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第六話 鬼ごっこと影(中)
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「――ここ、通学路なの。私の学校の。」
そう言うと来海莉菜と名乗った少女は立看板の側にしゃがみこむと花束を供え、手を合わせた。
来海さんの後ろに立つオレ達もそれに倣い手を合わせる。
あの後。
とりあえず怪しい者ではありませんアピールも兼ねて、来海さんに声をかけるとやはり彼女はこの通り魔殺人の三番目の被害者である達村芙美さんの友人で、ちょくちょくここに供花しに来るとの事だった。
「……通学路。」
「うん。とは言っても、ここで通り魔が出るようになってからこの道は使用禁止になってるの。ただ私を含めた極少数の生徒はこっそりと利用してるんだけどね。」
「……そうなんだ。」
ひょいっと肩を竦めて話す彼女にどう言葉をかけていいか分からなくて眉を下げる。
ちなみにオレ達は、怜が被害者遺族に今回の調査を依頼された探偵で千佳はそれをたまに手伝う弟って事になってる。
こう言っておけば事件の事を調べてても不審に思われないし、都合の悪い事は「守秘義務があるから」で誤魔化せれるからって事で取締課共通の設定なんだよね、これ。
そして、こういう時。
特に女性の生者から話を聞く時は燎はほとんど口を出してこないので情報収集はオレの役目になっている。
『成人男性よりも自分より年下の子どもの方が女は警戒しない』ってのが燎の持論だけど、燎くらい男前ならそんなの関係ないと思うってのがオレの正直な気持ち。
現に来海さんだってオレと話しながら燎の方気にしてるし。
と言うかさらりと子ども扱いされてる事は怒ってもいいのかな?
見た目は確かに中学生くらいだけどさ!!
オレ、一応妖怪だからね!?
とっくの昔に百才超えてるからね!?
「でも、通学路だとしても達村さんは何で二十時過ぎなんて遅い時間にこの道を通ってたんだろ?」
内心でそう悶絶しながらも何食わぬ顔で尋ねれば、来海さんが、うん、と頷いた。
「芙美、陸上部だったの。百メートルを十一秒後半で走り抜けるような短距離の選手で、誰よりも練習熱心だった。あの日も次の大会が近かったから、残って自主練してたんだと思う。それで、あんな時間に……。」
「百メートルを十一秒後半……。それってかなり速いよな?」
「え? そうなんだ?」
不意に燎に話しかけられきょとんとして尋ねれば、ああ、と頷かれタブレットを見せられた。
「来海さんや達村さん達女子高校生の百メートル走の平均タイムは十七秒後半から十八秒前半。達村さんの十一秒後半ってのは全国で十分通用するレベルのタイムだ。」
画面をスクロールしながら説明され、思わず眉が寄る。
「……全国レベルの短距離走選手。」
「――うん。だから私達も芙美が通り魔に襲われたって聞いた時、まさかって思ったんだ。だって、芙美ならそんなの簡単に逃げ切れるって思ってたし、多分芙美自身もそう思ってたんじゃないかな? だから、その時にはもうすでに使うなって言われてたこの通学路を使ってたんだと思う。芙美の家からだとこの道使うのが一番楽だっただろうし。」
グッとスカートの端を握りしめた来海さんの声が微かに震え始めた。
……うん、そっか。
「……来海さんにとって、達村さんは本当に大切な友達だったんだね。」
達村さんの事を凄く理解している来海さんにジーンズのポケットからハンカチを差し出せば、それを受け取った彼女が小さく頷く。
「……うん。小学校からずっと一緒にいた親友だった。だからっ、私、芙美の命を奪った奴が許せないっ!!」
やけにしっかりと響いた声とその一瞬だけ、ふわりと鼻孔を掠めた匂いにああ、そっか。と納得する。
この子……。
「……だから、スカートにカッターナイフを忍ばせて使用禁止の筈のこの道を使っているのか。」
オレよりも先に燎が真直ぐに来海さんを見つめ告げると、彼女の目が大きく見開かれた。
「…………何で。」
「……まあ職業柄、そういうのには敏感なんでな。」
がりがりと首の後ろを掻きながら燎が小さく息を付く。
