異世界生活の送り方を間違えている気がする?

香奈恵

文字の大きさ
114 / 145
四章 椿蓮

百十話 椿蓮

しおりを挟む
高音はいつの間にか規則的な音に変化し、真っ白な光も段々と暗くなってくる。
ぼやけた意識が少しづつ戻るにつれ、それはハッキリとした音と色になった。

「波の音…」

灯台らしき光が辺りを照らし、その反対側には月が輝いている。
状況を把握するのに、暫く時間がかかった。

崖の上だろうか。
潮の香りがする。波の音は下から響いていて、俺は岩の上にうつ伏せで倒れていた。
手をついて、体を起こす。

「…死んでない」

右腕には少し傷が残っているが、左腕はすっかり元通りだ。
少し安心したが、胸の中心が強く痛み顔を歪めた。剣の刺さっていた部分から血が流れ出ている。

胸を抑えながら立ち上がり辺りを見回すと、足元にミストが倒れていた。右腕からの出血が岩の窪みに溜まっている。

「…ここが」

ミストは俺が近寄ると、微かに口を動かしてそう言った。
とどめを刺すため剣を出現させようとするが、左手には何も現れなかった。

「なんで…」

「……ここが、楽園…」

「…あ」

ミストの言葉を頭の中で反芻する。楽園…
そうか、もう…
あの世界じゃ、ないんだな。

こいつらの言う楽園とは、俺のいた世界の事。つまり…ここは俺の元いた世界か。

「お前らの術は、ここに来るためのものだったのか?」

「ああ」
「…僕達の意志は、達成された…」

僅かに微笑んでいるのが、薄暗い中でも分かった。
これはどっちの勝利なのだろうか。俺達は被害を防ぎ、こいつらは術を発動させた。

「…ツバキ、そこから何が見える?」

「…は?」

「楽園は…見えるのか?」

「…暗くてよく見えない。灯台と月と、あと向こう側に海がある」

「明るくなれば、きっと素晴らしい景色が…」

ミストはうつ伏せで倒れており、きっとその視界に見えるのは夜空と地面の岩だけだろう。

「…楽園は、お前達の思っているような良いもんじゃないぞ」

言うべきか迷ったが、言葉はとめどなく溢れてくる。それはこいつらに対する恨みなのか何なのか、それは分からない。

「居場所があって、楽しみがあればそこがもう楽園なんだ。俺にとっては…あっちが楽園だったんだよ」

岩に座り込む。ミストは何も言わない。

「…こっちの世界で俺は生まれた。そして何年も生きてた。そこでここが楽園だなんて思った事は1度だってない。大切な人は次々にいなくなっていくし、誰も助けてなんてくれない」

結局は、個人の問題なんだ。どこが楽園なんだとか、そういうのは。
こっちの世界で幸せを受けた人が楽園という名を付けた。それだけなんだ。この術はこっちの世界に連れてくるだけ。楽園になんて行けない──。

「…そうだったのか、そうか…お前は楽園から」

「こんな話、最期にするべきじゃなかったな。楽園なんかないって…」

「いいや、お前は…術を分かっていない。これは…楽園に行く魔法だ」

「だからそれは…っ」

やっぱりミストは認めたくないのか。そりゃそうだ。ずっと信じ続けてたものが一瞬で壊れたのだ。

「じきに、分かるだろうよ」

「…何がだよ」

「生きてれば…分かる。この先いつかは分からない。まだ先かも知れないが、すぐかも知れない。……いいや、必ずすぐ分かる」

「何言ってんだ…?」

「ここは、楽園だ。…僕とお前、どちらにとってもな」

そう言うとミストは、急に立ち上がった。
まだ動けたのかと呆然としていると、ミストはそのまま前のめりになって走り出した。向こうは崖だ。

「おい! そっちは崖だぞ!」

俺の制止も聞かず、一直線に崖の端へ進んでゆく。
俺も追いかけようとするが、立ちくらみがして膝をついた。

「おい…!」

崖の端で、ミストは振り返る。その表情は暗くて見えない。

「僕は、意志を全うした…」

そう呟くと、ミストの姿は崖の下へ消えていった。鈍い音がし、崖の端へ行って下を除くと尖った岩の傍にミストがいた。
瞬きをすると、その姿は消えていた。

「何だよ…」

そのまま、その場に座り込む。

「…そういえば、あの世界に行ったのも崖から落ちた時だったよな」

と、そこで気が付く。この景色、見覚えがある。
数年前だが、記憶にはっきりと残っていた。

「ここ、俺が飛び降りた場所だ…」

そうだ。この崖から飛び降りて俺はあの世界に行ったんだ。今立っている、この場所から…。

──もう一度、飛び降りたら。
そしたら、あの世界に戻れるだろうか。
この世界にいても、前の日常が繰り返されるだけだ。この世界にいる意味なんてない。

もし、戻れるのだとしたら。
また、あの世界で暮らせるのなら──!

この世界に楽園なんてあるはずがない。あいつの言った事なんて妄想だ。
『必ずすぐ分かる』

「…分かるわけないよ」

立ち上がり、呼吸をした。すぐ足元に見える崖下には尖った岩が並び、それに波が打ち付けられている。
目を閉じ、上半身の力を抜いた。
目的地へ、右足を踏み出す──


『兄ちゃん!?』

その声と共に、上半身が強く後ろに引っ張られた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する

カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、 23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。 急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。 完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。 そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。 最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。 すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。 どうやら本当にレベルアップしている模様。 「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」 最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。 他サイトにも掲載しています。

没落ルートの悪役貴族に転生した俺が【鑑定】と【人心掌握】のWスキルで順風満帆な勝ち組ハーレムルートを歩むまで

六志麻あさ
ファンタジー
才能Sランクの逸材たちよ、俺のもとに集え――。 乙女ゲーム『花乙女の誓約』の悪役令息ディオンに転生した俺。 ゲーム内では必ず没落する運命のディオンだが、俺はゲーム知識に加え二つのスキル【鑑定】と【人心掌握】を駆使して領地改革に乗り出す。 有能な人材を発掘・登用し、ヒロインたちとの絆を深めてハーレムを築きつつ領主としても有能ムーブを連発して、領地をみるみる発展させていく。 前世ではロクな思い出がない俺だけど、これからは全てが報われる勝ち組人生が待っている――。

侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。 そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。 幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、 “とっておき”のチートで人生を再起動。 剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。 そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。 これは、理想を形にするために動き出した少年の、 少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。 【なろう掲載】

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

処理中です...