、君は外の世界に毒されたのか!」

 ソレイスがウルザに怒鳴どなるが、言われた当人はため息をつくだけだ。

「解った、案内は私がするから、ソレイスはそこで待っていてくれ」

 さあ行こう、とウルザは森の中へと向かい、カイル達も顔を見合わせた後、それについて歩いていく。

「ま、待て! ……私はこのような連中を案内するつもりはない! 何か企んでいないか監視をしに来たんだ!」

 無視された形となったソレイスはそう叫ぶと、カイル達の後についてきた。


 一行はエルフの居住区を目指し、ウルザの案内で森の中を進んでいく。
 ソレイスは最初に言ったように案内をしようという気はなさそうで、一切口を聞かず監視に徹し、少しでも妙な真似をすればすぐに射殺してやる、と言わんばかりだった。
 カイル達もはじめはソレイスの態度を気にしていたが、いつまでもそんな些末事を気にするような者はいなかった。
 やがていつものように軽口を叩き始め、案内役のウルザもそれに混ざる。
 日が暮れ始め、野営の準備を始める頃には、ソレイスをいないものとして、いつもの旅のようになっていた。
 この森では火が禁じられていたが、事前にそれを知らされていたリーゼが熱を発して調理ができる魔道具を用意していたため、温かい食事を取ることもできた。
 メニューは、団子状に練った小麦粉や下拵したごしらえ済みの鶏肉に葉野菜と根野菜を、煮詰めたブイヨンで作った固形スープの素を溶いた汁で煮込んだものだ。
 このブイヨンはリーゼが厳選した素材を丸一日以上かけて煮込んだ特製のもので、非常に旨みが強く、カイル達にとても好評だった。
 そしてデザートは、女性陣の強い要望により甘いものが用意され、流石に生クリームを使ったケーキではないにせよ、バターと砂糖をふんだんに使ったクッキーを濃い目の紅茶と共に頂く。
 これらも鼻をくすぐる適度な香ばしさと口に広がる甘みとが絶妙で、いくつもの種類の茶葉から厳選してきた紅茶とよく合っていた。
 日中の食事は移動を優先するために保存食で簡単に済ませる場合が多いので、夜はこのように贅沢に過ごすのがカイル達の方針になっている。
 美味しい物を食べていれば最低限精神は安定する……というのがリーゼの持論で、だから常に手間も金も掛けて皆のために食事を用意していた。
 旅から旅へと長期の移動が続き、身体的・精神的疲労が溜まりやすいカイル達からしてみれば、このように食事面でリラックスできることは本当にありがたく、リーゼにはとても感謝していたのだった。

「そう言えばウルザはやっぱり子供の頃、この森で遊んだの?」

 クッキーをかじりながらの雑談の話題は、やはりというべきかこの森のことに移り、リーゼはウルザに訊ねてみる。

「そうだな……よく走り回ったものだ」

 昔を思い出したのか、懐かしそうなウルザ。

「森の中で遊んで隅々まで知ってしまうと、今度は外が気になって……出てはいけないと言われていたが、よくふちまで行ったものだ」

 その頃から好奇心が強かったようで、今と変わらないなとカイルは苦笑する。

「行ってはいけない……と言われると行きたくなるんだよなあ」

 特に子供は、と絵に描いたような悪ガキだったセランがうんうんと頷いている。

「何となく想像がつくな、ばれて怒られたこともあっただろう?」

 カイルの断定口調にウルザは不機嫌そうになるが、否定はできないところからして、どうやら図星のようだ。
 辺りには紅茶の香りと笑い声が満ち、夜の森の中とは思えない雰囲気になっていた。
 ――ただ一人を除いては。

「やはり君を外の世界に行かせるべきではなかった。ここまで人間達に懐柔されてしまうなんて……!」

 リーゼが気遣って一応用意した食事にも手を付けず、それまで黙っていたソレイスが、絞り出すようにして嫌悪すらにじませる声を出した。和気藹々わきあいあいとした様子が我慢できないとばかりに、歯ぎしりさえしている。

「……私は外に出て本当に良かったと思っている。世界というものを少しは知れたのだから」

 淡々と、しかしはっきりとした口調でウルザは言う。

「何故だ! 私達は森の中だけで生きていけるはず。なのに何故、外と関わろうとする!」
「それはただの停滞だからだ。繋がりを断てば取り残されていくだけだぞ。その点についてだけ言うのなら……ドワーフの方がまだましだ」

 最後の方は流石に口籠もったにせよ、ウルザにはっきりと告げられて、ソレイスは呆然としてしまう。

「そして大事な人……人達と会うこともできたんだ」

 断言したウルザに対し、ソレイスは大きく舌打ちした後、「見回りをしてくる!」と吐き捨てるように言って森の闇の中に消えていった。

「すまない、みんな」
「ウルザが謝るようなことじゃないでしょ」
「あれはあれで私のことを心配してくれているんだ。幼馴染おさななじみでいい友人なのだが……」

 先ほどまでの空気を壊してしまったと気落ちして、ウルザは大きなため息をついた。それを見て、リーゼは少し呆れてしまう。

「うん、気付いてないんだね……あたしも人のことは言えないけど……こういうのって自分じゃ解らないのかなあ」

 何やら意味ありげなリーゼの言葉に、ウルザは首を傾げる。

「どういう意味だ?」
「……あたしよりもカイルに聞いたら」

 まるで殺し屋のような凄まじく冷たい眼でリーゼはカイルを見る。

「ウルザが大事な人、と言ったあたりで随分と勝ち誇ったかのような顔をしておったな。昼も会った早々あのエルフを挑発しておったし……うつわが小さいのう」

 目ざとく観察していたシルドニアがやれやれと首を横に振る。
 セランは面白そうにニヤニヤしているし、ミナギは我関せずといった表情ながら時折チラチラとカイルの方を見ている。

「ごほん……そうだ、ギルボール国でのことを二人に説明しておこう」

 わざとらしく咳払せきばらいした後、カイルは誤魔化すようにして話題を変えた。実際誤魔化しているのであるが。
 リーゼもこの場での追及は止めたようで、口は挟まない。
 ただあくまで保留であって解決したわけではないことは、当のカイルにもよく解っていた。

(何とかしないと……でもどうするかな?)

 これに関してばかりは答えなどない。やることがはっきりしている、世界を救うということの方がまだ簡単に思えるカイルだった。
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