「……凄いんですね、探偵さんって。そんな事も分かっちゃうんだ。」
そう言うと来海さんがスカートのポケットからカッターナイフを取り出し、地面に落した。
カシャン、と小さな音を立てて落ちたそれを燎が拾い上げる。
「……復讐するつもりだったの? 通り魔に。」
静かに尋ねれば来海さんが小さく頷いた。
「っ……だって、だって、許せないじゃないっ! 芙美は何にも悪い事なんてしてないのにっ!! 何でっ、何で、殺されなくちゃいけなかったの!? 私の親友は殺されたのにっ、何で殺した奴はのうのうと生きていて! どんどん被害者を出しているの!? そんなの許されるわけないのにっ!!」
「……来海さん」
まさか犯人はもう死んでいる人間だなんて言える筈もなく。
彼女から漂う『負の感情』。
その中でもどうしようもない≪憎悪≫の匂いを感じながら未だスカートを指が白くなるほど強い力で握りしめている手に触れる。
「来海さん。親友を奪われた君の気持ちを完全に理解することはオレ達にはできないかもしれない。けど、それは絶対やっちゃ駄目な事だよ。……復讐なんて達村さん、芙美さんはきっと望んでないと思う。」
「……っ!! あんたに、何が分かるのよっ!! 親友を誰かに殺された事なんてないでしょっ!!?」
ぶるぶると小刻みに震える手に苦笑しながら、うん、と頷く。
「うん。でも、オレにもすごく大切で大好きな奴がいる。もし、あいつが誰かに殺されるような事があったらオレだって、復讐を考えるかもしれない。でもさ、きっとあいつはそんな事望まないって思うんだ。」
まあ、その前にオレ達に死の概念なんてないけど。
でも、やっぱあいつが仕事とは言え怪我するのは良い気持ちしないし。
ちらりと肩越しにあいつを盗み見ればどこか唖然としてるのが見えて思わず噴き出しそうになる。
うわぁ、あいつの、燎のあんな顔見るの久しぶりかも。
「っ――――!! 何でよ!! 何でそう思うのよ!? 大事ならっ、大好きならっ!! 敵を討ちたいって――!!」
「――簡単な事だよ。逆にオレが誰かに殺されたとして。もし、あいつが復讐とか馬鹿な事企てたら、背後から全力で蹴り飛ばす自信あるから。」
そう言ってへらりと笑いかければ来海さんも燎同様ぽかんとした表情を浮かべる。
「…………え?」
「だって、そうだよね? 大切で大好きな奴の人生がオレのせいでねじ曲がったりしたら、それこそオレ死んでも死にきれないし、そんな事には絶対なって欲しくない。」
「――でもっ!!」
「……それは来海さんも同じだよね? 来海さん、もし自分が殺されたとしたらさ。自分が親友だと思ってる相手に敵を討って欲しいだなんて思う?」
さらに言い募ろうとした来海さんに駄目押しとばかりにそう尋ねれば、彼女がこれまでで一番大きく瞳を見開いた。
その目尻にじわりと浮かんだ大粒の涙は重力に従い、彼女の頬を伝い落ちていく。
「…………っ、思わない……っ、思わない! でもっ、でも!! 何で、芙美が殺されなくちゃいけなかったの!? 何でっ……!! 何でよっ!! ……返して、……っ、返してよっ!! 芙美を、私の親友をっ、返してよおおおおおお!!!!」
一度決壊してしまえば、抑えられるものではないのだろう。
ぼとぼとと音がしそうな程大粒の涙を零しながら来海さんがスカートから手を離しオレの手をぎゅうっと握りしめながら泣きじゃくる。
先程まで彼女から漂っていた≪憎悪≫の匂いが薄れ、≪悲しみ≫の匂いが辺りに充満していく中、オレは彼女の手をそっと握りしめた。
「……大丈夫。犯人は必ず人の命を奪うなんて大罪を犯した報いを受けるから。……そのためにオレ達はここに来たから。だから、後はオレ達に任せてよ。」
泣きじゃくる彼女には聞こえてないだろうけど、もう一度、任せてと繰り返し、流れ込んでくる彼女の『感情』に瞳を伏せた。
泣きじゃくる来海さんを落ち着かせ、彼女と別れた後。
「兄さん、タブレット見せて。あとさ、今回の作戦なんだけど……っ!?」
またいつ誰が来るか分からない事もあって、演技を続行したまま先程から黙り込んでいる燎へと振り返ろうとした瞬間。
ぐいっと腕を引かれしっかりと抱きしめられると、後頭部に添えられた手で燎の堅い胸板に顔を押し付けられた。
はっ!? えっ!!??
