明々の道しるべ

天然カジキ

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偽物の母

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 兄弟の姿が見えなくなると、糸が切れたかのように、張り詰めていた空気がスッと緩んだ。明々は全身の力が抜け、その場に崩れるように座り、まだ落ち着かない胸のざわめきを押さえようと、深く息を吐いた。
 
 「やっと、終わったわ。やっと・・・・・・」

 明々は、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。ドクドクと動く胸の鼓動がだんだんと緩やかになり、明々は平静を取り戻しつつあった。
 森の木々の間からの光がこぼれだした。明々はまるでスポットライトにあてられたかのようにその光の中にすっぽりとおさまり、ほんのりと照らし出された。
 明々はいたって普通の女の子だった。肩まで伸びた黒い髪を二つの赤い髪留めで分けて結び、凛とした瞳は澄んだ青色に染まっている。あちこちが擦り切れたブカブカなコートのせいで褐色の肌が見え隠れしていたが、命を狙われる理由など何処どこにも見当たらない人並みの女の子だ。
 
 「本当に、あの女にそっくりだなぁ」

 陽光ようこうの中でたたずむ明々を見て、餓韋畄が憎たらしく言った。

 「髪と肌の色以外は舞々まいまいのそれだぁ。まったく、おめぇを見ているだけで腹ん中がいきり立つぜぇ。なぁ、冷囲夜」
 
 「・・・・・・」

 冷囲夜は相変わらずの無表情で、じっと動かずにいた。

 「一つ聞きたい・・・・・・」

 冷囲夜が明々に言った。

 「あの女は何者だ・・・・・・?」

 冷囲夜が顔を向けた先には、ハツキに捕まっていた母親がいた。明々は、青空に太陽が輝くように瞳を光らせた。

 「わたしのお母さんよ。名前は、ホオヅキって言うの。すごく優しくて、わたしのとても大切な人なの」

 「母親だと?」

 冷囲夜の口調が変わった。無機質な声が突如、敵意が込められたかのように恨みがましいものになった。冷囲夜は庇に手をかけ、角帽を上げ、母親を見た。明々はその時、今まで隠れていた冷囲夜の目元が視界に入った。
 背筋が凍るほどの冷たい目つきだった。明々は一瞬にして吹雪の中に放り込まれたように体が震え上がり、そのナイフのように鋭い瞳は明々の胸を容易よういに切り裂いた。

 「貴様・・・・・・。どんな名分めいぶんがあって明々の母親を名乗っている?」

 冷囲夜がホオヅキの前に立ち、詰め寄るように言った。今にも母親を殺してしまうのではないかと、明々は息が詰まった。
 ホオヅキは、口を固く結び、目が泳ぎ、顔じゅうから大量の汗を流していた。

 「お母さん?」

    明々が呼びかけた瞬間、ホオヅキが明々の手を無理やり掴み、駆け出した。

 「お母さん⁉︎どうしたの⁉︎」

 「逃げるの!あいつらは私たちの敵よ‼︎」

 ホオヅキは明々を脇に抱え、方角を気にしながら走り続けた。

 「確かこの先のはず。もうすぐ汝弥の里に着くはずなの。そうすれば——」

 次の瞬間、丸い水の玉がホオヅキの胸を轟音とともに貫いた。ホオヅキは意識を失ったかのように倒れ込み、明々は数メートル先まで放り出された。

 「お母さん‼︎」

 明々はすぐに立ち上がり、ホオヅキの元に駆け寄った。そこで明々は、今まで見たことのない光景を目にした。
 胸から大量の血を流し、全身が痙攣けいれんし、かろうじて呼吸をしている母親の姿だった。明々は両脚をガクガクと震えさせ、ただ立ち尽くしていた。
 
 「俺たちからぁ、逃げられるわけねぇだろうがぁ」

 餓韋畄と冷囲夜が、明々とホオヅキを囲うように現れた。

 「その女はもうすぐ死ぬ。偽物の母親として、ふさわしい最期だ・・・・・・」
 
 冷囲夜がよどみなく言った。明々はすぐさま冷囲夜の方へ振り向き、涙をにじませた。

 「その女は、お前の実の母親ではない。お前を騙していたんだ。当然の報いだ・・・・・・」

 「なんでそんなことあなたが知ってるのよ!」
 
 明々は体じゅうから怒りがこみ上げてきた。

 「お前が無知むちなだけだ・・・・・・」

 冷囲夜が腕を前に出した。親指と人差し指を伸ばしホオヅキに向けると、指の先から水の玉が現れ、冷囲夜が最後に唱えた。

 「水道すいどう 水弾みずはじき

 水の玉はホオヅキめがけて、一直線に放たれた。

   

 

  
 
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