「っ、か、燎っ!!? ちょっ、くるし……!!」
力加減を忘れたかのようにぐいぐいと押し付けてくる手とその息苦しさに燎の胸元に顔を埋めたまま騒いでいると、背中にも腕が回され隙間がない程に体がピッタリと密着する。
「…………燎?」
頭を埋めた胸元から聞こえてくる燎の心臓がいつもより少しだけ早く鼓動を打っているように感じて名を呼ぶと、回された腕の力が強まった。
「――千影。これだけは言っておく。お前はさっきああ言ったけど、俺はもし、何よりも。……何よりも、大切で大好きなお前が、万が一にでも誰かに殺されたとしたら。蹴りを食らおうが、なにされようが。……例えお前に恨まれようが。お前を手にかけたやつを例え相討ちになったとしても殺すと思う。」
「なっ!!?」
オレが燎に言った言葉をそのまま返されているってことは分かってても頬に熱が集まるのを感じながら、続く言葉に思わず顔を上げようとするけど、燎の力が強すぎてそれは敵わない。
「……だから。俺にそんな事させたくないのなら、絶対にヘマするな。掠り傷くらいならともかく、致命傷になるような怪我してみろ。お前にそんな傷を負わせた奴は、俺が一瞬で灰も残さずに焼き尽くしてやる。」
「何その脅し!?」
あまりにめちゃくちゃな脅しに思わず小さく笑い、すりっと彼の胸元へ頬を押し付ける。
…………そんなの。
「……そんなの、オレだって同じだよ。さっきは来海さんを止めるためにああ言ったけど。もし燎が誰かに殺されたら。……オレもどんな手を使ったって、相手を殺すんだと思う。それを燎が望んでないって分かっていたとしても、きっと。……だから、燎こそヘマしないでよ? 燎だってオレにそんなことさせたくないでしょ?」
今度はオレがさっき言われた言葉を鸚鵡返しし、笑いながら燎の背に腕を回しぎゅっとしがみつけば、「へいへい」と後頭部をぽんぽんと撫でられる。
「で、千影。さっき言ってた作戦って何だ?」
あ、そうだった。
ハッと顔を上げ、燎を見つめると改めて口を開いた。
「うん。それ言う前にさ、ちょっとタブレット貸して? ……オレの考えが正しければ、今回はオレが動いた方がよさそうだからさ。」
そう言うと来海莉菜と名乗った少女は立看板の側にしゃがみこむと花束を供え、手を合わせた。
来海さんの後ろに立つオレ達もそれに倣い手を合わせる。
あの後。
とりあえず怪しい者ではありませんアピールも兼ねて、来海さんに声をかけるとやはり彼女はこの通り魔殺人の三番目の被害者である達村芙美さんの友人で、ちょくちょくここに供花しに来るとの事だった。
「……通学路。」
「うん。とは言っても、ここで通り魔が出るようになってからこの道は使用禁止になってるの。ただ私を含めた極少数の生徒はこっそりと利用してるんだけどね。」
「……そうなんだ。」
ひょいっと肩を竦めて話す彼女にどう言葉をかけていいか分からなくて眉を下げる。
ちなみにオレ達は、怜が被害者遺族に今回の調査を依頼された探偵で千佳はそれをたまに手伝う弟って事になってる。
こう言っておけば事件の事を調べてても不審に思われないし、都合の悪い事は「守秘義務があるから」で誤魔化せれるからって事で取締課共通の設定なんだよね、これ。
そして、こういう時。
特に女性の生者から話を聞く時は燎はほとんど口を出してこないので情報収集はオレの役目になっている。
『成人男性よりも自分より年下の子どもの方が女は警戒しない』ってのが燎の持論だけど、燎くらい男前ならそんなの関係ないと思うってのがオレの正直な気持ち。
現に来海さんだってオレと話しながら燎の方気にしてるし。
と言うかさらりと子ども扱いされてる事は怒ってもいいのかな?
見た目は確かに中学生くらいだけどさ!!
オレ、一応妖怪だからね!?
とっくの昔に百才超えてるからね!?
「でも、通学路だとしても達村さんは何で二十時過ぎなんて遅い時間にこの道を通ってたんだろ?」
内心でそう悶絶しながらも何食わぬ顔で尋ねれば、来海さんが、うん、と頷いた。
「芙美、陸上部だったの。百メートルを十一秒後半で走り抜けるような短距離の選手で、誰よりも練習熱心だった。あの日も次の大会が近かったから、残って自主練してたんだと思う。それで、あんな時間に……。」
「百メートルを十一秒後半……。それってかなり速いよな?」
「え? そうなんだ?」
不意に燎に話しかけられきょとんとして尋ねれば、ああ、と頷かれタブレットを見せられた。
「来海さんや達村さん達女子高校生の百メートル走の平均タイムは十七秒後半から十八秒前半。達村さんの十一秒後半ってのは全国で十分通用するレベルのタイムだ。」
画面をスクロールしながら説明され、思わず眉が寄る。
「……全国レベルの短距離走選手。」
「――うん。だから私達も芙美が通り魔に襲われたって聞いた時、まさかって思ったんだ。だって、芙美ならそんなの簡単に逃げ切れるって思ってたし、多分芙美自身もそう思ってたんじゃないかな? だから、その時にはもうすでに使うなって言われてたこの通学路を使ってたんだと思う。芙美の家からだとこの道使うのが一番楽だっただろうし。」
グッとスカートの端を握りしめた来海さんの声が微かに震え始めた。
……うん、そっか。
「……来海さんにとって、達村さんは本当に大切な友達だったんだね。」
達村さんの事を凄く理解している来海さんにジーンズのポケットからハンカチを差し出せば、それを受け取った彼女が小さく頷く。
「……うん。小学校からずっと一緒にいた親友だった。だからっ、私、芙美の命を奪った奴が許せないっ!!」
やけにしっかりと響いた声とその一瞬だけ、ふわりと鼻孔を掠めた匂いにああ、そっか。と納得する。
この子……。
「……だから、スカートにカッターナイフを忍ばせて使用禁止の筈のこの道を使っているのか。」
オレよりも先に燎が真直ぐに来海さんを見つめ告げると、彼女の目が大きく見開かれた。
「…………何で。」
「……まあ職業柄、そういうのには敏感なんでな。」
がりがりと首の後ろを掻きながら燎が小さく息を付く。
「……凄いんですね、探偵さんって。そんな事も分かっちゃうんだ。」
そう言うと来海さんがスカートのポケットからカッターナイフを取り出し、地面に落した。
カシャン、と小さな音を立てて落ちたそれを燎が拾い上げる。
「……復讐するつもりだったの? 通り魔に。」
静かに尋ねれば来海さんが小さく頷いた。
「っ……だって、だって、許せないじゃないっ! 芙美は何にも悪い事なんてしてないのにっ!! 何でっ、何で、殺されなくちゃいけなかったの!? 私の親友は殺されたのにっ、何で殺した奴はのうのうと生きていて! どんどん被害者を出しているの!? そんなの許されるわけないのにっ!!」
「……来海さん」
まさか犯人はもう死んでいる人間だなんて言える筈もなく。
彼女から漂う『負の感情』。
その中でもどうしようもない≪憎悪≫の匂いを感じながら未だスカートを指が白くなるほど強い力で握りしめている手に触れる。
「来海さん。親友を奪われた君の気持ちを完全に理解することはオレ達にはできないかもしれない。けど、それは絶対やっちゃ駄目な事だよ。……復讐なんて達村さん、芙美さんはきっと望んでないと思う。」
「……っ!! あんたに、何が分かるのよっ!! 親友を誰かに殺された事なんてないでしょっ!!?」
ぶるぶると小刻みに震える手に苦笑しながら、うん、と頷く。
「うん。でも、オレにもすごく大切で大好きな奴がいる。もし、あいつが誰かに殺されるような事があったらオレだって、復讐を考えるかもしれない。でもさ、きっとあいつはそんな事望まないって思うんだ。」
まあ、その前にオレ達に死の概念なんてないけど。
でも、やっぱあいつが仕事とは言え怪我するのは良い気持ちしないし。
ちらりと肩越しにあいつを盗み見ればどこか唖然としてるのが見えて思わず噴き出しそうになる。
うわぁ、あいつの、燎のあんな顔見るの久しぶりかも。
「っ――――!! 何でよ!! 何でそう思うのよ!? 大事ならっ、大好きならっ!! 敵を討ちたいって――!!」
「――簡単な事だよ。逆にオレが誰かに殺されたとして。もし、あいつが復讐とか馬鹿な事企てたら、背後から全力で蹴り飛ばす自信あるから。」
そう言ってへらりと笑いかければ来海さんも燎同様ぽかんとした表情を浮かべる。
「…………え?」
「だって、そうだよね? 大切で大好きな奴の人生がオレのせいでねじ曲がったりしたら、それこそオレ死んでも死にきれないし、そんな事には絶対なって欲しくない。」
「――でもっ!!」
「……それは来海さんも同じだよね? 来海さん、もし自分が殺されたとしたらさ。自分が親友だと思ってる相手に敵を討って欲しいだなんて思う?」
さらに言い募ろうとした来海さんに駄目押しとばかりにそう尋ねれば、彼女がこれまでで一番大きく瞳を見開いた。
その目尻にじわりと浮かんだ大粒の涙は重力に従い、彼女の頬を伝い落ちていく。
「…………っ、思わない……っ、思わない! でもっ、でも!! 何で、芙美が殺されなくちゃいけなかったの!? 何でっ……!! 何でよっ!! ……返して、……っ、返してよっ!! 芙美を、私の親友をっ、返してよおおおおおお!!!!」
一度決壊してしまえば、抑えられるものではないのだろう。
ぼとぼとと音がしそうな程大粒の涙を零しながら来海さんがスカートから手を離しオレの手をぎゅうっと握りしめながら泣きじゃくる。
先程まで彼女から漂っていた≪憎悪≫の匂いが薄れ、≪悲しみ≫の匂いが辺りに充満していく中、オレは彼女の手をそっと握りしめた。
「……大丈夫。犯人は必ず人の命を奪うなんて大罪を犯した報いを受けるから。……そのためにオレ達はここに来たから。だから、後はオレ達に任せてよ。」
泣きじゃくる彼女には聞こえてないだろうけど、もう一度、任せてと繰り返し、流れ込んでくる彼女の『感情』に瞳を伏せた。
泣きじゃくる来海さんを落ち着かせ、彼女と別れた後。
「兄さん、タブレット見せて。あとさ、今回の作戦なんだけど……っ!?」
またいつ誰が来るか分からない事もあって、演技を続行したまま先程から黙り込んでいる燎へと振り返ろうとした瞬間。
ぐいっと腕を引かれしっかりと抱きしめられると、後頭部に添えられた手で燎の堅い胸板に顔を押し付けられた。
はっ!? えっ!!??
「っ、か、燎っ!!? ちょっ、くるし……!!」
力加減を忘れたかのようにぐいぐいと押し付けてくる手とその息苦しさに燎の胸元に顔を埋めたまま騒いでいると、背中にも腕が回され隙間がない程に体がピッタリと密着する。
「…………燎?」
頭を埋めた胸元から聞こえてくる燎の心臓がいつもより少しだけ早く鼓動を打っているように感じて名を呼ぶと、回された腕の力が強まった。
「――千影。これだけは言っておく。お前はさっきああ言ったけど、俺はもし、何よりも。……何よりも、大切で大好きなお前が、万が一にでも誰かに殺されたとしたら。蹴りを食らおうが、なにされようが。……例えお前に恨まれようが。お前を手にかけたやつを例え相討ちになったとしても殺すと思う。」
「なっ!!?」
オレが燎に言った言葉をそのまま返されているってことは分かってても頬に熱が集まるのを感じながら、続く言葉に思わず顔を上げようとするけど、燎の力が強すぎてそれは敵わない。
「……だから。俺にそんな事させたくないのなら、絶対にヘマするな。掠り傷くらいならともかく、致命傷になるような怪我してみろ。お前にそんな傷を負わせた奴は、俺が一瞬で灰も残さずに焼き尽くしてやる。」
「何その脅し!?」
あまりにめちゃくちゃな脅しに思わず小さく笑い、すりっと彼の胸元へ頬を押し付ける。
…………そんなの。
「……そんなの、オレだって同じだよ。さっきは来海さんを止めるためにああ言ったけど。もし燎が誰かに殺されたら。……オレもどんな手を使ったって、相手を殺すんだと思う。それを燎が望んでないって分かっていたとしても、きっと。……だから、燎こそヘマしないでよ? 燎だってオレにそんなことさせたくないでしょ?」
今度はオレがさっき言われた言葉を鸚鵡返しし、笑いながら燎の背に腕を回しぎゅっとしがみつけば、「へいへい」と後頭部をぽんぽんと撫でられる。
「で、千影。さっき言ってた作戦って何だ?」
あ、そうだった。
ハッと顔を上げ、燎を見つめると改めて口を開いた。
「うん。それ言う前にさ、ちょっとタブレット貸して? ……オレの考えが正しければ、今回はオレが動いた方がよさそうだからさ。」
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